「とりゃあー!」  
可愛らしい声が聞こえたかと思いきや、頭に軽く何かが当たった。  
振り向かなくても声でわかる。  
「おお、ミク殿」  
「えへへ、こんにちはがくぽさん」  
野に咲く花のように可憐に笑う隣家の少女。相変わらず本当に可愛らしい。  
その手にはネギ……を模した杖?らしきものが握られていた。何に使うのか甚だ疑問でござる。  
とりあえず直球でツッコミを入れてみることにする。  
「ミク殿、それは何であろうか」  
「あ、これですか?」  
待ってましたと言わんばかりにミク殿が笑った。  
ネギを高々と上げる彼女は、いつもよりノリノリである。  
「これはネギ・ステッキです!」  
「葱素敵?」  
「違いますよー。ネギ・ステッキ」  
「葱巣鉄器でござるか」  
「そうそう」  
なんとも物騒な名前だ……ますますもって、何を行う道具なのか見当もつかなくなってしまう。  
しかし背後から頭を小突いてきた辺り、やはり武器なのやも知れぬ。  
「して、それは一体何をする道具なのだ?」  
「えと、今度撮るPVの小道具なんですー。普通のネギだとすぐに駄目になっちゃうから」  
確かにミク殿は、いつも動画でネギを振り回している。  
「これなら長持ちするんです」  
な、長持ちするだけなのでござるか…。永久的ではなく。  
一体どんな速度で振り回しているのやら。あの細腕からは想像がつかん。  
「それで、あの…がくぽさん」  
「うん?」  
ミク殿が何やら言い澱んだ。  
葱巣鉄器をくるくると回している。…く、空気を切る鋭い音が聞こえるのだが…  
思わず半歩退いた。幸いミク殿は気付いていない。  
「今度、PV撮るんですけど…ちゃんばら?っていうのらしいんです」  
「ほほう、それは拙者の十八番でござるよ」  
「やっぱりそうなんですか?」  
「…もしやミク殿、拙者に教わりに来たのですかな」  
図星らしい。ミク殿は苦笑して「はい」と恥ずかしそうに続けた。  
「でもあの、ちゃんばらってなんなのかわかんなくて。がくぽさんが知ってるってマスターが…」  
我らがマスターは怠慢である。大方「マンドクセ」で済ませてしまったのであろう。  
拙者がここに越してきた時もそうであった。その様子が瞼に浮かんでくるようだ。  
「教えてもらえますか?」  
ミク殿は小首を傾げて、言ってきた。  
正直、かなり可愛いでござるよミク殿…その無防備さが怖い。  
しかし断る道理もなければ、めりっともない。  
「拙者でよろしければ」  
そう言えば、ミク殿はぱあっと顔を輝かせた。  
「ありがとうございます、がくぽさん!」  
 
ああ、なんだか久々に良いことがありそうな予感が!  
 
とりあえず、ネギ畑となす畑の間のスペースでちゃんばらをすることにした。  
ここなら誰にも迷惑はかかるまい。  
 
ネギが木刀と当たる度に鈍い音をたてる。  
そう、拙者が持っているのは木刀である。  
さすがに愛刀をちゃんばらに使うわけにもいくまい…真剣だし。  
ミク殿は真剣な(あ、ギャグではないでござるよ)面持ちで葱巣鉄器を木刀に打ち付ける。  
「なかなか筋がいいな、ミク殿は」  
「そ、そうですか?えいっ」  
さすがは歌って踊れるスーパーアイドル。ネギを振るう腕も素早い。  
何だか血が騒いで、思わず打ち返してしまった。  
「ヘァ!」  
「わっ!えーい!」  
「やるなミク殿!」  
「負けませんよー!」  
かんかんガッシボカ!とちゃんばらの音が畑の真ん中で響いた。  
「殿中でござるー!」  
「で、殿中でござるー!?」  
「殿中でござる!」  
「殿中でござる!」  
「殿中でござる!!」  
「殿中でござる!!」  
…今思い返すと、なんとも阿呆なことをやっていたものだ。  
楽しかったけど。  
どうもミク殿の前ではテンションが上がってしまう。  
そのミク殿も満面の笑みを浮かべてネギを振るっている。  
楽しそうで何よりでござる…などと考えていると、  
 
『バキッ』  
 
軽快な音をたてて、拙者の木刀が、折れた。  
「あ」  
ミク殿の顔が一瞬で青ざめる。  
「あ」  
叫び声をあげる余裕もなかった。  
葱巣鉄器が拙者の頭に降り下ろされた瞬間、ガツンと鈍い音がして、火花が散った。  
 
…恐るべし、葱巣鉄器。  
 
「きゃあああああがくぽさ―――ん!!」  
 
 
ミク殿の悲鳴を最後に、拙者の意識はぶっつんと途切れた。  
 
 
 
うう…頭が…痛いでござる…  
今日はいい日になりそうだと思ったのに…やっぱりさんざんであった…  
 
 
 
 
 
「…がくぽさん?」  
声がして、意識が一気に浮上する。  
見上げた先には空色の髪と心配そうな顔。  
「…ミク殿」  
「うあぁよかった…大丈夫ですか?痛みます?」  
大丈夫とは言いがたかったが、ミク殿があんまりにも泣きそうでいるので、頷いた。  
すると額から何かが落ちる。視界の端に落ちた、白い何か。  
「手ぬぐい?」  
「あ、ごめんなさい。勝手に使っちゃって」  
「いや…それは構わないのだが…」  
気が付けば、周囲は橙色に染まっている。遠くでカラスが鳴いた。  
しかもここは…拙者の家の縁側ではないか。  
「拙者はどのくらい寝ていたのでござるか?」  
「二時間くらいです。…あの、本当にごめんなさい!」  
ミク殿が頭を下げると、拙者の頭も何故か揺れた。  
…そう言えばなんだか柔らかくて温かいような。  
「思いっきり頭叩いちゃって…こぶ作っちゃって…」  
「そ、それよりミク殿…今のこの状況は」  
「はい?」  
ミク殿が首を傾げる。  
枕がまた揺れた。  
 
間違いないでござる。  
これはまごうことなき、ひ ざ ま く ら  
 
「もも申し訳ないあいたたたたた」  
「ひゃあ!ま、まだ起き上がっちゃ駄目ですよがくぽさん!」  
「い、いやしかし」  
頭はズキズキするものの、それどころではない。  
嫁入り前の娘に一体何をさせておるのだ拙者は!  
「悪いでござるよ!」  
「大丈夫ですよー、重くないですから」  
「いやそういう問題ではなく…」  
「…嫌ですか?」  
「嫌じゃないでござる」  
ミク殿はよかったあと言って笑った。  
…素直な自分に従っておくことにする。  
 
 
「…ミク殿、まさか一人で拙者をここまで運んだのか?」  
「あ、はい。意外と軽いですね、がくぽさん」  
「…ミク殿は武士の才能がおありだな」  
「もののふ?」  
「強き者でござる」  
「えーと、がくぽさんのことですか?」  
「はは、ありがたいお言葉だのう」  
 
そんなこんなでミク殿の翳りはなりを潜めた。  
安心したのと頭が痛いのと膝枕が心地いいので、猛烈な睡魔が襲ってきた。  
「がくぽさん?」  
遠くでミク殿の声が聞こえた。  
くすりと笑う声に続いて、  
「おやすみなさい」  
と歌うような声。  
 
 
 
前言撤回。  
今日はとてもいい一日でござった。  
 
 
 
おまけ  
 
 
ヤッホー、鏡音レンです。  
家に帰ったらミク姉がどっか行ってたんで、暇潰しにリンと探しに行きました。  
「どこ行ったんだろーな、ミク姉」  
「そうだなぁ、がっくん家は?」  
「あ、ありそう」  
「最近、がっくんと仲いいよねぇミク姉(ニヤニヤ)」  
「…えっwマジで?wwそういうこと?w」  
「行ったら濡れ場だったりしてねーw」  
リンはからから笑いながら、足取り軽く神威さん家へ向かう。  
どうでもいいけど最近オヤジ化が激しいなこいつ。  
 
神威さん家はいわゆるお隣さんなのですぐに着く。  
が、敢えて正面からは向かわない。面白くないし。  
こないだ発見した垣根の隙間から、文字通り垣間見だ。  
「いた?」  
「んー、ちょっと待ってぇ…お!いたいた!」  
「ちょ、俺にも見せろって」  
「そっち穴開ければいーじゃん」  
なるほどと思って、垣根にえいやっと穴を開ける。  
リンが言ったんだから俺に罪はないよ!どれどれ。  
「…何だあれ」  
「膝枕でしょ」  
「やっぱデキてんのか?」  
「さあ…って、がっくん寝てるっぽくない?」  
「なんだツマンネ。いきなり出て驚かすか?」  
「…ん、ちょい待ち。ミク姉がなんか」  
ミク姉はあたりをキョロキョロと見たかと思えば、神威さんの寝顔を見る、を繰り返していた。  
何やってんだ?と、二人して首を捻る。  
が、その答えはすぐに出た。  
ミク姉が不意に身体を前に倒したのだ。  
そしてすぐに元の姿勢に戻った。  
顔をさっきよりも赤くして。  
…遠くからじゃよく見えなかったけど、あれって、  
 
『ピロリロリン』  
 
「…何してんのリン」  
「証拠動画ゲットー!」  
「何に使うんだよ」  
「最近、ガソリン高いと思わない?」  
…鬼だ。ミク姉に合掌。  
まあ俺もいじるんだけどね。  
 
ミク姉の記念すべきファーストキス動画。  
神威さんに見せたら何て言うかな?ってね。  
 
 
 
おわり  
 
 
 
 
 
おまけのおまけ  
 
リン「ミク姉ー、これはどういうことなのかなぁ?ww」  
ミク「ななななななななー!!」  
レン「神威さんに見せようぜwwあ、いいところに!」  
がくぽ「?何やら楽しそうでござるな」  
リン「がっくんこれ見t」  
ミク「らめぇ―――!!」  
がくぽ「あべし!!」  
リン「きゃああああリンの携帯まで!」  
レン「ガクブル」  
 

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