ケンは、成人式会場へ出かけるときに、リビングにある亡き父親の仏壇の前で手を合わせた。  
今では、誰もしない、意味のない行為として蔑まれている我が家だけの合掌の行為…。  
父は、ケンの電脳化には反対しなかった。  
それは、今の時代、大気中のダイオキシンや食品中の放射性物質を体内に蓄積させないようにする仕組みには、  
電脳化が必須だったからだろう。  
自らの電脳化を拒否した父は、結局、30代で癌を発病し、40歳を迎えずに亡くなった。  
その生き方を誰もがバカな生き方だと冷笑したが、父親が帰依していた宗教法人「Aヘイジ」の教祖は、葬儀の日、  
『自分の死をもって、生命の尊厳を示した偉大な技術者。』だと父を誉めてくれた。  
父は、電脳空間のセキュリティシステムエンジニアだった。  
電脳化をしてない技術者というのは、電脳ハッキングされないということで、  
宗教法人内では、かなり高い地位にあったようだ。  
父のように、電脳化をしないで亡くなった者は、殉教者ということで、その家族も厚遇された。  
父が亡くなっても、経済的に何不自由なく育つことができたのは、父のおかげなのだ。  
でも、18歳で全身義体化し、電脳化していることが当たり前の今の世代を父は、どう思うだろうか?  
遺伝子の相性さえ良ければ、結婚する…。  
子どもができれば、どちらかが、親権を金で売り払って、離婚する…  
そんなことが当たり前になっている今の時代は、何かが間違っていると思う。  
だから、今日の日をあまり喜べない…。  
電脳化をしても義体化を拒否している僕を受け入れてくれる女性がいるだろうか?  
そんなことを考えていたケンの足取りは重かった。  
18歳の成人を迎えた者たちは、あらかじめ遺伝子診断による相性が、電脳空間で公示されており、  
出会い掲示板で相手のプロフィールを確かめながら、ペアを作っていく。  
会場の周囲には、無数のラブホテルが、リザーブしてあるので、体力さえ許せば、  
何人もの相手とかわるがわるSEXを愉しむことができた。  
もっとも、義体化している者たちの体力は、ほぼ無尽蔵と言っても良かった。  
 
「ねえねえ、あなたの身体って生身のまんまなの?」  
「義体化していないよ。僕の家の主義なんだ。」  
「どーしてぇ、義体化した方が、長生きできるしぃ、好みのスタイルも選べるのにぃ?生身のままってなんかキモザー。」  
「うるさい。君は、僕のタイプじゃない。あっちへ行ってくれ。」  
「だってさあ、診断では、日本人の遺伝子を持つ18歳男子の中で、あんたが一番相性がいいってことになってるんだもん。  
どんなやつか見ておきたかったのよね。でも、がっかりぃー。生身の男って、くさそー。  
排便も排尿も細菌だらけって感じでさ。バイバイ、キモザー!!」  
「キモザー?そんな言葉、正しい日本語にはないんだよ。  
少しは、語彙力を電脳ライブラリィに任せず、自分の脳で選んでみるんだな。」  
「うわっ、やっぱキモザーだわ。キモザー。」  
 
ケンの周囲の義体化女性達は、生身の身体という珍しさめあてで、  
集まってきていた遺伝子診断による候補者だったことがすぐに分かった。  
やはり、生身のままの女性はいないようだ。  
ケンは、虚しさを感じた。義体化と電脳化と遺伝子の相性のみを重視して、  
相手の肉体や心情といった個性を無視するなら、結婚そのものの意味がないように思えた。  
肉体的な欲望だけなら、セクサロイドという道具があるのだから、  
心を満たしてくれないのなら、結婚相手なんて必要ないように感じたのだ。  
そんなケンのそばに、また1人の義体化した女性が近寄ってきた。  
 
「ねえねえ、生身の男とやってみたいと思ってたんだぁ。よかったら、あたしとペアを組まない?  
なんか、あなた、相手が居なさそうだし、私との相性もいい感じでしょ?」  
 
そう言い寄ってきた相手は、リカの…いやミクの容姿に似ていた。  
 
”義体化している18歳の中には、実年齢よりも幼く見せたい女性も居るんだな…。”  
 
「えっ、ああ、僕で良ければ。」  
「ふふっ、驚いた?私の義体ね、15歳ぐらいのゴシックロリータタイプなのよ。珍しいでしょう?  
他のみんなとちがう身体が欲しくってさあ。でも、アソコはすごいのよぉ。楽しみにしていてね。  
私の名前は、スィーギントよ。古典的な響きの名前でしょ?」  
「僕のは…標準サイズのままだよ。それでもいいのかい?」  
「それがいいんじゃないの!義体化するとみんな同じ形で、硬さと大きさと長さばっかりこだわってさぁ。  
機能性というものを考えてないのよ。何のための義体化かわかってない男が多すぎ!」  
「それって、僕を誉めてくれてるの?」  
「誉めるって言うか、あなたみたいな生身のままって、珍しいじゃん!だから、してみよっ!」  
 
このまま、家に戻るよりはましかと思ったケンは、彼女と腕を組んでホテルへ向かった。  
母親が言ったように、一番高いホテルを選んだが、部屋は中ぐらいのクラスをキープした。  
 
「あーあーっ、がっかりね。せっかく、いいホテルへ誘ってくれたかと思えば、ミドルクラスの部屋なんだぁ。  
やっぱ、ロイヤルスウィートを借りて欲しかったな。」  
「まあ、これくらいが僕の給料の限界って思ってくれないかな。それほど高いサラリーをもらっていないんだ。  
義体化する金がないってわけじゃないんだけど、分不相応な金の使い方をするなっていうのが、家訓でね。  
お気に召さなかったかな?」  
「気に入るわけないじゃん!あんたばか?わたしを安く見てるってことじゃん!!」  
 
スィーギントは、あからさまにケンに不満をぶちまけた。  
多分、自分が値踏みされたということで、不快に思ったのだろう。  
ケンは、すぐに、自分個人への興味ではなく、経済的な興味から自分に近寄って来たのだということに気がついた。  
ケンの着ている服装は、生身の身体だったことで、オーダーメイドのいいスーツだったからだ。  
 
「少しは高給取りの男かと思ったら、義体化もできない貧乏男とはねぇ。  
でも、まあ仕方ないわね。遺伝子診断での相性がイイってんなら、少しは、いいこともあるんでしょうね。  
じゃ、さっさとやっちゃいましょ!」  
 
シャワーも浴びずに、無造作に服を脱ぎ捨てる彼女に、ケンは、全く魅力を感じなかった。  
 
「ちょっと待て!いくら何でも、そんな言い方ないだろ?  
相手を選ぶ権利は、君だけでなく、僕にだってあるさ!  
君みたいに、仕方ないからSEXするなんて言い方は、許せない。お断りだね。」  
 
ケンは、冷静に答えた。そして、自分の心が虚しくなっていくのがわかった。  
 
「あらら、無理しちゃって。あなた、童貞だってのがバレバレよん。  
まあ、セクサロイドで一生懸命オナニーしてきたんでしょうけど、  
所詮セクサロイドなんて、生身の女性のコピーでしかないの。  
真の義体ボディでのSEXなんてしたことないでしょう?  
12時間のリミッターもついてない私の躰で、僕ちゃん、体験したくないかしら?  
お姉さんが、やさしく射精させてあげるけど?」  
「遠慮する!童貞ってバカにするような女なんかいらない!  
自分の躰に誇りをもてないような女なんて、義体を永遠に取り替え続けて借金まみれになればいいさっ!  
どうせ、その義体も現金で買った訳じゃないだろ?  
メガテクボディ社のタイプR15FFなんて、18歳の女が買えるようなもんじゃないからな!  
それとも親の金か。18歳にもなって、まだ、親の金でしか生活できないガキなんだな!」  
「ちょーしにのって、うだうだうっせーんだよ!  
てめぇが、かわいそうだから、さそってやったのに、もうーっ、サイアク、あたし、運が悪いわぁ。」  
「なにが、サイアクだ。少しは、正しい言葉を使うんだな。  
君みたいな者と相性がいいだなんて、遺伝子診断も当てにならないな。」  
「これだから、童貞男ってサイアクなのよねー。  
まあ、あんたみたいなひきこもりサイバーオタクは、セクサロイド相手にオナニーしてるのが、お似合いよ!  
遺伝子診断ってホントいい加減。それから、あたしって、貧乏人とペアを組むつもりないの。  
あんたみたいな安月給で、結婚なんて、やめてって感じ。女を養えるだけの経済的な余裕ってやつ?  
18歳の見たまんまのガキが、パートナーを求めること自体が、身分不相応って言うの!  
さっさとオナニーしに家に帰んな!一生童貞男でいるのがお似合いね。」  
「ああ、言われなくても帰るよ。ここのホテル代は、僕のおごりだから、せめて、シャワーくらい浴びていくといいさ。  
最近の義体は、体臭や新陳代謝を抑えて、シャワーを何週間も浴びなくても衛生的らしいけど、  
僕の鼻は、香水では、ごまかせないよ。君、臭いよ。」  
「!!!!」  
 
彼女の罵詈雑言を背中で浴びながら、ケンはホテルを後にした。  
いらだちよりも寂しさと悲しさを感じていた。  
こういう女性は、目の前の彼女だけではないのだ。  
今の時代の代表的な女性が、目の前の彼女なのだ。  
だから、遺伝子診断で最高の相性だとされた目の前の彼女を拒むなら、それは、  
今の社会で自分を好きになってくれる女性が皆無だということになるのだ。  
『一生童貞男でいるのがお似合いね。』  
この言葉は、ケンにとって真実を突いていたのだった。  
それでも、好きになれない相手とSEXをするという気になれないのは、ケンの古典的な心情故だった。  
どうせ、試しの婚前交渉なのだから、気軽に何人もの女性を抱いてみればいいはず…  
この時代、誰もがそう思って、今日の成人式を愉しんでいるのに、ケンは、その気になれなかった。  
 
”ミク…君の歌が聴きたいよ”  
 
ケンは、違う相手を探すこともできたというのに、お見合い会場には戻らなかった。  
そして、電子掲示板お見合いコーナーにアップしてある自分のプロフィール票を閲覧中止にし、  
相手募集中のタグも削除してしまった。  
只今メイクラブ中のリアルタイム表示だけを残しておいたのは、母親にいらぬ心配をかけないためだった。  
 
”童貞男の夢…成人の日に散る…”  
 
ケンは、アルコールを飲むことも許されていたし、成人以外立ち入り禁止の売春街にも行くことができたが、  
まるでそんな気にならなかった。このまますぐに家に帰れば、稼働停止中のミクが待っている。  
でも、お前は邪魔だって言って出てきて、何もしないで帰ったら、あいつはなんて言うだろうか?  
俺のことをバカにするのかな…それに、今のあいつは、男の慰め方なんて知らないわけだし…。  
とりあえず、家とは逆の方向に向かってケンは歩き出した。  
日はまだ高く、正午前だった。ミクが動き出すまであと6時間以上もある。  
寝顔のミクを見ていても、虚しさが募るだけだと思った。  
(続く)  
 

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