今日はPVの撮影に行ってきた……んだけど、あの監督ちょっと本格志向すぎ!
教室で抱き合うシーンとか何度も取り直しだし、もっとギュッと抱き合ってとか言われるし、
カイトは役に入り込みすぎてなんか右手で変なところ触ってくるし!
マフラーに包まれて写真撮る時も何テイクも重ねて、その間ずっとほっぺたくっつきっぱなしだし、
あ〜もう! なんでよりにもよって相手役がカイトなわけ!?
もうあのアホ面を見るたびに、アホの匂いとかひ弱な体の感触とか息遣いとかフラッシュバックしてきてもう最悪なんですけど!
これまではただのアホって分類だったのに、今はただのアホ男って感じ。
変に意識する必要は無いのは分かってるのに、妙に男の部分が気になってしまう自分に腹が立つ。
好きとかじゃない、断じて違う。
でも、レン以外の男とあんなに体くっつけあうのってはじめてだったから、頭がぽや〜ってなってしまったのは確かだ。うう、不覚……
やっぱり14歳の繊細な女の子にあの撮影は刺激が強すぎだよ、監督さん。
どうやら色々と意識しちゃってるのはあたしだけではないっぽい。
レンも、あたしやミク姉やメイコ姉と目を合わせようとしないで、携帯ゲーム機にずっと目を落としたままだ(ガキのレンにはこっちのほうがお似合いよね〜)。
「今日の撮影楽しかったねー」
ミク姉がレンに話しかける。
「うん」
「PVみたいに、今度一緒に寝よっかー?」
ブハッとレンが飲んでいたコーラをゲーム機に吹きかける。ゲホゲホと咳き込むレンの背中を、ミク姉が慌ててさすってあげる。
「ミ、ミク姉、な、何言ってんだよ? お、俺たち姉弟なんだから、そ、そ、そんなこと……」
「あ、そっか2人で寝るより5人一緒に寝たほうが楽しいよね! でも5人用ベッドってあるのかなぁ?」
「……ミク姉、あのベッドシーンの意味分かってる?」
「うん、一人で寝るより二人で寝るほうが楽しいってことだよね! ミクもたまにリンちゃんやメイコさんの部屋に行って一緒に寝るんだけど、夜中までお喋りしたりしてすっごく楽しいよ!」
どうやらミク姉は自分の役柄を全く理解していなかったらしい。その歳でそれは色々とヤバいよミク姉!
でもこの鈍感っぷりがちょっぴり羨ましかったり。
ミク姉があたしだったら、今頃あんなアホ男のことが頭から離れなかったりはしないんだろうな。
ああ、やっぱ今日のあたしヘンだ。もうお風呂入ってさっさと寝よう。
喧嘩しても翌朝には仲直りが我が家のセオリーなんだから、きっとこのヘンな気持ちも朝にはセオリーに乗っ取って綺麗に消えてんじゃないかな。きっとそうだ。そうであれ。
そう思って廊下を進んでいると、
「「あっ」」
なぁんでこんな間が悪いんだろ。
お風呂場の入り口で、出てきたカイトと鉢合わせになってしまった。
まただ。カイトの顔を見た途端、またあの時の感触が体全体によみがえってきて、頭がぽや〜っとしてきた。
どうしよう、なんか喋んなきゃ。意識してるのバレちゃう。
「……っ!」
って、なんかカイトも顔赤らめてあたしから目を逸らしたんですけど。
ちょっ、これって、もしかしなくても向こうも意識してる!?
この展開は正直予想してなかった。どうしよ、あたしまで顔が火照ってきちゃった……
もし、ここで「撮影の続きをしよう」とかなんとか言われたらあたしは何と答えるだろう。
なんて、こんなエロパロ的妄想をしちゃう今日のあたしはやっぱヘンだ。
あ〜もう! こんなアイスバカに男を感じてる自分が心底嫌になる!
このアホ面がこんな気持ちにさせるんだ。それならいっそ……!
「あ、あのさ、リン、今日のぐへぇっ!?」
あたしはカイトに腹パンチを食らわせた後、押し倒してマウントポジションの体勢をとった。
「ごめん、カイト! あたしの未来のためにタコ殴りにされて!」
「ちょっ、なんでこうなるぐはぁっ! ぐふぅ! ぶへぇっ!」
右、左、右、左、あたしはリズミカルにパンチを繰り出していった。
写真撮影であたしのほっぺたと密着してた部分を中心に狙って、あの感触の記憶を叩き潰すようにして。
こうして、あたしの長い苦悶の一日は終わりを告げた。朝になれば、きっとあたしたちの関係は元通りに戻っている。
それでいいんだ。今はそれで。
〜翌朝〜
「めーちゃん、おはよう……」
「おはよ。あら、どうしたの。顔がお岩さんみたいになってるけど」
「この頃、生徒による教師への暴力が社会問題になっているそうだよ……」
<fin>