2月15日、午前0時半。
時刻を確認したメイコは、少しがっかりしながら、玄関の鍵を取り出す。
深夜の静寂の中、鍵を開ける音が、やけに大きく響いた。
「ただいまー……って、誰か起きてるの?」
家族は皆寝静まってしまったものだと思っていたのに、家の中はほんのりと明るい。
ダイニングのものだと思われる明かりに誘われて、メイコはドアを開ける。
覗き込むと、その明かりの中で、こちらに背を向けて座っている男がいた。
傍らには、空になったアイスの容器が積まれている。
メイコがそれを眺めていると、また空の容器が増えて、新しく蓋が開けられる音がした。
ほの暗い中、その上後ろ姿であっても、誰なのかは容易に見当がつく。
青い髪と、アイス限定で尽きることなき食欲。
それに当て嵌まる人物といえば、一人しかいない。少なくともこの家には。
「あ。おかえり、めーちゃん」
メイコに気付いたのか、その男――カイトが声をかけてきた。
よほどアイスに夢中なのか、振り向きもしないまま。
「カイトってば、またアイスばっかり食べて。家計を圧迫するのも、大概にしてよね」
「いやいや、違うんだって。皆がくれたんだよ、誕生祝いでさ。皆は祝ってくれるし、
アイスは大漁だし、誕生日っていいね」
漸く振り向いたカイトは、この上なく幸せそうな笑みを浮かべていた。
誕生祝いなんて、いつの間に。とメイコは思う。
言いようもない気持ちが込み上げてきて、一瞬躊躇った。
なぁんだ。私がいなくても、十分楽しめたんじゃない。
そんな言葉が思い浮かんで、飲み込む。
皮肉な女だと思われたくなくて、だけど大切な人の誕生祝いに乗り遅れたことは悔しくて。
よく分からなくなって、何だか泣けてきた。
「ごめ、んね。カイト、私」
「え?ちょ、何で泣くの、めーちゃん?」
「ごめん……ほんと、ごめんね」
「うん、分かったから。いや分かってないけど……じゃなくて。えっと、ダッツあげるから
泣き止んで」
そう言って渡されたバニラアイスに、また涙が溢れてくる。
ごめんね。
誕生日、祝えなくて。
変な嫉妬しちゃって。
気を遣わせちゃって。
本当に、ごめんね。
涙を誤魔化すように、カイトに抱きついた。
「めーちゃん?」
「ばか、バカイト。あんたのためのアイスじゃないのよ」
「だってめーちゃん泣いてるし、今の俺、ダッツしか持ってないし」
「子供じゃないんだから、物につられて泣き止むわけ、ないじゃない……」
何故だか可笑しくて、小さく笑ってしまった。
そうだよね、と呟いてカイトも笑う。
「誕生日、おめでと。って言うの遅れちゃって、ごめんね」
カイトの腕の中で、メイコは照れ臭そうに言った。
その素直さと可愛らしさに、カイトも思わず照れてしまう。
「……うん。何て言うか、ありがと。めーちゃん」
「あんたまで照れてどうすんのよ、バカイト」
「めーちゃんも照れてるじゃん、て言うか、めーちゃんの所為でしょ」
「うるさい」
悔しそうに呟き、顔を埋めてくるメイコがより可愛くて、カイトの腕にも力がこもる。
苦しい。と文句を言いつつ、結局は大人しく抱きしめられているのも、何とも愛おしい。
「……ねえ、めーちゃん。俺、バレンタインの分も、何も貰ってないんだけど」
堪らなくなって、言ってしまった。
それに気付いたらしいメイコは、呆れたようにカイトを見上げる。
何とでも言えばいい。
こんな日に限って可愛らしい、彼女が悪いのだから。
「この、バカイト」
少し頬を染めて呟くと、また顔を埋めてきた。
カイトが思っていたような、きつい言葉はなく――寧ろ、受け入れてくれるような雰囲気だ。
「めーちゃん、いいの?俺、最後まで優しく出来ないかもよ?」
「ん、いい。誕生日と、バレンタインの代わり」
そう言って、今度は甘ったるい瞳で見上げてくる。
メイコが片手に持っている、バニラアイスより甘く、魅力的だ。
「ちゃんとしたプレゼント、用意するから。その代わりに」
「いや、代わりなんかじゃなくて。十分嬉しい」
「だめ。待っててよね、買うんだから」
「頑固だよね、めーちゃんも。両方有り難く戴きます」
軽くキスを落とすと、メイコが「甘い」と呟いた。
笑いながら唇を舐めた彼女に、カイトの体が火照る。
「それ、反則だよめーちゃん。もう無理、止まんない」
やや乱暴に口づけて、熱い欲望でもって肌に触れた。
びくりと跳ねた体に、一層煽られる。
――誕生祝いもアイスも嬉しかったけど、何か足りないって思ったら、めーちゃんだったんだな。
一日遅れの誕生祝いは、始まったばかりだ。