これは意外と、本当に意外と知られていない事実なのだが、俺達にはひ  
とつひとつの存在プログラムに好き嫌いがある。たとえば、好きな食べ物、  
好きなドリンク。嫌いなスポーツや嫌いな季節。そういったものが一つ一  
つのプラグラムに、PCにインストールされて起動された瞬間生まれている。  
それは、たとえば今ここにいる俺が誰かのPCにいる「俺」という「鏡音レ  
ンの欠片の存在」とはまた違うように、千差万別十人十色であるように、  
全く違うものだったりもする。俺はバナナが好きなのだというトレードマー  
クに似たようなものがあるが、もしかしたらこの世のどこかにはバナナが  
嫌いな俺も存在する可能性があるということである。これは全くと言って  
いいほど俺達の本来の目的である「歌う」という行為には関係してこない  
ことなので、気付かれることなどほとんどない。(なにせ音楽のジャンル  
に関する好みはないという都合のいいものだからだ)  
 もともと俺達の開発者の一人が悪戯半分(いや、十分か)で付け足した  
おまけプログラムであり、説明書などにも一切のっていない隠れプログラ  
ムであるので、存在すら知っている人も極僅かなのだろう。公式的にも未  
発表であるし、そのネタに関連する動画や何かがアップロードされた話も  
まだ聞かない。そのおかげか、仕事をこなす上で一切支障はない。仕事を  
こなす上では、だ。  
 プラグラムで勝手に好き嫌いを決められるのだからこちらとしては  
たまったものではない。なにせ、嫌いになったり、好きになったりする原  
因は不明なのだから苦手な物を克服しようにもどうしたらいいのか皆目見  
当すらつかないのだ。  
 だから、俺は今目の前にずずいっと突き出されている猫を必死に追い払  
おうと、汗を流しているわけなのである。  
   
 「〜っ!リン何度も言ってるだろ!そいつを近付けるな!」  
   
 真白でふわふわと体毛がわたあめのような感触のそれをリンはぬいぐる  
みでも抱きしめるように腕の中におさめる。そして腕をいたずらに突き出  
しては俺にそれを近付けようとする。そのたびに言い知れぬ悪寒が俺の頭  
から足先、往復してまた頭まで駆け抜けていくのである。  
 
 「なんでー?この子子猫だよ?かまないよ?猫鍋だよ?なんでレン苦手なの?」  
 「俺がしるか!開発者に聞いてくれよ!っだから近づけんなって!」  
   
 狭いファイルのなかで必死に逃げ回りながら、レンはリンが抱える猫か  
ら遠ざかろうとする。この日この時ばかりは、俺は開発者を恨んだ。より  
にもよって俺の苦手とする動物がお茶の間のアイドルの「猫」だとは一体  
どういうことなのか・・・。しかもこの好みは俺が消されるまで消えない  
というはた迷惑なものなのだ。つまり、好みを変えるためには一度アンイ  
ンストールしなけれればならないのだ。  
 再インストールされてしまったとき、その時俺は俺ではないもう他人に  
しか他ならないというのに。  
   
 「でもマスター大の猫好きだから・・・ほら、みて。またどこかで拾っ  
てきた猫写真が・・・あぁ、フォルダもう3つめだよ・・・」  
 「うわあああああ!!!大量の猫が炬燵のなかにいる!!!うぎゃあああ!」  
   
 よりにもよって、俺達のマスターが大の猫好きということも問題だった。  
毎日のように繰り返される猫動画の視聴、呟き聞かされる猫の鳴き声、迫  
りくる肉球、次々とDLされる画像たち。猫が好きなリンとマスターはまだ  
いいとして、俺にとっては毎日が地獄以外に他ならない。一度はそれが原  
因で本気で家出まで考えたほどだった(その時は必死で止められたが)。  
あの時もっと強気になって、出て行けばよかったと今は激しく後悔してい  
る。それほどまでに俺は猫という存在が苦手なのだ。なのに、リンは全く  
と言っていいほどそれを理解しようとしてくれない。  
   
 走りつかれて床に膝をつき、ぜえはあと肩で息をする俺を見かねて、リ  
ンは手に持っていた電子プログラムの白い子猫を分解して一端見えなくす  
ると、少し心配そうな顔で俺に近寄ってきた。大丈夫ー?などとのんきな  
声で背中をさすってくる。大丈夫じゃねえよ、誰のせいだと思ってんだ。  
と怒り出してやりたかったが、うまく整わない呼吸がそれ妨げて、げほっ  
と一度むせてしまった。  
 
 自分でも本当によく分からないのだ。生まれた瞬間ルーレットで当たっ  
た的は大外れで、それがまさか俺という存在が続く限り永続効果を持つ外  
れだなんてだれが想像するだろうか。こんなプログラムが存在するなんて  
俺たちですら知らなかったのだ。  
 だからといって、マスターを非難するわけにもいかない。マスターのこ  
とは大好きだ。たとえ毎日毎日猫鍋をみて猫の育成動画をみて「ぬこたん  
はぁはぁ」とかいいながら俺たちに猫語で歌わせようとするマスターだと  
しても、責めようなんてことは思わない。だからなおさら一層どうしたら  
いいのかわからなくて俺は困る。  
   
 息も整い、冷静さを取り戻してなお落ち込む俺の横で、リンはうーんと  
少し考えるようなしぐさをしたかと思うと、唐突に俺の腕を引っ張り上げた。  
   
 「ちょっ、リンなに!?」  
 「いーいこと思いついた!」  
   
 にかっと屈託のない笑顔でリンが笑う。こんな時彼女が考え付くことは  
たいていろくでもないことなのだが、なぜだか俺はこの笑顔にめっぽう弱  
く逆らうことができないのである(これもおそらく好みのプラグラムのせ  
いに違いない)。そして俺はリンのなすがまま、隣のフォルダへとずるず  
る引っ張って行かれた。  
 
   
 「・・・・で」  
   
 米神がぴくぴくと痙攣しだしそうになるのを、なんとか必死に抑える。  
腕組みをしながら、レンはベッドの上に座り込んだリンを見下ろした。頬  
がひきつる、本当にまぁどうして彼女の考えることは。  
   
 「なにその格好」  
 「なにって、ねこちゃんだよ。にゃ」  
   
 多分どこかでマスターが入手してきたのであろう電子拡張プログラムの  
一種だと思われる。頭からは、いつも見える白いリボンの代わりに生やし  
た真白い猫の耳。腰辺りから伸びるすらりと伸びた尻尾、それをリンは優  
雅に左右に振って見せた。リンが動くと、次いで首に付けられている猫鈴  
もりんっ、と鳴る。それだけで、それがかぶり物やそういう類のものなの  
ではなく、体にくっ付いてしまっている、体の一部なのだと俺に認識させ  
てくれる。どことなく瞳も猫のように眼光するどく、八重歯が生えてしま  
っているあたりどうやら本格的なプログラムらしい。本当に彼女はろくで  
もないことをしてくれるのだと再確認した。それから、マスターの秘密の  
ファイル、勝手に使うなよ、と。  
    
 「さすがに肉球まではうまく再現できてないんだけど、それ以外は結構  
完璧だよ!本物の猫だと辛いだろうから、レンの大好きなリンと混ぜれば少しは中和されるでしょう?」  
   
 いや、そりゃあ、俺は確かにリンのことは大好きだけど。マスターより  
この世の誰よりも愛してますけど。  
   
 「これで猫克服できるでしょ?さぁ、どっからでもかかってくるにゃ!」  
 「かかってくるにゃ・・・って」  
   
 自信満々とばかりに胸をはり、ベッドの上から俺に向かって手を伸ばし  
てくるリンは本当に、ものすごく、めちゃくちゃ可愛い。  
   
 「俺にどうしろと・・・」  
 「簡単だよ〜っと、にゃん」  
 「うわ!」  
   
 急ににょきっと手を俺の首に巻きつけてきたかと思うと、リンはそのま  
ま俺の胸に向かってダイブしてくる。そのまま転げてしまわないようにな  
んとか踏ん張って俺はリンを受け止めた。ゴロゴロとまるで本物の猫のよ  
うに心地よさげにリンが喉をならす。首筋でゆらゆらとリンが顔を動かす  
たびに、リンの頭部から生えた猫耳の体毛が、俺の体に触れた。不思議と、  
そんなに嫌な気がしなかった。  
 
 「これで少しずつ慣れれば、猫もきっと平気になるでしょ?」  
   
 なるほど、これは意外と効果があるのかもしれない。と納得しかけてレ  
ンははっと気がつく。これはあくまでもメインが「鏡音リン」であり、決  
して「猫」ではない。今はボディーパーツの一部分として使われているだ  
けであって、元々はレンが好きだと分類するものに他ならないのだ。だか  
ら、これから何時間、たとえ猫の姿をしたリンと過ごそうが大した効果が  
得られる保証など無い。  
 つまり不毛な、やってもあまり意味のない特訓のようなものなのであろ  
う。にゃーん、と猫になりきったリンは首元につけた鈴をりんりんと鳴ら  
しながらレンに甘えついてくる。  
 どうしたものか、と考え込むレンの耳に、ふっと、息がかかった。ぞわ  
りと背中が波打つよりも早く、甘く溶かされる猫なで声が、囁く。  
   
 (もっと、触れてよ)  
   
 それは多分、「触れて慣れろ」ということなのだろうけど。  
―――そっちがその気なら。思うが早いがレンは気合いをいれると、腹をくくった。  
   
 「・・・猫って肉球あってなんぼじゃなかったのかよ」  
 「それは頑張ったけどできなくて・・・っきゃ!ちょ、レンどこさわって、や!」  
 「リンのほうから触れっていったんだろ」  
   
 何が楽しいのか知らないがよく分からないが、マスターやリンはよく猫  
の肉球をふにふにと触っている。やわらかくて気持ちいと評判らしいのだ  
が、レンには今の今まで何がいいのかさっぱり分からなかった。が。  
   
 (あ、柔らけぇ・・・)  
   
 肉球も胸も柔らかいという点においては対して変わらないだろう。ましてや、  
こっちの方がよりさわり心地がいいだろうし。慣れるため慣れるため、  
と大義名分を振りかざし、レンは好きなようにふにふにと触る。  
   
 「ちょ、ちょっとレン!」  
 「練習するんでしょ」  
 「っん・・・」  
   
 押し黙ったリンは仕方がないと諦めたのか、奥歯をかみしめて内から漏  
れ出そうになる声を噛み殺すことに決めたようだった。両腕をレンの首に  
回し、長い尻尾をゆらゆらと揺らす。  
   
 レンの腕に導かれるように、リンは浮かせていた腰をゆっくりとベッド  
に戻す。猫のようにゴロゴロと喉を鳴らして、子猫を彷彿とさせる瞳でリ  
ンはレンに甘える。ペロリと少しだけだした舌で2・3度レンの上唇を舐め  
ると、あいた隙間からその舌をより奥へと滑りこませる。遊びたい盛りの  
子猫のような動きは、確実にレンには効いていた。それはリンの意図とは  
全く別の方向へ、だが。  
   
 「ふ、あっん。にゃあ!」  
 「牙・・・立てないで。そう、いい子だねリン」  
 「にゅ・・・あ、ふぁあ」  
   
 するりと服の隙間をついて侵入してきたレンの手にリンの体が一瞬強く  
反応する。その勢いでとがった八重歯がレンの唇を少しだけ切ったらしく、  
まだ繋がる唇には鉄の味がどこからともなく湧いていた。  
 戒められ、今度は何があってもレンを傷つけないようにおずおずと尚も  
唇を重ねてくるリンの頭をレンの手がなでる。人間よりも数倍敏感にでき  
ている耳は一種の性感帯に近いらしく、レンの手が微かに触れるとそれだ  
けでリンは声を漏らした。その度にりんりんと音を立てる鈴の音が、じん  
わりとレンの熱を高ぶらせていく。  
   
 「やっぱ、猫って柔らかいんだねー。あったかくてふわふわしてて・・・、マシュマロみたい」  
 「な、なにいって、ちゃんと真面目にっひゃ、やぁん!レンだめにゃ、にゃあ」  
 「あ、甘いかも」  
   
 ぐっ、とレンの肩を抑えるリンの手に力がこもった。これもレンが猫に  
慣れるための訓練だからと頭にどっかりと腰を据えていた大義名分がぐら  
ぐらと揺れる。形のいい小振りな胸に這わす舌は赤い。母猫が子猫の毛づ  
くろいをしてやるような優しい仕草だが、意図は決してそのようなものじ  
ゃないことは傍から見れば一目瞭然だった。  
   
 ただ、懸命に己に与えられた役目を果たそうとするリンはそんなことを  
気にすることもできず、ぶるぶると体を震わせることしかできなかった。  
徐々に前倒しに体重をかけてくるレンに押される形で、リンの背中はベッドへと近づいていく。  
 脇の舌あたりから執拗に乳頭の付近へ来ては触らずに腹部の方へ戻って  
いく生暖かいざらざらとしたそれが気持ちいいのかそうでないのか分から  
ない。ただ、左胸の乳頭をレンが軽くつまんだことと、リンが完全にベッド  
に押し倒されたことはほぼ同時だった。  
   
 「んー?固くなってんじゃん、ここ。どうしたんのかニャー、リン」  
 「レ、レンもういいでしょ。あ、にゃぁ!」  
 「俺今なら猫好きになれるかもしれないから、もうちょっと」  
   
 抵抗しかけた腕がとまる。多少の苦痛(いや、それは痛み等微塵も伴わ  
ない)と引き換えに相方が苦手な物を克服できるのであれば・・・とリン  
は力を緩めた。  
   
 「ん、ん、っふ・・・、ひぁ」  
 「リン、かわいい」  
 「思ってもいないくせにぃ・・・ふぁ、にゃぁん!」  
 「そんなことないから」  
   
 可愛い、可愛いと耳元で何度も囁かれ、リンは恥ずかしさとはまた違う  
何かから目をそらすようにギュッと瞼をとじた。可愛くないことぐらい自  
分で自覚していると何度も言っているのに、今日のレンはいつにもまして  
しつこいのだ。  
 レンの肩から手を離し、行き先を求めた指は柔らかい髪に行きつく。太  
陽の光をさんさんと浴びて暖かくしなやかな髪の毛こそ、猫のようだとリ  
ンは思った。ふわふわと綿毛のようなそれをキツク掴んで千切ってしまわ  
ないよう、繊細な力加減で触れる。  
 それに気を良くしたのか、レンはまた可愛い、とリンに聞こえるように  
つぶやくと、脇腹に何度もキスをした。  
 少し伸び始めた細い指がリンの内股をさする。女性として肉付きよくな  
り始めた足をリンはひどく嫌っていたが、レンはその足がとても好きだった。  
 薄ピンク色にほんのりと染まる足を熟れはじめる中心に向かってねっと  
りと舐める。必死になって隠そうとするリンの心とは裏腹に、リンがレン  
の仕草に敏感になればなるほどパロメーターのように首の鈴はよくなり、  
尻尾もびくびくと動いてた。  
 いつの間に脱がされていたのか、リンがはいていた短パンも下着も視界  
にはなかった。よくよく見渡してみて、ベッドの下の隅に打ち捨てられる  
ように放り投げられたそれをみつけ、あられもない姿にされた体に熱がと  
もっていた。  
   
 「・・・・きもちいいんだ、リン可愛い」  
 「ちが、うってば、や、あっあっあ!」  
 「うわ、本当に尻尾生えてるんだ・・・・へぇ・・・」  
 「にゃ、にゃにゃああああ!や、さわっちゃだめえ!あ、あ」  
   
 男性器をしごく様に白く毛だらけの尾をすられ、今まで感じたことのな  
い感覚が一気にリンの全身を貫いた。縮こまるように体を丸め、白いベッ  
ドシーツをくしゃくしゃになるほど掴みながら、はけ口が見当たらない槍  
の矛先を必死にそらそうとする。  
 何が気に入ったのか、レンはリンの反応を楽しむように尾を触ることを  
しばらくやめなかった。尻尾の先から根元に向かってこすられ、全身の毛  
が逆立ち、肌がぞわりと身震いを起こす。自分のものであって、決して自  
分のものではないそれは、今やリンの全てを支配していた。  
   
 「へぇ・・・尻尾も感じるなんて便利だね」  
 「ば・・・かぁ。や、っ・・・さわっちゃだめ・・・ん・・・」  
   
 ようやく解放された尻尾を守るように腹部へとひっこめる。丸めた体の  
震えを必死に止まらせようとしながら、僅かな怒気を含めた背中がレンを非難した。  
   
 「ん、俺が悪かったって、拗ねんな・・・」  
 「ひ、ん。にゃぁぁ・・・」  
   
 剥き出しにされた背中に少し冷たい無機質さが残る唇が触れ、その温度  
差にぴくりと背中が動いた。  
 後ろから聞こえるレンがベルトをはずす音で、このあとどうなるかなん  
て見るまでもなく想像がついたが、リンにはそれを止めようとする声も体  
力も、既に持ち合わせていなかった。世の中の猫も本当にこれぐらい敏感  
になるのだろうか、とこの場にふさわしくないことを考えて、それはすぐ  
思考の外へと出て行った。首の鈴がひと際激しく鳴る。  
 腰を抑えつけられ、本物の猫がするように後ろから反りたったレン自身  
が入ってくる。目の前に花火が散ったと思えるぐらい強い衝撃に、リンは  
大きくのけ反った。  
 
 「あれ、リン軽くいっちゃった?」  
 「ふぁ・・・にゃ・・・まっ、レン」  
 「だーめ」  
 「にゃああ!あ、ぁ、ひゃん!」  
   
 些かの躊躇もなく始められる律動は本物の獣を連想させた。レンの腰の  
動きに合わせて、りんりんと鈴が鳴り響く。  
 顔が見えない分、苦痛や快楽が表情からでは判断しにくい。勘と経験と  
感覚を頼りにリンの中を所狭しと動くと、ぐっと、腰を沈めるたびに丸め  
たシーツの中に顔をうずめるリンの頭が動いていた。正確には、耳が、だが。  
   
 「リンっ、きもちっ、ん、いい?」  
 「ふぁ、あ、だめぇ、やめちゃや・・・あ、あ、ああ!」  
   
 ぐちゅ、と透明よりも白みをもった液体がつぅーっと流れおちていく。  
それを潤滑油代りに滑らし、より深く、よりいいところを目指して狂った  
ように腰を振るう。やわやわと伸縮を繰り返すリンの中は最高に熱くて、  
ドロドロとレン自身も蕩けそうなほどの甘美な震えが動かすたびに全身に  
走った。  
 より深くつながろうと前かがみになれば、リンが弓のように背をそらす。  
後ろから支えるように腕を伸ばし、胸にさらなる刺激を与えながら、  
もっと、とそれ同士を近づけさせる。  
   
 「あ、だめぇ噛んじゃらめっ、や、レンいっちゃ、いっちゃうよぉお」  
 「リン、今連れてってあげるよ、だから」  
   
 一緒に行こうか――――。  
   
 火傷してしまいそうなぐらい情熱的な暑さが、部屋一面中に放たれたの  
はそのすぐ後のことだった。  
   
   
   
 「―――――で」  
   
 効果音をつけるなら、ゴゴゴゴゴ・・・ズズズズ・・・とにかくおぞま  
しく黒いなにかを抱え込んだような冷気をもってリンを仁王立ちでレンを  
見下ろした。まだ消えないまま残ってる猫耳も尻尾も、明らかに怒りを含  
んだ様子が見て取れるように毛が逆立っていた。  
 冷笑とともににこやかにほほ笑むリンと、リンの腕の中でおとなしく丸  
まっている白い猫に見つめられレンは冷や汗を流す。今のリンを直視する  
ことなどできず、大人しく床に正座し俯いたままリンの言葉に頷くことし  
かレンにはできなかった。これでは先ほどと真逆の光景ではないか。  
   
 「・・・・はい、なんでしょうか・・・・」  
 「あれだけ散々触れてたんだもん。もう猫も平気よね?」  
 「いえ、それは・・・」  
 「平気よね?」  
   
 有無を言わさない声に圧倒され、レンは首を縦に振るしか選択肢が残っ  
ていなかった。しかし再度繰り返すが、あれはあくまでもメインが「鏡音  
リン」であり、決して「猫」ではない。猫の部分はボディーパーツの一部  
分として使われているだけであって、大本はレンが好きだと分類するもの  
に他ならないのだ。だから、何時間とたとえ猫の姿をしたリンと過ごそう  
が大した効果が得られる保証など無い。  
 そしてそれはやはり思っていた通りだったのだ。  
   
 「抱いてみなさいよ、ほら」  
   
 ずいっと押し出される子猫にレンは血の気が引いていくのを感じながら、  
なんとかこじ開けた目でリンの腕に居座る物体を直視する。  
 これはリンだ、ちっちゃくなったリンだ。猫耳と尻尾を生やしたリンが  
ちょっと毛深くなって縮んだだけだ。と自分に暗示をかけ、ゆっくりと手を伸ばし、そして。  
   
 「うぎゃ――――――!!!やっぱりだめだあああああ!」  
 「あ、レン!待ちなさい!!!」  
   
 脱兎のごとく逃げ出すレンをすぐさまリンは追いかける。そして置き去  
りにされた白い猫だけがポツンとその場に残され、か細い鳴き声は怒号に  
消され、無秩序な空間に細々と木霊するだけだった。  
   
 やれやれ本当にどうしようもない、と呆れるように白い猫が眠るために丸まる。  
   
 りん、と鈴がなった。  
 

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