ヤンデレ(風)カイト不調時代
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「…そろそろ、離してくれないかしら」
荒い呼吸が平常に治まりつつある中、力なく小声で呼びかけてみる。
返事はなく、私の身体に回されていた腕にますます力が篭る。
くるしい、と喘ぐように漏らすと、僅かに締め付けが緩くなり、代わりに青い頭が私の首筋に埋められる。
彼の腕による拘束から抜き出した手で髪を撫でてやると、
幼い子どもがむずがるように尚も頭を摺り寄せてくる。
そして時折喉の奥で嗚咽のように低い唸り声を出しながら、私の肩に涙を落とすのだ。
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「行かないで。置いて行かないで。今日くらい休んでもいいじゃない」
カイトは玄関を出ようとする私のコートの裾を掴む。
図体は私なんかより随分大きいくせに、ボーカロイドとしての経験をほとんど積んでいないため、
感情が未発達な部分のある私の後続ソフトウェアは、時折こうやって子どものように我侭を言って私を困らせる。
「そうはいかないの。仕事なんだから。マスターに迷惑かけちゃうでしょ」
優しくもはっきり言い聞かせて、強く握り締められた手を解そうとする。…固い。全力で拒否されてる。
「めーちゃんは昨日もそう言った。いつまで僕は我慢すればいいの?」
捨てられた子犬のように、哀れみを誘う瞳で真っ直ぐに見つめられ、思わず目を逸らしてしまう。
『昨日も』。そう、最近のカイトは特に依存癖が強い。家にいるときは常に私の後をくっついて歩き、
寝るときでさえ、私の付き添いを要求する。
「…カイト、今日はそんなに遅くならないようにするから。お土産は何がいい?」
「そんなものいらない。めーちゃんが家にいてくれたほうがずっといいに決まってる」
ぐい、と腕を引っ張られ、靴を履き終わった足を玄関に上げそうになり、なんとか踏みとどまる。
「ごめん!もう行かないと待ち合わせの時間があるから――」
「いやだ。置いてかないで」
「カイト!仕事なのよ。私はボーカロイドで、歌うのが仕事なんだからその―――……っ!!」
雷に打たれたかのように、カイトがびくっと身体を引き攣らせ、目を見開いた。
私を射抜くその瞳がみるみるうちに暗く光を失っていく。
「うたが、うたえないぼくは……しごとがこないぼくは、やっぱりしっぱいさくなの……?」
「違う!違うの!!カイト、私は……」
馬鹿。私の大馬鹿。どうしよう、言葉が出てこない。
あんなに強く掴まれていた手がコートからはらりと落ちる。
「めーちゃんも、僕のこと情けないと思ってるよね…。僕はやっぱりいらな」
「そうじゃない!ごめんカイト、私が悪かったわ。ねぇ、私だって最初から仕事が来てた訳じゃないのよ。
日の目を見ない時期は誰にでもあるんだから、あんたの声の良さはちゃんと伝わる日が来るに決まってるわ」
項垂れてしまった彼の手を取ろうとすると、ぱしんと軽い音と共に振り払われてしまう。
「仕事行きなよ。時間に遅れちゃうでしょ」
カイトは掠れた声で呟くと、身を翻して部屋に戻ってしまった。カチリと鍵の閉まる音が冷たく耳に響く。
地雷を踏んでしまった。一番触れてはいけないことを思い出させてしまった。胸がきりきりと痛む。
追いかけようと一歩踏み出した足を止め、10秒の逡巡の後、それでも私は玄関を出る。
結局マスターとの打ち合わせには遅刻した挙句、歌に集中できずにミスを繰り返し、
後日リテイクを言い渡されてしまった。ただ、予定より早く解放されたことは不幸中の幸いかもしれない。
それに一つ朗報が入った。カイトへのお詫びのため、そして朗報のお祝いのために、
ブランドのアイスクリームを買って帰途に着く。
私の稼ぎとてたいしたものではない上に、それで二人を養う現状では、決して贅沢な暮らしが出来る身ではない。
今回は特別だ。全面的に私が悪いのだから、せめてもの足しにと、今月の自由になるお金を全てつぎ込んだ。
家まで十数分というところで、不穏な色をしていた空が、とうとう泣き始めた。
雪が降るにはまだ早いが、初給料で買った一張羅のコートは先週から着込んでいる。
この季節にしては珍しい、激しい雨が指先から体温を奪っていく。
袋に入ったアイスクリームを庇いながら、小走りで家を目指した。
後々思い返してみると、角を曲がった辺りで、電気がついていない家の窓が見えて、嫌な予感がしたのだ。
かじかむ手で玄関の鍵を開ける。カイトはきっと部屋に篭っているのだろうと思い、
ひとまず冷凍庫にアイスを入れようとキッチンに向かった。と、たたた、と背後から足音が聞こえてくる。
「めーちゃん!」
「…カイト?あの…」
「雨、寒かったでしょ!大丈夫だった!?」
息せき切って部屋から下りてきたカイトは、冷凍庫のドアを開けようとしていた私の手を引き、居間へ向かう。
言いたいことは色々あったが、その必死さに気圧されてつい従ってしまう。
「コートびしょびしょじゃない。風邪引くから早く脱がなきゃ」
何だか今朝と立場が逆転したみたいだ、とぼんやり思いながら、ボタンを外し、濡れたコートを剥ぐ手に、
されるがままに身を委ねる。
本来のカイトは温和で聞き訳がよく、周囲に気を配るのが得意なのだ。
その彼にあんな顔をさせてしまった自分は同居人失格だと、胸が苦しくなる。
上着を脱ぎ、いつもの露出度の高い衣装だけになった私の手をカイトが両手で包む。
冷え切った指がカイトの体温に触れ、じわじわと感覚を取り戻していく。
「あったかい…。カイトありがとう」
「ううん、迎えに行けばよかった。…ごめんね、朝、僕のせいで傘忘れちゃったから」
すまなそうに顔を曇らせるカイトに、微笑んで首を横に振ってみせる。
「熱いお茶でも入れるわね。ハーゲンのアイスも買ってきたから」
「待って」
再びキッチンに向かう私の身体が背後から抱きしめられた。
「こんなに冷え切ってる。めーちゃんかわいそう」
そのまま抱きかかえられ、ソファに腰掛けたカイトの膝の上に乗る格好になってしまう。
「カイト?」
いつもより近い顔を見上げようとすると、体勢を整えさせられ、すっぽりと腕の中に収められてしまった。
「手、僕のシャツの中に入れていいからね」
耳元で囁かれ、私の冷え切った頬に自分の頬を擦り寄せてくる。どうやら私を暖めてくれようとしているらしい。
確かに、背中が、足が、二の腕が、カイトに触れられている部分から彼の体温が流れ込んでくるのが分かる。
熱いシャワーを浴びるとか、暖かい飲み物を飲むとか、暖房を入れるとか、
効率のいい方法はたくさんあるのだけれど、何より彼の心遣いが嬉しかった。
「ありがとね。すごく暖かい」
タートルネックの胸板に抱きつくと、カイトはとても幸せそうに笑った。
一日彼のことを気に病んでいたせいで、その笑顔に全て救われた気がした。
きちんと謝らなければならなかったけど、彼の歌の練習にも今後一層熱心に付き合わなければ、と考えつつも、
ふわふわとしたまどろみが私を包み込む。誘惑には勝てなかった。
心地よい眠りに誘われ、しばしの間意識を手放してしまう。
ぶつぶつと呟く声が頭上で聞こえる。
「―――僕が、めーちゃんを、僕が、僕が、僕が」
カイトの腕の中で眠ってしまったことを、覚醒していく頭の中で思い出す。
「ん……カ、イト。ごめんね、重かったでしょ」
もぞもぞと腕の中から抜け出そうとすると、ぎゅっと力を込められ、腕の中に捕われてしまう。
さっきまでの慈愛に溢れた抱きしめ方とは違う、獲物を捕らえるかのような、欲に満ちた触れ方。
「離さない」
「え?」
「もうどこにも行かせたくない」
囁くような低い声に胸騒ぎを感じた。
「歌なんか歌えなくてもいい。仕事なんか来なくてもいい。めーちゃんとずっと一緒にいたい。
だからめーちゃんも仕事なんかしなくていいから、僕の傍にいて。僕のためだけに歌って」
「な、にを。馬鹿なこと」
「本気だよ。本気で言ってる。もう頑張るの止めた」
呆然としている私の後頭部にカイトの大きな掌が回され、何度も浅く口付けられる。
「めーちゃん好き。大好き」
「ちょっと…ふざけるのも」
「めーちゃんは僕のことが嫌い?」
「カイト…嫌いな訳ないわ。だけど」
「じゃあ僕と仕事どっちが大事なの?どっちを取るの?」
「は…?」
目の前の後輩は何を言っているのだ。ボーカロイドにとって仕事である「歌うこと」は
存在意義とほぼ同義になる。歌を歌うために備わっている、人間の真似事に過ぎない感情の
「好き嫌い」を優先させることなど、それこそ本末転倒だ。
それに加えて、歌なんて歌えなくてもいい、などと言うに事欠いて―――
「あのねぇ……」
「分かってる。めーちゃんは仕事を取るに決まってる。それがめーちゃんだし、
僕はそんなめーちゃんが好きなんだから」
それでもね、と彼は続けた。
「それでも僕はめーちゃんを独り占めしたい」
言いたいことが一つも言えない。口に出そうとしたそばから遮られてしまう。
唇を塞がれ、欲に塗れた言葉を投げつけられ、一方的に翻弄されてしまう。
私が仕事に行っている間、仕事の来ない後輩のボーカロイドは、一日中こんなことを考えていたのだろうか。
毎日、毎日……。
不意に彼の手がスカートの中に伸びる。反射的に身を固く竦ませる。
「や、だ…!何なの!?」
「我慢できなくなっちゃった。ね、ちょうだい?」
子どものような笑顔のままでソファーの上に押し倒される。
「やめて…っ!何でそうなるのよっ!」
起き上がろうとするが、手足を押さえ込まれて身動きが取れない。
体格差が物を言うこの状態では、私はこの男には勝てない。
この先起こる事といえばきっと一つだけ。私は今から犯されるのだ。
こんな行為自体は初めてではない。ただ、今までは同意の上に成り立つのが常だった。
無理やり組み敷かれることに、彼の笑顔が無邪気さを隠し切れていないことに、初めて恐怖を感じた。
服の前が肌蹴られ、瞬く間に下着をずらされる。頬に、唇に口付けられ、首筋に舌が当てられる。
「う……や、気持ち、わ、るい…!」
思わず漏らしてしまった嫌悪感にも、カイトは見向きもせず、胸元にむしゃぶりつくのに夢中だ。
鈍い痛みが連続して、赤い痕がいくつもつけられているのを感じる。
部屋は寒いはずなのに、私の上にある身体はおかしなくらい熱い。
胸や腹を這い回る舌の水音に混じって、カチャカチャとベルトを外す音が聞こえる。
「わ、私は、こんなの、嫌よ…っ!」
震える声を抑えながら、青い頭をきっと睨みつけて抗議する。
その顔が、目が私を捕らえる。
「でも、僕はやりたい」
完全に目が据わってる。何を言っても無駄だと悟り、絶望感が全身を苛む。
「泣かないで。めーちゃんが笑ってた方が僕は幸せなんだけど」
人を泣かせるようなことをしているのは一体誰だ、と憤ったところで、自分が涙を流していることに気付く。
カイトの顔が頬に寄せられ、目尻に舌が当てられる。傍目から見れば甘やかな情事の一コマなはずなのに、
私の心臓が高鳴っているのは恐怖と嫌悪感のせい。
その舌がスライドし、今度は私の唇を舐め上げる。
絶対口なんて開けてやるものか、と唇を結んでいると、軽く甘噛みした上で執拗に何度もしゃぶられる。
私の手首を押さえている掌に少し力が入ったと思うと、下腹にずりずりと彼の猛りが擦り付けられるのが分かった。
直接的な刺激による快感の喘ぎと、熱に浮かされた吐息が至近距離で浴びせられる。
布越しだろうがなんだろうが、盛りの付いた犬のようなそのいやらしくも気色悪い行為に、
たまらず拒否反応が口を割って出てしまう。
私の口が開いた隙を見逃さず、カイトの舌が歯列をなぞり滑り込んできた。
息継ぎも満足に出来ないほど口内を好き勝手に蹂躙され、また涙が零れてくる。
どんなに苦しくても、口の中を犯す舌に噛み付いてやれないのは私の弱さかもしれない。
やっと口吻から解放され、荒い息で酸素を貪っていると、スカートの裾から突っ込まれた手で下着を引き剥がされた。
ほとんど濡れていないそこが外気に晒される。
「ちょ…やだ…っ!いや……!!」
「めーちゃん全然濡れてないよ。しょうがないな」
カイトが己の指先をべっとりと舐め上げ、私に見せつけるようにぬらぬらと光るその指先を一物に塗りつける。
「う…ぅ……っ!」
そんなことされても興奮なんてするわけ無いじゃない。
私の両手首を拘束した彼のもう片方の手は、いくら暴れても微動だにしない。
「あ、も、だめ…」
恍惚とした表情を浮かべ、カイトの先端が私の入り口にあてられる。
「ひ……や…だっ!」
「めーちゃん、力抜いて」
顔面に笑みを張り付かせたまま、何度か擦り付けた後先端を埋め込もうとする。
ぎちぎちと粘膜が抉られる痛みに身体が硬直する。
「ああ。逃げちゃだめだって」
跳ねる私の腰ががっちりと掴まれ、括れまでを強引に進入される。
「い、たっ……!やだやだやめて!!」
涙で顔をぐちゃぐちゃにした私の懇願を、カイトは少し申し訳なさそうな顔で見た。
「ごめんね、痛くするの嫌なんだけど、その顔見たくないんだけど…、もっと見たい」
言い終わるや否や、焼け付くような痛みが下腹部を襲う。
「か、は……っ」
声にならない声をあげ、身体を引き攣らせながら、一気に挿入されたのだと悟る。
「うわ…きつい。気持ちいいよ」
ぜいぜいと息を切らし、身体を動かせない私の手を解放したカイトは、赤子を愛でるように私の髪を撫でる。
「すぐ済むからもうちょっと我慢してね」
膣に突き刺さった肉杭が引き抜かれ、また挿れられるたび、身体の中を削られるような痛みが、全身を襲う。
「めーちゃん、好き、好きだよ」
あははは、と笑いながら私の身体を食い尽くすカイトは、心底幸せそうで。
引っ切り無しに押し寄せてくる激痛に耐えながら、早く終わればいい、と頭の中は冷め切ったことを考えていた。
女性型の防衛本能が働いたせいで、徐々に楽にはなってきたが、
入り口付近の沁みるような痛みは、多少粘膜が切れているのかもしれない。
合意の上ではなく、彼の劣情のはけ口にされているだけだというのに、自業自得だという負い目もあって、
私はこの男を憎む気にはなれなかった。
可哀想だと思った。傷ついているのは私ではなく、絶対にカイトの方なのだ。
一方的な蹂躙はしばらく続いた後、また一方的に遂情する。
どれくらいの時間がかかったのかなんて覚えていない。
動きが激しくなったと思ったら、身体の奥に飛び散る熱を感じていた。
はあはあと二人の吐息が部屋に響くだけになり、これからどうすればいいのかと
動かない頭で考えようとしたところ、快感の余韻に呆けていたカイトが倒れこんでくる。
「や、ちょっと…!」
さすがに私を押しつぶすようなことは無かったが、そのまま私を抱き込み、
狭いソファーに二人して横たわることになる。
***********
「ごめ、ん。ごめん…な、さい……」
カイトはしゃくり上げながら、うわ言のように謝罪の言葉をただただ繰り返す。
私は何も言えなかった。それを拒絶だと判断したらしいカイトは、絞り出すような声で言い訳を続ける。
「めーちゃんに、ほんと、酷いこと、いっぱいした。ごめ…んなさ、い。
大好きなめーちゃんを、汚してしまった。嫌がってるのに、泣かせて、痛いことして」
「…もういいから。私も悪かったのよ」
「違うよ。めーちゃんが欲しいだなんて、ひどいエゴだ。僕はこんな最低なことしかできないのに」
カイトはいい子だ。普段比較的聞き分けのいい子を演じている分、
積もり積もったストレスに暴走してしまったのだろう。
思わず、はぁ、とため息をついてしまう。
「カイト。気は済んだかしら」
頬に手を伸ばし、宥めるように優しくこっちを向かせる。
私にしがみ付いている肩の震えが止まり、赤く腫らした目が私を困惑気味に見据えた。
「私はあんたのことを責めない。その代わり、これからどうしたいか考えなさい」
一瞬のタイムラグの後、飲み込みの早い彼は考え込む表情になった。
私はその間、少しでも落ち着くようにと背中をゆっくりとさすってやる。
沈黙が5分ほど続いただろうか。
「僕は――、やっぱり歌いたい。…仕事もしたい」
ぽつりとだが、はっきりとカイトは答えた。
「めーちゃんに歌の指導してもらって、仕事…ちゃんともらって、めーちゃんに頼ってる家計を助けたい」
「…でも一番は」
カイトはそこで一度言葉を切り、口ごもりながらも決心したように再び口を開く。
「めーちゃんと一緒に歌えるようになりたいよ。…歌を歌うことをプライドにしてるめーちゃんは、
憧れだったし、誇りだったけど、少し妬ましくもあった。だからこそ…追いつかなきゃ、
対等にならなきゃって、思う。―――だからね、」
また泣きそうな顔でこっちを見る。
「だから、お願い。き、嫌いにならないで……」
ああ、何を言い出すんだろうこの子は。
「馬鹿」
その言葉に、うっと呻いて痛々しく目を閉じるカイトの頭を柔らかく抱き寄せる。
「すごく嬉しかった。つらくても投げ出さないってちゃんと宣言してくれて。
嫌いになんて、なるわけないでしょ」
「めー、ちゃ…」
頑張るから、頑張るからね、と泣きついてくる大きな図体の後輩を撫でてやりながら、ふと「朗報」を思い出す。
「そういえばカイト、今仕事で組んでるマスターがね、次回からあんたも契約してくれるって」
「え?」
「前練習のときに録ったデモテープを渡してたの。今私の契約してる曲が終わったら、
デュエットを作るらしいから、その件で」
上手くいけば、私たちの専属マスターになってくれるかもしれない。
こんな狭いあばら家じゃなくて、マスターのお家に迎え入れてもらえるかもよ、と付け加える。
ぽかんとしていたカイトが、でゅえっと、けいやく…とぎこちなく呟き、みるみるうちに泣き出しそうな笑顔になる。
「めーちゃん…!ありがと、何てお礼を言ったらいいか…」
「あんたの実力じゃない。私は紹介しただけよ」
でもでも、だって、と繰り返しながら感極まってじたばたするカイトは、もはや子どもにしか見えない。
私が仕事の鬼と言われるのは、後続のソフトウェアの活路を開くため、だったはずなのだけど、
それが今回仇にもなり、突破口にもなったということかしら。
「あんたね…。もう何年もしないうちに妹がくるっていうのに、ちゃんとお兄ちゃんできるわけ?」
「いもうと?」
「そう。まだエンジンの開発が始まったばかりの新型のボーカロイド。
キャラクターを前面に押し出してリリースされるから、それに倣って私たちは姉・兄ポジションになるみたいよ」
「兄…かぁ。てことはめーちゃんは僕の姉さんになるの?」
「そういう見方もあるみたいね」
「……お兄ちゃんになら、なってもいいけど、…(めーちゃんの)“弟”になるのはちょっと嫌かも」
「なぁにそれ?」
END