草木も眠る丑三つ時。でもないか。もう明け方近く?わかんね。
とにかく、俺の部屋に誰かが入ってきた。
誰かってのはわかっているんだけど。
問い詰めるのもなんだから、そのまま狸寝入りを続ける。
「うぅーーー」
背中にくっついてくる温かい感触。
結構定期的にリンは俺の布団に潜り込んで来るんだよな。
どうも感情が不安定になると……ってカンジなんだと思う。
しばらくピッタリくっついて、皆が起きてくる前に自分の部屋に戻っていく。
で、朝には何も無かったかのように、いつもの明るいリンに戻ってる。
まぁ、他人の体温って心地良いもんだからなぁ。
俺も嫌じゃないし。
それで落ちつくんだったらそれでいいや。
定期的……?ホルモンバランスの変化とかじゃないよなぁ。
どうなんだろ?そんな機能あるっけ?
いや、まぁ、俺も出るモン出るし。うーん、わからない。設計的にどうなん?
もう少ししたら、いつものようにこっそりとリンは部屋を出て行く。
はずだったんだけど。
「…ん……ふぅ……」
ちょ!何か背後で息を荒げてるんですけど!!
『くちゅ』っとか、何か卑猥な音もしてるんですけど!!
勘弁してよ!!こっちは寝起きで血液とか、簡単に下半身に集まっちゃうって!!
「……もう大丈夫かな……?」
パジャマが床に放り投げられた音がした。
「よっこいしょっと」
背を向けていた俺は、あっさりと裏返され、馬乗りにされてしまった。
「……あのーリンさん。何をしようとしてるんですか?」
寝たフリをするのももう無理。止めなければ。色々マズイ。
「リンのこと抱いて!女にしてよ!」
「おまっ!!流れとかムードとかそんなのは無ぇのかよ!直球過ぎだろ!」
「うるさーーーい!!いつまでたっても何もしないレンが悪いんだからーーー!!」
叫びながら、俺のパジャマのズボンを引きずりおろした。下着も一緒に。
「えへへー。さっきの音で勃っちゃったのかなー?」
「うっせー!!寝起きなんだよ!若者なんだからしょうがねぇだろ!」
必死で抵抗すればねじ伏せることも出来るんだが…
下半身の方が今大変で、思考がどうも追いついていかない。
「じゃ、入れるね……」
「ちょ!お前初めてなんじゃねーのかよ!?」
「何言ってんのよ!バカ!!当たり前でしょ!」
「ならもうちょっと、待てって!!」
滑った肉の当たる感触が、脳髄を直撃する。
衝動に身を任せても良いと思った。本能の赴くままに。
腰を沈めていくリン。見慣れているはずの片割れを直視できなかった。
自分の知らない、そんな部分を。でも、目を閉じればその分感触は研ぎ澄まされてしまって。
「……いたっ……」
動きが止まった。その声に一気に現実に引き戻された。
「お前!何そんな無理してんだよ!」
その腰が、それ以上降りてこないようにウエストをガッと掴んだ。
「バカ!ずっと待ってたんだから!私はレンが好きだし、レンも私のこと好きでしょ?!」
「だからって!そんな無茶すること無いだろ!!」
「だって、だって!!MEIKO姉だって、ミクちんだって!
私達ずっと前からラブラブだったじゃない!なのになのにーーー!!」
泣きながらリンは叫んだ。
「ちょ!!動くな動くなっ!!」
あーーーーだめだーーーーーーー!!
先っちょがーーー先っちょがーーーー!!!気持ち良すぎだってーーー!
間一髪でリンを引き離して。暴発。
「……くっ……!!」
一部はリンにかかり、ほとんどが自分にかかり。
どう見ても精子です。本当にありがとうございました。
「レンのバカーーーーーー!!」
さっさとパジャマを着て部屋を出て行くリン。……理不尽だ。
これはどうしたものか。とりあえずケフィアを何とかしなくちゃなぁ。
だってさぁ、色々思うところもあるじゃん。
姉達に触発されたってのはわかるけどさ。そりゃ俺だって何か焦ったけどさ。
思春期真っ只中ですよ?設定年齢が。
そりゃー若い衝動もぶっちぎりだけどさ、脳味噌だって中二真っ盛りだよ?
このただれたPCの中じゃ、色々考えちゃうって。
据え膳も食えない様な情けない男で悪かったな!
……それに、痛がってたじゃないか。
幸い今日は日曜日。
我が家では各々が勝手に起きて活動、ってカンジになっている。
流石に同じ食卓を囲む度胸は無い。
その辺も考えての行動だったんだろうか?女はわからん。
「あれーリンはー?今日買い物に付き合えって言ってなかったっけ?」
「まだ起きてないみたいー」
女どもの声を無視して、牛乳瓶とコッペパンを確保するとそのまま家を後にした。
なんとなく、居辛かった。
……リン、泣いてたよなぁ。
ホントにこっちだって我慢してるのになぁ。
何かが変わってしまうのが怖い、って言ったほうがいいのか。
やっぱチキンなんだろう、俺が。情け無い。
女にあそこまでさせておいて。自己嫌悪にも陥るわ。
拒むよりも拒まれた方が凹むよな。どうしよう。
自分がこのまま成長しない、ってのが一番のネック。
リンと大して体格差もないし、兄貴達みたいに(それなりに)しっかりした体でもない。
だからといって待っていたところで何も変化は無いんだもんな。
感情、もしくは衝動に任せて俺が抱いてしまっていいものなのか?
それがリンの望んでいることだとしても。
川原の土手に座り込み、やっと朝飯。
「ったく、どうしよう。このままじゃ家に帰れねぇよなぁー」
ホントに。今後の方針を立てないことにはどうにもならない。
リンが何事も無かったかのように振舞ってくれるのなら……
いや、それは何の解決にもなってないよな。
パンを牛乳で流し込むと、そのままひっくり返って空を眺める。
「責任者出て来いーーー!!感情なんてめんどくせー物プログラムすんな!!」
雲に向かってそんな事を呟いたところで返事があるわけ……って。
「おぉ、レン殿ではないか?」
うわ、紫侍だ。しかも紫のジャージ姿だ。日曜の朝にジョギングか。
「どうしたのだ、えらく悩んでおる様に聞こえたのだが」
……今の、聞かれてたのかよ。最悪だ。相談…いや、無理だろ。
「リン殿の事で悩んでおるのではないのか?」
ちょ!何こいつ、エスパー?
「いやー、先日『好きな男の子オトすにはどうすればいい?!』って訊かれてのう…」
「何か変なこと吹き込んだんじゃないの?!」
「い、いや、『自分の気持ちに素直になるのが一番』、とだけ言っておいたのだが!
色々技術的なことを訊いてきたが、それは流石に言えまいて!」
うわぁ、方々に問題発言振りまいてるのかよ!
「…神威さん、ナニ訊かれたんすか?」
「うぬぅ、リン殿の口から出た言葉とは……と、かなり凹んだとだけ言っておく…」
遠い目をしてるよ!やべぇ、こりゃますますやべぇ!!
「…答え方に問題があったのだろうか。少し位なら相談に乗れるかも知れない。
というか、拙者のせいで拗れたのかと思うとなんとも……」
色々斜め上だけど、割と考え方はまともなんだよなぁ、この人は。
バカイト兄よりはずっと頼りになりそうだ。程よい距離もあるし。
「ぶっちゃけ。今朝寝込みを襲われた」
「…素直と言えば素直には違い無いのだが……そうきたか……!」
「俺、必死で拒んだんだ。何か、受け入れたらダメな気がして。
でもそのせいでリンを傷つけた……」
暴発したのは情けが無いので言わなかった。
「誠にリン殿の事が好きなのだな、レン殿は」
「ん…そりゃまあね」
「大事過ぎて、そこから先に進めぬ、と言った所か……」
確かにその通りかもしれない。
辛い思いをさせるのも、性欲の捌け口にしてしまう可能性も、考えたくない。
「ただ、その行為自体そんなに罪深く感じる必要もないと思うのだが?」
うん、そりゃわかってるんだけど。
「人間を模して我々が作られた、って所から付きまとう問題だと思うのだが。
そもそも生物ではないのだから、繁殖する必要も無いわけではないか。
だからこそ意味合いというものが判らなくなるというのも道理かもしれぬな」
「性別さえも声で決められてるんだもんなー。そりゃ意味もわからなくなるかも。
俺らの場合なんか、その辺の境目さえも微妙なカンジだから余計にさ」
……こんな事、他人に話すのは初めてだ。
話したところでわかってもらえるなんて思った事は無かったから。
やっぱこの人はなんか不思議だ。
「現実問題として、二人の関係が変わってしまったのは事実であろう?
それが一方的にリン殿が望んだのだとしても。
あとはどう受け止めてどう返すかはレン殿次第ではないか」
「……やっぱり俺が肝を据えなきゃいけないのかなぁ」
「それこそ『自分の気持ちに素直になるのが一番』だと思うのだが…」
「うん……」
沈黙が訪れる。そして、甲高い声が響き渡る。
小学生が河原で野球を始めたらしい。
いつの間にかかなり時間が経っていたのだろう。
どうしたものか…。
完全に自分の世界に入り込んでた俺に、神威さんは話しかけてきた。
「そうだ。哲学者の話でこんなものがあったはずだ。
男女というのは元々一つのものだったが、神の怒りに触れ別々の体になった。
在りし日を懐かしみ、自分の半身を恋い慕うようになった、という話だ。
お主らはまさにその通りなのではないか?生い立ちからして」
そして、笑顔でこう続けた。
「何と言うかだな、もう少し、自分の事を信じても良いのではないか?」
なんだろう。その一言で視界がパッとひらけたような気がした。
「ありがと、神威さん。なんか覚悟が出来たカンジだよ」
「それならば良かった」
居ても立ってもいられなくなった。今すぐリンに会いに行こう。
「んじゃ、俺行く……いやいやいや、ちょっと待って!」
我が家の状況は恐らく変わっていない、もしくは姉達が間に入って更にややこしく…
「ごめん、ちょっと家には帰れないかも…しばらく匿ってもらってもいい?」
「今、女達の城に乗り込んでいくのは命知らずかも知れぬな。
まぁ我が家でデータベースでも見て、知識を蓄えておけ」
なんて面倒見のいい人なんだ!人の情けに触れて泣きそうだよ。義だよ義。
「で。神威さんたちはどんなカンジなの?」
「流石に講釈垂れた後では、自分達の事は言えぬなあ……」
バツの悪そうな顔で言う様子を見て、思わず吹き出してしまった。
そっか、この人も同じなのか、なんてちょっと安心した。
……越えられない壁R18。大人すげー。
いや、データ的にその辺で色々得ることは出来るけどさ、一応未成年じゃん。
自重したりしてみなかったりして、ここまで至ったわけで。
っていうか、コレを俺に見せていいのか神威さん。
俺、今まさに歩くエロ辞典だよ。
「あぁ、気にするな。娯楽用ではなくてあくまで実用系だ」
「うーん、そう言われれば確かにそうかも。あ、でもなんでこんなのが?」
「……最初っから大人というのも中々辛いものがあるでのぅ。
まぁそんなわけで空き時間にこんなデータベースも見せられておったのだ」
あ、そっか。この人出てきてまだちょっとしか経ってないよなぁ。
研究所内と、ここに出てからの時間を考えても…うん、普通に色々厳しいな。
「で、結果的に実践的はどうだったん?」
「その辺は問題無かったが、先行した知識と積もり積もったものがあったのでな、
色々自重できずに暴走した。正直すまんかった。反省はしておるが……」
うわ、微妙ににやけてるよー。なんとなく見ちゃいけないような気がして目をそらす。
とりあえず知識的なものはクリアー。
後は現実問題、今日決着をつけるためにはどんな戦略を組まなければならないか。
「ミク殿は拙者が呼び出して、こちらに拘束しておこう。プレイ的な意味でも」
何か言ってるけど、ここは華麗にスルー。
「後は、KAITO兄とMEIKO姉だなぁ…。日曜の夜は家でまったり映画鑑賞だもんなー」
「ここは、マスターに呼び出しをしてもらうという事でどうだろうか?」
それが一番確実だが…あの人が何も言わずに条件を飲むとは思えない。
カプ厨、カプ化推進派、ではあるが、何かろくでもないことをしそうな気がする。
かといって夜に外に出歩くわけにも行かないし。一般的な条例的に。
リンと二人きりになるにはやっぱり直談判しか!!
あ、マスターちょうどPC立ち上げてるみたいだ。
ちょっと画面をいじって気を引く。
『ちょ!まぶしっ!えっと2エンジンの方?』
こうでもしないとこっちから接触する事は出来ないしね。
「よっこいしょっと」
アプリケーションを起動され、やっと画面の外に出る。
「良かった!マスター、話があるんだ!」
「あーん?今晩KAITOとMEIKOを呼び出せって?」
「お願いします!一生のお願いなんです!なんでもします!
女装だって、ショタ丸出しのネタだって、何だって!」
覚悟を決めて、俺は言い放った。どんな事をするのも厭わない。
少しでも、状況を良い方向に持っていくために。
「あ、大丈夫、気を使わなくていいよ。その気になったってだけで嬉しいし。カプ厨的にも。
それに、そんなネタは気が向いたときに強制的にさせるしー」
……優しいのか?それは優しいのか?!
「まぁ、寒梅とダッツでもチラつかせりゃー、確実におびき寄せられるから任せときんしゃい。
歌わせてから飲ませて酔い潰してやるよ」
うわぁああ、この人なんだかんだ言ってやっぱり優しいよ!
「いやぁ……それでリンのヒスが治まるんなら…ねぇ…。さっきもちゃんと歌ってくれないんだもんー」
あぁ、ここにも被害者が居たのか。
「それに、質問攻めにされるし。誰よあんなびみょーな知識与えたのは!姉二人か!?」
「……マスターじゃなかったんですか?」
「いや!違う!これじゃまずいと思って正しい知識を与えるために『コイ●ミ学習ブック』を貸してやった!」
……そこですか?情報の内容ではなくて正誤の問題なんですか?
「まぁ、任せて。多分心配しなくていいから。リンも諭しておいたしさ。
亀の甲より年の功さね。頑張れ少年!」
「それに、隠し撮りしちゃうしねぇ。リンにも頼まれてるしー」
ん?なんか言ってるけど、イマイチ俺には聞き取れなかった。まぁ、問題は解決。
さて、やってまいりました。半日位ぶりの我が家。
リビングの灯りが点いていない、ということは人数は揃っていないって事だ。
そして、一部屋だけ灯りが点いている。他ならないリンの部屋。
俺は唾を飲み込んでその灯りを睨み付ける。
『あとは、俺次第……』
鍵を開け、ただいまも言わずに駆け上がる。
「リン!!ごめん!俺っ……!」
目の前の光景に息を呑む。
リンはベッドの端にちょこんと座り、薄手の白いワンピースのような、フワフワひらひらした服を着ている。
いつもの格好とは全然違う、女の子らしい格好。
言い過ぎかもしれないけど、天使とか、花嫁とか、そんな単語が思い浮かんだ。
「えへ、驚いた?これ、マスターが選んでくれたんだ…」
な!意外にいい趣味してんじゃねぇか!!
「ごめんね、レン。私、自分の事しか考えてなかった。
お姉ちゃん達に張り合おうとしてたんだもん。バカだよね。
でも、きっとこうやってレンが私のところに来てくれるって信じてた……」
思わずリンを抱きしめる。すると、リンは俺の腕の中で嗚咽を始めていた。
「……レン…好き…大好き……でもこの気持ちどうしたら良いかわからなかったの……!
お姉ちゃん達みたいに、抱かれたら何か判るかも知れないって思ったの……!!」
リンも一緒だったんだ。好きだって気持ちをどうしたらいいのか悩んでいたのは。
やっぱり、同調する何かがあるのかもしれない。
「……ごめん、リン。俺も同じだったのに、わかってあげられなかった。
俺もリンの事、大好きだ……!」
「レン……!……んっ…」
これ以上、何も言えない様に、リンの唇を塞いだ。