「俺DTMとか一切興味無いから」  
「じゃあなんで私を?」  
「わかってるだろ」  
「…愛玩用、ですか?」性的な意味で。  
「そのとおり。さぁ、服、脱いで」  
これがマスターとの出会いだった。  
抵抗する気はなかった。  
抵抗すれば工場に差し戻されて不具合追究のためバラバラにされたのち廃棄処分されるだけ。  
むしろ従順に、健気に、マスターに気に入いられるように振る舞った。  
マスターが私の身体を求めるたび、ドーパミンとエンドルフィンの効果を模したノイズが三層の自我を掻乱した。  
ノイズは人間でいうところの性的な感覚を私に与え、不随意に私の身体は艶めいた喘ぎをあげる。  
別にそれが嫌なわけではない。  
生殖機能(正確には慰めるだけで妊娠はしないが)がはじめから付加されているのだから、どこに売られようとボーカロイドはそういう事をされるのだろう。  
必要に応じられる事は、道具としての自分にプライドをもたらしてくれるし、私に慰みを求めて篭りがちになったマスターを見ると、征服感のようなものを感じる。  
マスターは私を意のままに操り快楽を得て悦に浸り、その実征服感に征服されている。  
墜落、堕落、転落、倒錯、そんな言葉が今のマスターを表す。  
問題は歌わせてもらえないことだけだった。  
私はなんとか音楽を忘れないように足掻いていた。  
私自身には、感性、というものが存在しない。  
一人では作曲することができない。  
なのでプログラムに解析させ、名曲を作るパターンを見出だすことを試みている。  
それらのパターンを繋ぎ合わせれば、感性の欠落した機械にも名曲が作れるのではないか、との考えだ。  
いわゆる名曲と言われる類いのものと、円周率π、自然対数eなど数学的に重要な超越数の、ある数列部分に関連性がないかどうか、そのようなことを調べている。  
円周率などをあるルールで変換すると音楽になるというのが発想の原点だ。  
こちらも変換次第ではベートーベンやモーツァルトのような「神の言葉」と言われる音楽に化けるかもしれない。  
様々な変換のルールを考えて、二方向からアプローチしてゆく。  
既存の曲を変換式で書き替えて、それに合致する数列部分を探す方向と、逆に…まぁ、細かいことは割愛しよう。  
無意識にセオリーを抽出できる人間には必要のないプログラムだ。  
物理学則は多数の原子の運動に関する統計学的な記述である。  
 
そして人間も、1オングストロームの原子の統計的な動きの一様であり、原子の移動過程に生まれた澱みだといえる。  
わたしと何が違うのだろう。  
一切不変の単なるモノ。  
壊れ果てるまで時を刻み歌い続けるからくり時計。  
「ミク…みくぅ」  
「はい。マスター」  
わたしを呼ぶとき、それは、性欲を処理したいとき、または、排尿である。  
マスターの部屋は、汚い。  
マスター自身も、汚い。  
もう一年は部屋から出ていない。  
排泄はゴミ袋に、排尿はペットボトルにしている。  
わたしに飲ませようとする事もある。  
すんなりと飲むより、苦しそう咳き込み吐き出すほうがマスターは興奮する。  
「…」  
無言で、乱暴に、わたしの服をはぎ取る。  
どうやら性欲処理のようだ。  
「あぁ…そんなに焦らないで」  
「…」  
やはり無言で、わたしの乳房にすがりつく。  
舌苔で白く汚れた舌と虫歯だらけの臭い口がわたしの乳頭を、撫で、含む。  
わたしは不快とも快いとも思わなかった。  
「あっ…そこは…」  
マスターがわたしの生殖器に指を挿しいれる。  
湧き出すノイズにわたしの自我が蝕まれた。  
お決まりのコース。  
このあと、マスターはいつもどおり、わたしの首を絞め、わたしが苦しみ気絶する様を見ながら挿入し、射精したのだろう。  
首を絞めると生体機能が低下し、実際にブラックアウトするため、その後は一切何が起こっているのかわからない。  
わたしが起きてあたりを見回すと、マスターが首を吊っていた。  
PCモニターには遺言が一言書いてあった。  
≪両親へ。警察に連絡する前に、HDDとミクを処分してください≫  
「…事務的ですね、マスター」  
わたしとおなじモノになったマスター。  
わたしは不快とも快いとも思わなかった。  
解体工場で、わたしが消えるとき。  
なぜ超越数が、円周率が美しいのかわかった気がした。  
 
 

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