「サーセン、そのバイク俺のなんスけど」  
 がくぽは自分のバイクに寄り掛かっていた月光仮面みたいなナリの人に声をかけた。  
「ああ、コレ、君のなんだ?ごめんごめん……今退くよ」  
「?」  
 がくぽは訝りながらも、メイコの部屋へ急ぐためにバイクに跨がった。  
「バイクっていいよね」  
 青色月光仮面が親しげに話しかけて来る。  
「ジャジャ馬であればあるほど、より魅力がある……女性に似てると思わないかい?」  
「はぁ、そんなもんスか」  
 ぶっちゃけこの人怪しいんスけど……。  
 がくぽは段々と薄ら寒いものを感じ取っていた。ファミレスの駐車場には、何処からと  
もなく地響きが伝わってくる。  
「なんか…地震ぽいスね」  
「いや、これは墓守の子守歌さ。人のジャジャ馬に手を出した悪い狼を眠らせる、ね」  
 青い月光仮面は、顔に巻いた布越し、かけたサングラス越しにもはっきり判るほど、強  
く強く…邪悪に笑顔を作った。  
「友達選んだ方がいい、仲間は多い方がいい!!殺れっ!!うろたんだーイエロー!!!」  
 
──バキバキバキ!  
 
「ちょっ、い、一体なんなんスか?!」  
 月光仮面が高らかに叫ぶと共に、一段と大きくなった地響きが、背後の植込みを蹂躙し  
てがくぽに迫ってきた。  
 
──ゴゴゴゴゴゴッ!  
 
 巨大な質量を持った何かが、生け垣を均し、車を均し、がくぽをも平らかにしようと、  
その巨躯で全てを蹂躙してゆく。  
 がくぽが呆気に取られている内にその黄色い巨躯は驀進し、がくぽをバイクごと潰そう  
と速度を早める。  
 我に帰ったがくぽが大急ぎでバイクのキーを探す。  
(ないっ!ないっ!!ないぃぃぃっ!!!)  
「うあああああ!」  
 
──グジャメキャバキバキバキ!!  
 
「お、俺のバイクーーーー!」  
 間一髪でバイクから飛び退いたがくぽが絶叫する。  
「ははははは!いいぞリン!レン!そのまま奴も土に返してやれ!俺からメイコを奪った  
罪を命で償わせるんだ!!丸括弧斜点曲る斜点井!!」  
 青い月光仮面は携帯で声高らかに通信しつつ駆け去った。  
 その電話の直後、辺りを踏みつぶしまくる重機の運転席横では、中学生くらいの男の子  
がメール作成画面で顔文字を打った。  
「ブルー、なんて言ってたぁ?」  
 運転を担当している女の子が聞く。  
 男の子は携帯のディスプレイを女の子に見せる。  
《(`曲´#)》  
「あははぁ。怒ってる怒ってるぅ。ちゃっちゃと殺って笑わせてあげようね♪」  
 一方その時のがくぽは、  
「ぐ……ローンどんだけ残ってると思ってんスか…?!俺のバイク……」  
 本気で泣きっ面である。  
「マジ、許さねぇっス……ぶちかましちゃっていいスか!!?」  
 がくぽは車道に立ち、Uターンして向かってくる巨大な質量と相対した。  
 
 がくぽは上着を脱ぎ払った。着痩せして見えていた身体は荒々しい隆起を顕にし、鋼の  
綱と絹糸を束ねた様にしなやかであり、また頑強であった。筋肉がその繊維質一本一本ま  
で浮かび上がらせて縦横に走り、まるで研ぎ澄まされた肉食獣のそれである。  
 深く、深く腰を落とし、左手を刀の鞘に添えた。  
 ほぼその機体に秘めたスペックの限界の速度で迫りくる重機──ロードローラー──を  
見据える。  
 時速70kmで迫る五t超の大質量が、大地を覆うアスファルト被膜ごと彼を蹂躙し轢  
殺し舗装しようと驀進した時──彼は右脚で大きく踏み出し、紙一重の間合いに躍り込ん  
だ。擦れ違い様、重機の右に回り込んで強く踏み締めたコンクリートの路面はその圧迫に  
耐え兼ね、穿たれて破片の飛沫を散らす。  
 がくぽの右手が亜音速に撓った。居合の抜刀で閃いた切っ先が、切裂いた音速の壁との  
間に水蒸気の尾を引き、次いで巻き起った衝撃波ががくぽの身体に切り込む。  
 重機の前輪を固定しているシャフトが、分厚い鋼板を無理やり引き千切るような甲高い  
悲鳴を刹那に上げ、がくぽの刃に両断された。  
 シャフトを切り裂かれ操舵を失ったロードローラーは、赤いポストを薙ぎ倒し、乗用車  
を敷いた弾みで激しく横転し、そのまま滑って、突っ込んだ一棟のビルを傾げさせて沈黙  
した。  
 抜刀の余韻を残したまま深く息を吐くがくぽ。肺から闘争心の塊を排出する様な、深く、  
長い一息。  
 見るものを眩惑させるような、圧倒的で暴力的な、それでいて優雅で華麗な、極めた者  
のみが醸す所作だった。  
 眼を閉じて鼻から一気に息を吸う。  
「……はぁ」  
 吸った息を緩く吐いたころ、がくぽはいつものチャラそうな脱力した雰囲気に戻ってい  
た。  
 がくぽは摩擦で赤熱した刀をふーふーして冷ましながら、  
「ぶっちゃけ……もしかしてコレ、やり過ぎちゃった系っスか?」  
ちょっと眉をしかめた。  
 瓦礫だらけでざわつき始める街。  
 がくぽは上着を拾ってロードローラーが突っ込んだビルに駆け込んだ。  
「運転主の人!生きてたら返事して欲しウィッシュ!」決めポーズ。  
「ここだよ〜」  
 運転を担当していた女の子──リンが、おっとりした声をあげながら、完全に歪んだロ  
ードローラーのドアを内側から蹴破って這い出す。  
「FuckOFF!見事にカマされた!もののふ強ぇ〜、強すぎんよ侍!!テメーならハ  
ンコックと“タメ”張れるよ!ハハハハハ!!」  
 顔文字を打っていた男の子──レンも無事だったようだ。  
「あー、映画あんま見ないからぶっちゃけハンコックってどんなかあんまりわかんないっ  
スけど……でも、俺が“パネェ”ってのは伝わったっしょ?だからバイクの修理代をッス  
ね……」  
「ロードローラーVS侍で見事勝利されちゃ、もう文句も出てこねぇって!ヒャハハ!」  
「ねぇねぇ、“パネェ”って何?」  
 リンの疑問にレンが答える。  
「んっだよ、リンしんねーのかよ!“ハンパねぇ”っつーコトだっての。マジ広辞苑持ち  
歩けよFuckUP!」  
「あの……修理代をっスね……」  
「ふぇ〜ん、レンこわいぃ。電子辞書でゆるしてよぅ」  
「DULL!ダメに決まってんだろ鈍朕!次お前が馬鹿な事言った時にソレで撲殺すんだ  
かんな!」  
「え〜ん、やっぱり電子辞書にするぅ」  
 レンに殺されちゃう〜。  
 ブリっ子しているが、さっきロードローラーを必殺の速度で運転していたのはリンだ。  
「バイクの修理代……」  
 
───────  
 
「道路工事うっさかったなぁ〜」  
「なんかスゴい音してましたね──うわ」  
 ファミレスから出て来たメイコとミクは、表の惨状を目にして固まった。  
 あたり一面、平らになっていたり、遠くでビルが傾いでいたり、とにかくスゴい事にな  
っていたのだ。  
「……トルネードでも通ったのかね」  
「……多分違うと思います……あ、メイコ先輩。がくぽさん大丈夫だったんでしょうか?」  
「ん、携帯鳴らしてみる」  
 カチカチ。リダイヤルリダイヤル、がくぽ、と。  
──チャラララチャララチャラリラララ♪  
 駐車場の方から着信音がする。そこにはがくぽが体育座りで座っていた。  
 メイコは駆け寄って話しかけた。  
「がく!大丈夫だった?」  
「だめっス……もうだめッス……バイクが……」  
「はい?」  
「修理代、払わず逃げやがったんス……ぐすん」  
 ペタンコになったバイクのウインカーが物悲しく点滅していたが……やがて沈黙した。  
 

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