ペンギンが空を乞うように、金魚が海を夢見るように  
メイコはマスターを慕っていた。もうずっと長い間。  
そばに寄り添うもうひとりの仲間の気持ちも知らないで。  
 
 
「あのですね、先輩。僕はボーカロイドでボーカリストで荷運びロボットではないんですが」  
機材車から重い機材を上げ下ろししながら、僕はぼやいた。  
スロープの植え込みを通り抜けた風が、滲んだ汗に申し訳程度の涼味を加えて去ってゆく。  
しんどかった。けれど普段なら絶対に口には出さないし、思いもしない愚痴だ。  
音楽を創る作業は多人数による共同作業でもあるのだし、断じて僕は歌だけ歌うお客さんとして扱われたいわけではないのだから。  
でも、でも、今日はぼやきたくもなる。  
情けなくため息をついた僕を見やり、先輩はニヤリと口元を歪めた。  
「それを言うなら俺はミキシングロイドで後輩のお守りロボットじゃない。  
仕方ないだろ。人間のマスターに雑用させるつもりか?  
ま、折角のデートをおじゃんにさせたのは悪かったけどよ」  
カンラカンラと笑う声が恨めしい。  
そうだ、今日は、メイコと出かける予定を立てていたんだ。  
今度やって来る新型ボーカロイドの女の子のため、身の回りのものを買い揃えて、夕食も二人外で取って、できたらその、しかるべき場所でちょっと休憩なんかして…などと期待していたのに。  
「こらそこ!くっちゃべってないでさっさと運べー!」  
車寄せの上から声が降ってくる。古株のメンテナンスエンジニアさんだ。彼も僕らと同じく人ではない。  
さらにその背後から複数の野次が被って僕は心底ガックリと来た。  
みんな声が笑い含みなのは気のせいか?  
被害妄想か?  
 
ああ、神様仏様マスター様!  
思う存分音楽に没頭できるこの住環境は有難いけれど、どうしてここはこんなに大所帯なんですか!  
 
「カイトー働いてるー?」  
運んだ機材を先輩たちの指示に従い所定の位置にセッティングしていたとき、メイコと管理人さん(彼女も人ではない)ら女性陣がコーヒーとお菓子の差し入れに来てくれた。  
「メイコぉ」  
思わず駆け寄って抱きつこうと…した手前でぎくりと足が止まった。  
メイコの背後に腕を組み悠然と立つ、ニヤニヤ笑いの人影が目に飛び込んでくる。  
「ま、マスター」  
「あれ、マスターもいらしたんですか」  
「今日は早いっすねー。夕方ですけど」  
「ここどうぞ座れますよ。あ、メイコちゃんこっちにカップ頂戴」  
固まる僕を脇にぽいっと退け、先輩たちがいそいそと道を開けた。たちまちマスターを中心に賑やかな輪ができる。  
それはそうだ。マスターは唯一の人間。僕らの存在理由にして核であり、無から音を紡ぎ出しては与えてくれる絶対者なのだから。  
僕も当然マスターのことは敬愛している。  
しているけど…。  
冗談の飛び交う和やかな会話。時折顔を出す高度な音楽理論。笑いさざめくオートマタ達とその主人。  
僕はオマケのようにその末席に加わりながら、ガラスを隔てた理想的な絵のような光景を、ぼんやりと眺めた。  
マスターの傍らで、無防備な子供のように笑うメイコの笑顔が目に刺さる。  
マスターのささいな言葉にいちいち反応し、見ているこちらが気持ち悪くなるほど素直に受け答え、初々しく頬を染め…。まるで先生に褒められるのを期待して待っている優等生のようじゃないか。  
これがワンカップ片手に床で眠り込んだりする女と同一人物とはとても思えない。  
 
だんだん気分が沈んでくる。  
とはいえ、プログラム上の禁忌なのかマスターに対する嫉妬心というものは微塵も湧いてこない。  
出てくるのはため息ばかりだ。  
 
「どうしたしけた顔して。疲れたか。まさかもう筋肉痛になったか」  
バン、と俯く僕の背を叩いて、横から先輩が絡んできた。  
「いてっ。…そういうわけでは、いやそういうことにしておいて下さい」  
「ひ弱だなー。筋トレしろよ、そんなんじゃ声もでねえぞ」  
「はあ」  
曖昧に答える僕に、先輩は何だか妙な味のある笑顔を向けたかと思うと、やにわに声を張り上げた。  
「メイコちゃーん。こいつ部屋に連れてって介抱してやってくんない」  
「ええっ!?」  
ざあっと場の視線が僕に集中する。予想外の展開に僕はみっともなくうろたえた。  
「どうしたの、カイト。そういえばさっきから元気がないわよね」  
持ってきたアイスも食べてないじゃない、具合でも悪いの?そう眉を顰めながらメイコが傍に寄ってくる。  
…差し入れの中にアイスもあったのか。  
改めて見れば、菓子の山に紛れて僕の最近のマイブーム、ハー○ンダッツの抹茶味がスプーン付で置いてあった。  
「今日は暑かったですから。暑気あたりしたのかもしれませんねぇ」  
コーヒーを口に運びながらおっとりと管理人さんが言った。  
「見るに耐えない呆けた顔してますし」  
するとマスターを囲んでいた先輩たちが一瞬互いに顔を見合わせ、  
「いつもの下痢じゃないだろうな?部屋に戻って正露丸飲んどけ」  
「風邪かもよ。目が潤んで鼻水が垂れてる」  
「しょうがない奴だな。俺たちに伝染すな。とっとと出てけ」  
「悪いけどメイコさん面倒見てやってね」  
口々に勝手なことをのたまい出し、とうとうメイコと僕を廊下に追い出してしまった。  
「こっちにゃもう帰ってこなくていいぞー。ちゃんと治せよ」  
扉が閉まる直前、そんな言葉と、ウィンクひとつを投げつけて。  
 
「ごめん、メイコ」  
部屋に戻る道すがら、何度目か分からない謝罪の言葉。  
「ばか。謝ることじゃないでしょ。それより大丈夫なの?」  
背中に当てられたメイコの手が、労るように撫でてくれる。  
その優しい感触に、続けて言おうとした言葉が口の中で泡のように消えてしまった。  
 
ごめん。先輩たちはああ言ったけど、僕は元気だから心配しないで。  
ごめん。本当は、あそこに残ってマスターの傍に居たかっただろう?  
 
結局何も言えず、僕はメイコの手に促されるまま、演技ではない重い足取りで自室のドアを潜り、ベッドに座らされた。  
「ねえ、それでどうしたのよ?熱っぽい?吐き気がする?おなか、痛い?」  
腰に手を当てて覗き込む、その顔をまともに見られず僕は顔を俯けて首を振った。  
胸につかえたものが喉に蓋をし、言葉が出てこない。  
「我慢するんじゃないの。具合が悪いなら悪いって言いなさい」  
煮え切らない態度に焦れたか、不意にメイコが膝を折った。  
僕の足の間に跪き、左手をベッドについて身体を支えると、右手を俯けた僕の頬に伸ばして触れてくる。  
驚き身を竦めた僕を無視して滑らかな所作で頬から額へ指を移すとそのまましばらく動きを止めた。  
接近したメイコの首筋から甘い香りが立ち上り、今度は別の意味で言葉が出てこなくなる。  
 
どれぐらいそうしていただろう。指は触れた時と同じように唐突に離れた。  
「はっきり分からないけど、熱がありそうね。とにかく休んで。水を持ってきてあげるから。あと何か頭を冷やすものを…」  
 
指だけでなく、メイコそのものが離れていく。そう思ったら堪らなくなって、気がついたらメイコの腰をがっしと両腕で羽交い絞めにしていた。  
 
「……カイト?」  
呆れてる。絶対呆れてる。そして事と次第によっては多分怒る。  
後が怖いが、でもこれだけは言わなくては。  
「ごめん、メイコ。さっき皆、おかしかったろ。先輩が言ったの、嘘だ。冗談なんだ。僕はどこも悪くない。心配かけて、ごめん」  
一気に言い募ると、うっすら妙な感じはしていたのだろう、すぐに納得したらしく、拍子抜けした声が返った。  
「……冗談?」  
「うん」  
「どこも悪くない?」  
「うん。…ごめん」  
頭上で盛大なため息が漏れた。ばか、と声がして、コツンと軽い拳骨が降ってくる。  
くしゃくしゃと髪を掻き混ぜられたかと思うと、メイコの柔らかな上体が折れて僕の頭を掻き抱いた。  
「ばか。あんたの様子があんまり変だから、心配しちゃったじゃないの。このばか」  
ぎゅうっとしがみついてくる身体が愛おしくて、もうひとつの言葉の方は、言わなくて正解だったと密かに思った。  
 
「あ…だ、だめ。待って。鍵、かけて」  
羽交い絞めにした腰をベッドに引き込んで、軽い口付けを落としながら服を剥いていくと、メイコが抵抗して身を捩った。  
「誰も来やしないよ」  
「ば、ばか!そんなこと分からないでしょ。カイト!…っ、んう」  
首を振って抵抗するメイコの頬に手を当て、強引にこちらを向かせた。  
紅を引かなくても十分赤い唇を、自分のそれでぴったりと塞ぐ。  
「ん、んんっ……っ、んうっ……!」  
柔らかな感触に酔いながら舌を捻じ込み、奥で萎縮していたメイコの舌を引きずり出し、吸い上げ、絡め合わせた。  
唾液を纏った舌がくちゅくちゅと擦り合わされるたび、粘着質な水音が高く響く。  
「ん…んん、……ふっ、うう、うー」  
思考を溶かす快感と、抵抗しようとする意思とに翻弄されたのか、メイコの固く閉じた睫の際から涙がひとすじ零れ落ちた。あくまで抗おうとする態度に、一時温もった胸へ再びもやもやと黒いものが広がってくる。  
「そんなに、いやなの?」  
銀糸を引きながら唇を離し、メイコの耳元に囁く。  
「僕とこういう関係だってこと、みんなに知られるのが、そんなにいや?」  
特にマスターに、という言葉と、どうせ皆知ってるけどね、という言葉はあえて飲み込む。  
 
僕は、むしろメイコは自分のものだと公言したいし、プラカード持って町内一周したって別に平気だし  
ボーカロイドに「できちゃった婚」みたいな既成事実作成の手段はないものか真剣に考えたこともあるけれど、メイコはそうではないんだろうか。  
自分たち以外存在を知らないものならば、捨てる時だって誰に言い訳する必要もない。  
関係を頑なに秘めたままにしようとするのは、いずれ捨てるつもりだから?  
一時だけ温まって、要らなくなったら使い捨てる携帯カイロみたいに。  
 
すると、酸素を求めて大きく喘いでいたメイコが、濡れた瞳で僕を睨み付けた。  
「あ、あたり、まえ、でしょう!」  
そこで切って息を整え、憤慨するように声を上げた  
「こ、こんな、こんな、私の恥ずかしいところ、カイト以外に見せられるわけないじゃないの!」  
 
なんか論点がずれてて噛み合ってない。  
噛み合ってないけど、ちょっと凄い告白を聞いた気がする。  
僕も現金なもので、この期に及んで未だ燻っていた胸のうちのモヤモヤが、今の一言で雲散霧消した。  
「そっか。僕だけか」  
自然と笑みが漏れる。くつくつと喉を鳴らしながら、手の平全体で蕩けるような肌触りの胸をまさぐった。  
「ちょっ、カイト!」  
同型の自分と同じ触素膜のはずなのに、豊かなまろみを包む肌の、この絹の滑らかさはどうだろう。  
自分のそれとは大違いだ。ツンと尖った胸の先を、指先で軽く擦る。  
「あ、んっ」  
「この顔も」  
「ま、待って、鍵、かけてって…!」  
胸から腹へ手を滑らせ、さらにその下、秘められた熱源へと指を差し入れる。  
そこは、もう濡れ始めていて、押し込まれた指の動きに愛液が撥ねてくぷりと鳴った。  
「いやあああああっ」  
「この音も」  
マスターも知らない。僕だけのもの。  
 
なんて、酔っていたらメイコが切れた。  
「ばかばかばかばか。もういや、知らない。しない。出てけっカイト!」  
「出てけって…ここ僕の部屋」  
「ばかーっ!」  
これ以上刺激しない方がいいと悟って、僕は一旦身体をメイコから離した。  
毛布にくるまったメイコを上からぽふぽふと叩いて宥め、ドアに向かって今度こそしっかり鍵をかける。  
そして自分も服を全て落として、簀巻き状態のメイコの上に乗りかかった。  
「愛してるよ、メイコ」  
やんわりと毛布の端を引っ張る。  
「鍵はかけたよ。だから安心して見せて」  
メイコの頭が埋まっていると思しき場所に目星をつけ、ぐっと顔を寄せて  
「メイコの恥ずかしいところ全部」  
なるべく低く色気のある声を作ってそう囁いたら、毛布の塊からぐーなパンチが飛んできた。  
計画通り。  
その手を捕まえて、跳ね上がった毛布をさっと払った。羞恥に染まったしなやかな肢体が露になる。  
すかさず覆い被さり体重をかけて、頼りない抵抗を繰り返す身体をピンで止めるようにベッドに組み敷いた。  
「捕まえた」  
「…ばか」  
心からの笑みを返し、ついでに身体の中心で固く形を成し脈打つものを、わざとメイコの脚に押し付ける。  
「…おおばか」  
メイコの拳がほどけ、ゆるりと持ち上がり、僕の首に絡んだ。  
 
「あっ……っ、や……あん、あ……ああっ…あ」  
すべらかな皮膚を自分の唾液で思う存分汚し、服に隠れる場所を選んでは所有印を刻み  
ひっきりなしに上がる可愛い嬌声をゆっくり堪能するつもりだったけれど、我慢の限界はすぐに来た。  
「…ああ、カイト……カイトぉ」  
だってメイコが名前を呼ぶのだ。  
求められている。その確信が麻薬のように本能のあれやこれやを刺激して、興奮を煽り、全身の熱をさらに上げる。  
自分を焦らし切れない。  
 
ほとんど衝動のまま、愛撫に朦朧と意識を霞ませているメイコの脚を大きく割り広げた。  
そうして熱を帯び滑る切っ先を、さらに熱くとろとろと濡れ融けた襞の中心に僅かに沈みこませる。  
切望していた感触に、肉の棒が意思を持った物のようにビクビクと跳ねるのが分かった。  
それは彼女の方も同じだったようで、男のものを押し付けられた圧迫感だけで、ひくつく粘膜の入り口が新たな蜜をこぷりと吐いた。  
「ふ、あ…カ、イト…」  
先端を胎内に呑み込みかけたメイコが、とろりと焦点を失った瞳を僕に向けた。かすかに背が反り腰が浮く。  
その浮いた腰を両手で掴み逃げられないように固定した。ごくりと喉が上下に動く。  
「メイコ、いくよ…」  
「ん…きて、カイト…」  
上体を前傾し喘ぐ唇を啄ばんで。  
僕は狭い膣道を自分の形にかきわけ押し広げながら、ずぶりずぶりと熱杭をメイコの中に埋め込んでいった。  
「あっ…あ…はあっ…ふ、く、んっ……あああぁ!」  
「くっ…う…!」  
隙間無く埋め込んだペニスに、無数の蠕動する襞がねっとりとまとわりつく。  
あまりの快楽に全身が総毛立つのが分かった。  
蠢く襞は侵入者を絡め取ろうとするかのように、奥へ奥へと誘っていく。  
最奥まで押し込むと、じゅくりと粘つ水音が結合部から鳴った。  
「っ、は…あ、ああ、あっ……あ、カイト…分かる…こんな奥、まで…ああんっ!」  
軽く体奥を突いて揺すり馴染ませる僕の動きに、メイコが鳴いた。  
白い太ももが一瞬緊張し、収めたものがきゅうきゅうと絞られる。  
「く、は…」  
甘やかな刺激をなんとかやり過ごし、くたりと弛緩したメイコを腕に抱きしめた。  
「ねえ、もうイっちゃった?」  
「う、うーっ」  
顔を真っ赤にしてメイコが唸った。  
「…だって、カイトが、あんなに…するから」  
「気持ちいい?」  
「…うん」  
「僕も」  
 
後はただ求める身体をこの腕に閉じ込めて、爆ぜ落ちるまで激しい律動で翻弄するだけだった。  
 
 
僕らは一対の雄型と雌型だと思うのだ。  
出口を求めて暴れていたものを全てメイコの中に注ぎ込み、荒い呼吸を繰り返す胸と胸を密着させ、  
ゆっくりと注いだものが熟れてゆくのを余韻の中で感じながら、ふと考えた。  
だから、こうしてもっとも近いところで触れ合える。  
僕が男で、メイコが女で良かった。  
片方だけが人間じゃなくて、良かった。でも。  
 
それならたった一人きりの人間の、マスターは寂しくないんだろうか。  
そんなことを考えたのは初めてだった。  
 
「そんなことを考えた時期が僕にもありました」  
どんよりと影を背負って呟いた僕のぼやきを、管理人さんはあらあらと受け流して淹れたてのコーヒーを渡してくれた。  
明るい光に満ちた食堂には、昼には未だ早い時間帯ということもあって僕と管理人さんの姿しかない。  
半年前と変わらない光景だ。屋敷中から響いてくる怒号を抜きにすれば。  
 
「ちょっとリン!ドアはノックしてから開けてっていつも言ってるでしょー!」  
「ごめーんミク姉、だってノックしたら壊れるんだもんドア」  
「誰だー車庫の壁ぶち抜いた阿呆はー!お前か!お前かレン!」  
「オレじゃねー!あれはリンが」  
「何よあんた妹を売る気?」  
「いいいいかげんにしろこの糞坊主どもがあああー!」  
 
「メンテさんも手を焼いているようね」  
「す、すみません…」  
元から大所帯だったが、気がついたらボーカロイドがあれよあれよと言う間に増え、今ではこの有様。  
賑やかというより騒がしい。  
「マスターが人間じゃなく僕らを選ぶ理由って、静かに音楽活動に打ち込むためだと思っていましたが…」  
ドタドタと廊下を爆走する足音が、パンを左右にいじったように右から左へ、左から右へと激しく移動していく。  
「何だかもうマスターがよく分かりません」  
そうねえ、と管理人さんは曖昧に笑った。  
「昔は、いたらしいけどね」  
「え」  
「人間の、同居人」  
思っても見なかった言葉に一瞬思考が止まる。マスター以外の人間が、ここに居た?昔に?  
「…それは…深く聞かない方がいいことですか?」  
「そうねえ。それが賢明ね。あなた、嘘をつくの下手そうだし」  
それは多分きっと、メイコには話すな、という意味だ。  
 
何だか神妙な気持ちになって、僕と管理人さんはどちらともなく黙ってコーヒーを啜った。  
爆走はまだ続いている。  
「メイコちゃんに買い物を頼んだのは失敗だったかしらねえ」  
「す、すみません。僕が叱りに行きますから」  
「今度は骨折しないようにね」  
 
はい、と情けない返事を返しながら、僕は小さな竜巻たちに対峙すべく食堂を出た。  
脳裏には何故かニヤニヤ笑いのマスターが浮かんでいる。  
マスターの考えていることはさっぱり分からない。  
けれど断言できる確かな事実が二つある。  
マスターが招き入れた昼夜問わず闖入してくる家族のおかげで  
僕とメイコが身体を重ねる機会が極端に減ってしまったこと。  
 
そして、それはそれとして、僕らはそれなりに楽しい毎日を送っているということだった。  
 

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