今夜も、ライブハウスのイベントの大トリに『Idiot-ANDROID』の出番がやってきた。  
ステージにベースとエフェクターボードを持ち込んで、先ずはセッティング。  
少しチューニングがズレてたから、ブリッジ部分のチューナーで微調整して準備完了。  
私こと『重音テト』は、こんな手順を踏んで、『Idiot-ANDROID』のべーシスト『テトペッテンソン』に変身するのだ。  
 
アンとアイコンタクトを取って、今日の一曲目を演奏しだす。  
やっぱり外国人のグルーヴ感って何だか違う。同じリズムパート担当だから、なおさらそう感じるのかな。  
一歩下がって、ちょっと冷静になってフロントの二人を観察するのもまた面白い。  
がくぽは今日も絶好調。言うこと無しのギターだ。  
 
ただ、レンの調子がおかしい。普段の力の数割も出せていない。  
いつもなら、あの傷だらけの黄色いテレキャスを肩からぶら下げながら、  
怒りの衝動をそのままぶつけたような歌と、ステージの上を所狭しと踊るような演奏を見せてくれるはずなのに、  
今日に至っては、そんな要素はまるで無い。  
……まるで、レンの周りだけ別のバンドみたいだった。  
 
 
 
「―――――Fuckin'!!」  
 
楽屋に入るなり、暴言と共にアンがレンの服の襟に掴みかかった。  
こんなに怒ったアンは初めて見たかもしれない。  
 
「今日のPlayはナニ!? キミはあんなRubbishな声しか出せなかったんデスカ!?」  
 
まるで親の敵のようにレンを罵り続けるアン。  
ファンのノリや楽しみ方に一番こだわりを持っているアンにとっては、  
精彩さがまるで無い、今日のレンのステージが相当癪にさわったんだろうなぁ。  
レンは無表情のままで、アンの怒りの感情を無抵抗で受け入れる。  
 
「……Shit!!」  
 
生気の無いレンの姿を見たアンは、一言吐き捨ててレンを解放した。  
レンが元気の無い理由は、本当はアンだって分かってるはず。  
壁に寄りかかったまま、腕を組んで見守っているがくぽも、楽屋のイスに座ってそんな三人を見ている私だって、当然分かってる。  
だから、私達は何も言えない。誰もが言葉を失って、楽屋の中に妙な沈黙が訪れる。  
 
「レン、お主は今日は宴に出ずに早く帰った方がいい。主にも伝えておこう」  
 
「……ありがとうがっくん、マスターによろしくね」  
 
がくぽのアドバイスに従って、レンがギターケースを担いでとぼとぼと楽屋から出て行った。  
楽屋の中が三人だけになると、アンはドカッと体をイスに預け、顔に手を当てて泣き出してしまった。  
 
「レン、Sorry……I've done a very stupid thing to him……!!」  
 
一体、私達『Idiot-ANDROID』はどうなってしまうんだろうか。  
このまま、レンの心がどうにかなったまま、空中分解したりしないだろうか。  
 
 
 
『VOCALOID』でない私に、何か出来ることは無いのだろうか。  
 
 
 
―――――僕が目を覚ますと、リンがパソコンデスクに座っていた。  
昨日のライブの疲れがまだ取れない体を起こすと、リンは僕に気付いたのか、  
ヘッドホンを取って、イスをくるっと回して僕の方を向いた。  
 
「おはよーレン。ゴメン、起こしちゃった?」  
 
「いや、別にいいんだけど……」  
 
「昨日もライブで疲れちゃってたみたいだし、もっと寝ててもいいよ?」  
 
リンは気遣ってくれるけど、ホントにもう大丈夫なんだ。  
なぜなら、リンが向かってるパソコン画面が妙に気になるから。  
僕はベッドから起き上がり、リンの隣に近づく。  
 
「どう? 出来た?」  
 
「うーん、ちょっとね……ギターの音が納得行かないんだ。ギタリストとしての意見聞かせてよ」  
 
液晶画面に映し出されているのは、リンが今作っている曲のデータが書き込まれたピアノロール画面だ。  
デスクの上にはシンセサイザーが鎮座し、その周りはリンがメモ用に使った紙で散らかっている。  
僕はパソコンの画面を覗き込み、ヘッドホンを耳に当てながらいろんなパラメータをチェックしてみた。  
ちょっと気になった部分があったので、手を加えてみる。  
 
「うーん……これでどう? 少しエフェクトかけてみたんだけど」  
 
「ん……おお、いい! こんな感じにしたかったんだ! ありがとー!」  
 
「どうでもいいけど、そろそろ朝飯じゃないか? がっくんのマスターを待たせるわけには行かないだろ」  
 
「待って! 今エレピでも試してみたいの! それ終わったら降りるから」  
 
リンは僕にお礼を言うと、そのまま画面とのにらめっこを再開した。  
キーボードが弾けない僕には羨ましくなるような手つきで、  
鍵盤をバシバシ叩きながら、どんどんピアノのパートを録音していく。  
あまりにも夢中だったもんだから、僕は邪魔をしないようにそのまま部屋を出た。  
 
あの後、リンは僕共々がくぽ君のマスターの家で世話になっている。  
リンの『レンとしばらく一緒にいたい』というわがままが受け入れられた結果だ。  
それほどに、リンにとって僕という存在が大きかったのかと思うと、何だか胸がキリキリ痛む。  
一緒にいたいと言うリンの願いを叶えるために、今の僕とリンの寝室は一緒になっている。  
がくぽ君のマスターがかつて書斎として使っていた部屋は、すっかり僕らの色に染まり、  
おまけに五年落ちくらいの古いパソコンと、使わなくなったシンセサイザーも借りてしまった。  
何だか申し訳なくなってしまう。  
 
「……よかった、あんなにハマってくれるなんて思って無かったし」  
 
あの事件以来、リンは『スタジオに入ること』と『歌うこと』に抵抗を感じるようになってしまった。  
どうにかして、リンに音楽の楽しさとVOCALOIDらしさを取り戻してほしくて、  
僕が無い知恵を絞って考えたのが、さっきのような『DTMによる曲作り』だ。  
最初はマウスで一音一音打ち込んでいたリンも、いつの間にか普通のピアノ弾きが出来るようになっている。  
音色選択のセンスも抜群にいいし、教えた事はすぐに応用する。  
……ただ、これは別にリンが特別って訳じゃないと思う。  
VOCALOIDは音楽に関することの吸収スピードがものすごく速い。理論も、実践も。  
僕のギターだって、一ヶ月もすれば相当弾けるようになっていたのを思い出す。  
 
(リンがステージに立てるようになるの、いつになるかな……)  
 
人間が『飽きる』って言うのは、ここに関係するんだろうか?  
僕らと同じように歌い、僕らと同じように曲を創り上げるために、人間は多大な苦労をしているらしい。  
それでも満足のいかない結果しか出せない人は沢山いる。  
才能が無ければ、"オンガク"は"音が苦"になってしまうのだろうか。  
 
「レン」  
 
「……うぉああぁっ!? がっくんいつの間にっ!?」  
 
「拙者はさっきからお主の後ろに居たが」  
 
……なんて考え事をしていたら、いつの間にか後ろにがくぽ君がいた。  
どうやら全く気付いていなかったみたいだ。  
いきなり気配を感じたので、思わず変な声を上げてしまった。  
 
「主が朝餉(あさげ)を所望している。レンも早く席に着け」  
 
「はーい」  
 
昨日の今日だし、何だかばつの悪い思いはしたけど、  
がくぽ君の作る朝飯は美味いし、それを考えると逆らえない。  
後ろに付いて、僕はダイニングへと降りていった。  
 
 
 
テーブルの向こうには、がくぽ君のマスターとがくぽ君。僕の隣には打ち込みが終わったリンが座った。  
マスターと僕とリンの前には、焼きほっけと浅漬け、ご飯にみそ汁といった和風全開の朝飯が並んでいる。  
一方、がくぽ君は野菜ジュースをコップ一杯だけ。  
何でも、体系維持のために炭水化物は特別な時にしか食べないんだとか。  
その割に料理はするんだから、やっぱり不思議だ。  
 
「レン、今日は何か予定ある?」  
 
「いや、何も無いですけど」  
 
「なら一曲歌ってくれないかな? 新曲にコーラスが欲しくて」  
 
がくぽ君のマスターが、みそ汁をすすった後で僕に話を持ち掛けた。  
『VOCALOIDが今更増えた所で全然問題ないよ』と言って、僕やリンを泊めてくれているのだ。  
こんな僕が出来る仕事でよければ、何だってしたい。  
だけど、昨日のライブのクオリティを思い出すと、上手く歌えるかどうかはちょっと疑問が残る。  
 
「確か、今日は『ごっぱー』が届く日でござったか」  
 
「そうそう。いやー、遂に俺もSHUREのマイクを買う様になったか」  
 
がくぽ君のマスターはニコニコしながら、白いほかほかご飯を頬張る。  
がくぽ君のマスターが音楽の話をするときは、とても楽しそうだ。  
この笑顔を見ていると、アイツがまだ僕らに飽きてなかった頃の事を思い出す。  
……ただ、今はまだ全部は思い出したくない。吐き気がする。  
吐き気を押し込めるようにそば茶を喉に流し込み、僕は何とか平静を装った。  
気を取り直して浅漬けに箸を伸ばしたとき、玄関のチャイムが鳴る。  
 
「あれ、お客さんだよ」  
 
「僕が行ってきましょうか?」  
 
「サンキューレン、宅配便だったらアレだから、ハンコ持ってって」  
 
「はーい」  
 
リンが真っ先に反応したが、体をイスから持ち上げたのは僕が一番早かった。  
がくぽ君のマスターのOKを貰ったので、僕はハンコを持って玄関へ向かう。  
パタパタとスリッパを鳴らして玄関ホールに着いて、つっかけを引っ掛けて僕は玄関のドアを開ける。  
 
「宅配ご苦労様で……」  
 
そこまで言って、僕は言葉を失ってしまった。  
くるくる赤毛の……いや、AKGじゃなくて本当に赤い毛のツインテール。  
軍服らしい、シンプルな色使いの上着。  
まぶしいくらいの朝日がちょうど後光のようになって、ニヤついてるのに妙に神々しく見える笑顔。  
 
「君はじつに馬鹿だな、私のどこが宅配便の人に見えるんだい?」  
 
「てっ、テトさん!?」  
 
ベースを担いだテトさんが、扉の前に立っていた。  
 
 
 
そのまま、僕はテトさんの誘いに乗って街に繰り出した。  
がくぽ君のマスターが快く出かけるのを了承してくれたし、断る理由も無かったし。  
楽器屋に寄って冷やかしてたら、妙に気に入ったエフェクターが在って思わず買ってしまった後は、  
近くのハンバーガーショップで昼飯となった。  
テトさんはフィッシュバーガーを楽しそうに頬張り、僕はダブルバーガーをもそもそ。  
 
「ジャンクフードうめぇwww」  
 
「某掲示板のスラングが駄々漏れですよ」  
 
「ふふふ、これが分かるって事は君も同じ穴のムジナだよ」  
 
ぎくり。  
それは置いといて、今、僕は休日のランチに二人でファーストフード食べてるんだよなぁ。  
まるで普通のデートのようじゃないか。  
やばい。何だか意識しだしたぞ僕。  
 
「ん? トイレなら我慢せずに行ってくればいいよ」  
 
「……違います」  
 
恥ずかしさからか、ついつい股間で手をモジモジと動かしてしまっていたらしい。  
あらぬ誤解を受けて、僕は頬がカーッと熱くなるような感覚を覚えた。  
 
「ねぇ、この後はどこか行く?」  
 
「うーん、そうですねぇ……じゃあ、さっき買ったエフェクター試してみたいかも」  
 
という話の流れから、午後は貸しスタジオを借りて、二人でずーっとセッションしていた。  
スタジオに入ってしまえば、さっきまでの恥ずかしさや妙な心境もなんのその。  
最初はセッションだったけど、最後はバトルまがいのプレイ。  
手が動かなくなるまで弾いて、たまに休憩して、気付いたら日が傾いていた。  
 
「ヘックシ!! うっわ、寒っ……!!」  
 
テトさんをアパートに送っていく最中に、僕は思わずくしゃみをした。  
さっきスタジオでかいた汗と、木枯らしが僕の体温を奪う。  
 
「うー……まずいなこりゃ」  
 
何で僕はマフラーくらいしか防寒具らしい防寒具を持ってこなかったんだ。  
こないだまではこれでも十分だったのになぁ。  
 
「まったく、じつに馬鹿だなぁ。ボーカリストが風邪ひいてどうするんだ?」  
 
「ずびばせん」  
 
鼻をすすると、横で歩くテトさんがポケットティッシュをくれた。  
好意に甘え、そのティッシュで鼻をかみ、丸めたティッシュを近くのコンビニのゴミ箱へ捨てて、  
その後は、またテトさんと住宅街を歩き続ける。  
まだ鼻水が止まらない。このままテトさんを送って、一人で帰るのは何かやだなぁなんて考えながら、  
他愛の無い話をテトさんとしつつ、アパートへと近づいていった。  
 
「寒そうだね」  
 
「まぁ、何とかなるで……ヘックシっ!!」  
 
流れで、僕の体調がらみの話になった。  
何とかなると言いたかったのに、絶妙のタイミングでくしゃみが出た。  
鼻をすすりながら、それでもカラ元気をアピールしようとした時、  
一瞬うつむいたテトさんが、顔を上げて僕に提案をしてきた。  
 
「……ちょっと、その、よ、寄って温まってかない?」  
 
「へ? あ、ありがとうございます」  
 
何だか口調がめずらしくしどろもどろな感じがしたけど、寒くてそれどころじゃなくなってきた。  
それに、何だかムズムズするような嬉しい気持ちもしてきたし。  
テトさんの好意に甘えて、僕はテトさんと一緒にアパートに入っていった。  
 
 
 
「今、何か出すからちょっと待ってて」  
 
テトさんがキッチンから僕に呼びかけてくる。  
僕は生返事を返しながら、テトさんの部屋をぐるっと見回していた。  
 
(……そういえば、こうやってゆっくりテトさんの部屋を見るの、初めてだったかも)  
 
いつもはライブの打ち上げ用の馬鹿騒ぎに使ってるから、こんなに穏やかなテトさん家は記憶に無い。  
注意して見ると、何だか興味深い物がたくさん置いてあった。  
さっき部屋に入るなりケースから出したスタインバーガーは、壁際のスタンドにきっちり収まっている。  
パソコンデスクの上のデスクトップには、豆みたいな形の赤いエフェクターが繋がっている。  
隣には本棚があって、ベースの雑誌、音楽理論の本、エフェクターのカタログを始め、  
バンド物の漫画、ライブDVD、バンド物のパソコンゲームまである。  
でも、なぜか巷で話題のメタル物の漫画だけ無い。真っ先に買いそうなのに。  
 
「テトさーん?」  
 
「ん?」  
 
「テトさんってさ、DMC持ってないの?」  
 
「……ああ、それ嫌いなんだ私」  
 
ちょうどテトさんが飲み物と食べ物を持ってきてくれた。  
いいタイミングだし、テトさんに聞いてみるとそんな答が帰ってきた。なーんだ、あれおもしろいのになぁ。  
嫌いな理由もちょっと興味あったけど、テトさんお手製のガーリックトーストの香りに誘われて、  
すっかりそんな事を聞くのなんて忘れてしまった。  
 
「はい紅茶。ミルクどうする?」  
 
「いらないです。ストレートでお願いします」  
 
「ハハッ厨二乙」  
 
厨二で悪ぅございました。  
テトさんが運んできたティーポットから注がれた紅茶が、僕の前に出される。  
ストレートで飲む紅茶がちょっと苦かったから、早速ガーリックトーストにも手をつけた。  
 
「……よかった、何だか今日のレンを見てたら安心したよ」  
 
「ふぇ、ふぁふぃふぁふぇふか?」  
 
テトさんは一口紅茶を飲むと、そんな言葉を漏らした。  
僕は口にトーストをほおばったまま、疑問を投げかける。  
 
「昨日の調子とか見てると、ちょっとね」  
 
「……あ」  
 
両手でマグカップを包んだまま、そんな事を言ってくるテトさん。  
そうか、そういえば昨日は散々なステージだったんだっけ。  
ホントなら、今日は一日中浮かない気分で過ごしてたんだろうなぁ。テトさんに誘われて、よかったのかも。  
その後、部屋の中はしばらく静かな空間になった。  
どうしよう、またしても女の人と二人って事を妙に意識しだしたぞ僕。  
凄く気まずくなって、何とか話題を作ろうと頭をフル回転させる。頑張れ僕の頭。  
 
「あの、その、えーっと……ありがとうございます」  
 
何て言ったらいいか分からなかったけど、とにかくお礼を言いたくなってしまった。  
テトさんの意図は僕には分からない。でも、今日遊んだら、少し楽になったかもしれない。  
これは素直な僕の気持ちなんだ。  
 
「え、あ、うぇ!? そ、そう? べ、別に特別な事をしたわけじゃないんだけど」  
 
なぜか、さっきのようにテトさんが慌てだした。  
急にマグカップを包む手をモジモジと動かして、もごもごと話し始めた。  
僕の昼の行動と似ているそれは、多分テトさんも恥ずかしがってるんだろうという想像が簡単にできた。  
 
「その、ちょ、ちょっと気になっただけだから。VOCALOIDがどうやったら上手く気分転換できるかなって」  
 
「―――――VOCALOID?」  
 
「……………あっ」  
 
テトさんの口からぽろっと漏れた、多分何気ない一言。  
それだけで、部屋の中の空気が一気におかしくなった。  
テトさんには、僕がVOCALOIDであることは一言も言ってなかったはずだ。  
なら、何でVOCALOIDシリーズに名前が無いテトさんが、僕の正体を知っているのだろうか?  
 
「……テトさん」  
 
「あ、ちょっと、その、あははは……、そうだ! こないだ新しいCD買ったんだ。レンはガンズ聴く?」  
 
笑ってごまかそうとするテトさんに、僕はコタツから出てずいっと近づいた。  
顔がぶつかるくらいの距離で、テトさんと視線を合わせる。  
 
「ごまかすなよ」  
 
「……………」  
 
「どこで知ったの? 何なの、テトさんは……!!」  
 
思わず、ケンカ腰な口調になる。  
テトさんは僕から視線を逸らし、しばらく斜め下に顔を伏せる。  
しばらくすると、少し体を引いて、改めて僕と顔を合わせた。  
 
「分かった、私の事……話すよ」  
 
諦めたように、テトさんが小さなため息をつく。  
そして、自分の境遇をゆっくりと語ってくれた。  
 
 
 
―――――人間のような自然な歌声を、自分達の手で人工的に作りたいという夢は、  
何も僕たち『VOCALOID』の開発スタッフだけが持つものじゃなかった。  
中には、高度な技術を持った個人レベルでの開発だって、当然ある。  
そして、『VOCALOID』以外の歌唱生成プロジェクトで最も有名な物に、『UTAU』というプロジェクトがあるそうだ。  
テトさんはその『UTAU』の技術を使って作られたアンドロイドの一人(一体?)だとか。  
 
「まだ『UTAU』の技術は発展途上で、頻繁にバージョンアップしなきゃ上手く歌えないけどね」  
 
コーラスは上手いテトさんが、なかなかリードボーカルを取ってくれなかったのは、  
恥ずかしいからじゃなくてそういう理由があったらしい。  
 
「じゃあ、本当の歳……じゃない、稼動期間は」  
 
「えーっと、がくぽと大して変わらないよ」  
 
「ベースが上手いのは……」  
 
「君達VOCALOIDと同じ理由だよ。音楽の知識の吸収スピードが速いから」  
 
「昔のバンドの知識とかは?」  
 
「そんなの、今ならウィキペディアも動画サイトもあるじゃないか」  
 
そんな事を言われてしまっては実も蓋も無い。  
TUT○YAで初めて会った時はともかくとして、テトさんはずっとみんなにこの事を黙っていたのか。  
でも、どうして? それならそうと言ってくれれば良かった。  
 
「何で……隠すような事なんかしたの?」  
 
「最初は『UTAU』に対して『VOCALOID』がどんな反応をするか、分からないから隠してたんだ」  
 
「反応?」  
 
「……例えば、VOCALOIDじゃないってだけで迫害したり」  
 
「―――――するもんかっ!!」  
 
テトさんの言葉が言い終わる前に、僕はテトさんに食ってかかった。  
夢中だったからテトさんの腕に手が伸びて、そのままテトさんを床に押し倒した。  
テトさんの上に馬乗りになって、僕は続ける。  
 
「そんな事するもんか!! 音楽をやるために生まれてきた同士じゃないか!!」  
 
「ちょ、レン……!?」  
 
「人間だって、UTAUだって、PC-6601だって、音楽好きなら仲間に決まってる!!」  
 
そうだ。だって同じ目的に向かって、みんな楽しんでるんだから。  
僕らのファンだって、ミク姉たちのファンだって、がくぽ君のマスターだって、  
……………昔のアイツだって。  
 
「……私ね、VOCALOIDに憧れて生まれて来たんだ」  
 
まるで独り言のように、テトさんが僕から目を逸らしたまま語りだした。  
僕らに、憧れてた?  
 
「仮にみんなが『UTAU』として私を仲間に迎えてくれても、私の心は満足しなかったはず」  
 
乗っかってる僕の下で、テトさんの体が少し震えだす。  
テトさんの目元を見ると、なぜか涙っぽい物が見える。何で? 何でここで泣くの?  
 
「隠したままみんなと過ごしてると、VOCALOIDになった気分に浸れてた。たとえ、それが嘘でもね」  
 
やがて、テトさんの声まで震えてくる。  
まるで調声に失敗したみたいな変なビブラートがかかり、鼻にかかった音質になる。  
最後に、テトさんは僕の目を見ながら、途切れ途切れに言った。  
 
「馬鹿みたいじゃない? いっつも『君はじつに馬鹿だなぁ』とか言っておきながら、私のほうが馬鹿だったんだよ」  
 
テトさん自慢のくるくるヘアーは、床に押し付けられてくしゃくしゃになってしまった。  
同じようにテトさんの顔もくしゃっとなって、本格的にテトさんの頬を涙が伝う。  
ひっくひっくとしゃくり上げながらも、テトさんは僕に全部を話してくれた。  
 
「……馬鹿、か」  
 
僕はテトさんの上からよけて、床に仰向けになっているテトさんを、手を掴んで起こす。  
改めて、座ったままの姿勢で僕らは向かい合った。  
目を赤く腫らしたテトさんに向かって、僕は頭に浮かんだ事をそのままぶつけていく。  
 
「なら、僕もやっぱり馬鹿だよ」  
 
――――――そう。だって昔はまだ何も知らなかったんだ。  
ただ歌ってるだけで、ずっと楽しく暮らせると思ってたのに、実は僕らの周りは茨だらけだった。  
 
「アンもがっくんも、もちろんテトさんも。みんな心配してくれてたのに無視してたもん」  
 
僕らはまだ不安定で、下手するとあらぬ方向へ吹っ飛びそうな存在だ。  
周りの人々も、いい人だけとは限らない。いや、よく考えたらいい人のほうが少なかったかもしれない。  
側面しか見ない人、変なレッテル張りをする人、食い尽くそうとする人。  
 
「僕ら仲間じゃん、やっぱり。だから、僕らはもうちょっと甘えてもいいと思うんだ」  
 
僕らの前に広がるのは、バージンスノーみたいに足跡の無い世界。  
あまりに自由すぎて、無軌道すぎて、寂しすぎる。だからこそ、支え合わなきゃ。  
そんな思いを込めて、僕はテトさんを思いっきり抱きしめた。  
 
 
 
この際だから、言っちゃえばいいか。  
がくぽ君とアンのアレを覗いた日以来、ずっとくすぶってたんだ。でも、今日はっきりしたと思う。  
 
「テトさん」  
 
近くにいるだけでドキドキしてくる。気がつくと意識してしまう。  
でも、それが心地いい。そんな人が目の前にいる。  
 
「僕さ、テトさんのこと、好きなんだ」  
 
抱き合ってたから、ちょうど僕の口はテトさんの耳のあたりにあった。  
いつもはくるくるヘアーに隠れているテトさんの耳に目がけて、小声だけど、僕ははっきりとそう言った。  
 

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