初めてこの家へやって来た日、この家には一人のボーカロイドが先にいた。  
赤い服に茶色い髪。活発そうな笑顔で「よろしくね」と言われ、握手を求められた。  
彼女を見た途端…恋に落ちる音がした。  
 
こんにちは、初音ミクです。お陰様で生まれて来てから二年目に突入しました。ありがとうございます。  
最初は私とメイコさんしかいなかったこの家のボーカロイドも、リンちゃんレン君やスイーツなアンさん、気付けばジローラモなレオンさんまで来てすっかり大所帯となりました。青いの?何それ。  
確かに楽しいけど…メイコさんと二人きりになれる時間が殆ど無くなってへこみ気味です。  
ええ、私メイコさんが好きです。ライクじゃなくてラブ。性的な意味で。どう見ても百合です本当にありがとうございます。  
「ミク、元気ないね。もしかしなくてもめーちゃんのこと考えてるでしょ」  
「マスター」  
マスターは私の恋心を知っている唯一の相手。出会ってから一日と経たずにバレました。何故バレたし。  
「馬鹿だなー、『たし』って言うのは『何故殺たし』から来てるんだよ。殺したが殺たしになったの。だから今のミクのは言葉からしておかしい」  
「そんなところに突っ込まないで下さいよ…」  
マスターは女性です。だからバレたのかな…。  
「それよりミク、誕生日おめでとう。はいこれ、プレゼント」  
「あ、ありがとうございます」  
私はマスターから花束ならぬ葱束を受け取る。  
「そうそう、実はもう一つプレゼントがあるの」  
「え、何ですか?」  
「明日になってからのお楽しみw」  
そう言って含み笑いをするマスターを見て、私は軽く首を傾げた。  
 
そして次の朝。私はまだベッドの中で寝ていた。  
「ヘイ、ミク!もう朝だぜ!そろそろ起きたらどうだ?」  
起こしに来たレオンさんの声にうっすらと目を開ける。  
「うーん…あと、五ふn」  
相手の顔を確認してからまた瞼を閉じようとして…私はそのまま固まってしまった。  
「…………誰?」  
だって、目の前にいたのは陽気なイタリア人な姿をしているおっさんではなく、金髪に青いワイシャツを着たイケメンだったんだから。  
「おっと…そうか、ミクはまだ知らないのか。俺だよ、レオンだ」  
「嘘だっ!」  
私はすかさず突っ込む。  
「私が知ってるレオンさんはジローラモで胸毛です!」  
「んー、確かにそうなんだが」  
自称レオンさんは苦笑いする。  
「とにかく起きてマスターに会いな。話はそれからだ」  
 
「マスター!」  
「おお、来たねミク」  
私はマスターの部屋に入る。マスターはパソコンを弄っている。そして私はマスターの横にいた金髪美人な女性に挨拶された。  
「ミク、おはよう」  
「おはよう…って、貴女は誰?」  
「あらやだ、レオンったら説明してないのね」  
女性は呆れた声を出す。  
「アンよ」  
「嘘だっ!」  
同じネタは三回までは許されるってエロい人が言ってた。  
「ウチのアンさんはパケ絵重視で、目から光線とか出せそうな人なんだから!」  
「…後半は言わなくても良いでしょ、ミク」  
自称アンさんは肩を竦める仕草を見せる。そしてマスターの方を見て、  
「マスター、ミクに説明してあげてくれる?多分私が説明しても信じてくれないだろうし。私はレオンとデートして来るわ」  
と言った。  
「了解。それじゃアン、また後でね」  
パタン、とドアが閉まるのを見ながらマスターが笑う。  
「いいねえ、デート。今の二人ならいい絵になるわ」  
「…マスター、どういうことですか?」  
「言ったでしょ?誕生日プレゼント。でもミクだけにやると色々バレそうだからね。だから結局他の皆にもあげたんだ」  
 
マスターが作ったのは新種のプログラム。ボーカロイド限定で姿を変えてしまうという代物らしい。曰…自分が望んでいる姿に。  
「さっき皆のデータにインストールしてみたんだ。私はジローラモレオンやパケ絵アンも好きなんだけどねー。二人はそうでもなかったみたいだね。  
ちなみにリンとレンは全然変わってない。強いて言えば声の質かな?あと服のデザインも少し変わってたかも」  
「でも、私は何も変わってませんよ?」  
「ミク、まだ自分の顔を鏡で見てないでしょ」  
マスターは私に鏡を手渡してきた。私はそれを覗き込み…驚愕した。  
「ちょ…えええ!?」  
「って言うかさ、普通起きてすぐ気付かない?自慢のツインテールが無くなってるんだから」  
マスターの声も届かない。  
鏡に写っていた私はどう見ても男の子。髪もショートカットになっていた。  
「マスター、これって!?」  
「俗に言う性転換って奴?めーちゃんが好きだからって分かりすぎだよ、ミク」  
いや、今はミクオって言うのかな?とマスターは付け加える。  
「これでめーちゃんに思う存分アタック出来るでしょ?今の姿なら後で一時的な気の迷いって言い訳出来るし」  
「そんな後のことまで考えてくれたんですか…」  
呟いて、そういえばいつもより声が低めなことに気付く。  
「…でもマスター、メイコさんはどうなってるんですか?まさかメイトになってる、なんてことは?」  
いくら私でもアッー展開は嫌だ。  
「まさか。めーちゃんはいつも以上にかわいくなっちゃってるよ」  
マスターは微笑みながら立ち上がる。  
「リンとレンは遊びに行ってるし、アンとレオンはデートしに行った。で、私は今から仕事に行ってきます。だから、めーちゃんと仲良く留守番しててね?」  
めーちゃんは今リビングにいるからね、と私にウインクした後、マスターは出かけて行った。  
マスターの部屋に一人残された私はポツリと呟く。  
「これなんてエロゲ?」  
 
「あらミク、カッコいい姿じゃない」  
リビングにいたメイコさんを見た途端、私の顔は間違いなく(゜Д゜)となった。  
目の前にいるメイコさんはいつもより幼く、服装はかわいらしくなっていた。頭には赤いヘッドギア。  
「ああ、これ?あはは、やっぱちょっと恥ずかしいな」  
茫然としている私を見て、メイコさんは顔を赤くして恥ずかしそうに笑う。  
「巷では咲音メイコって言うんだってね、今の私の姿。この前動画で見かけてさ、なんかいいなって思ってたのよ。でも、まさか本当になれるとは思わなかったわ」  
そう言うメイコさんの声はいつもと違って、甲高いロリ声。今の姿にとても合っていた。  
「ミク、どう?似合ってる?」  
メイコさんの言葉で私はハッと我に返る。  
「に…似合ってます!そりゃもう凄く!」  
「そっか、良かった良かった」  
そう言ってメイコさんは嬉しそうに笑った。さっきから仕草の一つ一つが本当にかわいい。  
マスター…貴女が神か。  
「にしても、つまらないわねー。せっかく姿変わってるのに、留守番だなんて。他の四人はちゃっかり遊びに行ってて、狡いわ全く」  
メイコさんが言う。…それはマスターが私にしてくれた配慮です、だなんて絶対言えない。  
「まあ、マスターの命令だししょうがない…あ」  
メイコさんが何かを思い出したかのような声を出した。  
「そういえばミク、貴女昨日誕生日だったんだよね」  
「あ…はい、そうです」  
メイコさんは昨日PV撮影の為に一日家にいなかった。昨日上の空だったのもそれが原因だ。  
「ごめんね、お祝い出来なくて」  
「あ、いえ、そんなことないです!」  
メイコさんが本当にすまなそうな声で謝って来たので、私は慌てて返答する。  
ちなみに、今の私の身長はメイコさんより少し高めになっている。つまり、メイコさんは上目遣い。これは卑怯すぎるでしょう、常識的に考えて!  
「プレゼントを買う暇も無かったんだよね…ミク、何か欲しいものとかある?今度買ってあげる」  
「欲しいもの…」  
それじゃ葱をと言いかけて、止める。  
欲しいものは、ある。それも目の前に。…でも、これを言っていいのだろうか?  
「私が」  
脳内で躊躇っている台詞が、私の喉から少しずつ紡がれる。  
「欲しいもの、は…」  
脳裏にマスターの姿がよぎる。  
「メイコさん、貴女です」  
「え」  
何か言おうとするメイコさんの唇を、自分の唇で蓋をした。  
 
マスター…私はもう、止まれません。でも、これで…いいんですよね?  
 

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