/カイミクの場合
「お兄ちゃん、見て見て!」
部屋から飛び出して来たミクが、KAITOの前でくるりと回る。薄紅色の生地に赤や白の花
が咲いた浴衣の裾が、ひらりと翻る。長い髪はいつもとは違ってひとつに結い上げていた。
暫くKAITOの反応を待っていたが、なかなか何も返って来ない。不思議に、そして不安に
思ったミクは、恐る恐る問い掛けた。
「…に、あわない?」
「なっ!そんなこと…!」
慌ててKAITOが首を振る。ごほん、と1つ咳をして、恥ずかしそうに答えた。
「…あんまりミクが可愛いから、びっくりしただけ。すごく似合うよ、その浴衣」
「えへへ…、ありがとう」
KAITOが目を細めて笑うと、ミクも嬉しそうにはにかんだ。白い頬がほんのりと桜色に染
まる。ててて、と側に寄り、KAITOの手をとった。
「お兄ちゃんと花火見るの、楽しみ」
「うん。俺もミクと見るの楽しみだよ」
互いにぎゅっと手を握り合う。目を見合わせ微笑んで、どちらともなく唇を重ねた。
/がくリンの場合
「あ、あの…がっくん…」
声が聴こえて、がくぽは顔を上げた。見ると、リンが扉から顔だけを覗かせてこっちを見
ている。先日、MEIKOとミクと一緒に買いに行き、着ているはずの浴衣姿は、扉に隠れてが
くぽからはまだ見えない。リンを促すように、がくぽは優しく笑った。
「リン。浴衣姿、見せてくれぬか?」
「……うん。似合わなくても、笑わないでね?」
恥ずかしそうに頬を染め、リンはおずおずとがくぽの前に出る。白地に紫の桔梗の花が咲
いた浴衣は、普段のリンよりも大人っぽいイメージがある。以前一緒に買い物に行った際は
水色やピンク色の、所謂現代風の浴衣を手に取って欲しがっていたので、がくぽは少し驚いた。
だから、あまり自分の姿に自信が無いのだろうか。リンはもじもじとしながら俯いて、時々
不安そうにがくぽを見る。がくぽは穏やかに微笑むと、リンの手を取った。
「よく、似合っている」
「ほんとう?」
「ああ。あまりに綺麗で、驚いた」
リンの表情が、ぱっと華が咲いたように明るくなる。
「よかったぁ。…リンには、ちょっと大人っぽいかなって思ったけど…この浴衣見たら、
絶対これにしようって思ったの」
紫色の桔梗の花で、リンががくぽを連想した。自分よりも大人なこの人に、少しでも近づ
けるよう。背伸びしているだけってことは分かっていたけど、隣に並んでふさわしい姿でい
たかったから。
不意に、がくぽがリンに手を伸ばす。
あ、キス。
そう思ってリンは目を閉じたが、なかなか唇の感触は無い。ゆっくりと目を開けると、
少しずれたかんざしをがくぽが直してくれていた。
(…キスじゃ、無かった…!)
期待した自分が恥ずかしくて、顔から火が出そうになる。髪に触れるがくぽの指先を、
嫌でも意識してしまう。しゃら、とかんざしが揺れた。
「できたぞ、リン」
「ありがと、がっく…」
顔を上げてお礼を言おうとしたところを、不意打ちに唇を奪われた。
「が、が、がっくん…っ!」
「そろそろ、参ろうか。…おいで」
涼しげな顔をして、がくぽはリンに手を差し出す。赤い顔のまま悔しそうにリンは眉を
寄せた。時々、がくぽはこんな風にリンのことをからかうことがある。それも、リン相手
だからと分かっているけれど…心臓に悪い。
「…がっくん、りんご飴、買ってね」
「ああ。承知した」
リンは観念したようにがくぽの手を取る。そして、お互いの体温を感じるよう、強く握った。
/レンメイの場合
「……何よ、その顔」
着付けが終わったとほぼ同時に入って来たレンの顔を見て、MEIKOは顔を顰めた。ミク
たちと買い物に出掛けた際、MEIKOは藍色に白い撫子の花のシックな浴衣を選んだ。普段、
赤い服を着る事が多い事もあって、少し不安だったけれど、さすがに着物まで同じような
派手な色を着る勇気はなかったのだ。
もしかしたら、似合ってないのかもしれない。でも、この反応はムカつく。
「…似合わないなら似合わないって、はっきり言えばいいじゃない」
「や、そうじゃなくて!」
ぶすっと機嫌を損ねた表情のMEIKOを見て、レンは慌てて取り繕う。
「似合うよ!似合うけど、さぁ…うん…」
「…けど、なんなのよ」
レンはMEIKOの浴衣姿を遠慮なく上から下まで眺め、呟いた。
「………なんか、エロい」
「はぁ?」
思わず素っ頓狂な声を上げる。何を言ってるんだとレンを睨みつけたら、ものすごく真剣
な目をしていて、MEIKOはたじろいだ。
「きちんと着付けてるからこそ胸が強調されてるし、髪上げてるからうなじが丸見えだし…」
いつも下ろしたままのMEIKOの髪も、今日は浴衣に合わせてひとつにまとめている。その
せいで襟から覗くうなじに後れ毛がかかり、いつもよりもどこか劣情的に見えた。
「すっげーエロい」
「…そ、そんなことないわよ」
「あるよ。あー駄目。やっぱり駄目!」
レンはMEIKOをぎゅっと抱きしめる。着付けた浴衣が崩れない程度に強く。
「花火大会は中止。メイコ姉とオレは留守番」
「えー!せっかく浴衣着たのに!?」
「だからに決まってんじゃん。…そんなエロい姿、オレ以外誰にも見せたく無い」
ぼそっと呟いたレンの言葉に、MEIKOの頬が赤く染まる。レンの指がMEIKOの首筋から
うなじを、すっと撫でる。唇が触れ合うほど近くに顔を寄せて囁いた。
「いいじゃん。ふたりでまったりしようよ。ね?」
そう言って、レンはにっこりと笑った。両腕で閉じ込めるように抱きしめられた状態では、
MEIKOに逃げ場は無い。そして、MEIKO自身も逃げる気なんて無いのだ。
花火大会は諦めるか…。そんなことを思いながらMEIKOは目を閉じ、レンの唇を受け入れた。