『あー、あー、本日は晴天なり。本日は……』
地下一階、ライブハウスのステージの上では、侍っぽいどがマイクチェックをしている。
スタッフ総出で真っ赤なドラムセットがステージの真ん中に設置され、
キーボードの鍵盤を女の子が叩くたび、びょんびょんとシンセサイザーらしいリード音が出ていた。
「……ビール」
「ジンジャーエール」
「コーヒー納豆くれ!」
「「ねぇよ」」
『Idiot-ANDROID』が演奏準備をしている間、ハク達は休憩を取る。
カウンターに半券を差し出し、ハクはビール、ネルはジンジャーエール、ルコは諦めてコーラを頼んだ。
ライブの観客が失った水分を補う一杯を、ハクはコップ半分ほどクイッとあおった。
(ふぅ、おいしい……)
狭いホールの壁にもたれ、少し酒臭くなった息を吐きながらハクは体の力を抜いた。
ルコのマスターになってからと言うもの、ここ3週間ほどすっかり音楽とは程遠い生活ばかりしていたような気がする。
たまたまパートのシフトがきつかったと言うのもあるし、
昼間は出かけているルコが家に帰ってくるなり、
「ハクぅ、ヤろうぜー♪」
なんて言ってルパンダイブしてくると言うこともあり、すっかり心身ともに疲れていたのだった。
まぁ、シフトが増えたのもセックスで体力を消耗したのも、
頼みごとを断りきれないハクの押しの弱さのせいではあるのだが。
「そういえばさー、ルコ?」
「何だよネル」
「アンタ、ハクの家に居候して、なにしてんの?」
「ん、人捜し」
ハクと同じく壁にもたれながらソフトドリンクを飲むネルとルコ。
そう、ルコは昼間は人探しをしているらしいのだ。
この前倒れていたのも、その人探しの果てに金も体力も使い果たしたから……らしい。
「その人、なんて名前なの? もしかしたら知ってるかもしれないじゃん」
「えーっと……めg」
そこまでルコが言った瞬間、ホールの電気がフッと暗くなった。
BGMが変わり、『Idiot-ANDROID』のメンバーがぞろぞろと出てくる。
ステージの中心に陣取る少年を見た瞬間、ネルのボルテージは最高潮になった。
「待った、あどにしてけれ(後にしてくれないかな)! ハク、上着預かって!! モッシュしてくっから!!」
東北訛りの方言を隠そうともせず、興奮状態のネル。
いそいそとTシャツ姿になって、ホールの中央の人いきれの中にわざわざ突入して行った。
壁際には、脱ぎたてのネルの上着を持ったハクと、何かを言いかけたまま固まったルコがいる。
「キャー!! レンーっ!! うぉおおおおお―――――っ!!」
黄色い声を出す女性たちの中に、ネルもいると考えると、
なんだか頭が痛くなるような、そうでないような。
ハクはいつもの事だと割り切っているが、ルコは初見だったのでかなり新鮮だった様だ。
「うっわー、ネルも無邪気だよなぁ」
「……それを12歳のアナタが言うの?」
「うるせー、設定年齢設定年齢」
年齢と全く比例しないその背を生かし、
ルコはホールの中央やステージを難なく覗いている。
「やっほー……ん!?」
ルコがステージを見た瞬間、間抜けで調子外れなベースの音ががべこんと大音量で響いた。
さすがに演奏が止まり、ステージの上もホールもざわざわし出す。
『え……ルコ、なんでここに……』
音響上の関係で小さな声だったが、ステージ上の『重音テト』は、
ルコと目を合わせながら確かにそう言ったのだった。
目を丸くしてポカンと口を開けたまま。
『テトさん、マイク入ってる入ってる』
『あ、ゴメンねレン……みんなゴメン、やり直しっ!!』
改めて高らかな声でカウントが入り、何事もなかったように演奏は再開した。
ライブが終わり、ライブハウスが入っているビルの周りには興奮冷めやらぬ若者がたむろしている。
その群集が皆振り向くほどの大声を上げ、ルコは楽屋から出てきたテトにしがみついていた。
「お願いテトねぇ、俺の人探し手伝ってよー!!」
「……早く帰りなさい。マコやモモたちも心配してるんだよ?」
スタインバーガーのベースケースを背負ったテトは腰に手を当てながら、階段に座るルコと目線を合わせる。
その姿はまるで兄(姉?)と妹だが、実際はテトのほうが母おy……失礼、年上なのだ。
ルコは「テトねぇ」とテトを呼びながら、テトにしがみ付いていた。
「だーっ!! テトねぇ!! 見捨てないで!! テトねぇだけが頼りなの!!」
「この馬鹿! とりあえず階段でだだこねるな! 邪魔だから!」
「だってこうしないと身長合わないじゃん」
「うるさい」
テトとルコが言い合う姿を、ハクとネルは階段の上から見ていた。
ルコとテトの関係、つまり同じ『UTAU』同士である事をルコ本人から聞いていたハクにしてみれば、
二人が言い合う姿はごくごく普通の姉妹(?)喧嘩だった。
しかし、その事情を知らないネルにしてみればたまったものではない。
憧れのバンドのメンバーに、どこの馬の骨とも知れない奴が噛み付いているようにしか見えない。
正直に言えば、嫉妬していた。
「ええい、付いて来るなっ!!」
「待ってよテトねぇ!! 待ってー!!」
ルコの大きな体によるブロックをすり抜け、テトは階段を登っていった。
ハクやネルの横を通り過ぎ、通りに止めておいたタクシーに乗り込む。
三人が通りに出ると、ちょうどそのタクシーが出発した。
LPガス特有の臭いの排気ガスをまき散らし、テトの乗ったタクシーはライブハウスから遠ざかる。
「ちょっと……何よ、あれ……」
タクシーの窓越しに、テトと話をするレンが見えた。
かねがね噂には聞いていたが、本当に『レン』と『テトペッテンソン』がデキていたとあって、
ネルはしばし放心状態に。
「ちっくしょー……ヘイ、タクシー!!」
追いかけようと必死なルコはとりあえず手を挙げるが、
そこへ運よく空車のタクシーが通りかかった。
「二人とも乗って乗って!!」
「え、でもお金……」
「ハクは心配しなくても大丈夫!! 今日競馬で勝ったから!!」
「……どこに顔出してるんだ、12歳……」
放心状態のネルが詰め込まれたタクシーは、三人を乗せてテト達のタクシーを追いかけだした。
数十分後、ハク・ルコ・ネルの三人は妙にきらびやかな部屋に居た。
広いベッド、大きな鏡、枕元のコンドーム、AVを垂れ流すテレビ。
「うわー、このホテルかっけー!!」
「……そうね、あなたの陽気さが羨ましい」
キングサイズのベッドにダイブしたルコを見て、ハクは頭を抱えてそのベッドの縁に座った。
一方のネルは部屋の隅っこで、初めてのラブホテル体験にただただビビッていた。
当然、性経験もまだまだのひよっこちゃんである。
「なんだよー。別にネルとセックスするわけじゃねーって。ただ隣の状況が知りたいだけだろ?」
「んな単純な問題じゃねー!!」
しかし、隣の部屋で憧れのレンがイタすとあっては、そのまま来ざるを得なかった。
一歩間違えれば完璧にストーカーである。
「絶対すれ違う人にレズ3Pだって思われたよ」
「どーでもいいじゃん? ハクは『じいしきかじょー』なんだってば」
「……そう?」
「……期待してんのか?」
「は? って、ちょ……んむぅぅっ!?」
いきなりハクの前に現れたルコの口元が、ハクの唇を強引に奪う。
そのまま一気にハクをベッドに押し倒し、服に手を掛けた。
その光景に、当事者のハク以上に驚いたのがネルである。
「ちょ!? ば、何やってらのよ(何やってんのよ)!!」
「んー? せっくすー」
「やがまし、このばがわらし(うっさい、この馬鹿ガキ)!!」
動転して方言で罵るネルだが、ルコの方は全く気にしない。
ハクの小刻みな喘ぎ声をバックに、スルスルとハクの上着を脱がせる。
ぷるんと言う擬音が聞こえてきそうなほどの勢いで、ハクの乳房が露わになった。
「止めっ……ネルちゃんがっ……みてる、から……っ!!」
「えー、そんなの関係無いよ」
「関係あ……あんっ!!」
ハクが抗議の声を上げる前に、ルコはその双丘の先端をちゅっと吸う。
軽く歯で刺激も与えつつ、コロコロと舌でその突起を弄べば、ハクの体中にむず痒い感覚が広がっていく。
「な、そんな……おめがだ(あんた達)、そんな……」
腰が抜けて、ネルはそのまま絨毯の上にペタンと座ってしまった。
顔も両手で覆って隠すが、その指の間はお決まりのパターンでしっかりと開き、
指の隙間からルコがハクを弄ぶ姿をしっかりと脳裏に焼き付けていた。
ふと、壁側に感覚を移す。
『はああっっ……、ん、にゃああっっ!? レン、そっちは……っ!!』
……何とも信じがたい喘ぎ声が壁越しに聞こえてきた。
前は痴態で後ろも痴態。まだまだ初心なネルの精神は混乱を極めていた。
とにかく、この桃色空間から逃げたかった。
「風呂、風呂さ行げば(風呂に行けば)何とか……」
ハクの股間に顔を埋めだしたルコを尻目に、ネルは這ったままバスルームへと移動した。
鏡がやたらでかい脱衣所を抜けドアを開けると、広いバスタブとエアーマットが目に付いた。
ここにあるマットも、スケベ椅子も、シャンプー類に混じって置いてあるローションの素も、ネルはその意味にまだ気づかない。
「……ふぅ、助かった」
ここまで来れば、外の喧騒も気にならない。そう思うとどっと疲れが出てきた。
上着の下の、汗をたっぷり吸ったバンドTシャツもちょっと気持ち悪い。
「……ちょっと、浴びちゃおうかな」
そうと決まれば善は急げ。
ネルは纏っている服を脱ぐと、バスルームに戻ってシャワーの栓をひねった。
少し水が出て、その後は温かいお湯が噴き出してくる。
「おー、ラブホっつってもこういう所はフツーじゃん? いい湯だなー♪」
さっきまでの事など全て吹っ飛んでいた。
掻いた汗はお湯が全て洗い流してくれている。
ネルの心も体もサッパリとした物になっていた。
ボディソープに手をかけ、ポンプをプッシュしたその時。
「やほーっ!! いやーいい汁……じゃなかった、いい汗掻いたわー」
「んなっ!?」
元気な大声と共に、ルコがバスルームへと入ってきた。
ビックリしてシャンプーを出しすぎてしまったネルが振り向くと、
ルコの裸体が目の中に飛び込んでくる。
「んもー、ハクは弱いよなー。イきすぎて足腰ガクガクになってるもん」
「え、あ、えええぇっ!? ちょっと……それ……」
ハクとのナニを終え、笑顔でそれを報告してくる。
当然、ルコの体の秘密を隠す物など何も無い。と言うか、ルコ自身が隠す気が全く無い。
ややしおらしくなった肉棒は、女性的なラインのルコの体からすれば異端であった。
「な、なしておなごさ……がもついでらのよ(な、何で女に……チンコ付いてんのよ)!!」
「は? ネル、それ何語だよ」
「何語も何も無ぇ!!」
何気なく座っていたスケベ椅子から転げ落ちたネルは、その光景を見て動揺を隠せなかった。
しかし当のルコはと言えば、
「あ、これ? 俺ふたなりなんだ。言ってなかったっけ?」
「言ってねぇー!!」
実にのんきな物であった。
完全に無防備な姿で、腰が抜けて立てないネルにルコが近づく。
犯される。ネルの意識の中にはそんなことしか浮かんでこなかった。
「あ……まって……!! ルコ、止め……」
ルコはじりじりと近づいて、ネルに手を伸ばす。
ネルはピクンと振るえ、目をつむりルコの手の感触に備える。
しかし、ルコの手はネルの顔の横を通り過ぎ、さっきまでネルが使おうとしていたボディソープに手を掛けた。
「俺も浴びる!! ネルも一緒に浴びようよ? 何なら俺が洗おうか?」
「……ビックリさせないでよぉ……分かった、じゃあ任せる」
満面の笑みを見せるルコ。
ルコはただ単純に、まるで小学生の姉弟のようにネルとの風呂を欲しただけだったようだ。
そうとなればネルも安心してくる。また椅子に腰掛け、鏡越しにルコを見る。
鏡の中のルコは嬉々としてスポンジを泡立て、ネルの背中に手をかけた。
(ひゃっ……!?)
ルコに触られた瞬間、ネルは声にならない悲鳴を少し上げた。
何しろ風呂での背中の洗いっこなど、遠い記憶の彼方の話である。
しかも洗ってくれているのは、女性なのか男性なのか分からないがとりあえずハクにとっては『男』らしい。
さっきは力が抜けたものの、改めて緊張してきた。
「どう? 俺上手い?」
「ん……まぁまぁじゃないの?」
ルコの力加減はネルにとってちょうど良かった。
ネルのすべすべの背中を撫でるスポンジが、泡を満遍なくまぶしていく。その感触が心地よい。
しかも、その心地よさはただマッサージで得られる物では無かった。
(あ……れ? おかしいな……体が)
ネルの心臓が段々ドキドキしてきた。
いつの間にかルコはスポンジを置き、ネルの背中に直接ボディソープを塗っていく。
するりとルコの手がネルの背中を撫でると、ネルは無意識に背中を反らせた。
(ん、っ!!)
鏡がまともに見れない。見てしまったら、そこには顔が気持ちよさで緩んだ亞北ネルがいるに違いない。
赤らめた顔を一瞬だけ鏡で確認すると、ネルは顔を伏せた。
「……ネル」
「な、何よ」
「前も……」
「ま、前って……? ひゃああっっ!?」
いつの間にかルコの手はネルの胸へと伸びてきていた。
ルコのとは比べ物にならないほど慎ましやかな丘と、その頂点の桜色の突起。
そんなネルの微……美乳を、ルコは全体的に満遍なく揉みしだいてゆく。
背中から伸びてきた大きな手と、ぬるぬるしたボディソープの感触。
ネルは小さく体を震わせ、どんどん体の芯を火照らせていった。
(やめ、っ……!! 止めて、私……こんなの初めてなのに……!!)
目に無意識のうちに涙が浮かんでくる。
それは悲しみの感情から来るものではなく、未知の快楽への恐怖。
自慰とは比べ物にならない感情が、ネルの頭をの中を侵食していく。
「ちょ、やめなさ……ぃ……」
強烈な快感に辛うじて耐えながらネルが振り向くとい、少しだけルコの顔が飛び込んできた。
その表情はさっきまでの中性的な無邪気な物ではなく、完全に男が女を弄んでいる時のそれだった。
最初からルコがこんな表情をしていたら、ネルはここまでルコに体を触らせていなかっただろう。
しかし、火が点いてしまった今ではもう遅い。
「だって……ネル、気持ち良さそうじゃん」
「違、こんなの……気持ちよくなんか……っ!!」
椅子の上で体をよじりながら、ネルはルコの手から逃れようとするが、
身長に見合った体力を持っている上に、人間とはちょっと違う生まれのルコにネルが勝てるわけが無かった。
ぞくぞくとネルの背筋を電流が伝わっていき、全身がルコの愛撫に媚びようとしてきた。
その傾向を知ってか知らずか、ルコは遂にネルの秘部へと手を滑り込ませようとする。
「大体、っ……!! ハクはどうするのよ……!! 一回、シてるんでしょ……!?」
さすがにその手だけは避けようと、必死にネルは両手でガードする。
更にさっきまでセックスしていた(であろう)ハクの名を出し、思いとどまらせようとする。
しかし、ルコは力強くネルの手を除けながら、
「ハク? 関係無いよ」
とさらりと言った。
ハクと寝た後に直ぐにネルに手を出すことに対して、何も考えていないかのように。
「だって、知り合った男と女はまずこーやって楽しまなきゃダメじゃん? 俺、そういう事ちゃんと覚えたし」
「なっ……!?」
手は全て除けられ遂にルコの手はネルの秘所を捕らえたが、
そんなことなど気にならないほどに、ネルはルコの発言で意識を取り戻した。
「……まず?」
「うん。だって気持ちいいしあったかいし、俺は大好きだよ?」
ネルの表情が変わった。
快楽で緩んでいた体のどこにこんな力があったのかと思うほどの力で、ネルはルコの手の甲をつねり上げた。
「ってえぇぇえええっ!?!?」
「ふざけるな!!」
手の甲を押さえて飛び上がったルコに対して向き合い、ネルは怒りを露わにした。
「男と女ってのはそんなもんじゃない!! もっと、こういう事は大事に大事にするモンなのよ!!」
「え……あ、その……まずいの?」
「当たり前だ!! 何なのよそれ!! セックス舐めんな!!」
こんな考えの奴に初めての体を晒し、あまつさえ感じてしまっていた自分が情けなくなり、
ネルはさっきとは違う涙を流しながらルコに対してまくし立てた。
「……ごめん」
ルコは、それに対して本当に素直に謝った。
初めてのセックスの時にどういう経験をしていたのか知らないが、
とにかく今までの意識は間違っているのだと一瞬で思わせるほど、ネルの形相はすさまじい物だった。
まるで大人に怒られてしょげる子供のように、ルコは一気に大人しくなった。
風呂から出たルコとネル、そしてルコにイかされてしばらく記憶をふっとばしていたハク。
三人は時間いっぱいになってやっと本来の目的を思い出した。
「……隣、どう?」
「んー、んだなぁ(そうねぇ)……シャワーっぽい音が聞こえる」
壁に耳をあて、隣の様子を伺うルコとネルを、後ろからただ見ているハク。
何だかよく分からないうちに連れ込まれ、おまけに今日も一発ヤられてしまっては、ため息だってつきたくなってしまう。
くしゃくしゃになったベッドにもう一回座ろうとすると、前の二人に動きがあった。
「部屋から出るぞ!!」
バタバタと部屋から出て、ルコがドアを思い切り開け放つと、
そこにはきょとんとした顔のレンとテトが居た。
「……………?」
「ルコ!? 何でこんなトコに? さっき帰れって……」
あまりルコと面識の無いレンは放心しっぱなしで、
ルコを知っているテトはルコを見上げて目を丸くしていた。
ルコはズカズカとレンへと歩み寄り、その高い目線を一気にレンへと落とす。
ギラギラした目を向けられては、『パンク』であるレンも黙ってはいられない。
身長差など物ともせずに、手をハーフパンツのポケットへ入れてルコへと鋭い視線を向ける。
分かりやすく言えば、ヤンキー同士のメンチ切り。
「何だよ」
「……『ルカ』の事、知ってるだろ。VOCALOIDのお前なら」
長い間言葉を発しなかったルコは、まずその言葉を発した。
「会いたいんだ。教えてくれ」
ギラギラした目のまま、ルコはレンに問うた。
レンは、ルコのその言葉を聞いてもしばらく黙っていた。
やっと発した言葉は、ルコの望む結果ではなかった。
「……無理」
その瞬間、ルコの頭に一気に血が上る。
足が不意に出て、レンの股間を思い切り蹴り上げた。
生殖器を襲う痛みは、人間だろうとVOCALOIDだろうとUTAUだろうと一緒。
「おぉぉっ……!?!?」
レンはこもった悲鳴を上げ、膝を崩し床にうずくまった。
周りで見ているのは女性だったりキメラだったり(?)なのでイマイチ痛みが分からなかったが、
とにかく冷や汗を噴き出して床に転がるレンを見て、慌ててテトがレンの腰を叩き始めた。
たまーにライブでもこんな事があったので対処が素早かった。
「っば、何するんだルコ!!」
トントンと腰を叩きながら、テトはルコを見上げて怒りを露わにした。
今度はルコも一歩も引かない。男性器を持つものに対して無慈悲な攻撃をした程である。その怒りは計り知れない。
うずくまっている内にやっと落ち着いてきたレンは、まだ苦しそうな顔をしながらもルコをまた睨む。
「勘違いすんなよ木偶の坊、っ……。お前とルカ姉さんの関係にどんだけの人が振り回されたか、分かってるのか?」
「知るかっ!! 俺はただ……!!」
『ルカ』なる人物とルコとの間に何があったのか。
レンやテトは知っていそうだが、ハクやネルにしてみればさっぱりである。
一触即発の雰囲気は、レンがゆっくりと起き上がると共に少しづつ和らいでいく。
「……自分で捜しなよ。お前がルカ姉さんの事を本当に思ってるなら、自分で捜せ」
まだ辛そうではあるが、レンは立ち上がるとそのままルコを見てそう言った。
背丈は確実にルコの勝ちなのに、レンの目線の凄みにルコは押されてしまう。
何も言わず、その場からルコは走り去ってしまった。
「あ、っ!? ルコ……!? すみません二人ともご迷惑を……待ちなさい!!」
「待ちなさいっ!! ……あ、レン君ごめんなさい、あの馬鹿が……っ!!」
ハクとネルは、軽くレンとテトに会釈すると、そのままルコの背中を追いかけた。
ラブホテルからしばらく行った所で、ルコは立ち止まっていた。
息を切らして追いついたハクが、やっとの思いで話しかける。
「はぁ、はぁ……ルコ、一体何が……?」
ルコはそんなハクの言葉に耳を貸しているのかいないのか、ポツリと喋り始めた。
「ハク……俺と歌作りたいって言ってたよな?」
「え、あ、うん」
「バンドやろうよ」
「へ、ば、バンド……?」
少し遅れて追いついたネルも、そのルコの話を聞いて頭を捻っている。
さっきの話の流れから、どうやったらバンド結成に至るのか。
「ライブで会うミュージシャンに手当たり次第当たってりゃ、『ルカ』にも会えるはず」
ルコが件の捜し人、『ルカ』に会ったのもライブハウスだったらしい。
今まではそのライブハウス近辺を手当たり次第捜していたが、全く成果が無かった。
ならば今度は、地域の括りではなくライブハウスという括りで攻めるのだ。
「何より……あのチビに舐められっぱなしじゃイヤなんだよ」
さらにバンドなら、上手くいけば『Idiot-ANDROID』と同じ土俵に上がり、
あわよくば上回る……事もあるかもしれない。無いかもしれないが。
レンがどうしても気に食わなかったルコは、その辺りも一緒に満たしたかった。
「ね、いいでしょ。ハク」
強い意志を秘めた、赤と青のオッドアイ。
その瞳に見つめられ、ハクが拒否できるわけが無かった。