「……ん」  
 ソファに腹這いに横になる人影に向かって彼は声をかける。  
「ご主人」  
 腹這いに横になっているその女性は、胸の下にクッションを置き、ノートパソコンに向かって何かを打ち込んでいる。両耳を大きめのヘッドホンが塞ぎ、彼の声には気が付かないようだった。  
「……」  
 彼は少し考えた後、ソファのあいている部分に腰掛ける。  
「……ご主人」  
 腰かけた重みでソファが軽く揺れるが、彼女はそれでも気付かない。  
 彼が視線を動かした先には、彼女の纏う部屋着の裾からのぞく、白い太腿。彼はそこに指を這わせる。  
 彼女の身体がびくりと動き、ようやく彼の存在に気づく。  
 彼女はヘようやくヘッドホンを外しながら、  
「あ、なんだ、がくぽか」  
必要以上に驚いてしまったことに対する照れ笑いを浮かべ、起き上がると、彼の隣に座りなおし、ワンピースタイプのパジャマの裾をぱんぱんと引っ張って直す。  
 彼女は、彼…ボーカロイドである神威がくぽの主、いわゆるマスターである。あまりマスターとか主とか呼ばれるのは好きではない様だったが、がくぽがどうしても呼び方を変えようとはしないので、根負けして好きに呼ばせているようだった。  
「で?何?こんな夜中に。何か用があるんだよね?」  
 言って小さく首を傾げる彼女。ヘッドホンを外したせいで、肩まで伸びた髪は乱れ、眼鏡はずり落ちている。  
「ご主人。やる……とはどのような意味か」  
「……へ?」  
 突然すぎる問いに、彼女の頭は一瞬、フリーズした。構わずがくぽは続ける。  
「先ほど、レン殿から『ご主人とはもうやったのか』と問われたものの、何をやったのか皆目見当がつかぬ。ご主人と、ということは何か二人で行うことだとは思うが……」  
 彼はまだインストールされて間もない為か、それとも神威がくぽというキャラクターの特性か、他のボーカロイドとは一風変わった言語を使っている。なので若者言葉やスラングなどには時々首をかしげることがあるようだった。  
 そんながくぽの説明を聞いているうちに、だんだんと頭に血がのぼってゆく。  
「……あ…んの思春期がっ……!」  
「ご主人?如何した、顔が赤いようで……」  
 様子のおかしさを心配そうに見つめ、近寄るがくぽに向かって彼女はまくしたてる。  
「あの年頃はね男女仲いいのを見るとすぐそういう性的な方向に脳みそが働いちゃうからっ……!」  
「性的な…なるほど、やるという言葉はそのような意味でも使われるのか」  
 がくぽの言葉に、彼女は我に帰る。  
 墓穴を掘った?  
「言葉というものは奥が深い」  
 しきりに感心するがくぽ。その様子に、彼女はほっとする。自意識過剰だったかも、と一人反省し、苦笑していると、  
「私はご主人と『やりたい』と考えているゆえ」  
 
 彼女の眼を見てにこりと笑う。綺麗な顔に眼を奪われかけるが、はっと我に返り、  
「お、落ち着いてがくぽっ……」  
ぐいぐいと距離を詰めてくるがくぽを押し戻そうとする。  
「ご主人の方が落ち着いたほうが良いのではなかろうかと」  
 がくぽの眼を見ると、腕から抵抗する力が抜けてくる。その好機を見逃さず、がくぽは彼女をその場に押し倒す。  
「え……」  
 一瞬で体勢が変わり、彼女は戸惑いの声をあげるが、がくぽはそれに構わず彼女の頬に手をかけ、耳元で囁くように告げた。  
「……全て私に任せるといい」  
「ひゃあっ!」  
 彼女の身体がびくりと跳ねる。  
 がくぽの表情が、面白いものを見つけたとでも言うような愉しげなものに変わる。  
「なるほど、耳か」  
 更に耳元で呟くと、そのまま彼女の耳を舌でなぶり始める。  
「え……ちょっ、がく……あっ…やっ、やめて……んっ……!」  
 じたばたともがきながら必死で耐えようとするが、彼女の声は次第に熱を帯びたものへと変わってゆく。  
「はぁ……はぁ……ん……っ」  
 ぐったりとしてきたところで、耳をなぶる舌を止め、そこに口づけを落とすと、  
「………どの」  
ごくごく小さな声で、彼女の名を呼んだ。  
 
 彼女は見てわかるほどに顔を赤くすると、涙目になって訴える。  
「こっ、こんな時だけ名前で呼ぶなんて……卑怯……!」  
 先程抱えていたクッションで、がくぽの頭をぼすぼすと殴打するが、耳を執拗に責められたせいで力が入らない。  
 さほど痛くない攻撃を無視し、がくぽはぐいっと彼女の膝を開き、間に入る。  
 パジャマの裾をめくると、薄いピンクの小さな布地が現れる。彼女は脚を閉じようとするが、がくぽが間に入っているためそれはかなわなかった。  
 更にめくり上げると、控えめな双丘が姿を現す。つんと尖った先端が、がくぽを誘うように小さく震える。  
「うっ……!」  
 先端を唇でついばむと、彼女の身体がまた跳ねる。そのまま舌で弄びながら、右手で布地の中をまさぐり始めた。  
「いやっ、やだっ……だめっ!」  
 彼女の訴えもむなしく、がくぽの長くごつごつした指は、容易くそれを感じ取る。  
「……む」  
 それが何かを悟ったがくぽは、容赦なくそこを掻き回すように責めてゆく。  
 くちゅくちゅぴちゃぴちゃと水音が高まり、彼女の耳にも届くようになる。耳をふさごうとするが、その手をがくぽの左手が捕える。  
「これは」  
 わざと音を立てるよう指を動かしながら、がくぽは問う。心なしかにやりとしているように感じる。  
「ご主人も『やりたい』と感じていると解釈して構わないだろうか」  
 単刀直入に問われ、彼女は言葉を詰まらせる。  
 口だけをぱくぱくとさせながら、視線をあちらこちらに泳がせ、  
「…………あー」  
意味のない言葉を発したのち、  
「そんなことわざわざ訊かないでよ……ばか」  
観念して肩の力を抜いた。  
 意地悪そうに、そして嬉しそうに笑い、がくぽが彼女の唯一の下着を取り去ろうとする。  
 その時。  
 部屋の入口がノックされ、返事をする間もなく扉が開いた。  
「………あ」  
 訪問者の正体は、  
「……レン…」  
「え、えーと……がっ君とどうなったかなー、と話を聞きに来たんだけど……」  
 レンは二人を直視できない様子で、ごにょごにょと言って後ずさる。  
「レン殿、先程の答えは見ての通りで」  
「あ……うん、それはよくわかった、じゃ……ごゆっくり……」  
 扉を閉めて脱兎の如く逃げ出すレン。  
 がくぽは何事もなかったかのように続けようとするが、彼女はそれどころではなくなり、  
「くぉらああああぁ、レンんっ!」  
恥ずかしさと怒りでない交ぜになった叫びが家中に響き渡った。  
 
 次の日。  
「……しっかし早速マスターとヨロシクやってるとは思わなくて…」  
「レン殿、その『ヨロシク』とは一体……」  
「レン、黙れ。がくぽ、知らなくていい」  
 
【終】  
 

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