我が家のお兄ちゃんは、世間のお兄ちゃんと比べると何だか斜めにずれている。言うなれば蛇行しつつの
右下がり。
それはそれで面白いと思うし、あたしは嫌いじゃないけど、レンはお兄ちゃんの危険性とやらを時々壁に
向かって呟いている。
そんなレンのがあたしは危ない気もするんだけど、どうなんだろう?
「ねえお兄ちゃん」
みんなが寛ぐ昼下がり、日曜のリビング。
あたしの呼び掛けにお兄ちゃんは楽譜から視線を外してこちらに顔を向けた。一緒に楽譜を覗き込んでた
ミク姉が、釣られてあたしを見る。
「何?」
「うん、また教えてほしいんだけどね」
落とされた溜息はハイハイマタデスネ、なんてお兄ちゃんの言葉が聞き取れそうな位だったけど、
そんなのはあたしには関係ない。
取り敢えずあたしの疑問にズバリと回答をくれるのは、遠慮や自重と無縁なお兄ちゃんしかいないんだから。
「で、今日の質問は何? 言っておくけど、俺にカイトの扱いなんて分からないからね?」
お兄ちゃんが言うカイトとはあたしがネットの世界で知り合って、お付き合いしている別の家の
カイトさんの事。優柔不断でアイスに弱くて、すぐに赤くなったり青くなったり見ていて飽きない人だ。
メイコさんと二人暮らしで妹というものに耐性がないらしく、振り回すととても楽しかったりする。
「うん別にカイトさんはいいの。っていうかお兄ちゃんじゃ何の参考にならないし。違いすぎて。えぇと
だから、カイトさんっていうよりKAITOの事なんだけどっ」
あたしの意外な語気の荒さにミク姉がビックリしたように目をぱちぱちさせた。
「KAITOっておっぱいおっきくないと勃たないの?」
プポッ、とメイコ姉が紅茶を噴く音がした。
チュドーン、ちゃらりらー…レンのゲーム機から物悲しい音楽が聞こえる。
ミク姉の口がパカッと開いて、アイドルらしからぬ顔になる。
「機種的にその股間はMEIKO専用? っていうかキスして押し倒しといて、人の胸触った途端毎回毎回
まいっっっかい!! 固まるのはなんで!? おっぱいはちっちゃくてもカタチと感度だっ、て隣のお侍さんも
神妙な顔して言ってたのにっ。お試し前から諦めるなんて、その壊滅的なまでの後向きマーチはイッタイ
どこをどーしてやれば止まるのっ?」
ぜぃぜぃと息を切らして言い切る。背後からはゲホゴホとむせて咳き込む声が続いていて、お兄ちゃんの
隣ではミク姉が自分の胸を両手で押さえながら、お兄ちゃんとあたしに視線を彷徨わせている。
お兄ちゃんは黙ったまま、持っていた楽譜を膝に置いた。
「いいかい、リン」
爽やかな笑顔でお兄ちゃんは続ける。
「してもらおうなんて思わなければ解決する事じゃないか。要は触られる前に勃ててしまえばいいんだよ。
あとは時間との戦い、そのまま乗ってしまうとか?」
ガッシャン! バリン!と立て続けの破壊音は背後から。
『あんたは何を妹に吹き込んでんのよぉぉっ』とメイコ姉の罵倒する声が重ねて響く。
すっ飛んできたメイコ姉に首を絞められながら、お兄ちゃんはキラッとあたしに笑いかけた。
「優柔不断なヘタレカイトなんて、勢いで押せば落ちるよ。愛しているなら問題ない、全力で犯しておいで」
「そ、か。愛…愛ならば仕方ないんだよねっ」
「そうそ…って、メイコメイコ。苦しいって」
メイコ姉の容赦無い攻撃はお兄ちゃんをギリギリ締めあげている。さすがにちょっと顔色がおかしくなって
きていて、気付いたミク姉が慌ててメイコ姉を引き剥がしに飛び付いた。
うんでも、お兄ちゃんはしぶといから放っておいても大丈夫だろう。
あたしはこくり、と頷くと勢い良く立ち上がった。
「お兄ちゃんありがとうっ。あたし頑張る、頑張ってカイトさんを愛ならば仕方ないにしてくる!」
「ちょっ…リン待ちなさいっこの莫迦の言うこと真に受けないで!」
真っ青な顔でメイコ姉が叫ぶ。顔色はお兄ちゃんといい勝負だ。
でもごめんなさい、リンは愛に生きますっ。
扉の前で引き止めようと立ちふさがるレンの股間を蹴り上げて撤去して、あたしは振り返り、兄に感謝を
こめて笑いかけた。姉妹にもみくちゃにされながら、青いお兄ちゃんがひらひらと手を振ってくれる。
「イッテキマス!!」
レンの呻きとメイコ姉の悲鳴と家族の喧騒を扉で閉じ込めて、あたしはよしっ、と気合を入れる。
腹を括ればなんだか、とっても簡単に何とかなる気がしてきた。
勃たせる過程が今一分からないけど、カイトさんに聞けば大丈夫だろう。苛める意味も込めて。
だってそう、愛ならば仕方ないし、きっと愛さえあればOKなのだから!