「マスター、ただいま帰りました」
おつかいから帰ったメイコが部屋の戸を開けると、むっとした熱気がその身に絡み付いてきた。
「ダメじゃないですか、また暖房の無駄遣いして。今月の生活費苦しいんですよ」
「お帰りメイコ。部屋を暖めてるのはずばりお前のためだ。寒い中ご苦労さん」
休みの日の例に背かず、マスターである男はパソコンにかじりついたまま、買い物袋を受け取る。
中身は栄養ドリンク3本。
自宅に持ち帰った仕事はまだ終わらないのだろうか。
そんな中でも自分の心配をしてくれるありがたさに胸が熱くなる。
何かおいしい食事でも作ってあげたい。冷蔵庫の中身は乏しいが、工夫すれば何とかなるだろう。
「マスター、」
声をかけるのと、彼が最後の栄養ドリンクを飲み干し、テーブルにこつんと瓶を置くのは同時だった。
「メイコ」
「はい?」
「仕事は今朝のうちに終わらせてある。頑張った俺は御褒美(笑)をもらう権利があると思うんだがどうよ」
「それはお疲れ様でした。ステーキ肉を買うお金はありませんので、コロッケ程度ならどうにか…」
「もっといいごちそうがここにあるじゃないか!」
ニヤリと笑ったマスターは、パソコンの画面にごちゃごちゃとパラメータがひしめき合う窓を呼び出す。
「まさか…」
「汁だくプレイにはちょっと寒い季節だから準備は万端にしておいた」
指差す先のベッドにはご丁寧にタオルが分厚く敷き詰められていた。
「マスター…下品な言葉は謹んでください。つまり…暖房もそういうことなんですね…」
喜んで損した…。心の底から落胆するメイコである。
彼の特殊性癖は、残念ながらあまり理解したいものではない。
ちなみに「隠しパラメータ」が真っ赤な嘘だということは、動画サイトで顔見知りの
専業プログラマ宅のMEIKOと話してからすぐに発覚した。
どこをいじられたかまでは詳しく話してはいないが、
「き、きっと愛されてるのよ。うらやましいわー」
と引き攣った笑みを浮かべる彼女が、若干引いているのが空気で分かった。
まさに顔から火が出る思いであった。
前回不当に胸部のデータをいじられてから、あまり日は経っていない。
はっきり言ってトラウマの域である。
「さあ、抵抗するなら今のうちだが、どうするメイコちゃん?」
血走った目でじりじり迫ってくるマスターは変質者のおっさんそのものであったが、
仕事明けのテンションプラス栄養ドリンクの効果には、どうせ勝てやしない。
「…マスターキモいです」
せめてもの憂さ晴らしに暴言を吐いてみる。
「おいおい、ほんとにいいの?」
メイコの細い身体をひょいと抱き上げながら、意表を突かれたらしいマスターが、顔を覗き込んでくる。
それには答えず、ぷいと顔を背けてやる。怒っているように見られたかもしれないが、
本当は、不安で身体が強張るのを見透かされまいとするためだった。
マスターは一瞬悲しそうな顔をしたように見えたけど、「ツンデレもたまには萌えるなー」
などと言いつつ、ムツ○ロウ撫でを繰り出してきたので、内心胸を撫で下ろす。しかし鬱陶しい。
ベッドにメイコを下ろしたマスターは、乱れたメイコの髪を撫でつけ直しつつ、軽くキスを落としてくる。
その手が胸元に伸びてきたとき、反射的に身を固くしてしまった。
彼のシャツを握る手に力が篭ったことを見て取り、マスターは一度手を引く。
「やべ、恐かった?」
「いえ…ちょっと緊張してるだけです」
「ごめんごめん。今日は痛くないようちゃんと対策立ててあるから」
「ほ、本当ですか!?」
思わず出してしまった声が思ったより大きいことに、自分でもはっとして目を伏せる。
これではきっと、マスターとの行為を恐れていることがバレてしまっただろう。
マスターはしばらくメイコをじっと見ていたが、何も言わずに手を伸ばす。
腕の中に抱き込まれる温かい感覚と、言葉はなくても何となく伝わってくる、
ごめん、とありがとう、が、身体の震えを緩和していくのが分かった。
しばらく間を置いて、安堵感が不安を上回ったのを自覚し、メイコの方からマスターに腕を回す。
「ありがとうございます…。もう大丈夫ですかr「その意気やよし!」
がしっと力を込めて抱きしめられ、あっという間に身体を離される。
嬉々として上着を脱がせていくその表情に、僅かな憎たらしさと心からの安心感を覚える。
でもそれは、いい加減でも変態でも、自分は幸せそうなこの人の顔を見ていたいからなんだ、と改めて認識する。
露わになったメイコの胸をマスターの掌が包み込む。重さを確かめるように捏ねるその手つきは
確かにいつもより少し優しい気がした。
「心配しなくてもまだ発動させてないって」
ウォーミングアップなのだろうか。快感を引き出すためにというより凝りを解すような動きだ。
「もっとリラックスしないと後がきついぞー」
一理あるが、それは脅しではないのですか。メイコは少し考え込むと、大きく深呼吸をした。
「マスター、その…背中が寒いんです。くっついててもらえると…嬉しいんです…けど……」
「…おお!やっとやる気になってきたか。待ってろ」
尻すぼみになってしまったが、ちゃんと届いたようだ。いそいそとシャツを脱ぎ捨てたマスターは
メイコを足の間に抱え込み、背後からうなじに唇を落とす。
あくまでマスターの趣味を「異端」と片付けたいメイコは、こうやって「普通」に
肌を重ね合わせる方が好きなのだ。…何か当たってるのは置いといて。
「ふ…ぅ……あ……っ…」
マスターの手の動きに合わせて、メイコの吐息に声が混じるようになってきた。
指先は柔肉に埋もれ、たぷたぷと膨らみ同士がぶつかり合う。
メイコの身体はずるずるとだらしなく姿勢を崩し、すっかり全身を解されたようだ。
「そろそろ大丈夫か。メイコ、ほら、自分で揉んどけ」
マスターはメイコの手を取り自身の胸に押し付けさせると、キーボードを操作しに机に向かう。
言われた通りにむにむにと手を動かすメイコの頭の奥に、ビリッとした衝撃が走る。
「うっ…!」
身体の中を巡る人工血液がざわざわと踊り、新たなプログラムが構築されていくのを感じた。
柔らかかった胸にもそれは流れ込み、風船に水が入れられるように、徐々に重さを増していく。
いつの間にか奥のしこりも存在を主張し始め、忘れかけていた恐怖が蘇ってくる。
「ま、マスター…!」
「こら、揉んでろっつったろ」
戻ってきたマスターの手がメイコの胸を覆う。赤くなった乳首は芯を持ったかのように尖って、
触れられるだけでびくっと身をよじらせる原因となった。
「落ち着け落ち着け。な、前ほど痛くないだろ?深呼吸してみ」
マスターに触れられているだけで、心細さが少し緩和される。
呼吸を整えようと息を大きく吸って吐くと、あれだけ早かった鼓動が鳴りを潜める。
「あ…。本当。この前より大分まし…です」
代わりに何だかむず痒い感覚が押し寄せてきた。見下ろすと、マスターの指先は既に白い液体に塗れている。
「う…やっぱり恥ずかしいです」
「それも含めておいしくいただける俺は勝ち組」
付け根から扱くように絞られたり、先端をぎゅっと摘まれたり、
鷲掴みにした隙間から溢れる液を舐め取られたり、マスターに一方的に弄くられているうちに
前回にはなかった感覚がせり上がってきた。
あれだけ執拗に責められても、胸への刺激には嫌悪感と痛みしかなかったというのに。
「ぁ…あ、ま、すたー…私、変です…!う、ぁ…あぁ…ッ!何で…っ。気持ち、よく…?」
「…感覚中枢にちょっと細工をしといた。痛みがうまく性感に変換されてるならいいんだが」
「っ…。才能の無駄遣いって、こういうことなんですね」
「日曜プログラマにしては上出来だろ?成功して何より」
力を注ぐ場面を全力で間違っている(とメイコは思っている)マスターは、ご満悦の様子でメイコに喰らい付く。
ちゅっと唇が触れるいやらしい音、胸の中身が吸い取られる快感、生命の営みのためのシステムを
変態プレイに流用してしまった背徳感…どれもがメイコの脳を甘く犯していき、
熱に浮かされたような喘ぎが止まらない。
「や…んっ…!マス、ター…どうしよ…ぅ…、こん、な…」
慣れない感覚に、無意味な問いが口を割って出てくる。どうしよう、どうして、どうしたら。
「ひっ…!?」
吸われていた先端を前触れもなく、べろっと舐め上げられる。
ざらついた舌が敏感な部分を擦り、ぞくぞくと悦びが背骨を駆け抜ける。
「ああ、中身もいいけど、外側も白くてうまそうだよなー」
独り言のように呟いたマスターは、重みで柔らかい輪郭を描いた下乳にかぷりと歯を立てた。
力を込めずに何度か甘噛みすると、圧で乳液が鼻先に滴り落ちる。
「や、だ。何やってるんですか…!」
「いいじゃん。本当は食べたいくらいなのに」
痛いなら止める、と言って名残惜しそうに歯型の痕をきつく吸い上げ口を離す。
またしばらく痕が消えないんだろうな、とメイコは嬉しいような恥ずかしいような気持ちになる。
誰に見せるわけでもないので、気にする必要はないと分かっていても複雑だ。
それにしても飽きないものだ。こんなことを続けていても、
マスター自身には物理的な気持ちよさはないはずなのに。
一方メイコはひっきりなしに快感を与え続けられ、たまに飛びそうになるほどだ。
胸だけでイく、という話は聞くが、実は知らないうちに経験しているのかもしれない。
ただ、気持ちいいのは事実だが、それでもダイレクトに胎内に与えられる刺激には程遠いと思う。
乳汁が搾り出される度に、脳が揺さぶられる快感は、まだ身につけたままの下着に包まれた部分を疼かせる。
そこがもうぐちゃぐちゃに濡れそぼっていることを自覚するのと同時に、
早く触れて欲しくてたまらなくなってきた。
このまま胸を弄られ続けて疲弊してしまう前に、決定的な刺激がほしい。
「マスター…もうそろそろ…」
「え?まだ俺は全然我慢できるけど」
…思い出した。そういえば最近仕事が忙しいせいか、持久力に不安があるとか言ってたような…。
それは仕事のせいではなく、とs…本人の名誉のために伏せておくとして、
一回でなるべく長く楽しみたいということなのだろう。
「うー…」
だからといってメイコもこれ以上は体力が持たない。
お楽しみを邪魔するのは気が引けるけど、その気になってもらうよう
仕向けるくらいしてもばちは当たらないだろう。
「マスター…私、これ以上されちゃうと…おかしくっ…なっちゃ…」
「いいよいいよ。どうせ俺しか見てないんだ。声も我慢しなくていいからな」
上機嫌で返されてしまった。どうすれば勢いよく噴き出させられるかなんて、色々工夫してる。
変態変態変態。
ああ困った。触られる度に私は声を上げてしまうのに。息を荒らげてしまうのに。
「お願い、しますっ…!も、許して、くだ…さ…い!」
とうとう涙混じりの声になってしまった。恥ずかしくて死にそうだけど、これで懐柔されてくれるのなら。
「…おいおい。そんなこと言われたら、もっと虐めてやりたくなるだろうが。
気持ちいいのか?おっぱい弄くられて、吸われたり搾られたりして我慢できないのか?」
これ見よがしに母乳塗れの手で胸を持ち上げられて、言い返せないのと恥ずかしいのと、
早く刺激が欲しいので、頭がいっぱいになって、涙が溢れてきた。
一方的にあれこれしてくるのに、私の言うことは聞いてくれないのが悲しい。
普段からあまり我侭は言わない性格だと自負しているので、
何でこんなに積極的になってしまったのだろうと、後になってから自分でも不思議に思ったけど。
下着に手をかけ、一気に膝まで引きずり落とす。溢れた愛液が、つうと下着と秘部を繋ぐ。
「ま、すたぁ…!早く、くださ…い…っ!私、このままじゃ…壊れちゃいます……」
喘ぎながら懇願する私は、さぞ淫乱に映っただろう。
マスターは顔をしかめて、馬鹿と吐き捨てた。
「俺の負けだ。もうちょっと引き伸ばそうと思ったけど限界」
マスターの先端がメイコの入り口に触れると、くちっと粘性の液同士が触れ合い、音を立てる。
余裕をかましていたマスターも、はったりを利かせていただけのようで、その大きさは限界点に達していた。
メイコの腰を掴み、熱い襞をかき分けずぶずぶと杭を埋め込んでいく。
「あー…、ぁ、んんっ…!」
メイコが身を震わせ、愉悦の声を上げた。待ち焦がれていた質量に、それだけで達してしまいそうになる。
「動くぞ」
「はい…」
2,3回慣らすようにゆっくり抜き挿しした後は、本能のままぶつかり合うだけ。
余裕を使い切ってしまったマスターは貪るようにメイコの最奥を突き上げる。
「ふ…あぅ…っ!マスター…!もっと、優し、く…っ!!」
がつがつと突き立てられる恐怖に慄き、自制を呼びかけてみるが効果は薄い。
しかしメイコにとって普段なら苦鳴を漏らすほどの痛みは、
今は同等の強さの快感に変換され脳に叩き込まれている。
本当に壊れてしまうかもしれない、という考えが脳裏を掠めたが、
もうそれでもいい、と投げやりになってしまうくらいの性感に囚われてしまっていた。
「あ、あ、…ま、すた…マスターっ……!」
「メイコ…っ!悪い、止められなくて……!」
「ぃい、んです…。マスターの、好、きに、してくだ、さい…!」
マスターの腰の動きが少しゆるくなり、メイコの汗ばんだ額に唇が落とされる。
片手は胸に伸び、滑らせるように軽く揉みしだかれた。
マスターの熱い掌に撫でられると、くすぐったくて、嬉しい。
ああ、こんな風にたくさん触ってもらえるのなら、改造でもなんでもしてくれてかまわないな。
キスはすぐに終わり、再び快楽のための動きが二人を夢中にさせる。
熱くうねりながら締め付けてくる膣内と、ざらざらしたポイントを何度も何度も引っ掻く括れと。
互いに示し合わせたかのように、限界は訪れた。
「…っ!メイコ!」
「あぅ…あああぁぁ!!」
胎内で熱いものが弾ける。その熱を全て受け止めながら、メイコは満ち足りた幸せを噛み締めた。
うつらうつらし始めたメイコの頬を、マスターはぺちぺちと叩く。
「…マスター?」
「……。…何というか…、お前は本当におっとりしてるんだな。」
「それは、MEIKOの性格にも個体差がありますから仕方ないです」
「数いるMEIKOの中でも格別じゃないのか?」
「そうでしょうか…」
他所の活発なMEIKOたちを思い浮かべてみると、そう言えば自分は
あまり年上風を吹かせたことがないなと思い当たる。
彼女たちの家には、後発の兄弟たちが同居していることも多々ある。
メイコがここにきて数日で感じたのは、「だめだこの人…(いろんな意味で)」という脱力感だったので
フォロー役に回るのが必然の事態だったのかもしれない。
「遊びたい盛りの鏡音でもいれば、ちょっとは一般的なイメージに近くなるかもしれませんね」
「んー。そういうのが欲しい家に限って、醒めたリン(反抗期的な意味で)と醒めたレン(中二病的な意味で)
がセットで届いたりするんだよな」
「毎日の食卓がお通夜状態ですか…」
メイコはそれを想像して笑ってしまう。そしてふと不安になった。
「マスターは、新しいボーカロイドが欲しいですか?」
恐る恐る聞いてみると、マスターは笑って答える。
「予定はないな。メイコがいれば充分だ。……お前だけがいいって言って欲しかった?」
「ふふ…」
メイコは笑ってごまかす。
「何だよ張り合いがねえな」
「あんまり俺が無茶ばっかり言ってたら断ってもいいんだぞ」
「はあ…」
唐突に真面目な顔をしたマスターに見つめられて、メイコは首を傾げる。
「お前はちょっと従順過ぎなところもあるから、自己主張ははっきりしなさい」
ああ、やっぱり気にしてたんだ、とメイコは少し申し訳なくなる。
「大丈夫ですから。私はマスターに本気で嫌なことされた覚えはありません。
そのときはちゃんと抵抗させていただきます」
「…そうか。それなら安心だ」
マスターは繋がったままのメイコを抱き上げる。
「風呂行こう風呂。残りをゆっくり搾りつくしてやる」
「…今日は中に出したのはそういう思惑ですか」
「何故ばれた」
「……」
急に立ち上がったマスターにメイコは慌ててしがみ付いた。
擦れた胸元はまた鈍い快感を伝えてくる。痛みに戻してもらった方がましだったと気付くのは、5分後のこと。
***
マスター、私は逆らえないんじゃなくて、逆らいたくないんです。
いずれあなたも人間の女性と恋をして所帯を持つことになるでしょう。
そのときまで仲良くしていたいんです。
なるべくたくさんあなたの笑った顔を見ていたいんです。
だから、いつかくるその日までは、私と私の歌を愛してくださいね。
***
END