―――――温かいシャワーが、穢れたわたしの体を表面『だけ』きれいにしていく。  
三日ぶりにまともに体を綺麗にできて、すっきりするかと思ったけど、  
いくらスポンジでこすっても、あの気持ち悪い感触が頭から離れてくれない。  
さすがにこすってたところが赤くなってきたし、いい加減にシャワーは止めて脱衣所へ出た。  
 
セーラー服のようなデザインのいつものコスチュームと、頭の大きな白いリボンを付けた。  
鏡の前には普段と何も変わらない、当たり前の『鏡音リン』の姿が映る。  
なら、服も何も着ていなかった今までのあの出来事の間は、わたしはあの男の人たちに何だと思われていたんだろう。  
ただの女? ただの穴? それとも……なんて考えていたら、吐き気がしてきた。  
脱衣所の洗面台に思いっきり吐いた。変な液しか出てこなくなるまで、ずっともどしていた。  
 
 
一人じゃつらい。レンに会いたい。  
 
 
気がつくと、わたしは大きなフードの付いた黄色いパーカーを着て、街をさまよっていた。  
メイコねーさんの制止を無理に振り切ってでも、わたしはレンに会いたかった。  
賑やかな通りを歩いていると、何だか人だかりがある店の前で足が止まる。  
 
「……ここは」  
 
この街では老舗のライブハウスだった。  
もしかしたら……と言う思いをこめて、そこへ足を進めてみた。  
タバコと香水の香りがキツイ人たちの横をすり抜け、わたしはロビーに続く階段を下りる。  
階段の途中にはベタベタとフライヤーが貼ってあったから、わたしはお目当てのバンドの名前を目で追う。  
 
「あった、これだよね? 『Idiot-ANDROID』……」  
 
いくつかバンド名が続く中に、その名前があった。  
半年以上前に家出をしたレンがボーカルをやってるらしい。何だか人気もけっこうあるんだとか。  
ロビーの扉はしっかり閉まっているはずなのに、中からは大きなギターの音と歓声が聞こえる。  
 
「入るの? 入らないの?」  
 
入り口の受付にいた、包丁みたいな形のヘルメットの小さな女の子に声をかけられた。  
ギロッとした目で、わたしを睨んでくる。  
 
「……いくらですか?」  
 
少し怖かったけど、それ以上何も言ってこないから、わたしから声をかけてみた。  
すると恐竜の手のようなグローブを付けた手が、Vサインを作る。きっと2000円だと言いたいんだろう。  
わたしは、女の子から言われた金額のお札をポケットから出して手渡し、  
代わりに、もぎられた半券を渡されたから、それをポケットに押し込める。  
 
「今は……時間的に、『Idiot-ANDROID』のはずだから」  
 
大きな防音ドアを開けて中に入ろうとするわたしの背中に向かって、女の子はそんな事を教えてくれた。  
わたしは振り向きもせずに、熱狂と歓声と歪んだ音と虹のような光が飛び交うホールの中へ飛び込んでいった。  
 
「―――――One、Two、Three、Four!!」  
 
最近ライブ用のコスチュームを一新したアンが、スティックを鳴らしながら高らかにカウントを取る。  
見た目のイメチェンに積極的で、もう『SweetAnn』と言うよりは『甘音アン』って言ったほうがいいんじゃないか?  
そんなアンのスネア一発で、一気に僕らの心の中のエンジンに火が入る。  
テトさんが最初っから歪ませてスラップしてるもんだから、がくぽ君は、顔色こそ変えないものの演奏がいつもより攻撃的だ。  
幾ら仲間とはいえ、ステージに上がると『俺が! 俺が!』の個性のぶつかり合いになってしまう。  
さてと。僕も負けてられないから、マイクを構えるとしましょうか。  
 
僕らの出番が始まって何曲か歌っていると、お客さんのダイブが始まった。  
最初はびっくりしていたこの行為も、慣れてしまえばどうって事は無い。  
怪我されるのはゴメンだけど、モッシュやダイブもライブの楽しみ方の一つだし。  
お客さんの一人が、跳ねる群集の波の上を文字通り泳いでいる。  
今日ダイブした子は、どうやら僕と同じくらいの年っぽい。  
パーカーのフードを深く被ったその子は、徐々に僕らのステージに近づいてくる。  
 
(……………?)  
 
ステージ前のフェンスをも乗り越え、その子は僕の目の前に落下してきた。  
その足元にちらりと目をやると、僕のブーツにとてもよく似たデザインのものを履いている。  
おお、これは僕のコスプレってやつか?  
その子は上手く受身を取ったらしく、そのまま僕の前に立った。  
 
「レン」  
 
立った瞬間にフードが取れる。そこから現れた顔は、僕の顔と瓜二つだった。  
そりゃそうだ。だって目の前の子は、僕とは双子なんだから。  
 
「リン、どうして……?」  
 
がくぽ君のギターソロ中でちょうど歌ってなかった事もあって、  
僕はヘッドセットの送信機のスイッチを切って、いきなり現れたリンに小声で話しかけた。  
すると、  
 
 
 
パチン  
 
 
 
「えっ……!?」  
 
リンは、急に僕の頬に平手打ちをかましてくれた。  
あまりに突然の出来事に僕は目を丸くしながら、改めてリンに目をやると、  
リンはなぜか泣いていた。  
 
「……ちょっと」  
 
「えっ、えっ……ちょ、おいリン……!?」  
 
リンは目に涙を浮かべながら、僕の袖をぐいっと掴んで、僕をステージ横へと引っ張った。  
なんだろう、普通ならリンに腕力で負けるなんてありえないんだけど、  
今日のリンは腕力以外の何かがあるようで、全く歯が立たなかった。  
ステージからは、いきなりボーカルが連れ去られたステージに怒号が飛び交っている。  
そのヤジを耳にしながら、僕はギターさえ持ったままで、リンに裏まで引きずられていった。  
 
楽屋のある通路の先、その行き止まりには物置きがある。  
僕はリンにそこまで連れて行かれ、そこでやっとイニシアチブを握った。  
壁が壊れるくらいの勢いで、両手で壁をバンと叩き、リンを腕の中に追い詰めた。  
 
「……何で邪魔するんだよ」  
 
リンは一瞬ビクンと振るえたけど、その後は泣いたり騒いだりすることもなく僕と目を合わせる。  
その目が……逆に怖い。何かを抱え込んでいて、今にも決壊しそうな感じ。  
でも、そんな細かい事まで今は考えている場合じゃなかった。  
 
「VOCALOIDにとっての『歌う事』が、どれだけ大事か分かってるのか?」  
 
いつでもどこでも、歌う時は真剣勝負。  
それが、現代技術の粋を集めて作られた僕らVOCALOIDの使命であり、誓いだったはず。  
なぜ、リンはそれを邪魔するのか。  
 
「歌ってないVOCALOIDなんて、ただのオモチャじゃないかっ!!」  
 
唾を飛ばしながら、僕はリンにセリフを吐き捨てた。  
タバコのヤニやら何やらで壁が小汚くなった通路に、僕の声がビリビリと響く。  
リンは僕の罵倒を聞いてうつむき、そのまま目を合わせずに何かを話し始めた。  
 
「……ね、わたし……も……ちゃ……」  
 
「何だよ、はっきり言ってよ」  
 
小声で、しかも震えながら話すリンの声を最初は聞き取る事ができなかった。  
もう一回問うと、リンが頭を上げ、僕に向かってもう一度声を絞り出す。  
少しだけリンの声のボリュームが上がって、今度ははっきりと聞きとれた。  
 
「レンが居なきゃ、わたしなんてただのオモチャだよ」  
 
「え?」  
 
「……あんなマスター、もう死んじゃえばいいんだ」  
 
今までの元気で活発なリンのイメージからあまりにもかけ離れた姿を目にして、僕は戸惑っていた。  
僕が家出をしてからの間に、リンに何があったのだろう?  
とにかく、何か聞かなければ始まらない。  
 
「リン? どうしたんだよ……?」  
 
「歌わせてくれないマスターなんて、もう……」  
 
「……何だって?」  
 
訳が分からないけど、深刻な問題があることだけは感じ取れた。  
僕は壁についた手を戻して、リンの話に集中する事にした。  
ギターも邪魔だったし、肩から外して壁に適当に立てかけた。  
 
「……マスターが、最近歌わせてくれなくなったの」  
 
「忙しいとか?」  
 
「ううん、単純に……飽きたんだって、私達に」  
 
なんて奴だ。さすがクソッタレマスター。  
でも、幾らなんでもリンの落ち込み様と変わり様はひどすぎないか?  
そんな僕の疑問をよそに、リンは話を続ける。  
―――――そして、聞いた後で後悔した。  
 
「で、この前……三日くらい前にね、『新曲出来たからスタジオに入ってくれ』って言われたんだ」  
 
どんどんリンの顔色が悪くなっていく。  
声のトーンもいよいよ下がり、聞いているのが辛くなるほどに心に刺さる。  
 
「スタジオに行ったら、マスターの他に知らない人が5人くらいいてね」  
 
嫌な予感がする。  
待ったリン。もう言わなくていい。  
と言うか止めてくれ!! そんな事考えたくない!!  
 
「マスターが『これからは声じゃなくて、そのルックスで稼いでもらおうか』って言って、わたし……無理矢理床に」  
 
「もういいよ喋らなくてっ!!」  
 
リンがみなまで言う前に、ついに僕は大声を出して、リンの声を遮った。  
いくら鈍感でもヘタレでも、そこまで言われたら察しがつく。  
と言うか、これ以上喋らせたらリンの嫌な記憶を掘り起こしてしまいそうで、ぞっとした。  
 
「……くそっ!! 何でだよ、っ……!! くそっ、くそぅ……っ!!」  
 
そんな言葉が、意識しなくても出てくる。とめどなく出てくる。  
リンから聞いた話は、あまりにも辛かった。  
 
「……ごめん、本当はわたし一人で何とかしなきゃって思ってたんだ」  
 
リンは目をギュッと閉じ、その嫌な記憶に怯えるかのように自分を抱きしめる。  
肩が震え、段々とリンの視線が下がっていく。  
 
「でも、今日ふらっとここに来て、ステージで楽しそうに歌ってるレンを見てたら何だか腹が立ってきて、それで……」  
 
リンの足元に、ポタポタと液体っぽい物が落ちている気がする。  
この状況だし、リンの涙で間違いないだろう。  
なんて事だ。まさかこんな事になるなんて、家出した時は思ってもいなかった。  
 
「っ!? レン……!?」  
 
思わず、僕はリンを抱きしめてしまった。  
一番辛い時に傍にいてやれなかった。情けなくなってくる。自然と涙が出てくる。  
 
「ゴメン、ゴメンよ……リン……っ!!」  
 
「レン……」  
 
こんな事で許してもらおうとか思ってるわけじゃないけど、謝らなきゃならないような気がした。  
何とかしなきゃとは思うけど、でも何も出来ない。  
こんなに自分の無力さを感じるなんて。  
リンを抱きしめながら、僕はそんな感覚に打ちひしがれていた。  
 
「……ねぇ、レン」  
 
「何?」  
 
「……キス、して欲しいんだ」  
 
「……………!?」  
 
「お願い、何も聞かないで」  
 
僕の腕の中のリンが、いきなりそんな事を言い出した。  
幾らなんでも双子同士だぞ……とは思ったものの、他でもないリンの頼みだ。  
僕が出来ることなら、何だってしてやりたい。  
戸惑いは有るけど、僕はリンの体にそっと手をまわし、ゆっくりと引き寄せる。  
 
「……ん、っ」  
 
「うぁ、ん……ぅ……」  
 
軽いキスくらいのつもりでいたら、リンの方は妙にキスが長い。  
僕はリンに合わせて、しばらくの間キスを続ける。  
その内、リンは僕の唇をこじ開けるようにして舌を入れてきた。  
 
「ん、っ……う……」  
 
これもあのクソマスターに仕込まれた物だとしたら? そんな考えが僕の頭をよぎる。  
僕の口の中を妙に丁寧にまさぐるリンの舌の感触を感じると、  
気持ちよさとは裏腹に、嫌な事ばかり浮かんでしょうがない。  
 
「……………く、っ」  
 
キスだけじゃない。リンの体自体も、きっとあのクソッタレに毒されてるんだ。  
この小さめな胸も、ショートパンツに隠れている股間も。  
そう考えると何だかムカムカしてきた。許せない。  
 
「あ、っ……!? レン……っ!?」  
 
キスで体が火照ってきたのも相まって、僕はリンの体を直接チェックしようと思い、  
リンの服の中に手を滑り込ませてみた。  
 
「ちょ、っ……!! あん……」  
 
これで手先にぬるりと精液が付こうもんならどうしようかと思ったけど、  
さすがにそんな事は無く、リンの肌はスベスベそのものだった。  
ただ、さっきのモッシュやらダイブやらの人波に揉まれたせいで、少し汗ばんでいる。  
 
「や、ぁ……っ!! 何、するの……? んぅうっっ……!!」  
 
リンの口を改めてキスで塞ぎながら、僕は手をリンのショートパンツの中にも入れていく。  
きっと、こっちも……なんだろう。  
このまま、リンの体を全て僕が染め直してやろうか……? なんて考える。  
下っ腹をさすり、そのままリンの下着へと手をかける。  
 
「く、あぁっ……!!」  
 
リンがうめき、唐突に体を引いた。  
ドンと音を立てるほどの衝撃が壁に伝わったせいで、  
壁に立てかけてあったギターがガツンと音を立てて倒れた。  
その瞬間、  
 
「……あ、っ」  
 
物陰から何か声がした。  
廊下に無造作に積み上げてあるダンボールの辺りが怪しい。  
目線を移すと、赤いくるくるヘアーらしき物が揺れている。  
間違いない。僕はリンから慌てて手を離し、物陰目がけて呼びかけた。  
 
「テト、さん?」  
 
「―――――っ!!」  
 
テトさんが、恐る恐る物陰から姿を現した。  
自分のベースをとても大事にしてたテトさんの事だから、きっとギターが倒れたのが気になったんだろう。  
僕自身はそんな事気にして無いって言うのに。むしろ傷がロックっぽくて歓迎なのに。  
 
「見てた?」  
 
「……ごっ、ごめんっ!! 覗き見してごめんっ!!」  
 
僕が話しかけると、テトさんはあわあわと取り乱した。  
そのまま僕に向かって頭を下げたかと思うと、テトさんはライブハウスの出口へ駆けだす。  
制止する声を出す間もなく、テトさんは僕らの視界から消えてしまった。  
そして、遅れて物陰から出てきた二つの影。  
 
「……アン、がっくんも……?」  
 
「すまぬ、我等の出番が終わって楽屋に参ったら、騒がしかったものでつい……」  
 
「Sorry……デモ、ふたりが心配だったんデス」  
 
ばつが悪そうにもじもじと出てきた二人に、僕は怒る気が失せてしまった。  
というか、リンにあんな風にもぞもぞやってる所を見られてしまっては、何だか恥ずかしい。  
 
「話は聞かせてもらったぞ。レン、リン」  
 
「Son of a Bitch!! キミたちのMasterは何てことを……!!」  
 
アンもがくぽ君も、心から心配してくれているみたい。  
とは言え、この状況で二人にどんな言葉を返せばいいのか、どんな表情をすればいいのか分からない。  
僕とリン、がくぽ君とアンの4人の間に、変な沈黙が流れる。  
誰かに、この状況を打破してもらえたらいいのに……と思っていたら、今度は別の足音が聞こえてきた。  
 
「え、カイト兄に、メイコ姉……?」  
 
僕の『家族』である二人を、僕は久しぶりに見る。  
二人とも、いつものお決まりの格好だったからすぐ分かった。  
ただ、二人との距離が近づくにつれて、何だかおかしい事に気づいた。  
二人の服は何だかくたびれて汚いし、何よりも、カイト兄の服や拳がなぜか血だらけだった。  
いったい、何があったんだろう?  
 
「……リン、一応事後処理がひと段落ついたわ」  
 
「……そっか、もうついたんだ」  
 
リンとメイコ姉が何やら話をしている。  
でも、当然僕は何も分からない。  
 
「話が掴めないんだけど、どうしたの?」  
 
僕が聞くと、メイコ姉の横からカイト兄が出てきて、何やら目配せしている。  
最初の方のメイコ姉は、驚いたり首を振っていたりしたけど、カイト兄の無言の説得に折れたらしい。  
コクリとメイコ姉が頷いたのを合図に、カイト兄は口を開いた。  
 
「レン、マスターが……逮捕されたんだ」  
 
「えっ……?」  
 
 
 
メイコ姉とリンは仮宿のビジネスホテルへ行き、  
僕はカイト兄と二人で、自分の家へ久しぶりに戻ってきた。  
玄関先に張り巡らされた『KEEP OUT』と書かれたテープをくぐり、家の中へと入っていく。  
 
何だか血の跡があったり、家具が滅茶苦茶になっていたりして怖い。  
食器や調味料が散乱したダイニングに、変にえぐれた廊下の壁紙。  
まるで殺人現場にでも紛れ込んだかのようだ。  
 
「リンの事は、さっき言ったとおりだよ」  
 
「……うん」  
 
ギシギシと音を立てて階段を上がりながら、カイト兄は僕に話しかけてくる。  
『レンは家族だから、きっちり今回の事を知っておいた方がいい』とカイト兄に言われて、  
僕はあの後、ライブハウスから家まで直行でここまで来ていた。  
 
―――――カイト兄いわく、僕が家出した後の家は、しばらく静かだったらしい。  
そりゃそうだ。トラブルメーカーのうち一人が消えたんだから。  
問題は、その後のアイツだった。僕が居なくなった後から、急速に『冷めて』しまったらしい。  
新曲を作る気も無く、アイツはVOCALOIDの存在意義を葬り去っていた。  
その後、アイツは家の中の女性陣に手を付け始めたらしい。それでも、誰も何も言わなかった。  
事を荒立てて、アイドルとしてのイメージを崩したくないミク姉。  
カイト兄が居るから、何とか耐えていたメイコ姉。  
そして……なかなか誰にも言えず、マスターに心も体も傷つけられたリン。  
 
家の地下にある、完全防音のプライベートスタジオに入っていく。  
ここにも『KEEP OUT』のテープがあったけど気にしない。  
部屋に入るや否や、その光景に僕は絶句した。  
 
「……………」  
 
部屋の中には未だにイカ臭いような異臭が漂っていた。  
シーツっぽい白い大きな布は、何だか黄色いシミが大きく付いている。  
床には『ペペ』とラベルのついたドレッシングみたいな容器や、いわゆるバイブらしき物がごろごろと転がっている。  
無造作に解かれたゴム縄と相まって、部屋の乱雑さを助長していた。  
……というか、この光景を見ただけで嫌でも鮮明に想像できそうだ。  
無機質な壁に四方を囲まれたこの部屋で、リンに行われたであろう出来事を。  
声を枯らして泣き叫ぶリンと、それを嘲笑う男たちの姿を。  
 
「……ごめん、僕らが気付けなかったんだ」  
 
カイト兄とメイコ姉が仕事で家を数日間空けている時期を狙って、  
アイツは遂に、リンを商売道具にしてしまった。  
リンが『三日くらい前に……』と言っていたから、三日間の間、ずっと。  
 
「帰ってきたら男物の靴がたくさん玄関に散らばってて、何だか嫌な予感がしてね」  
 
いつもは優しいカイト兄が、自分の体を傷つけてまで男たちを引き離そうとした。  
家の至るところの荒れ模様は、その時の状況をよく表しているんだろう。  
その間にメイコ姉が連絡していた警察が到着して、アイツとその仲間たちはお縄を頂戴したそうだ。  
 
「マスター、何であんなふうになっちゃったのかな」  
 
カイト兄が、潰れた自分の手の甲を見ながら嘆いた。  
 
―――――確かに、最後は一線を踏み外したものの、アイツも最初は僕らに優しかった。  
ネタ曲が多かったのはちょっとアレだけど、それでも僕らを真剣に使ってくれていたし、熱心に僕らを世の中に発信しようとしていた。  
だからこそ、ミク姉もカイト兄もメイコ姉も今ではまともに飯が食えるほどになっている。  
それが、ここ半年でこんなにがらりと変わってしまう物なのか?  
今まで手塩にかけて育ててきたVOCALOID達を、性欲のはけ口として、ただのモノみたいに扱えるのか?  
はっきり言って信じられない。  
 
「……人間ってさ」  
 
「ん?」  
 
僕は、汚くなったフローリングを見つめて呟いた。  
カイト兄が反応してくれたのをいい事に、口からどんどん言葉があふれ出す。  
何だか目頭が熱くなってきたけど、もう気にしない。  
リンに起きた出来事を知ると、今まで考えてもいなかった事が頭の中に次々浮かんできて仕方ない。  
 
「こんなに簡単に……昔の情熱を忘れられるもんなの?」  
 
「それは……マスターにも何か事情が」  
 
ミク姉はすでにVOCALOIDアイドルとして売り出している。  
他のみんなはまだバラしてはいないものの、いつか正体を明かすだろう。それは僕のバンドのみんなにも言える。  
―――――でも、その先の未来は?  
 
「しかも、飽きたらポイか慰み物かよ……く、っそ……!!」  
 
そのうちに『VOCALOID』自体が忘れ去られてしまったら、どうなってしまうのだろう。  
リンみたいにボロボロになるまで上っ面ばっかり消費されて、中身に興味を向けてもらえなかったらどうしよう。  
それはリンだけじゃなく、カイト兄やメイコ姉やミク姉にも当てはまるし、がくぽ君やアンにも当てはまるかもしれない。  
当然、僕にだってそういう可能性は有るんだ。  
急に怖くなってきて、僕はカイト兄の前で思いっきり泣いた。  
 
 
 
「何で? 何でだよ、カイトにぃ……うぅっ、うぇええぇっ……!!」  
 
 

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