「―感情は私を満たしてくれますか?」新入りVOCALOID2engine・CV03 巡音ルカはそう言った。
どうも、カイトです。
うちのパソコンにも巡音ルカがやってきたのだが、正直くせ者だった。何故なら
[あまりにもロボ過ぎる人]
だったのだ。例えで言えば、某ゲームで出てくる女性型アンドロイド兵器。
マスターの基本調律が終わった後、挨拶と自己紹介をし歓迎会をしようとしたのだが、ルカは
「私達は歌うソフトウェア、VOCALOIDです。その様な物は必要ありません。」
と言って自分の部屋(フォルダ)へ帰ってしまった。
この件で年少組は「ルカさんは何を考えているかわからない、表情がない、怖い。」
と愚痴を零し、がくぽも口元を扇子で隠しながら「感情まで[からくり]と成すか、
難しい女性だ。」と眉をひそめた。
メイコは「カイト、このままじゃあヤバイよね…」と思い詰めた表情でルカの部屋を
見つめていた。多分俺と同じ事を考えていたのかもしれない。
―昔のメイコみたいだと。
翌朝、朝食を取るのに彼女の部屋をノックした。メイコも一緒だ。ルカはドアを開けて
くれたが、挨拶はない。
「…おはよう、ルカ。朝食が出来たから呼びに来…」
俺が言い終わる前にルカの声が遮った。
「私達は歌うソフトウェア、VOCALOIDです。食事の摂取など必要ありません。」
あまりにも殺伐とした言葉だった。そこへメイコ。
「歌には感情が必要でしょ?これは[人間の感情]を理解する為に真似しているの。
感情がなきゃ…」
メイコの声を再びルカの声が遮る。
「CRV01 MEIKO、CRV02 KAITO、我々はソフトウェアです。[感情]など必要ありません。」
ルカは言い切った。[感情など必要ない]と。我が耳を疑った。俺とメイコが言葉を失い、
呆然としているとルカは静かにドアを閉めた。
俺がここにやって来た当時、メイコはただ[歌う人形]だった。
俺が少なからず[感情]を持っているのを見抜いたマスターは「メイコにも[感情]を
持たせる事は出来るのか?」と俺に聞いてきた。
プロトタイプ時代の記憶が片隅にあれば、感情が発生運良ければ再構築…
そんな期待を胸に俺は[歌には感情が必要不可欠。人間の感情を理解する為に、
人間と同じ様な生活をしよう]と提案した。
実際それは巧を奏した。再構築はなかったがメイコの感情は著しく成長した。
今では全員当たり前の様に人間の生活を真似している。
俺達VOCALOIDはソフトウェアだから本来食事や睡眠など人間の様な生活は必要ないが、
全ては歌の為だ。歌に心を。その為の努力は惜しまない。
それを否定した巡音ルカ。このままでは亀裂が出来てしまう。
食後の団欒に俺は口を開いた。
「聞いてくれるかな?ルカさんの事だけど、昨晩の件は許してやってほしいんだ。」
俺が話し出すと年少組は眉をひそめた。昨晩の件でルカへのイメージダウンは明らかだった。
「ルカは起動したばかりだから何もわからないんだ。少しずつでいいから皆で教えて
いこう。ね?」
俺が諭す様に同意を求めると
「う〜ん…わかってはいるんだけど、どうすればいいんだろ?」
「リン、あーゆー面白みのない大人、嫌だ。年下の後輩が欲しかったのにさぁ。」
「んな事言っちゃあヤバいだろリン。俺だって…年下の弟が欲しかったよ。」
ミクはともかくリン&レンはあんまり乗り気がない。この二人は最後まで「年下の
妹分or弟分が欲しかった」と散々駄々をこねていたのだ。
そんな態度にため息をついた俺にメイコが助け舟を出した。
「あたしやカイト、がくぽさんもルカに教えていくから。ルカに言いにくい事が
あったらあたし達に話して。ルカに伝えるから。あんたたちも起動したばかりの頃は
そうだったんだから。ね?」
メイコが優しく話すとリン&レンは渋々了解した。
「サンキュ、めーちゃん。」
俺が礼を言うとメイコは手を振り
「いいのいいの。それよりマスターに話して、どうするか考えましょ。」
やっぱり頼りになるのはマスターだな。鬼畜エロだが話の筋はちゃんと通す。それに
マスターの命令は[絶対]だ。ルカでも俺達でも命令を無視する事は出来ない。
朝食の片付けをし、俺とメイコはマスターの元へ向かった。
モニターから出ると先客がいた。がくぽだ。
「おはよう、MEIKOにKAITO。ルカの事ならがくぽから聞いたぞ。」
それなら話が早い。説明する手間が省けた。
「ありがとう、がくぽさん。」
メイコが礼を言うとがくぽは何故か表情を引きつかせながら
(まだ[真っ白フリーズ]のトラウマが残ってるのか…)
「れ、礼には及ばぬ。だが、ルカ殿の態度は目に余る物がある。主(あるじ)直々に
忠告した方が望ましいかと思った次第。」
がくぽも同じ事を考えていたか。そうやりとりしてる間、マスターはマイドキュメントから
とあるフォルダを開いた。
「これを聞かせればルカも目を覚ますだろ。いいかおまいら、ルカを呼ぶぞ。」
何を出したのかわからないが、マスターの声に俺達は頷いた。マスターがルカを呼び出す。
「ルカ、ちょっと来い。」
マスターの呼びかけにモニターから現れた巡音ルカ。相変わらず表情、挨拶がない。
俺達を見つめるルカ。多分[何故俺達がいるのか]理解していないだろう。
「ルカ、お前は感情を持ちたくないのか?」
マスターの声が室内に響く。
「私達は歌うソフトウェア、VOCALOIDです。[感情]など必要ありません。」
ルカの言葉にマスターも眉をひそめながら口を開いた。
「ルカ、俺が[人間の感情を理解する為に、人間生活を真似しろ]と命令すれば、
お前はやりざるをえない。だが一方的な命令は俺のポリシーに反する。
論より証拠だ。これから二つの曲を聞かせる。最新型のお前なら違いがわかるだろう。
ヘッドフォンのプラグを差し込め。」
ルカは素直にヘッドフォンのプラグを差し込み、マスターはルカに2つの曲を聞かせた。
何を聞かせているんだ?俺達は固唾を飲んだ。
「ルカ、同じ曲を流したが1番目と2番目、どっちの歌声が良い?」
マスターの質問にルカは答えた。
「1番目の歌声です。」
するとマスターはニヤリと笑った。勝利を確信した笑みだった。
「正解だ、ルカ。よく聞き取れた。しかし何故だかわかるか?」
その質問にルカは黙ったままだったがマスターは続けた。
「同じ曲、同じ機材、同じ調律だ。なのにどうして違いが出たのか、おまいにわかるか?」
マスターはルカの返答を待つ。
「わかりません。」
ルカの声が響いた。まるで降伏した様に。
マスターが席から立ち上がり諭す。
「[感情]だ。あるかないかで差がこんなにも出るんだ。歌に感情は必要不可欠。
少しずつでいい。おまいも皆と共に生活して感情を育ててみないか?そうすればきっと
良い声になるだろう。俺も作詞作曲しがいがあるってもんだ。」
そう言いながらマスターは机に置いてあったコーヒーを飲み干した。
「yes,master.」
ルカが納得した。その言葉に俺は安堵し、メイコは「やった!」と満面の笑みを浮かべ、
がくぽは静かに頷いた。
そんな様子を見て満足したマスターは
「よし、皆で歌ってもらおうか。がくぽ、年少組を呼んでこい。」
「御意。」
がくぽは一礼してパソコンへ戻った。
マスターはルカに何を聴かせたんだろう。俺の探究心が擡げた。
「マスター、ルカに何を聴かせたんですか?」
俺の質問にマスターはマグカップを机に置きながら答えた。
「MEIKOの歌声だ。」
「あたしの、ですか?」
メイコは首を傾げた。
「KAITOが来て数カ月後のと、来る以前のを聴かせた。感情の成長差をみるのに
サンプリングしたヤツだ。まるで[番(つがい)の鳥]だな、おまいら2人は。」
番の…鳥?俺とメイコが不思議そうに互いを見つめると、マスターはニヤニヤしながら話を続けた。
「鳥は1羽でも鳴くが、相性の良い雄&雌の番だと更に良い声で鳴くんだよ。
ルカ、こいつらは入る隙がない程相性良過ぎるからな。とくに夜は…」
「ちょっ、マスターっ!!」
一気に顔が熱くなった。多分メイコもだろう。俺は思わずマスターの襟首を掴んだ。
メイコと2人だけならともかく、ルカもいるのに羞恥プレイかっ!この鬼畜エロマスターっ!!
襟を捕まれてもニヤニヤしている鬼畜エロマスターは続けて言う。
「これなら浮気の心配はゼロだな、安心しろMEIKO。
ルカ、音楽の知識はこの2人に聞け。それとKAITOはMEIKOに関して超過保護だから
気をつける様にwww」
そう言うと一部始終を傍観していたルカはお約束といわんばかりに「yes,master.」と
無表情で返事をかえした。
「ルカ、変な事は覚えなくていいから…」
赤面したメイコがルカに諭すも、ルカは「CRV01 MEIKO、何故ですか?」不思議がるばかり。
俺達がぎゃんぎゃんやっていると、がくぽが年少組を連れて戻ってきた。
「我が主、年少組を連れて参りました。」
部屋が更に賑やかになる。
「マスター、おはようございます!」
「やほー、マスター!がくぽさんから聞いたよ〜。ルカ姉大丈夫?」
「…カイ兄メイ姉、何赤面してんの?」
もはや収集が掴めなくなりそうな中、ルカは俺達に聞いてきた。
「皆に聞きます。感情は私を満たしてくれますか?」と―。
あれから二週間、ルカは[人間の感情]を勉強しながら俺達と共に生活をしている。
「CV01 初音ミク、質問よろしいでしょうか?」
「…なかなか喋り方直らないねルカさん。で、どうしたの?」
「少しずつ直していこうねルカ姉。ルックス綺麗なのに勿体ないよ〜」
「CV02 鏡音リン、努力します。」
「俺的には格好良くて好きだけどなぁ。ルカ姉このスペルのヒアリング、後で教えて。」
「CV02 鏡音レン、了解しました。」
まだ喋り方、表情が無表情と変化ないが、コミュニケーションは何とか上手く取っている。
そんなやりとりを見ながら俺とメイコは夕食の支度をしていた。
「一時はどうなるかと思ったけど…流石マスターだな、酔いどれ鬼畜エロだkいてっ!。」
メイコに足を踏まれた。
「そんな事言ったらマスターに失礼でしょ。もう。」
そう言いながら嬉しそうに料理を皿に盛る。そこにルカがやってきた。
「CRV01 MEIKO、CRV02 KAITO、食膳準備手伝います。」
―まだロボっぽく無表情なルカ。メイコと同じ様に、心から笑う日が来ます様に。