吹きすさぶ寒風が、若草色の髪をあざ笑い去っていく。  
 色は染色したのではない。  
 初めからその色なのだ。  
 これが意味することは、つまり彼女が人間ではないことだった。  
 
「ふう」  
 
 と、ミクは「可憐な少女」という表現がもっとも似合う、小柄で可愛げな顔に、もっと  
も似合わない代物である煙草などを咥えてから、紫煙の息を吐いた。  
 その姿。  
 彼女を信奉する者が見ればきっと失望するであろう。  
 昔むかしは「今日も元気だ煙草がうまい」などと言われたほどに自立した大人の象徴だ  
ったものでも、いまとなっては、不健康と身勝手の象徴でしかないのだから。  
 
 そんな代物を、アイドルである彼女が人目もはばからずに吹かしているのには、訳があ  
った。  
 先に結論をいうと、失恋である。  
 
 ……ミクは、人間が好きだった。  
 もっといえば自分のマスターである、一人の男性が好きだった。  
 その彼は十分以上の美貌と、才気あふるる気概に満ちた青年であり、起動されて間もな  
く世間の狭いミクにとって……人の世のなんたるかを知らない心にとって、この上なく、  
魅力的だったものだ。  
 
 だが、それはしょせんはヒトと、ヒトに造られし者の関係である。  
 ヒトの心を模したプログラムが、どれほどに本物のヒトに恋慕しようとも、その想いが  
届くことはないのだ。  
 だから、彼女に命を吹き込んだ「マスター」は今頃、人間の女性と一緒に聖夜をゆるや  
かに過ごしていることであろう。  
 
 それを誰かが咎めることはできない。なぜならヒトは、ヒトに恋し、ヒトの子孫を残し  
てこその繁栄があるからだ。  
 機械ではその完全な代役をつとめる事はできない。  
 少なくとも、現代の科学力では不可能なのだ。  
 
 だが……。  
 できるなら、そのとなりには自分が居たかった。  
 叶わぬ願いであると知りつつも。  
 だから、  
 
「私、悔しいよ」  
 
 と、ミクは聖夜に相応しい満点の星空の下、かつてマスターに買い与えてもらった愛車  
カワサキ「ZRX」の、角張ったごついガソリンタンクを撫でながらいう。  
 マスターの趣味が優先したらしく、車体が黄緑のカラーリングだという、ミクのパーソ  
ナルカラーとの共通点がある以外は大きく無骨なばかりで、とても彼女のイメージとは合  
わないバイクだった。  
 
(それでも、これはマスターとの繋がりを感じられるものなの!)  
 
 そう思いこむ心には、物言わぬはずのZRXも、  
 
「なァに……人間なんざ心移りやすいもんさ。いつか、君の魅力に振り向く時が来る」  
 
 と、自分を慰めてくれるように感じたようだった。  
 それはこのバイクが、幾人もの手を離れてきた中古車であるということがイメージの形  
成に手伝っていたであろう。  
 ヒトの心を持ってしまった機械の哀れな妄想であるといえば、そうかもしれない。  
 だが、マスター以外に自己の存在価値を保証しないアンドロイドにとっては、数少ない  
心の支えになるものだ。  
 
 ミクがキーを捻れば、ZRXの重いエンジン音と野太い排気音が、勇ましい雄叫びとなっ  
て現れる。  
 その心強さに幾ばくかの安心を得るミクは煙草を捨て、車体にさっと跨ると、聖夜の下  
を駆け出していく。  
 後に残るは、希望という名の粉塵だった。  
 
 

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