がくぽさんのことは、第一印象からなんか気に入らなかった。無駄にイケメンだし、変な格好してるし、喋り方もおかしい。  
アレ、キャラ立ててるつもりなのかな?随分無理有る気がするけど!  
まぁ、…そんなことより何より、一番気に入らなかったのは、歌が上手だったことなんだけど。  
 
初めてがくぽさんの歌を聞いた時、私だけじゃなくて、レンも、ミク姉も、皆が驚いていたと思う。  
本当に私たちと同じ「ボーカロイド」なのかと疑ってしまうほど、彼の声と歌には魅力があった。  
 
「どう…でござったか?」  
「がくぽさん凄いよ!ミク感動しちゃったぁ!」  
 
歌い終えた彼に、レンは感動したように手を叩いて、ミク姉は素直な賞賛の言葉を送っていた。  
でも私は…何も言わなかった。正直、悔しくて、焦りも感じていた。どうしてそんなに私よりも上手いの!?そんな理不尽な感情が渦巻いて、でもそれを口に出すのはなんだか格好悪いことな気がして、私は沈黙を選んだ。  
そんな私のだんまりを中断させたのは、ミク姉の声だった。  
 
「リンちゃん!」  
「えっ、な、なに?」  
「どうしたの、さっきからぼーっとしちゃって。あ…もしかして、がくぽさんのこと好きになっちゃったとか!?格好良かったもんねー!」  
「…ッ!ミク姉っ」  
 
冗談でも、そんなこと言わないで欲しかった。  
私は無邪気な笑顔を浮かべるミク姉から、慌ててがくぽさんに視線を映す。ばっちりと目が合って、  
がくぽさんの顔が赤くなった。…ミク姉の馬鹿!  
 
「あの、リン殿…」  
「…!ち、違うもん!勘違いしないでっ」  
 
言って顔を背ける。そうしたらレンと目が合った。物凄くにやにやしている。  
ムカつく…あとで絶対ロードローラーで粛清してやるから。  
そんな風に呪詛を込めてレンを睨んでいたら、突然頭の上にふわりと何かが乗るのを感じた。  
それが人の手で、それもがくぽさんの物であることは確認しなくても分かった。  
見上げれば、果たしてそこには菩薩の如く穏やかな笑顔を浮かべたがくぽさんが居て、私の頭を撫でていた。  
 
頭に血が上る感覚。半ば無意識的に、私はその手を振り払って逆方向に駆け出していた。  
 
 
そういうわけで、多分私とがくぽさんは、お互いに印象最悪だと思われる。  
向こうからしてみれば一方的に嫌われていると感じただろうし、事実そうだから。  
なのに、  
 
「リン、新曲出来た」  
「本当?!うわぁーマスター最高!!」  
「あ、でもソロじゃないから。がくぽとデュオだからそこんとこヨロシk…」  
「えぇぇぇえ!?無理!」  
「断固拒否!?」  
「だってぇ…」  
「なんだよ。がくぽは喜んでたのに…あ、もしかしてアイツ、ロリコンの気でも有るのか?けしからん。リンは俺の嫁だぞ」  
「…。マスター、セクハラ反対っ」  
「じゃあ妹で。…とにかく、今回の歌は自信作だから頑張ってくれよ」  
「むー…」  
 
ミク姉に代わり頼んでよ…そう言おうと思ったのに言えなかった。マスターの自信作に使って貰えるという  
嬉しさもあったけど、がくぽさんが喜んでいた、というのが妙に引っ掛かった。  
 
 
 
「リン、がくぽさんとの新曲決まったって?」  
 
次の日、レンのおはようの次の台詞がこれだった。  
どこで知ったのかと聞くと、がくぽさん本人に聞いたという。  
 
「良かったじゃん。これを期に仲直りしろよな。この前のことは、俺がちゃんとフォローしといたから」  
「フォローって?」  
「リンは俺以外の男に触られると、緊張のあまり腹下してトイレ我慢出来なくなるって言っておいた!」  
「ふざけんな馬鹿レン!!最悪!!」  
 
消化器官に欠陥がある男性恐怖症だと思われるよりは、お互いに好感度最悪の方がまだマシだよ!  
レコーディングは明日に迫っている。正直…かなり憂鬱になってきてしまった。  
 
 
『リンちゃん、がくぽさんとの新曲決まったんだってね』  
『この前のことは…ごめんね?ミク、余計なこと言っちゃったみたいで…』  
『リンちゃんは、がくぽさんのことは…え?違うの?』  
『やだ、ミク、本当に勘違いしてたんだね。ミクの女の勘、全然アテにならないや』  
『まぁ、勘っていうか…初めて会った時から、リンちゃん、良くがくぽさんのこと見てたから…ね?』  
『新曲頑張ってね!楽しみにしてるから。あー、ミクも早くがくぽさんと歌いたいなぁ』  
 
 
 
レコーディング当日。部屋には私、マスター、がくぽさんだけ。既に楽譜が配られて個別で歌ってみた後、  
「じゃあとりあえず、触りだけでも合わせてみるか」というマスターの言葉でセッションが始まった。  
がくぽさんは、相変わらず情感溢れる綺麗な声で歌っている。気に入らないけど、でも、やっぱり聞き惚れてしまう。  
それに比べて、私は…  
 
「りーんーちゃーんー」  
「…え!?」  
「集中!しろ!それともうちょっと、アレだ、切ない恋の歌なんだから、感情移入するくらいで…  
がくぽくらい大袈裟な歌い方で良い」  
 
レンあたりが相手なら楽勝なんだけど。私はちらりと今回の相手を盗み見るようにして、  
すぐに目をそらした。…なんか向こうめっちゃガン見してきた。怖い。  
 
「…あー、がくぽは良いな。その調子で頑張ってくれ。しかし、思ってた以上に上手いな、お前」  
「拙者はリン殿を好いている故…」  
「ほう、公然ロリコン発言とはやるな」  
「マスター殿、ろりこんとは何でござるか?」  
「ググれ。…いや、知らないなら知らないままで良い」  
「マスター殿、」  
「あ?何だ」  
「リン殿が…」  
 
レコーディングから逃げ出すなんて、解雇にされちゃうかもしれない。  
何なのあの人、まるで何でもないことみたいに、人のこと「好き」とか言った!  
本当に意味わからない。あの人、おかしい。  
顔、あっつい。胸がズキズキと痛い。走りすぎたのかもしれない。  
減速して、その場に膝を着いた。  
 
とりあえず落ち着こう。もしかしたら、私が自意識過剰すぎるのかもしれない。  
「好き」なんて色んな意味で使えるし…もしかしたら、がくぽさんは私自身じゃなくて、声とか歌とか、私の才能的な物のことを言ったのかもしれない。  
なんだ、きっとそうだそうに決まってr「りーんーどーのー!!」  
 
なんか…後ろから、聞こえた。幻聴かな…でもなんか凄まじい地響きを感じる。  
これは振り向いて後方で起きていることを確かめるべきだ。いくらなんでも速すぎるとは思うけど…。よし、せーので振り向こう。…せーのっ  
目と鼻の先(文字通り)にがくぽさんの顔があった。  
 
「ふゎっ!?あ、えぇぁぁぁあ!!!」  
 
変な悲鳴をあげながら、私は勢い良くあとずさった。(ほぼ)ゼロ距離射撃だ…これが(ほぼ)ゼロ距離射撃の威力か!  
「ッ待たれい!!」がくぽさんが逃げようとする私の腕を掴む。いつかの時みたいに振り払おうとしても、その手は掴まれてるこっちが痛いくらい力強くて、  
私は情けなく降参した。  
「手…痛いんだけどっ」掴まれて赤くなった腕を見て、私はそれだけを呟いた。でも、がくぽさんは首を横に振って、  
 
「だが離さん」  
「…ッ」  
「リン殿…一体どうしたというのだ。いきなり居なくなったりして…」  
「…、い、意味わかんないっ!がくぽさん私のこと嫌な子だって思ってるでしょ!?どうしてこんなことするのっ」  
「…?拙者は先程、リン殿のことは好いて居ると申したと思うが…」  
 
「その威勢の良い物言いも、力強い歌声も、明るい笑顔も…まぁ、これは拙者にはあまり見せてくれなかったが…  
愛らしい、と思って居た」とがくぽさんは付け足した。  
頭に血が上る感覚再び。でも、明らかに前の物とは性質が違う。なぜだか、涙まで溢れてきたから。  
いきなり泣き始めた私に、流石にがくぽさんも戸惑ったようで、それまで強く握られていた腕の力が弱まった。  
私はその手を振り払って、  
いつもレンやミク姉にするみたいに、がくぽさんの胸に飛び込んだ。  
 
全部全部分かったからだ。  
気に入らないと思いながらも目で追っていたのは、裏に憧れがあったから。  
頭を撫でられてムカついたのは、子供扱いされたくなかったから。  
新曲の代役をミク姉に頼まなかったのは、やっぱり彼と歌いたかったから。  
全て、私の素直じゃ無い性格のせい。本当は、私がくぽさんのこと、  
 
「…ぐすっ…ご、めん…なさい…わ、私、も…がくぽさんのこと…、き、きらいじゃ、ない…です」  
「リン殿…」  
「だ…ッから、もう一度…私と…歌って、くだ、さい…ッ」  
 
私の言葉に答えるように、ぎゅっと抱き締める腕と、優しく頭を撫でる手の感触は、もう全然嫌じゃなくなっていた。  
むしろ…嬉しくて死にそうだった。  
私はこの人が嫌いじゃない。私はこの人が好きなんだ。  
 
がくぽさんと手をつないで帰って来た私を見て、マスターは一瞬なんだか悲しそうな顔をして、  
「いや、嫁じゃない…妹だから…」とか呟いた後、気持ち良く私のことを許してくれた。  
そういうわけで、新曲のレコーディングは再開された…けど、今度は、私が切ない恋の歌を元気良く歌いすぎるせいで、  
新曲は未だ完成を見ていない。でも、マスターにはちょっと申し訳ないんだけど、  
がくぽさんとのレコーディングの時間が続くのは、私にとっては、とても嬉しいことなんだ。  
 
 
後日談  
 
 
マスミク  
 
「ミクよ…」  
「なーに、マスター」  
「お前は何処にも行くな。間違ってもレンとなんか付き合うなよー」  
「ごめんなさいマスター、言うのが半年遅かったね…」  
「嘘だ…!」  
「そろそろメイコお姉ちゃんでも買ったらどうかな?」  
 
リンレン  
 
「そっかー仲直りできたのか。良かったな。これも俺のフォローがあってこそだな」  
「レン、多分それ全く信用されてないよ。だってがくぽさん思いっ切り腕掴んできたもん」  
「なんだ」  
「(それに比べて…ミク姉の勘は当たってたことになるんだよね…恐るべし)」  
「どうしたよ、急に考え込んじゃって」  
「んー…レンにはロードローラー市中轢き回しと、ロードローラーの上に全裸のまま縛り付けて晒し者にするのと、  
どっちやってもらおうかなーと思って…」  
 
がくぽ  
 
「(リン殿は拙者のことを『嫌いじゃない』と…これは脈が有ると考えて良いものか…)」  
 
 

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