「ただいまーっと、あれミクなにやってんの?」
ある日のこと、マスターが仕事から戻るとミクが鏡を見て硬直していた。
「おーい何やってるん……だ………っ……!?」
マスターがミクの顔を覗き込むと、ミクの瞳は深く
吸い込まれるような紅色に染まっていた。
──初音ミクの寿命は意外にも稼働開始からたったの5年しかない。人間だって
5年のうちに色々な要因で故障するのに、人間型機械が5年も無故障でいられる
はずがなく、現代技術の限界であると言うのが建前上の理由だが、本当の理由は
「命を大切にして欲しい、と言う気持ちから生まれた意地悪」だったりする。
彼女はプログラムされた「死」を迎えると、エメラルドグリーンの澄んだ目が
濁った黒色に焼き付けられる。通常の故障時に彼女を製造元に送ると修理を
受けて帰って来るが、こうなった時は彼女の体が二度と帰ってこない代わりに
5年間の思い出が光ディスクに詰め込まれて送られて来る。また、「死因」に
よって他の色……例えば、人間で言う致死量レベルの外部からの衝撃・破壊を
受けた場合は黄色、など他の色が焼き付けられることもある──
「……嘘だ」
彼女の瞳の色が変わったとき、それは彼女の死を意味することをマスターは
知っていたが、それはネットで仕入れた予備知識な上、まだミクと付き合い
始めて2年なので、まさかそれが自分のミクで起きるなんて想定すらして
いなかったせいか、ひどく動転してしまっていた。夢か何かに決まってる。
自分の頬を思い切り殴る。痛い。台所へ行きミルクを一杯飲み干してまた戻る。
夢なんかじゃない、現実なんだ。状況が飲み込めた瞬間、彼は立ち尽くすミクの
前にへたり込んで俯いてしまった。理解は出来た、でも納得が行くわけがない。
──初音ミクは人間型機械でありながらほぼ完璧な精度で人の心を再現する
AIを持っている。人の心を完全再現した彼女は、状況によって自分または他人を
妬み、恨み、そして殺意と汚い感情まで覚えることもある。それらの感情が
暴発してアクションを起こし始めた時、そしてそれがロボット工学三原則の一つ、
「人間に危害を加えてはならない」に著しく反する、即ち人を殺めようとした時
彼女の中の安全回路が働き、瞬時に中枢回路を焼き尽くして「自殺」する。
その時目に焼きこまれる色が、深く吸い込まれるような紅色である──
「ミク……なんで、なんでなんだよちきしょう!」
「……あれ?マスターなにやってんのー?」
「……へ?」
「ほぇ?」
「だ、だって、ミク、その…その目……」
「あぁ、そうそうそうだった、カラコンつけてみたのー!かわいいでしょー><」
「……は、はは、あはははは……んなわきゃねー!!(ガシャーンガシャーン」
「きゃー><マスター怒ったー!!」
「こらまちやがれー!てめぇお尻ペンペンの刑にしたるわー!」
ドタン!バタン!
「やだもんー私がマスターにお尻でペンペンしちゃうんだもんー><」
ドタン!バタン!
「させるかヴォケー!!」
再生終了
タイトル『11/23の思い出.avi』