跪いたまま、ミクは、ケンの部屋をきょろきょろ見回した。  
女性の部屋なら必ずあるはずだが、  
男性の部屋には、必ずあるとは限らないあのアイテムが見あたらない。  
トイレに行けば、必ずあるはずだが、ミクは、目覚めたばかりで、排泄をしたいとは思わなかった。  
 
「あの、御主人様?鏡を貸していただけますか?」  
「鏡?そんなもん何に使うんだ?ほら、これでいいなら、使えよ。」  
 
ケンは、小さな手鏡をミクに渡した。  
口腔洗浄用の手鏡なので、ミクの全身を映せるほどではなかったが、  
ミクは自分の容姿のデータを記憶として持っていなかったので、  
アイデンティティを確立できていなかったのだ。  
前人格のリカの容姿をそのまま自分の容姿として受け入れて、  
適応させていかななくてはならない。  
そうしなければ、自分が果たすべき役割も、能力の開発も、  
そして、最も大切な主人の願いも具現化してくことが難しいと思えたからだ。  
 
「これが、わたしの顔…」  
 
しばらく、鏡を見つめるミクをケンは、不思議そうに眺めていたが、  
やがて、人格交代に伴う認識行動であることを理解した。  
 
「ああ、自分の容姿を見るのが初めてだったからな。  
気がつかなかったよ。ホラ、こっちの方がいいだろう?」  
 
ケンは、窓の液晶パネルの反射率を100%にして、  
200インチスクリーンの鏡を作りだしてやった。  
巨大な鏡に、ミクとケンの姿が映し出された。  
 
”リカと抱き合ったときは、天井も鏡にしながらやりまくったこともあったな…”  
 
鏡をぼーっと見つめるミクを見ていて、ケンは男性自身を勃起させていた。  
 
「わたしの年齢設定は、16歳ぐらいなんですね。」  
「不満なのか?」  
「そんな!不満なんてあるわけないです。」  
 
ピンクのシルクの高級ワンピースの服に白い靴下。  
かわいらしい赤いリボンを両耳あたりで束ねた黒い髪は、  
ロングヘアをツインテールにしてゆらしている。  
シミ一つ無く、ライトオレンジのアジア人特有の肌理の細かい美しい肌。  
女の主張点である胸のサイズは、Bカップぐらいだろうか。  
身長は150cm、体重は40kgと小柄な体格だが、  
太股から臀部へとつながる腹部は、見事にくびれをつくり、均整のとれた清楚な美しさがあった。  
 
”セクサロイドとは、なんて美しい躰なんだろう!”  
 
「明日は成人式なんだ。俺はもう寝るからな。お前も、もう寝ろ。  
ベッドは一つしかないから、俺と一緒に寝るんだぞ。」  
「ハイうれしいです。明日は、わたしも一緒に連れて行ってくださいますか?」  
「ばっか!お前はセクサロイドなんだ。そんな奴を連れて外出なんかできるか!  
それに、お前は12時間ぐらいで、内部ジェネレーターが休止するようになってるから、朝には動けなくなっているさ。」  
「どうして、12時間しか動けないんでしょうか?」  
「それは、男ってのは、女と違って、欲望のままに性的絶頂感を感じ続けると死んでしまうんだよ。  
時間制限のないセクサロイドとやり続けて、  
結局、食事も睡眠も取らずに死んでしまったティーンエイジャーが続出して、  
セクサロイドの稼働時間に厳しいリミッターがかけられるようになったらしい。  
しかも、フェイルセーフになってるから、ソフト改造で時間延長なんかできないようにしてあるのさ。  
お前たちセクサロイドは、生まれたときから、12時間動いたら12時間止まるように創られてるんだよ。  
こいつは、どうにもならないな。」  
「残念です。でも、御主人様が眠ってる間、ミクは動いていてもいいんでしょう?」  
「まあな。」  
「だったら、ミクは、御主人様の寝顔をずっと見ています。  
御主人様が、目を覚まされるときに、ミクが眠れば、御主人様が、お帰りになられた頃に、目覚められます。」  
「変な奴だなぁ。でも、明かりは消すぜ。」  
「はい、おそばで眠れるなんて、最高です。ミクは、幸せ者ですわ。」  
「そんな当たり前のことで、はしゃぐなよ。」  
 
ケンは、そのままベッドに横たわり、ミクも真横に自然と寄り添った。  
 
”リカのときなら、このまま69で、口内射精して、そのままリカの股間に顔を埋めたまま寝てたよな…”  
 
勃起する男性自身をミクに悟られないように、ケンは、ミクの顔が見えないようにわざと背を向けた。  
そんなケンにミクは、話しかけてきた。  
 
「あの、御主人様。リカ様とは、どんな風に夜を過ごされていたんですか?」  
「言ったろ?お前はセクサロイドだって!そんなこときまってんだろ!」  
「わたしには、セクサロイドがどのようなおつとめをしてきたのか、データがないのです。  
リカ様から受け継いだのは、パラメーターデータのみだったので、  
命令行動や経験行動に関する知識がほとんど無いんです。  
コマンドを与えていただければ、その都度、パラメータ設定を参照できますから、  
わたくしの学習になるんですけど、いくつか、教えていただけないでしょうか?」  
「いくつかって…そんなに簡単に教えられるもんじゃないよ。おやすみっ!」  
「はいっ。おやすみなさいませ、御主人様。」  
 
背中で、多分目を開けてじっと見られているかと思うと、暗闇でもなんだか落ち着かなかった。  
さわる、なめ回す、犯すことを目的とした最高の躰が目の前にあるのに、  
それを抱かないで眠ることのつらさをケンは、味わっていた。  
 
”いっそ、歌なんか謳わせないで、やっちまうか?”  
 
その欲望を抱え込みながら、ケンは、リカとのSEXを思いながら、  
自分の分身を片手で愛撫させながら、眠ることにした。  
 
 
朝、起きるとぎんぎんに勃起したペニスが起立して、毛布に山を作っていた。  
その傍らで、ミクが、その頂上をじっと見つめている。  
目を覚ましたことに気がつかれないように、しばらくミクの様子を見ていると、ミクのノドがゴクリと鳴った。  
 
セクサロイドとしての知識がちゃんとあれば、  
勃起した男性生殖器をそのまま見ているなんてことはあり得ない。  
彼女たちは、男性を射精させて、性的な満足感を味わわせることにのみ存在意義があるのだから。  
しかし、ミクは、リカとの人格交代で、リカの行動データをすべて、ボーカロイドとして交換してしまった。  
能力的には、セクサロイドとして行動できる機能があっても、  
本人がそれを自覚していない以上、外部から知識をインストールしてやらねばならないが、  
歌う機能を開花させるのであれば、その作業は慎重に行う必要があった。  
少なくとも、ミクが自分から獲得していく知識であれば、機能衝突は起こらないが、  
ケンの欲望のままに、ミクにインストールを繰り返せば、古典音楽の復活は望めなくなってしまうからだ。  
 
「御主人様…まだ、起きてらっしゃらないわよねえ。」  
 
ミクがぼそりとつぶやく。リカの時も、こういう独り言の癖があった。  
ケンが独り言をいうようにリカにしつけていたときのパラメーターが、そうさせたのかもしれない。  
 
「起きてないのに、男性生殖器だけが起きてるのは、どうしてなんでしょう?」  
 
ミクは、ベッドから降りて、どうやらずっとこの不思議な現象を見守っていたようだった。  
セクサロイドならば、男性生殖器の観察に最大の注意を払うのは当然だった。  
 
”ミク、そいつに触れて、口にくわえろ!そして、お前の口の中で射精させるんだ!  
それが、お前の機能なんだ。思い出せよ。  
お前、膣よりも口に出される方が好きだったろ?  
俺が出した精液の80%以上は、お前のその口から飲まれて、  
タンパク質処理プラントでお前の躰の一部になっているんだぞ。”  
 
うす目を開けて心の中で、そうつぶやく。  
ミクもたぶんさわってみたいという衝動にかられているはずなのだ。  
ただ、それをしていいかどうかの判断ができないでいた。  
勝手にさわって主人に叱られることをミクは恐れていたので、  
とりあえず、対象を観察し続けることを選択したのだった。  
1時間近く勃起し続けたケンの欲望は、そのまま果たされることなく、  
ミクの視線にさらされ続け、ケンは、ミクの自発的な行動をあきらめ、起床することにした。  
 
そのときだった。  
電脳回線で、母親からケンへのパーソナル通信が入ってきた。  
こちらは、睡眠自閉モードにしてあったので、応答しないで眠り続けることもできたが、  
そうすると部屋にまで押しかけてきそうだったので、ケンは、仕方なく応答した。  
ケンが、自分の部屋の中で電脳回線を開くと、自動的にミクにもその会話はオープンになった。  
 
『ケンちゃん!起きてる?夕べはオナニーしなかったみたいだけど、身体の具合でも悪いの?』  
 
この時代、セクサロイドのデータは、保護者用の端末につながっており、  
リカに毎日注がれていた精液は、セクサロイド側の体内器官で分析され、正確に記録を取るようになっていた。  
射精の回数、量、粘度、ph、色、成分が細かく記録を取られ、男としての機能をランク付けすることになっていたので、  
1日でも射精を怠ると、性欲減退として、成人前のマイナスポイントが付く恐れがあったのだ。  
 
『大丈夫だって、1日してなくても、元気だから。』  
『そう、オナニーをしすぎるのもよくないけど、毎日きちんとしてくれないと男性機能が立派に育たないのよ。  
少しでもいいから、毎日ちゃんと射精することが大切よ。  
亡くなったパパみたいに、禁欲的な男性になるかと思うと、ママ、とっても心配で…』  
『うるさいなあ。ちゃんとしてるんだから、もういいだろ!今日は成人式なんだから、少し、溜めておいただけだよ。』  
『そう、でも、溜めすぎると、痴漢とかレイプとかの犯罪実行危険率が上がるわよ。  
ママ、心配だわ…。リカちゃんにもう飽きちゃったの?結婚するまで、新しいセクサロイドを買ってもいいのよ?  
ケンちゃん、まだ、セクサロイドを2体しか買っていないから、ママ、すごく不安なのよ!  
お隣のタローくんなんて、10体も使いつぶしたって、言うし…。』  
『とにかく、僕は、新しいセクサロイドもいらないし、犯罪者にもならないし、  
男としてもちゃんと成長してるんだから、余計なこと言わないでよ。』  
『わかったわ。成人式は、お昼からでしょう。服装をちゃんとして出かけていってね。  
ママは、仕事に行ってくるわ。  
あなたのマネーバンクに、お小遣い入れておいたから、気に入った人がいたら、ちゃんと体験してくるのよ。  
ホテル代をけちると、相手に軽く見られてしまうから、安いホテルはダメよ!』  
『わかったから、もう、切るよ。』  
 
ケンが話し終えると、ベッドの横で微笑むミクがいた。  
 
「おはようございます。うふふっ。御主人様って、ママ様には、弱いんですのね。」  
「なんだぁ、その口のきき方は!俺が、弱いって馬鹿にしてるのかよ!」  
「ち、ちがいます。御主人様が、とてもやさしいお方なんだなって、思ったものですから。  
笑ってしまいました。申し訳ございませんでした。  
あの、お聞きしてよろしいですか?溜めるって仰ったことの意味が、よくわからなかったんですが。」  
 
ミクは、自分が持たない情報に対して、積極的に情報を収集しようと努めていた。  
ネットに自律的につなげないセクサロイドは、主人以外から情報を勝手に得ることができないようになっている。  
 
「お前の体内には、自動的に俺が膣に出した精液を分析して、  
それを体内の液体窒素で冷凍保存するオプションがつけられているんだよ。  
人工子宮と排他オプションになってるんだけど、ママが、心配してつけた機能なんだ。  
ボ、…オレが、今までに出したほとんどの精液が保存されてるんだよ。  
初めのセクサロイドは、大人過ぎて、いやだったので、廃棄したから、今持ってるセクサロイドは、お前だけなんだよ。  
そのボディにしたって、少女タイプのセクサロイドってのは、あんまりはやりじゃなくって、ママは、反対してたんだ。  
でも、オレは、そういう色気のない女の方が好きなんだ…。  
お前は、俺の理想の女性として、全てオーダーメイドした義体なんだよ。」  
 
ケンは、自分の性的嗜好をミクに説明していて、恥ずかしかった。  
正直、このタイプのセクサロイドは、歳をとった年配の男性には人気があるが、  
ティーンエイジャーが使うタイプではなかったから、  
ケンが、このタイプを使っていることは、友人たちには、秘密にしていたことだった。  
 
「わたしって、すごく運がいいんですね。  
だって、こんなに愛してもらっていた方の身体に入れてもらえたんですもの。  
わたし、がんばります。  
早く歌えるようになって、御主人様の精液をしっかり保存できるように、調教していただかなくてはなりませんね。  
今日、溜めていただいた精液は、いつわたくしの体内に保存するんですか?今日の夜ですか?明日ですか?」  
「お前…わかってないな」  
「えっ?」  
「セクサロイドってのは、歌うことよりも…いやっ、何でもない。」  
 
ケンは、ようやく勃起の治まった自身を落ち着かせ、ベッドから起き上がった。  
 
『ワーニング!ザブレイキングタイム スタート システムオールダウン!』  
 
ミクの休眠時間だ。ミクは、そのまま、ベッドの脇に倒れ込むように、そして、笑顔のまま、眠りについた。  
 
「まったく!俺は、お前の躰でこの数年間ずっと、オナニーしてきたんだぜ!  
少しは、自分が、やってきたことを覚えていろよ。  
まあ、データを消去したのは俺なんだけどな…。  
初音ミクには、性的なデータが全くないんだな…ボーカロイドのミクは、歌が得意なんですってか…  
それなら、歌データの一つぐらい覚えていろよ…役に立たない奴だぜ…」  
 
ケンは、起床すると、毛布をミクの躰にやさしく掛けてやった。  
別に、セクサロイドはそのまま放置していても風邪など引かない。  
しかし、ミクが幸せそうに笑って眠っている姿を見ると、ケンもミクに優しくしてやりたい気持ちになったのだった。  
 
(続く)  

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