「あーあ、ハクがぐずぐずしてるからいい場所とられちゃった」  
 
「ゴメン……」  
 
最近出来たばかりの、まだ新しいライブハウスの中。  
亞北ネルと弱音ハクはスピーカーのド真ん前に陣取っていた。  
ネルは頬を膨らませてプリプリと怒り、ハクはしょぼんとしながら謝っていた。  
 
「真ん中が良かったなー……でないと」  
 
「……『レン君と目が合わない』?」  
 
「なっ、何言ってんのよこの出来損ないミュージシャンっ!!」  
 
「う、うぅぅう……」  
 
ネルは最近ハクを連れてライブハウスに行く事が多くなった。  
今日は多数のバンドが出演するイベントの日だが、ネルお目当てのバンドはただ一つ。  
 
「で、でもね……ネルちゃんが惚れるのも無理ないと思う」  
 
「何よ」  
 
「『レン』は……あの可愛いルックスで、歌えば毒吐きまくりだもんね。正直震えるよ」  
 
BGMが流れる中、ハクは噛み締めるように言った。  
結成から半年足らず、コピーとオリジナルが半々くらい。実力は本物で人気急上昇中。  
ネルの手に握られたフライヤーに、そのバンドの詳細が書き込まれていた。  
 
 
 
『Idiot-ANDROID』  
 
Vo&G. レン  
G. カムイ  
Ba. テトペッテンソン  
Dr. アン  
 
 
 
 
―――――背中には、迫力の有るドラミングのアン。  
右には、アタックの強いピッキングをかますテトさん。  
左には、上裸でガンガンとストロークを刻むがくぽ君。  
で、ステージの真ん中で、僕は今日も有名なロックナンバーを弄りつつカバーする。  
 
 
 
 
 
Moe geeks try to put us down (Talking about my generation)      萌えヲタが俺達を倒そうとする  
Just because we get around (Talking about my generation)       俺達が目立つって言うだけの理由で  
Things they do look awful cold (Talking about my generation)     奴等がすることは 恐ろしく冷酷に見える  
I hope burn out before forgotten (Talking about my generation)    俺は皆に忘れ去られる前に灰になりたいよ  
 
This is my generation                          これが俺たちの世代  
This is my generation,baby                       これが俺たちの世代なんだ  
 
Why don't damn lord fade away? (Talking about my generation)      あの(ピー)マスター消えてくんねぇかな?  
Don't try and work what we all song (Talking about my generation)   俺達の歌声の全てを操ろうとするな  
I'm not tryin' to cause a big sensation (Talking about my generation) 別に俺は大騒ぎを起こそうとしているんじゃない  
I'm just talkin' 'bout my generation (Talking about my generation)  俺たちの世代について言っているだけなんだ  
 
It's my generation                            これが俺たちの世代  
It's my generation,baby                         これが俺たちの世代なんだ  
It's my generation,baby……                       これが俺たちの世代なんだよ  
 
 
 
 
 
住宅地にある、まだ比較的新しいアパートの一階。  
僕らのバンドのべーシスト、テトさんの家である。  
今日はライブが終わり、反省会の二次会の場所としてここを提供してもらった。  
 
「アン殿、あそこで若干走っていたでござる。もっとタイトな演奏を……」  
 
「Live! Liveなのデス!! スリリングなほうがFunに決まってマス!!」  
 
酒が回りまくって、反省会の場を有効活用しているのはがくぽ君とアン。  
そういえば、がくぽ君が海外組と繋がっていたのは意外だった。  
最も、一番驚いたのはアンがドラムを叩けたことだったけど。  
 
「F○ckin' Jap!!」  
 
「腹切れ貴様ぁぁぁぁっ!!」  
 
どうやら二人とも相当酒が回っているようだ。  
反省会はやがて罵倒大会になり、お互いに野次を飛ばしまくり。  
ジャパニーズ・サムライと金髪の外国人女性が唾を飛ばしながら、  
1DKのアパートの一室で口ゲンカする姿は、非常にシュールだった。  
 
「……ふぅ、馬鹿だなぁ」  
 
「ホントですよねぇ」  
 
「君も含めて言ってるんだけどな、馬鹿だって」  
 
「う、何でですか? テトさん」  
 
一方、部屋の片隅で異種格闘技戦を観戦するのは僕とテトさん。  
僕は部屋を広く使うために寄せたコタツに身を埋め、手には美味しそうなカクテルの絵が付いた缶を持っている。  
え、年齢設定? なにそれ食えるの?  
 
「今日のステージで、君はまたギターに大きな傷をつけた」  
 
「う」  
 
「パンクもいいけど、もっと楽器を大事にしないと駄目じゃないか?」  
 
そう言って、テトさんはスタンドに立てかけてあった自分のベースを引き寄せて、  
ペシペシと右手でサムとプルの動作を始めた。  
 
テトさん、フルネームは重音テト。ステージ用ネームが『テトペッテンソン』。  
周りの話だと今年で31歳なはずだが、キメラだから15.5歳だと言って聞かない。  
その割には『バンドブーム世代舐めるなよ』と言って僕のスカウトに応じてくれた。突っ込むべきなんだろうか。  
 
「こうやって長年一つの相棒を、って言うのも良いもんだし」  
 
テトさんの愛器は正真正銘のスタイ○バーガーで、とにかく軽くて使いやすいとのこと。  
大きな傷も無く、綺麗に使われているようだ。  
確かに、ステッカーベタベタで塗装も少し剥げている僕のテレキャスよりは絵になる。  
でもいいじゃないか。これは僕の表現方法なんだし。  
 
「ほら、レンも食べな?」  
 
「あ、はい」  
 
コタツの上には、ツマミ代わりのカットされたフランスパンが皿の上に並べられている。  
軽くトーストされたそれをサクッと噛んで、缶カクテルで流し込んでやる。  
コタツは暖かいし、がくぽ君とアンはうるさいし、BGMにしているニューロマサウンドが心地良い。  
弦を弾く音が聞こえなくなったのでふと横を見ると、テトさんはベースを抱えたまま床に突っ伏していた。  
それを確認して以降、僕の意識は吹っ飛んでいた。  
どうやら僕もいつの間にか眠っていたらしい。  
 
 
 
「……ん……っ」  
 
目を覚ましても、辺りはまだ真っ暗だった。  
コンポも止まってるし、蛍光灯はいつの間にか消えているし、聞こえるのは布擦れの音だけ。  
……ん? 布擦れ?  
 
「……っ!! Wait、起きたかも知れマセン……っ!!」  
 
「なぁに、レンの寝言でござる」  
 
テトさんのベッドの上に、何やらゴソゴソ動く影がある。  
時代掛かった日本語とカタコトが抜けない日本語の発生源はあそこらしい。  
徐々に暗闇に目が慣れて、視線だけベッドに移すと……  
 
「ん……っ、Oh……あっ、んぅ……!!」  
 
半裸のがくぽ君の下に、体をくねくねさせながら悶えるアンが見える。  
……Oh、何と言う異文化コミュニケーション。  
それにしてもさっきまでケンカしてたくせに何なんだ、この展開は。  
 
「アン殿……一目見たときから、こういう夜を夢見ていた」  
 
「ガクポ……」  
 
「でなければ、キリシタンの音楽教室になんて通っていない」  
 
アンはボランティアでゴスペル教室の講師をしているらしい。  
なーるほど。そういう繋がりがあったのか、この二人。  
ゴスペルを熱唱する侍なんて考えただけで吹きそうだ。  
さて、僕はこの後どうすればいいのか。  
このまま二人が合体するのを黙って見ているのか、それとも空気を読まず立ち上がるのか。  
 
(……君はじつに馬鹿だなぁ)  
 
(ひょっ!?)  
 
と考えていたら、不意に後ろから蚊の鳴くような囁きが聞こえてきた。  
当然といえば当然だけど、テトさんだった。  
僕と同じく目が覚めたらしい。  
僕は思わず変な声を上げそうになって、ギリギリの所で抑えることに成功した。  
 
(こんなチャンスを逃すのか? 祭りだろうこれは!)  
 
(チャンスって……)  
 
テトさんは僕の背中ごしに興奮状態を伝えてくる。  
何なんだよ祭りって。  
 
(とにかく、自然に寝返りを打ってコタツの中に頭を突っ込んで)  
 
(……………)  
 
まぁいいか。目が冴えてるし。  
ごそごそと姿勢を変え、頭をコタツの中に突っ込んでやる。  
一人暮らし用にしては大きすぎるコタツは、二人分の上半身くらいなら隠れる。  
中に入ると、ドアップでほろ酔いのテトさんの顔が見えた。  
 
(ほらほら、結構見える)  
 
まるで子供のようにはしゃぐテトさん。  
しかしテトさんから匂うシャンプーっぽい甘い香りは、やっぱり大人の女性なんだという事を再確認させられる。  
狭いコタツの中で接近する僕とテトさん。おもわず心拍数が上がる。  
童貞は捨てても、こういう場面でのトキメキは大事にしたい。  
 
「んっ、あっ……んぅ……」  
 
テトさんのベッドはとても低い。  
コタツから顔を出すというポジショニングでも、ベッドの上の情事が丸見えなくらいに。  
アンの股間にがくぽ君が顔を埋めているのもバッチリ見えている。  
 
「No……っ!! ぁ、ガク……ポ……っ」  
 
アンのワンピースの中に頭を突っ込んでいるので、がくぽ君がどんな顔をしているかまでは分からない。  
目に見えない相手を、アンは両手で押し返そうとワンピースの上からがくぽ君の頭を押さえる。  
腰をくねらせ悶えるアンと、かすかに聞こえる粘着質な音。  
確実にがくぽ君はアンのアソコを弄んでいる。  
 
「んっ、ああっっ、Ooh……っ!!」  
 
海外モノのAVで聞いたような喘ぎ声と、普通の日本人みたいな喘ぎ声が混ざるアン。  
日本暮らしを始めてしばらく経っているらしいので、その影響だろう。  
でも、なんだか不思議な感覚に襲われるのには変わりない。  
 
「……綺麗でござる」  
 
「……お世辞ならNo Thank You」  
 
「拙者がそのような嘘を付く者に見えるか?」  
 
「……No、ガクポはいつもGentlemanだね」  
 
「なら、信じて欲しい」  
 
「あっ……!!」  
 
クサいセリフもがくぽ君くらい端正な顔立ちなら許せるような気がする。  
がくぽ君はアンのワンピースを脱がしに掛かっていた。  
スムーズな動きで、あっという間にアンはベッドの上で生まれたままの姿になる。  
 
「綺麗でござるなぁ……やっぱり」  
 
「あぅ、ハズカシイ……早く」  
 
床に近いポジションから見ても、アンのきれいな形のおっぱいと、その先の突起がよく見える。  
がくぽ君はちゅっとその先端にキスをしながら、自分も肌を晒していく。  
一体どこでこんなに馴らしてきたんだろう? やっぱりまだ謎だ。  
 
「ん、ああぁはあぁっ……!! Ah……っ!!」  
 
アンの口から、上ずった喘ぎ声が聞こえてきた。  
がくぽ君とアンが繋がった証拠だろう。  
二人の腰部分に眼を移すと、ぴったりとくっ付いてるみたいだし。  
 
(うわ……)  
 
僕は小声で思わずそんな声を漏らす。  
他人のセックスを覗くという行為をした事なんて、もちろん無い。  
自分だって経験したはずなのに、これはこれで違った新鮮味がある。  
 
隣から、テトさんがごくりと唾を飲んだ音が聞こえたような気がする。  
歌い手に求める理想を詰め込んだ、端正なルックスのVOCALOID同士の性行為は、  
何だか見てるこっちが恥ずかしくなってしまいそうだ。  
……僕らがVOCALOIDであることはテトさんにはまだ黙っているから、テトさんがどう考えているのかは分からないけど。  
 
「んっ、ああっっ、はぁあっ、んぅうっ……」  
 
「はっ、はっ……っう、あ……」  
 
パンパンとがくぽ君とアンの結合している部分から音がする。  
その度にアンのおっぱいはがくぽ君の体の下で規則的にぷるぷると揺れ、形を変える。  
アンもがくぽ君も顔を歪め、気持ちよさに耐えているみたいだった。  
くっ、流石に真横じゃ二人のアソコがどうなってるのか見えないよなぁ。  
僕は体をコタツの中でズリズリと移動させる。すると、  
 
(……あっ)  
 
(ちょっ……?)  
 
隣のテトさんと肩がぶつかった。  
慌てて謝ろうと顔をテトさんの方に向けると、またテトさんの顔がアップになる。  
さっきよりも更に近い。恋人同士ならこのままキスに持っていけそうなほど近い。  
 
(……………)  
 
部屋にはアンとがくぽ君のエッチな声が響いているはずなのに、今の僕には聞こえない。  
超至近距離から見るテトさんの息遣いと、僕の心臓の音だけを感じ取る。  
僕もテトさんも、アンとがくぽ君に当てられて、おかしくなってしまったんだ。  
だって、テトさんにこんな気持ちを抱いた事なんて今日まで無かったのに。  
 
(……君は……)  
 
テトさんが僕にささやく。  
暗くてよく分からないけど、テトさんの体の熱さから察するに、きっと顔が赤くなっているんだろうと思う。  
そりゃそうだ。こんな至近距離で、暗闇で、エッチな気分で……  
 
僕は唾を飲み込む。  
こうなれば、キスくらいやっちゃうか? 空気に任せて。  
バンド内恋愛が悪いなんて誰が決めたんだ! shit!  
大英帝国の夢に未来なんて無いんだぜ!! ひゃっほーい!!  
 
(……んっ)  
 
暴走する思考を表に出さないように、僕は静かにテトさんの顔に手を伸ばす。  
目をつむって唇を差し出すテトさんの顔を、自分へと引き寄せようとする。  
そして。  
 
 
 
ガツッ!!  
 
 
 
「痛ぇっ!!」  
 
「whaaaaaattttt!?!?」  
 
「なっ、何事かっ!!」  
 
コタツのフレームに手をぶつけて、僕は思わず大きな声を上げた。  
すると、当然アンにもがくぽ君にもばれる訳で。  
アンもがくぽ君も驚きの声を上げた。  
 
「や……っば」  
 
テトさんの顔から血の色が引いていく。  
どうしよう、このままじゃ二人して『楽刀・美振』の錆になってしまうかもしれない。  
想像したら……ぞっとした。  
とりあえずほとぽりが冷めるまでは会わないほうがいいんじゃないか?  
 
「テトさんっ!!」  
 
「なっ、ちょっ……!!」  
 
コタツを思い切りちゃぶ台返しのように跳ね上げ、テトさんの手を握って体を起こす。  
ぐいっとテトさんの体を引っ張りながら、玄関までダッシュ。  
ブーツは後で履けばいいやと、僕とテトさんの分を手に持って、そのまま飛び出した。  
 
「待てレン!! お主は何か勘違いしているっ……!!」  
 
がくぽ君が何か大声で言ってるけど、そんな事に構っている暇は無い。  
僕とテトさんは、ペタペタと足音を夜の街に響かせながらアパートを離れた。  
 
 
 
 
「……君は……じつに馬鹿だな」  
 
「すみません」  
 
近所の公園でブランコに乗りながら、僕はテトさんからお決まりの罵倒を受ける。  
しかも大きなため息と共に。  
某ネコ型ロボットのセリフと同じなはずなのに、胸がギリギリ締め付けられる。テトさん恐るべし。  
 
「大体『美振』は楽器だろう? ……ってがくぽが昔言ってた」  
 
「……返す言葉もございません」  
 
テトさんの追求に、僕は思わず肩をすくめる。  
そうだ。VOCALOIDが凶器持っててどうするんだ。慌てすぎだろ僕。  
 
「本当に、バンド名の通りの『Idiot Android』っぷりだな、君は」  
 
「はぁ……ん?」  
 
テトさんの追求に頭をかく僕。  
しかし、テトさんのセリフに何だか違和感を感じた。  
確かに『Idiot=馬鹿な』だから合ってはいるんだけど。  
『Android』……? わざわざ口に出したってことは、まさか……バレてる?  
 
「……でも、君に声をかけられたから、こうやって楽しく音楽やってるんだよなぁ」  
 
テトさんは僕の考えなど無視して、話を続ける。  
―――――VOCALOID『Sweet Ann』『神威がくぽ』『鏡音レン』。  
テトさん以外にはそんな繋がりがある。でも、テトさんだけは別なんだ。  
 
ある日TUTA○Aに行ったら、DVDを延長しすぎて怒られているテトさんを見たのがきっかけ。  
古いライブビデオを手に持っていたので、何となくそのまま音楽の話になって、  
じゃあベース出来るならやらないかと僕が持ちかけたんだっけ。  
ん、これってナンパと何が違うんだろう?  
 
「やっぱり、歌えるって楽しいよ」  
 
ブランコをこぐ度に、テトさんの赤いくるくるヘアーが揺れる。  
こぎながら、テトさんは本当に楽しそうに喋ってきた。  
テトさんも細々と音楽はやってきたらしいが、真面目にステージに上がるのはこのバンドが初めてだとか。  
 
「君みたいな厨二のおバカでも、こんなに才能があれば人気も出る」  
 
「……誉めてないですよ、それ」  
 
くそぅ、何でテトさんはいつもこんなに僕にキツイんだ、というか見下してるんだ。  
一応バンドリーダーは僕なんだけどなぁ。  
……それにしても、さっきのテトさんのどアップ顔は心臓に悪い。  
まるで本当の恋人同士みたいで……  
はっ、一体僕は何を考えているんだ。  
 
「とにかく帰ろう。がくぽもアンも心配してるはずだからね」  
 
いつの間にかテトさんはブランコから降りて、僕の目の前で帰りを促している。  
テトさんが何故か手を僕へと伸ばす。  
どんな意図があるか分からないけど、テトさんは何だか無邪気に笑っていた。  
 
 
 
 
 
―――――始めは萌えオタのマスターの手から逃げるために作ったバンドが、  
それ以上の意味を持とうとしている。  
それでも歌う事しか能の無い僕は、一体どうすればいいんだろう?  
何故か、テトさんと握った手が熱くなってきた。  
 
 

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