初音ミクは学校に通っている。人間の“心”を学ぶために。ボーカロイドだと  
いうことを隠して。  
 現在高校1年生だ。  
「行ってきます、お姉ちゃん」  
「いってらっしゃい」  
 咲音メイコも、“心”を学ぶために大学に通っている。現在二年生だ。  
 メイコの元にミクが預けられてから、二人は周囲に親戚だということで通して  
マンションで二人暮らしを何年も続けていた。  
「お姉ちゃん」  
 玄関を出たあとに、ミクがドアから顔を覗かせた。  
「なぁに?」  
 メイコが小首をかしげると、ミクは何か自慢気な顔つきをした。  
「私、お姉ちゃんのこと好きよ。だって今まで見てきた人の中で誰より綺麗だもの」  
「ふふ。ありがとう」  
 改めて言われると何だか照れる。しかしメイコは笑顔で応じた。  
 不意にミクが一瞬宙を見上げ、時間がないと慌てだした。メイコには、ミクが  
衛星で時間を確認したのだと判る。なぜならこの家には玄関から見える時計は  
存在しないからだ。  
 他人の目には登校することを思い出したように見えただろう。  
「行ってきます!」  
「気を付けてね」  
 玄関から身を乗り出し、駆けていくミクに手を振る。ミクもエレベーターの  
ボタンを押してから振り向いて、笑顔で手を振り返してきた。  
 エレベーターが下がっていき、ミクのブレザー姿が見えなくなったところで  
メイコは体を引っ込めた。  
 ドアを閉め、ダイニングに戻る。食べかけのトーストは既に冷えていたが、  
今朝ミクがチョコレートソースで描いた落書きに笑顔がこぼれた。  
「チョコレートの葱、か」  
 椅子に座って、冷えたコーヒーとトーストを口に運んだ。  
 
 ミクが初めてメイコの家に来たときはまだ小学生といった風だった。その内  
大きくなり、中学に上がると初めて袖を通したセーラー服に目を輝かせていた。  
 高校に上がるとブレザーを抱き締めて、お姉ちゃんもこれを着たの、と尋ねて  
きた。メイコがうなずくと、ミクは喜んだ。そんなミクを見て、微笑ましくなった  
が。  
 メイコは、何かがおかしいと思った。  
 
 
 遅めの朝食を終えるとメイコは大学に登校し、図書室で古い文献について  
調べていた。“ボーカロイド”についてだ。  
 マイクロフィルムに印刷された文献を見ていくのは骨がおれる。文献によると、  
“ボーカロイド”はDTM製作を目的としたプログラムのひとつとして  
生み出されていた。“ボーカロイド2”で新聞に取り上げられるほど広まり、  
会社は莫大な利益を得た。一旦は衰退したものの、それは会社の戦略だった。  
 何十年も経ち、ロボット技術が当時では考えられないほど進化した現在、こうして  
メイコが作られた。  
 しかし、自分の現状と照らし合わせて腑に落ちない点がある。  
―――“カイト”  
 そう呼ばれるプログラムもあったはずだ。“メイコ”の弟。ボーカロイド2として  
“初音ミク”が世に広まる前に、売れないソフトとして共に辛酸を舐めたはず。  
“初音ミク”が動画サイトで人気を博してから、その存在が明るみに出たソフト。  
 その“カイト”の順番を飛ばしてミクがいる。  
 カイトはどこなのだろう。  
 メイコはそれだけが気になって、最近ミクにも心配されるようになった。メイコの  
考えを見透かすような、純粋な瞳。ミクには教えたくなかった。  
―――ここにいるのはあなたじゃなくてカイトだったの。  
 そんなことを言えるわけがなかった。  
 
 本日の授業を全て済ませたが、まだ十五時の二十分前だった。気に入りのカフェに  
行って気晴らしをしようと、メイコは大学を出た。  
 カフェに着いたのは十五時を少し過ぎた頃だった。モバイルPCを開いて、  
ネットでも“ボーカロイド”について調べる。真偽のほどはともかく、ネットには  
ありとあらゆる情報が溢れかえっている。  
 不意に、画面の端にメール着信を知らせる表示が出た。メールソフトを立ち上げる  
と、知らないアドレスからだった。  
「ブルー……コードゼロツー、アットマーク?」  
 迷惑メールかとも思ったが、ウイルスどころかファイルも添付されておらず、  
単純に文章のみのメールのようだった。おまけに字数も短い。  
 メイコは開いてみることにした。  
―――初めまして。いや、久しぶり、かな。  
 一体誰が送ってきたのだろう。メイコが組んだ逆探知システムで調べてみると、  
メールは店内から送られている。プロバイダを通さずに店内のリンクを使って送って  
きているから、犯人は店内にいるに違いない。首をかしげながら店内の監視カメラの  
データを頭の中にも送って店内を“視てみる”。  
 店員が三名。痛んだ茶髪を伸ばした白黒のタイトスカートを履いた女とスーツを  
着たぱっとしない感じの男のカップルが一組。モバイルPCを覗き込んでいるラフな  
格好の痩せた神経質そうな男が一人。携帯電話をいじっている中肉中背の肩まで  
黒髪を伸ばしたスーツ姿のサングラスの男が一人。  
 カップル以外の、どちらかの男が送ってきたに違いない。  
 メイコは一瞬顔をしかめてから立ち上がった。携帯電話のiDで支払いを済ませる  
とPCを畳んで店を出た。  
 自然な所作で追いかけてきたのは、サングラスの男だった。  
 
「誰」  
 歩きながら、背後に立った男に短く問う。  
「……」  
 男はしばらく黙り、それから口を開いた。  
「カイトについて知りたいんだろ?」  
 どこかで聞いたような声だった。  
 メイコは振り返り、男を見上げる。滑らかな髪の下に見える瞳の中に、コードを  
見つけた。常人には見えないコード、ボーカロイドの証だった。  
―――CRV2  
「嘘」  
「ここじゃ人目につく。見られない場所に移動しよう。ラブホテルがいい」  
「私の家、厳しいわよ」  
「わかってる」  
 カイトが初めて笑顔を見せた。  
 

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