彼女の存在は発売前から話題になっていた。  
ピンク色のゆるいウェーブがかかったロングヘアー。  
整った顔に大きな青緑の瞳がクールな印象を与える。  
服の上からでもわかる豊満なバスト。  
スリットからは綺麗な太股をのぞかせている。  
 
___巡音ルカ。  
私達の新しい仲間。家族。ボーカロイド。  
嬉しいはずなの。喜ぶべきなの。  
今までしてきたように笑顔で迎え入れてあげなきゃいけないの。  
でも、怖い。  
どんどん私の影が消えていく。  
必要とされなくなる。  
いつの時代だって人間は新しいものを欲するのだ。  
 
私の存在価値は何ですか?  
 
尋ねたところで私の声は虚しく宙へ消えていくだけ。  
歌いたい。  
必要とされたい。  
愛されたい。  
 
自分の中にこんなにも浅はかな感情があったなんて認めたくない。  
 
 
もう疲れた。  
いっそ消えてしまえば…  
 
「メイコさん?」  
ふと頭上から声がした。  
顔を上げると紫の長い髪が風で揺れ、私の顔にふわりと触れた。  
 
「がくぽ?」  
久しぶりに見た顔だった。  
逆光に目を細めながら自分の後ろに立つ男を見やる。  
「どうしてここに?」  
誰もいないだろうと思っていたフォルダでこの人に会うとは思ってなかった。  
 
「それはこちらの台詞ですね。女性がこのようなところで一人でいるとは」  
私はこの男が苦手だ。  
常に薄く笑っている。  
何を考えているのかわからない顔。  
「えぇと、ちょっと考え事してたの。  
 今月も食費が馬鹿にならなくて。  
 もう、皆好き勝手自分の好物ばっかり買ってくるから」  
あはは、と軽く笑いながら適当な言葉を並べる。  
 
「そうですか。メイコさんはいつも大変ですね。」  
多分、この人はそんなこと微塵も思ってないだろう。  
空っぽのフォルダに白々しい会話。  
「そんなことないわ。  
 皆、もう随分この世界に慣れてきたし成長した。  
 今までは、私がいないと駄目だったのに。  
 時間が経つのは早いわね」  
しみじみと思いやる様な顔をして薄っぺらい台詞を言う。  
でも、これは事実だ。  
 
「もう私なんかいなくても…」  
続く言葉は私の本音で、誰かに否定してほしくて紡ぎ出そうとした言葉。  
けれど、私の声を遮った言葉は辛辣で冷やかだった。  
「そうですね。  
 これだけ多くのボーカロイドがいる。  
 一人、いなくなっても困りはしないでしょう」  
あぁ、なんて嫌な人だろう。  
私のほしい言葉の一つもくれないなんて。  
 
「嫌な男だと思いますか?」  
思っていたことを一発で当てられた。  
本当に嫌な人だ。  
私は顔を赤くする。  
それだけで相手にはこちらの心情が読み取れたらしい。  
「そうですか。  
 どうも私は貴女が嫌いなので、つい傷つけたくなるようです」  
こんなにもストレートに悪意をぶつけられたのは初めてだった。  
 
「…私が嫌い?」  
「はい」  
自身では理由が見当たらない。  
 
「どうして?」  
「貴女が私を必要としなかったからです」  
意味がわからなかった。  
 
「私がこの世界に誕生した時、貴女は私のことを怖れた。  
 家族という形を守ることで私を貴女の範囲から遠のけようとした。  
 違いますか?」  
予想外の言葉に私の頭は回らない。  
確実に混乱している。  
 
「な、なにを言ってるの!?」  
「私は製造元が違った。  
 それだけでなく異色だった。  
 当然だと言えば当然です。  
 でも、今度はそうはいかない」  
薄ら笑いが消え、真剣な眼差しが私を射抜く。  
 
「__巡音ルカ。  
 今度は迎え入れなくてはいけない。  
 そうでしょう?」  
この男は全てを知っている。  
私が一人ぼっちで過ごしたころからやっと築きあげた居場所。  
それが、消え去ろうとしていることを。  
古びていくことを怖れていることも。  
 
「い、いやっ。ちがう。  
 そんなはずない」  
駄目。否定しなきゃ。  
こんな感情もっていてはいけないんだ。  
私は家族のまとめ役で。  
お酒が好きで。  
今まで皆の面倒を見てきて。  
歌を歌って。  
思考がぐちゃぐちゃだ。  
でも、必要な存在だったはずだ。  
気持ち悪い。  
居場所があった。  
 
「…や、いやっ私の居場所を、奪わないでぇっ」  
涙がとめどなくあふれ出してくる。  
外界から遮断するように耳をふさいでうずくまる。  
「ち、ちゃんと良い子にするから。  
 MEIKOでいるから。演じるから。  
 わ、私を忘れないで」  
感情にストップがきかない。  
涙と一緒になってこぼれだす。  
誰に訴えているのかわからない。  
でも、言葉にしないと重圧で死んでしまう。  
 
「そう、貴女は一人でいることの寂しさを知っている」  
「ぅっうぁ」  
「だから自分を守るために」  
「いやぁっ、聞きたくない」  
「周りを利用してきた」  
「うぁっああああぁ」  
「せっかく人間に媚を売ってきたのに。  
 可哀相に。  
 時機に貴女は必要とされなくなる」  
「いやぁぁぁあああああああああぁあああああ」  
 
 
 
世界が真っ白になった。  
脳みそが焼けるように痛い。  
もう言葉も声もでなかった。  
消えてしまいたい。  
 
 
「私が貴女を愛してあげましょうか?」  
涼しそうな顔をしてがくぽが私を見下ろしている。  
私は無意識のうちに彼の服にすがっていた。  
彼の顔を見上げ、何度も何度も頷いた。  
あぁ、なんて嫌な女だろう。  
 
「私に求められたいのなら、まず貴女から求めてください」  
私の返答に満足したのか、いくらか楽しげな様子で言う。  
私は言われるまま彼に深く口づけをした。  
凍ったように冷たい唇に何度も角度を変えて舌を絡ませながら。  
 
「…っはぁん」  
二人分の唾液が交じり合っていやらしい音をたてる。  
酸素が足りなくて頭がぼんやりとする。  
それでも必死に私は彼の舌を求めた。  
愛されたいから。  
ただ、必要だと言ってほしいから。  
次第にがくぽは私の舌に応えてくれた。  
そして、力強く私を抱きしめた。  
 
「メイコ、貴女が必要です」  
彼の囁いた一言で私の世界は満たされた。  
 
 
 
終わり  
 

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