それは、皆が昼食を取っている時に起こった。  
食べるのも遅いし、いつもより口数が少ない、と皆が思っていたリンが、突如口を押さえてリビングを飛び出したのだ。  
残された5人は只ならぬ様子に呆気に取られる。我に返ったがくぽが慌てて後を追いかけた。  
 
(おいおい、まさか…リンのやつ)  
(吐きそうだったわよね…)  
(あれって、まさかつわりってやつ?)  
(まだ14歳なのに!お兄ちゃんは悲しいぞ!)  
なかなか戻ってこないのでそのようなことを目で会話していると、がくぽが悲愴な顔で戻って来て、体調を崩したようだ、と告げる。  
((((嘘っぽいど!))))  
 
 
リンを追ってトイレへ行くと、便座の前にへたり込んでえづいている姿が目に入った。  
独特の臭いがしないのに気付き吐いたものを覗くと、未消化のまま出てきているようだ。  
吐くものがないのに止まらないのだろう、苦しそうにしているその背中をさすってやる。  
どうも、胃が弱っているらしい。落ち着いたら林檎でも擦ってやろう。  
リンは、しばらくして弱りきった様子で吐くのをやめた。  
「少し横になった方が良いな」  
「ごめんなさい」  
「なにを謝ることがあるのだ。ほら、ベッドへ行くぞ」  
リンをベッドへ運ぶと、取り敢えず皆が心配をしているだろうから、とリビングへ戻った。  
 
 
「えーっと、何か買って来ようか?果物とか、食べやすそうな物」  
メイコが気まずそうに申し出る。  
「それは有り難い。ひどく辛そうで、自分は側にいてやりたいので」  
「ちょっと待ってくれ、がくぽ君。俺は情けない。君がついていながら…」  
「ちょっと、今はそんな事を言ってる場合じゃないでしょ?」  
「申し訳ない。もう少し注意してやっていれば…と。悔やんでも悔やみ切れない」  
心底辛そうな様子のがくぽにカイトもそれ以上なにも言えなくなる。  
「取り敢えず、がくぽさんはリンちゃんについててあげて欲しいです。心細いでしょうから」  
「ああ、そうさせて頂く」  
「待てよ!」  
「レン殿、なんだろうか」  
「ちゃんと、してくれるんだろうな!そりゃあいつはわがままで甘ったれだけどさ、だからって放り出したりしたら、承知しないからな!」  
「レン殿…勿論、出来るだけの事はしてやるつもりでいる」  
そう答えると、がくぽは急須に湯を入れてリンの湯呑みを持って出て行った。  
 
 
「リン、少しは落ち着いたか?」  
「お腹気持ち悪いよ。がっくん、膝枕して?」  
心細げな頬を撫でると手をぎゅっと掴んでくる。  
「その前に、白湯を飲もうな。胃を温めればましになるかもしれん」  
「うん」  
熱いのかちびちびと飲んでいる姿を見て、水分まで受け付けないわけではないらしいと安心した。  
それにしても、と先程のリビングでのやり取りを思い出す。  
彼らは余程リンが可愛いのだろう。少し非難もされたが、それは自分にリンを任せているという事でもある。そう考えると、目の前の少女を守ってやらなければという気持ちが更に強くなる。  
「少しは温まったか?」  
そう言ってお腹に手を伸ばして撫でてやる。  
「くすぐったいよ」  
くすくすとリンが笑っていると、メイコ殿が入ってきた。  
「リンちゃん、少しは楽になった?」  
「ごめんね、リン、メイコ姉の言うことちゃんと聞かなかったからかも」  
「いいのよ、そんな事」  
心なしか目が潤んでいるようだ。メイコ殿は割に心配性だったのだな。  
「果物とか買ってきたから、お腹空いたら食べるのよ。あと、ゆっくり休んでいいんだからね」  
「ありがとう。でもね、そんなにひどくないと思うから」  
「駄目よ、今が大事な時なんだから、ね?きちんと休みなさい」  
メイコ殿が出て行くと、リンと顔を見合わせて少し笑ってしまう。  
「メイコ姉、大袈裟だね。夏バテ位で」  
「心配してくれているのだろう。良いお姉さんだな」  
 
 
様子を見に行ったメイコが戻ってくると、どうだった?というような視線が集まる。  
「なんか、幸せそうだわ。がくぽ君、リンちゃんのお腹に手当てちゃったりして」  
「そっか。リンちゃんが泣いてないならこれで良かったんだよね」  
「そうね、がくぽ君だって付きっきりでいてくれてるし、心配する事ないわよね」  
「俺、子供とか触った事ないんだけど、勉強しなきゃな」  
「でも、リンはまだ14歳だぞ、俺は反対だ」  
「ちょっと、馬鹿な嫉妬してるんじゃないわよ。全く…シスコンなんだから」  
「そういう問題じゃないよ。めーちゃんはリンが心配じゃないの?」  
「心配だけど、リンちゃんの気持ちを尊重すべきでしょ。リンちゃんの体なんだから」  
「そうだよ、カイト兄。大体リン言い出したら聞かないしさ」  
「俺は反対だ!」  
そう言ってカイトは自室に戻ってしまった。  
「全く、頑固親父みたいだな」  
「がくぽ君が来るまで猫可愛がりだったしね」  
「ま、いい機会かもな、妹離れの」  
「レン君は大人の対応だったね。見直しちゃった」  
レンは満更でもなさそうに答える。  
「リンの考えなら分かるからな」  
 
 
夕食時、皆と一緒に食卓についたリンは病人らしく卵粥を冷ましながら食べている。まだ少し辛そうには見えるが、戻す気配はないのに安心する。  
しかし、他はいつも通り…の筈だが何か場の空気がそらぞらしい。  
先程からむっつりと黙り込んでいたカイト殿が口を開いた。  
「がくぽ君、リン、聞いてほしい」  
「どうかしましたか」  
「どうしたの?」  
返事をする為に急いで飲み込んだのだろう。あちち、とリンが呟く。  
「はっきり言うと、俺は反対だ」  
「ちょっと、やめなさいよ」  
「そうだよ、何もこんな時に言わなくたっていいじゃない」  
「大人気ないぞ」  
話が見えずにリンと顔を見合わせた。リンもきょとんとしている。  
「えーっと、何の話?」  
「だから、リンの体の事だよ」  
再び顔を見合わせる。何の事やらさっぱり分からない。  
「あのね、私達何となく感づいちゃってて、隠さなくていいのよ?」  
「はぁ…」  
隠している事などないのだが、どう答えたら良いものやら。  
「ね、リンちゃんはそれでいいんでしょ?」  
「俺達も出来るだけサポートするからさ」  
「俺は反対だ!」  
「あの、申し訳ないが、何の話だか、全く…」  
「まさか、リンちゃん何も言ってないの?ていうかがくぽさん、ずっと一緒にいて気付いてないなんて」  
何か見落としていたのだろうかとちらりと見るとリンは怪訝な顔をしている。  
「ほら、だから嫌なんだよ。リンの事全然見てないじゃないか。こんな男にリンが妊娠させられたかと思うと俺は…」  
「「は?」」  
思わずリンと声が重なってしまう。  
「ちょっと待って頂けないか。リンが妊娠とは一体…」  
「リン、夏バテだけど。ねぇ?」  
 
「「「「夏バテ!?」」」」  
「え、だって、悔やんでも悔やみ切れないとか」  
「リンの不調に気付けなかったのが不甲斐なかったという意味だが」  
「だって、あたしの言う事ちゃんと聞かなかったとか」  
「メイコ姉、クーラー付けっ放しで寝ちゃ駄目っていっつも言ってたでしょ?」  
「体調を崩したようだと申し上げた筈だが…」  
「じゃあ、あたし、今日ずっと妊娠してるって思われてたの?信じられない!」  
立ち上がってそう叫ぶように言うと、リンは口元をがばっと覆った。  
慌ててトイレに連れて行き背中をさすってやる。怒りで胃がムカムカするというのは本当なのだな…  
 
 
「誰だよ、妊娠とか言い出したの。俺、育児書注文しちゃったんだけど」  
「夏バテ…遅いよね」  
「いや、でも勘違いで良かった」  
「いいけどあんた、思いっ切りがくぽ君に喧嘩売ってたわよ?」  
「…斬られるかな」  
「斬られてみれば?」  
 
カイト終了のお知らせ\(^O^)/  
 
 

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