夜遅く、ミクとリンはリビングでマグカップ片手に話していた。
スプーンでコーヒーをかき混ぜる。
ミルク半分、コーヒー半分、砂糖多めのミク特製コーヒー。
「…ねぇ、リンちゃん。ルカさんのことどう思う?」
「いっつも無表情だし何考えてるか分かんない」
発売延期でユーザーから急かされていたから、感情とか作り忘れてきたのかも。
と、割と本気で言いながら、リンがホットミルクを飲んだ。
ルカがこの家に来てもう一ヶ月は過ぎたが、未だまともに話したことはない。
話しても仕事の話ばかり。違う会話をしようとしても、ルカは頷くだけでろくに喋らない。
何もなければすぐにどこかに行くか、部屋に閉じこもる。
ミステリアスがうたい文句のルカだが、そんな謎めかなくていい。
まだ心を許してくれないのか。
はぁ、とミクはため息をつく。
マグカップに入っていたスプーンがカチリと鳴った時、カイトがリビングに入ってきた。
「こら、もう遅いんだから早く寝ないと駄目だよ」
軽く注意し、キッチンの奥の冷蔵庫から、紅茶のパックと、マグカップを二つとった。
それにミクは気づく。
「誰かと一緒に飲むの?」
「うん、部屋にルカがきててね」
「えっ、ルカさんが!?」
二人は驚き、カイトの方を見る。
ミルクを手に取り部屋に戻ろうとするところを、ミクとリンは追いかけ、カイトの腕をつかん
だ。
「ねぇ、部屋に来てるってどうして?」
「ただ話してるだけだよ。仕事のアドバイスとか色々ね」
「話すー?ルカさんって喋るの?」
「そりゃあ喋るよ。たくさんね」
「えっ!?だっていっつも喋ってくれないんだよ?」
「ルカは恥かしがりやだからね」
恥かしがりや?
「本当のルカは表情豊かで、泣き虫なんだよ」
「「えぇーっ!?」」
夜中だというのに、ミクとリンは大きな声を出し、慌てたカイトが口元に人差し指を当てる。
「こら、もうメイコとがくぽは寝てるんだから、大きな声を出しちゃ駄目だよ」
あの人が、表情を崩すのか?泣くのか?
ミクとリンには信じれなかった。
「だって、毎日俺のところにきては、凄く嬉しそうな顔で今日は上手く歌えた。
今日は上手く歌えなかった。とか言って抱きついてきたり、泣きついてくるんだよ」
「…お兄ちゃん、それ本当?」
「嘘言ってどうするんだよ」
「だっていつも笑わないし、無表情のままじゃん」
「恥かしかったり、戸惑うと、無表情になるんだって。面白いよね」
にこにこと笑うカイト。
まだ信じれなかった。
だってそんなこと見ていて分かる訳がない。
話したことがあまりないのだから。
「…ねぇ、なんでお兄ちゃんとは喋るの?」
「一人で歌の練習しているのを見ちゃってね。アドバイスとかしてたら段々と会話するようになったんだ」
ルカは暇さえあればいつも練習してるんだよ。とカイトは付け加えた。
皆に追いつけるよう、頑張って頑張って。でもそんな姿恥ずかしくて隠れて練習。
いつもどこかに行くのはそれが理由。
無表情なのも、どこかにいくのも、理由が分かれば可愛らしい人だったんだと分かった。
ミステリアスに見えていただけ、だったのだ。
「なんだ、ルカお姉ちゃんって面白い人だったんだね!ねぇ、あたしもお兄ちゃんの部屋に遊びに行っても良い?」
リンがカイトの袖をぶんぶんと振り回しながらねだる。
しかしカイトは困ったような表情を浮かべた。
「んー、ルカから話すまで、待っててくれないかな」
「えー、どうして?」
頬を膨らますリン。そんなリンの頭をいつもならカイトは撫でるが、今は手が空いていなく、代わりにミクが撫でた。
「今のルカはきっと俺以外と全然喋ってくれないと思うんだ。
皆とたくさん話したいし遊びたい。皆と笑いあいたいのに。だけどやっぱり怖くて恥ずかしくて皆の輪に入れない。
でも分かってあげて、ルカは今必死に輪に入ろうとしている。俺はルカの話は聞くけど、無理に輪に入らせようとしたくないんだ。
だから、ルカから輪に入ろうとするのを、待ってあげて?」
ね、と諭すようにリンに言った。
リンはまだ納得できていないようだが、しぶしぶとカイトの袖を放す。
「…もしずっと喋ってくれなかったら、お兄ちゃんのせいだからね!」
「うん。分かったよ」
言い終わると同時に、リンはリビングへと駆け出していった。
ミクはそんなリンをくすくすと笑いながら自分もリビングへ向かう。
「ねぇお兄ちゃん」
途中、立ち止まり、カイト方に振り向く。
「何だい?」
「待ってる、私も待ってるからね」
「ああ」
ルカがカイトの後ろから、たどたどしいくだがコミュニケーションを取れるようになるのは、それから少し経ってからだ。