自分が彼女…リンと出会った時、彼女はまだ幼い少女だった。  
馴染みの女の付き人として現れ、他の娘は消してしまった光を  
一切隠すことなく自分に近づいてきた。  
無邪気に笑顔を振りまいている姿は彼女の辿る道を全く想像させず、  
反って憐みを感じたのを覚えている。  
 
時が経ちリンは見習から遊女になった。  
まだ年若い彼女は上の女にも客にも小娘扱いされ  
『そういう趣味』のわずかな客を相手していると聞く。  
そしてリンの一番の相手はおそらく自分である。  
酔狂だ、と他人は言うし、自分でもそう思う  
何故 色恋の技を知らぬ娘を好んで買い、その上指一本も触れないのか・・・。  
ただ他の女と絡む気もせず、かと言ってこの娘を抱こうとは思わないから、  
そう結論付けているが本当のところは分かっていない。  
 
「がくぽさん。」  
窓枠に腰をかけ外をぼんやりと眺めていると、ふとリンが呼びかけた。  
「今日はお喋りもしないのですか?  
これでは夜は更に長ってしまいますよ。」  
「別段話すことなど無い。  
もし語りたいことがあるならお主が勝手に語ればよい。」  
「…私には話せることなどありませんから。」  
言葉が見つからなくて、しかたなく沈黙を返しまた目線を窓に投げる。  
雪で白く染まった道を月が照らしていた。  
 
カサカサと衣の音がし瞳を端へとやると菊色の着物が自分の脇に座っていた。  
「がくぽさんが私を買うのはなぜですか?」  
かすかにリンが呟いた。  
「同情…ですか…?」  
だんだんと声は震えていく。  
泣いているのかもしれない、そう思ったが慰め方を知らないから黙って月の方を見た。  
 
息を飲む音が聞こえかと思うと、リンが己の手をがくぽの指に乗せた。  
紅葉のようなに小さく温かい彼女のものが自分の一部と重なっている。  
『初めて触れた… 触れてしまった。』  
訳の分からない恐れが体を巡る。  
 
「お情けで買えても、汚(けが)れた身は触れることすら厭いますか?」  
違う、と叫びたかった。けれども、できなかった。  
 
「私は卑しい女です。  
「体を売らなければ生きてはいけません。」  
耳にかかる吐息が更に心を揺らす。  
「知らない人に抱かれても、心を拒絶されても、  
 せめて…自分が好いた人に触れて欲しいから、だから……!」  
 
言い終わる前にリンの口を唇で塞ぐ。  
乱暴に顔を寄せ、ただ長く、押しつけるような口づけ。  
信じられない、というようにリンは目を見開きやがて目を細めた。  
 
分かってしまった。  
彼女を求める理由、触れることのなかった理由。  
自分が狂うこと、彼女を壊すことが怖くて枷(かせ)をつけて必至で留まっていたのに  
今、彼女はそれをあっさりと壊したのだ。  
 
もう止めることはできなかった。  
そのままリンを押し倒し、帯をとく。  
何度も経験したはずの行為なのに手は酷く震えていた。  
 
「拙者(せっしゃ)は慈善で女を買うほど出来た男ではない。」  
襟を広げ素肌を晒す。  
今まで手足よりもずっと白く小ぶりなソレはどんな女のものよりも魅力的だった。  
 
「優しくはできぬぞ」  
「はい…。」  
嬉しいです、そう動く口に再び蓋をし、二人は短い夜に落ちて行った。  
 

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