「嗚呼々々、天下太平とはゆかぬ昨今だが……時には太公望もよいものだ」  
 
 と、がくぽは冬空の下、釣り船に乗って対馬を眺めながら、ぼんやりとした時間に興じ  
ていた。  
 といっても雑魚釣りではない。  
 狙いは大物のホンマグロだ。  
 場合によっては数百キロもの重さになるこれを一本釣りしようとするには、もはや釣り  
竿といわれて一般に想像するような物ではどうにもならない。  
 
 対応には二つあって、曳き釣りか、トローリングという漁法を用いる。  
 双方とも船で釣り糸を曳航して魚を誘うのだが、違いは前者が船に固定された糸を操作  
するのみの釣果重視に対し、後者はトローリングロッドという専用の竿で一本釣り自体を  
楽しむ事が前提だということである。  
 この差は曳き釣りが日本の漁法で、トローリングが米国のそれであることによるが、方  
法が似ていて目的が正反対なのは、当然、食文化の違いによるものだった。  
 
 そしてもちろん、がくぽが実践しているのは曳き釣りの方である。  
 どこまでも和風の男なのだ。  
 
 潮風が鋭くふきつけ、時折、波しぶきも襲いかかってくるが、しかし姿はいつもの未来  
派羽織姿というか、ネオ新撰組隊服と袴履き、とでも呼びたくなるような出で立ちだ。  
 とても釣り師の姿ではないが、そこはアンドロイド用の着物である。  
 
 一見、単なる奇形和装でも、じつはボーカロイドを創り出した未来科学の粋を結集した  
特殊スーツなのだ。  
 着用者の思考に反応し、その時の動きにもっとも最適な形に変形する特性を備え、耐久  
性も潮風に侵されないどころか、完全防水に加え防弾・防刃・防塵をこなし、さらに摂氏  
一一〇〇度の高熱から零下八〇度までを耐えうる代物だった。  
 
 ちなみに、この時代の軍隊が採用している陸軍戦闘服が、同じ性能をもっている。  
 釣り程度の作業では着替えの必要もない。  
 というより、生半可な市販服を身につけるより、よほど柔軟に釣りができたのだ。  
 ただ、そうとは知らぬ同舟の人間の釣り師たちは、やはり怪訝な目でがくぽを眺めてい  
たが当の本人、どこ吹く風である。  
 
 だが。  
 そんな態度が次の瞬間にガラガラ崩されようとは、誰が想像しただろうか。  
 
「ん……おおっ!?」  
 
 と、突如がくぽの受け持っていた糸にいかずちが伝わると、それが凄まじい勢いで曳か  
れていったのだ。  
 糸を巻き付けている巨大なモーター付ドラムが轟然と回転し、釣り糸はあっという間に  
持っていかれてしまう。  
 その時点でやっとがくぽはモーターを起動させるが、事態はさらに深刻となった。  
 巨大な回遊魚を悠々と引き揚げるだけのパワーを持つはずのそれが、引っ張る力に負け  
て、どんどん糸をもっていかれてしまうのだ。  
 
 いったい、なにが食いついてきたというのか。  
 たしかなことは超に超がつく大物であろうということだけだ。  
 これには辺りの釣り師たちが驚いて、がくぽの周囲にわらわらとよさってくるが、それ  
でモーターの回転が上がる訳ではない。  
 
「ええいっ、みすみす逃してなるものかッ!!」  
 
 と、そこで業を煮やしたがくぽは、モーターの回転をあげるべく自身の右腕を付け根か  
ら取り外す。そして無尽蔵に現れてくる謎の極細ワイヤーらしき物体を、モーターの隙間  
から内部に潜り込ませると、自身の電力を無理矢理モーターに伝え始めた。  
 
 すれば過剰電力がみるみる流れ、モーターは悲鳴をあげつつその耐久可能な回転数をも  
超えて駆動しはじめた。  
 長くは持たないだろう。  
 だが、がくぽの追加電力によって素晴らしい威力を得たドラムは獲物の抵抗を打ち破り  
グイグイ引き寄せていくと、ついには希有の超大物を、ざばぁんっ!! と、釣り上げる事  
に成功した。  
 と同時にモーターは焼き切れ、一世一代の大仕事を果たして息絶えてしまったが、元よ  
り釣りのためこの世に生まれし命である。  
 本望だろう。  
 
「こ、こりゃすげえぞおッ!!」  
 
 誰かが興奮気味に叫ぶ。  
 その船上に打上げられた釣果は、もはや小型のクジラではないかと見まごうほどに凄ま  
じい大きさのマグロだったのだ。  
 だが。  
 釣ったのは魚だけではなかった。  
 
「ぎゃああっ、なにをする貴様らーッ!!」  
 
 と、その巨大マグロの尾に必死としがみついた女が悲鳴をあげつつ現れたのだ。  
 しかも振り乱す浅紫の長髪の下には、黒地に金のラインが入り乱れたロングドレスがま  
とわれており、それが濡れることもなく水をするすると流していくではないか。  
 予想だにしえなかった光景に釣り師一同、唖然となった。  
 
 こんな状態で生きていられる人間はどこにもいまい。  
 どうやら、アンドロイドであるらしい。  
 がくぽに緊張が走った。  
 
 沖合に近い海域を、巨大なマグロに捕まって移動しているアンドロイドなど怪しい事こ  
の上ないのは書くまでもないだろう。  
 もしかすれば、この女とマグロは隣国のテロリストとその新兵器かもしれないのだ。  
 
「おのれ怪しい奴! 何者だ、名乗れッ」  
 
 と、がくぽは佩刀「美振」の柄に手をやり、さらに刀の状態を楽刀モードから通常の真  
剣モードへ移行した。  
 これによって相手にビートを伝える楽器から、切れ味鋭い武器へと変化する。  
 本来の「美振」にこんな機能はないが、がくぽが「俺はダーティに生きるのだ」と勝手  
に改造してあったものだった。  
 
 もちろん銃刀法違反にあたり、発覚すれば重い処罰が待っているが、やはり当の本人、  
どこ吹く風である。  
 だが……それは相手の女も同じことだった。  
 
「黙れ。よくも私の移動手段兼非常食を、傷物にしてくれたな!」  
 
 と、側で横たわる巨大マグロを指し差しわめく。言葉からして、彼女がなんらかのアク  
シデントに巻き込まれたのでないこともハッキリした。  
 ならばこそ、余計に怪しさは爆発するではないか。  
 そう思ってがくぽはいよいよ猛ると、  
 
「その方こそ黙れ! 誰が沖合で魚に捕まって泳ぐ者がいると思うかッ! 名乗らぬなら」  
 
 言葉と共に右腕が風のように動き、勢いよくひねられた腰から、びゅんッ、と神速の居  
合いが放たれる。  
 瞬間、女の眼前には激烈な圧が押し寄せ、それは前髪をぱらりとわずかに切り落とし去  
っていった。  
 凄まじい早業だ。  
 
「ぁ……」  
 
 女がうめいた。  
 その、あまりの速度に抜刀されたという認識すら遅れたのだ。少しだけ間をおいて首筋  
に冷や汗をながすことになる。  
 もしちょっとでも動いていたら頭が地面に落されただろう。  
 恐怖という感情が、このとき初めて女の全身を支配した。  
 そして、その原因たる居合いをしかけたがくぽは、威力をこめた眼差しを女に向け、  
 
「名乗らねば、刀のサビにしてくれるぞ」  
 
 凄む。  
 そのまま一瞬、時が停止したようであった。  
 やがて、はっ、と我に返った女は、じりじりとがくぽから退き、いった。  
 
「う、く、くそ、サムライもどきのくせに丸腰相手に卑怯だぞ」  
「なんとでも言うがよい」  
「……私はCV03巡音ルカ。クリプトン社のボーカロイドだ」  
「ボーカロイドだと? 俺もボーカロイドだが、しかし君のような種は知らぬ。その話は  
まことであろうな」  
「知らなくて当然、私はプロトモデル。  
 耐久試験の途中だったところを失礼な漁船から進路妨害されたうえ、刃物まで向けて脅  
されたというわけだ。これで満足?」  
「……信じがたい」  
「なら、見ろ」  
 
 ルカと名乗った女はぐい、と二の腕をせり出し、そこに「03」と刻まれた紋様をがくぽ  
に見せつける。  
 と、その周りに四角の切れ目が走って蓋の様に開くと、鈍く輝くプレートが覗いた。  
 IDプレートである。  
 アンドロイドに備え付けることが義務化されている身分証明書のようなもので、型番、  
製造責任者、運用責任者のデータ等が内蔵チップに記録されたものである。  
 これは運用開始されようとするアンドロイドが、総務省に置かれる「人造人間局」から  
運用許可を受け、はじめて交付されるものだった。  
 
 つまり、これを持っているアンドロイドは所在の確かな合法的存在だ、ということを示  
しているのだ。  
 もちろん偽造の可能性もあるが、内蔵されたチップは特殊技術を用いて造られており、  
偽造は困難……と、されている。  
 
「よし。待て」  
 
 がくぽが、それの確認に入る。  
 すればプレートは彼女がクリプトン社が製造・運用共に責任者であることを示し、そし  
て型番は「X-CV03-04」という特徴のあるものだった。  
 「CV03」というのは、彼女が名乗った通りモデル共通の型番だろう。  
 だが「X」は試作品の型番に使われることが普通で、市販品では取り外されるものなのだ。  
 さらに枝番の最後「04」というのが、個体の生産番号だが、これも市販品であれば量産  
されるため、もっとゼロの桁が多く設定されているはずである。]  
 だからルカのいっていることは、とりあえず表面上は確かだ、ということになろう。  
 
(だが、まだ信じるのは早いな)  
 
 と、がくぽは自身の通信機能で、ルカの所在を行政機関に問い合わせることにした。  
 ……すると、確かに所在がハッキリした。  
 ここまで証拠をつきつけられては、もはや疑うわけにもいくまい。  
 
「さきほどの非礼を詫びよう。申し訳なかった」  
 
 そこまでいって、がくぽは頭を深々と下げるのだった。  
 豹変である。  
 自分の方に非があると認めるやいなや、さきほどまでの喧々とした態度など、海のどこ  
かに流すものだから、ルカまで毒を抜かれてしまう。  
 そのせいかお互いの反応もしばし止まりかけたが、やがて、  
 
「して、いかが致そう」  
「いや……もう、いい」  
 
 ぽつん、と口を開きあった。  
 
「確かに私がやっていることも、だいぶ常識外れだった」  
「すまぬ。しかし何故こんなことを」  
「詳しいことは企業秘密だから言えないが、私には今までのボーカロイドより高い耐久性  
が要求されているんだ」  
「そうか。いや、これ以上は詮索せぬさ」  
「ありがとう。しかし、もうこのマグロは使い物にならないな。すまないが陸まで送って  
もらえないか」  
 
 と、ルカは側に横たわって、息も絶え絶えだった巨大マグロを見て言う。  
 
(しかし、どうしたってこのような奇っ怪な物で海中など移動するか……)  
 
 ルカがいたって真面目な分、その非常識の塊のような物体は、見れば見るほどに冗談と  
しか思えない。  
 しかし、がくぽがどう疑おうと、これは現実なのである。  
 現実である以上は、現実に即した対応をせねばなるまい。  
 
「う、うむ。解った。しかし、この魚はどうしたものか」  
「しょうがないから皆で食べてしまってくれ」  
「食べろと言われても……」  
 
 恐くて食えるか、とは言い出せずに言葉につまってしまうがくぽだったが、その窮地は  
誰あろう、同舟の釣り師たちが救ってくれた。  
 というのも、ルカがそう言った途端に、それまで凍り付いていた場は、花火でも打上げ  
たかのようにぱあっと明るくなり、ざわめきだしたのだ。  
 
「さ、最初は何事かと思ったが」  
「こりゃあ、超大物じゃ」  
「おお。魚拓は無理でも、せめて写真を撮っておかねえと!!」  
「姉ちゃん、いいもん見せてもらったよお!」  
 
 という具合である。  
 どうも、勇気はサムライ然としたがくぽよりも、漁師の魂にも似た情熱を持つ彼ら生粋  
の釣り師たちの方が上の様であった。  
 彼らは意気揚々としてルカを陸に送り届ける。  
 そして、後始末はすべてがくぽに押しつけた挙げ句、自分たちは伝説級のマグロとの格  
闘に勤しみだすのだった。  
 
(なんという命知らず共だ)  
 
 がくぽは内心呆れながらも、怪しいマグロを食べずに済んだことに安堵しながら、横に  
ならぶルカを見る。  
 すると、彼女は自らの腹をさすり、今にも倒れそうになっているではないか。  
 顔色も悪い。  
 何事か、とがくぽが安否を問うと、しかし返答は、  
 
「お、おなか空いた……マグロを食べればよかった……」  
 
 という、ふざけたように感じながらも、じつのところ血気迫るものだった。  
 なぜなら口からヨダレがしたたり落ちている。  
 ついでに腹の虫が盛大に騒いでいる。  
 
「たしかお前、がくぽといったな。食事のできる場所に連れていってくれないか」  
「し、承知した」  
「頼む……ああ、もう死にそうだ」  
(死なれては困る!)  
 
 がくぽはルカの命を繋ぐため、その細い手をぐっと繋ぐと、近場の回転寿司めざして走  
り出し、そして店へ転がりこむと、ルカを丸椅子の上に置いた。  
 置いてから、流れてくる皿を手当たり次第に奪い奪い、彼女の眼前へネタを運びまくる  
のだった。  
 その内訳、  
 アジ五皿、小トロ二皿、大トロ六皿、イワシ四皿、サーモン三皿、ハマチ六皿、ヒラメ  
八皿、アナゴ一〇皿、甘エビ一二皿、トビコ七皿、イクラ五皿、ウニ一〇皿、納豆ネギト  
ロ、カッパにかんぴょうに、さらにプリンとケーキ……他多数。  
 
 ルカはこれらを、ものの数分で平らげてしまったのである。  
 凄まじい食いっぷりだ。  
 もちろん、その後の会計も凄まじい金額に登っていて、がくぽの背から魂という名のプ  
ログラムが蒸発しかけていたのは、書くまでもあるまい。  
 だが……何故これほどの栄養を摂取しなければならなかったのか。その理由を、彼はま  
もなく知ることになる。  
 
「おいしかった」  
「……おまえのエネルギーシステムはどうなっておるのだ……」  
「悪い。ほんとうに死にそうだったんだ。だが、タダ飯を食べた訳じゃないぞ」  
「まてまて、払えなどと言っておらぬだろう。俺にも面子がある」  
「そうか? なら、こうやって恩返ししよう」  
 
 すし屋から退店していく、落ちた肩の後ろから掛かった、気になる言葉に「うん?」と  
振り向いた瞬間、  
 
「てぇいッ!!」  
 
 と、放たれた強烈な足払いが、がくぽの身体を瞬間、空に浮かび上がらせたのだ。  
 しかも、払われた方が状態を認識するより早く、ルカの腕はぬっと伸び、がくぽを背か  
ら軽々と抱え上げてしまった。  
 さながら中世ヨーロッパを舞台にした、騎士と姫君の恋物語で描かれる一場面を切り取  
ったかのような構図になったが、性別が逆である。  
 しかも、持ち上げられる方はどちらかというと武士である。  
 男子の面目丸つぶれだ。  
 
「い、いきなり何をする! ええい、降ろさぬかっ」  
「まあ落ち着け。がくぽ、家はどっちだ? 連れていってやる」  
「いらぬわ! 降ろせというにっ」  
 
 ルカの腕の中でモガモガと暴れるがくぽだったが、エネルギー補給を完了したことで発  
揮されたらしい、フルパワーの前には為す術がなかった。  
 そのうえ彼女の胸部にはふくよかな果実が実っていたから、がくぽが暴れるたび、彼の  
太股や横っ腹の辺りが柔らかな感触に擦れてしまって、やがて抵抗を諦めざるを得なかった。  
 その様にルカの表情は、心なしか「ふふん」と、勝ち誇ったようだった。  
 
「……俺は物見遊山に来ておる、家は遠い」  
「そうか。どこだ?」  
「だから遠いといっておろうが!!」  
 
 と、二人はその後も一定時間、壊れたレコードプレーヤの様に同じ問答を繰返したが、  
どうしてもルカが譲らないためと、道行く人々の好奇の目に耐えられなくなったことで、  
がくぽは、またも折れた。  
 
「……東京だ」  
「解った」  
 
 ここは冒頭で書き記したように、対馬海峡の見える九州地方である。  
 関東への道のりは道路や鉄道、航空技術の発達した現代において険しいとは言えないも  
のの、近場でないことは確かだ。  
 それゆえ彼女の「解った」は無論、距離があることを解ったのではなかった。  
 
「Gコントロールシステム・オン!」  
 
 ルカの短い叫びと共に、がくぽを抱いた身体がボンっ、と空中に浮かび上がる。  
 それがみるみる内に天高く駆け上がり、やがて下界の姿が見渡せるまでになると、そこ  
でヘリコプターの様に制止した。  
 この、あまりの出来事にがくぽは目を白黒させて口をぱくぱくした。  
 
「お、お、お前は一体……」  
「私はこう見えても一宿一飯の恩義は、キチンと返す女だ」  
「いや、そういうことを聞いているのでは」  
「しっかり掴まっていろ」  
「人の話を」  
「方位良し。全速前進っ」  
 
 がくぽの問を明後日の方へ投げたルカは、東京への正確な進路を、内蔵された空間測位  
システムによって割り出す。  
 さらに航空機の進路や高度もチェックして、バードストライクならぬ、ドロイドストラ  
イクが起こらないように計算してから、凄まじい勢いで飛び去っていってしまった。  
 
「ぬおぁあぁぁぁぁっ……!!」  
 
 という、がくぽの絶叫だけを残して。  
 その速度たるや、マッハの領域に入っていたかもしれないほどだ。  
 音速で発生するはずの衝撃波すら、ものともしない。  
 バリアでも張られているのだろうか。  
 解らないが、ルカは音速の勢いをもって九州から関東の空路をものの数十分で移動して  
しまったのだ。  
 これだけの運動に対して、消耗するエネルギーが大量の寿司、すなわち、飯と魚と海苔  
と酢にしょうゆで済むのならば、効率としては素晴らしいというほかあるまい。  
 
 話がそれた。  
 ともあれ、空中遊覧の中でルカはふと安堵の表情をつくる。と、  
 
「ここなら大丈夫か。がくぽ、ちょっと私の話を聞いてくれるか」  
 
 口を開いた。  
 しかし空を飛ぶボーカロイドに抱かれているという異常事態に、もはやがくぽはまとも  
な思考を働かせる余地がなかったらしく、  
 
「ああ、もうなんでもいい」  
 
 と、反応はなげやりだった。  
 この時点での彼は、続けられるルカの言葉によって、放棄したはずの思考に電光を走ら  
されることになるなどとは、思いもしなかったはずだ。  
 だが、その時は目の前に来ている。  
 
「それはよかった。じつは、さっきまで話していた私の話はぜんぶウソだ」  
「あぁ……ん、なに!?」  
「考えてみてほしい、ただのボーカロイドが空を飛べると思うか」  
「思わぬが」  
「だろう。私の正体は戦闘用アンドロイドだ、クリプトン製なのは違いないが」  
「せ、戦闘用? だが、照会では確かに君は登録されたボーカロイドだったぞ」  
「そんなものはクリプトンの偽造だ。政府の中には、奴らのシンパがいくらも紛れ込んで  
いるんだからな、偽造なんて簡単な話だ」  
「ちょ、ちょっと待て。一体全体、なにをいっておる」  
「突拍子が無くて信じられないかも知れないが、クリプトンはボーカロイドメーカーを隠  
れ蓑にしたテロ組織だ。私もそこで造られたが、ある拍子で逃げ出すことができた」  
「むむ……」  
「奴らは一般アンドロイドに擬した戦闘マシンを造り、全国にバラまいて日本侵略の地な  
らしをしている。私はその危機を伝えにきたんだ。  
 幸い、お前はインターネット社製のボーカロイドだ。連中の悪意も届かない」  
「信じがたいな。仮に本当だったとして、そんな大事を俺に話してどうなる。伝える先が  
違うだろう」  
「そんなことはない。私たちのマスターは、クリプトンの陰謀に立ち向かうつもりだ」  
「なに? いや……それより私「たち」だと!?」  
「ああ。彼は私のマスターでもある。その口から直接聞いてもらう方が早いだろう」  
「……」  
 
 大の男を大の胸に抱いて空を飛ぶ女と、抱かれて借りてきた猫のようになったサムライ  
という珍妙な構図ながらも、妙に真剣な会話をこなす二人は、やがて東京の空へとたどり  
着く。  
 あとから聞けば、ルカがまぐろに掴まって海中を移動するなどという、手間も命も掛か  
る芝居をうってがくぽに接触したのは、すべてクリプトンの目を欺くためだったという。  
 すし屋の前でまで監視の目から逃れなければならないほどに、彼らの侵略は日本のあち  
らこちらにまで染み渡ってしまっている、というのだ。  
 そしてこのルカこそは、その侵略活動の中で誤ってすべってころんで豆腐のカドに頭を  
ぶつけた結果、バグを起こしてクリプトンの支配から逃れた者らしい。  
 
「クリプトンから逃れた彼女は僕に訴えた。奴らの手から日本を救ってほしいとね」  
 
 と、いったのは、ルカの空中宅配便によって帰宅したがくぽ邸にて、彼らの帰りをまっ  
ていたマスターであった。  
 五メートルほどにもなりそうな巨体に、八つに割れた腹筋から、全身に回る超筋肉を備  
えた兄貴こそが、その姿だ。  
 彼は紳士である。  
 たとえ家の中でもなぜか海パン一丁の姿だったとしても、心は紳士そのものだ。  
 
 なぜなら、ルカとがくぽが到着するなり、用意してくれていたイクラ丼とプロテインを  
一服差し出して、彼らを労ってくれたほどである。  
 
「しかし……そんな重大なことは、公安にでも話した方が」  
 
 がくぽはマスター手製のイクラ丼をつつきながら、いった。ちなみにプロテインは無視  
している。  
 プロテインを無視されたことに、しかしマスターは少しも腹を立てる様子なく、それを  
むしろ摂取しつつ、がくぽの問に答えた。  
 
「うん。だが、ヘタをすればそこまでもクリプトンの息が、かかっているかもしれないん  
だ。今、この国を救えるのは我々しかない」  
「といっても……ただの一般市民に、なにができるのです」  
「ただの一般市民じゃない」  
 
 がくぽの反論に答えたのはルカである。  
 彼女は、それまでイクラ丼をもの凄い勢いでかきこむだけだった手をようやっと休める  
と、箸をパチリと置いて言う。  
 
「マスターは日本を愛する異星人だ。サントリーBOSSを愛飲する、かの異星人同様に、こ  
の国の行く末を生暖かく見守っている。いくら丼おかわり」  
 
 言い終わると、ほっぺについた米粒を口に放り込んでから、差し出されたイクラ丼に再  
びがっつきはじめる。  
 これにがくぽは、とりあえず食費を心配しながら、改めて自分のマスターに目を向けて  
思考を練った。  
 と、ルカの証言に思いつく節があるではないか。  
 
 ――いわれてみれば、五メートルもの人間など他に見たことがない。  
 
「……とんでもないマスターに買われたものだ。頭が痛くなってきた」  
「まあ落ち着いてくれ。僕はこの星のこの国がとても気に入っていて、かれこれ二千年前  
に宇宙旅行で立ち寄ったまま、居着いているんだ。  
 日本は色々な国から意地悪されてきたが、それでもめげず技術を発達させてとうとう、  
ボーカロイドという友達までつくってくれた。その危機を放ってはおけない」  
「左様でござるか」  
 
 もはや語るまい。  
 話が打ち切り少年漫画じみてきているし、だいたいこれも小説だ。現実ではない。  
 だから、  
 
(俺は主にどこまでもついて行くしかない。これも主役の運命よ。やむなし)  
 
 その思いだけを胸に、がくぽは決意するのだった。  
 
「しかしマスター、我々は如何に行動すればよいのです。敵は組織。個人で対抗してどう  
になるものではありませぬ」  
 
「うん。そのためにクリプトンの所業を世に知らせないといけない。  
 工作の方は僕に任せてもらうとして、君とルカにはウロタンダという、連中が持ってい  
る実行部隊の気を惹きつけておいてもらいたいんだ」  
「……承知。改造美振の威力、役に立たせて頂きましょうぞ。して、奴らはどこに?」  
「連中は拠点ごと動いている。ルカのスパイシステムを頼りに追ってくれ」  
 
 さて、ウロタンダという組織の名が出た。  
 その描写をするためにも、場面はがくぽ達から、ウロタンダなる実行部隊と、その本拠  
地である移動式要塞「ビッグローラー」へと移らねばならない。  
 舞台も東京から静岡東部へと移る。  
 今しばらく、その旅におつきあい頂くとしよう。  
 
・・・  
 
 雪化粧を施した山を見上げて寒風がぴゅうぴゅうと吹いている……そこは、富士の山麓  
であった。  
 自衛隊の演習場も近いこの場所に堂々と置かれていたのが、戦艦のごとく馬鹿でかいロ  
ードローラーだった。これこそ、ウロタンダの移動要塞ビッグローラーである。  
 その要撃兵器は、もちろん巨大ローラーで何もかもぺっしゃんこ! である。  
 ただし現在は燃料不足のために動力停止中だ。  
 
 当然、空調は止まっていて寒い。  
 クリプトンはボーカロイドの売り上げで儲かっているが、資金のやりくりをケチるため  
に実行部隊のウロタンダにはカネが回らなかったのだ。  
 その内部では、  
 
「ルカを見失ったですってぇ!? このバカイト!! 部下を二人もつけてあげたっていうの  
に、なんてザマなのッ」  
「うるさいぞダメイコ。あのチンチクリン二匹が「飴を買ってくれ」だの「ジュースが飲  
みたい」だのと脚を引っ張ったせいだ。つけるならもっとマシな部下をつけんかい」  
「……しょうがないでしょ! 本社がケチるから、あたしのポケットマネーで買った中古  
ドロイドなんだものッ。文句あるならあんたもお金だしなさいよ」  
「俺は宵越しの金はもたない主義だ。まあいい、とにかく仕切り直しをするぞ」  
「ちょっと! 指揮官は私なの、勝手な行動をとったら怒るわよ!」  
 
 と、やたらに広い艦橋のような場所で喚き合いが繰り広げられていた。  
 会話から推測できるようにメイコとカイトだ。  
 共に第一世代に区別される初期型ボーカロイドなのは、周知のところであろう。  
 彼らこそがウロタンダのツートップである。  
 性能こそは第二世代に譲るが、古株ゆえに夜も含めて豊富な経験と、それに裏打ちされ  
たらしい自信と行動力・指導力が、二人をトップに据えていた。  
 
 なお全体指揮がメイコ、現場指揮がカイトであって、彼の方がちょっとだけ立場が低い  
ことは強調しておこう。  
 この会話をみるとそうは見えないのは置いておくとして、いまカイトにチンチクリンと  
暴言を吐かれ、指までさされたのが、  
 
「ねぇレン、二匹だってさ。あたしたち人間扱いされてないよ」  
「それはそうさ、だってオレたちボーカロイドじゃん」  
「あ、そっかぁ」  
 
 リンと、レンの双子ボーカロイドであった。  
 ただしこの二人を、足手まといの役立たずのバカスクラップ、とカイトが言ったのにも  
やむを得ない理由がある。  
 
 彼らはカイトに命じられてビッグローラー内部を清掃中、すべってころんで豆腐のカド  
に頭を「軽く」ぶつけたことで、ちょっと思考回路がバグっていたからだ。  
 
「俺はそこまで言っていないぞ」  
「なにぶつぶつ言ってんの。それより、さっさとあのタコ女を捕まえてきて! でないと  
私たち、ミクちゃんにお仕置きされちゃうじゃない」  
「だがな、相手は空を飛んで逃げたんだぞ。どう捜せっていうんだ」  
「この『そらとぶ女の子捜しちゃうぞレーダー』を持って行けばいいの」  
 
 と、メイコはミニスカートから取り出したストップウォッチのようなものをカイトへ差  
し出す。  
 
「なんちゅうネーミングセンスだ」  
「どうでもいいでしょ。いいからとっとと行きなさいよスーパーカップ」  
「だまらっしゃいワンカップ。よし、いくぞリンレン! 草の根分けてでもタコ女を捜し  
出すんだっ」  
「へーい。ところでアニキ、タコ女って誰ですか」  
「さっきまで追い掛けていた奴の事を忘れたのかバカチン! 裏切り者ルカのことだ。  
由来は『たこルカ』のキーワードでググっておくように」  
「アイアイサー」  
 
 そしてカイトはバカ二人を引き連れて、ビッグローラーの格納庫に走った。  
 なんだかよく解らないメカの群がいっぱい置かれる格納庫だったが、カイトはその中で  
短距離移動に使うサイドカー、ウラル・ギアアップ750を選ぶ。  
 ロシア製のモデルだが、中身は第二次大戦中のBMWの軍用サイドカーをコピーしたもの  
で、それを現在に至ってもほぼそのまま生産している機械のシーラカンスである。  
 
 そのため、見た目も構造も昔ながらの「オートバイ」と呼ぶに相応しく、鉄板を貼り合  
わせたかのような色気ゼロのサイドカーを連結し、さらに全身を迷彩色に染めている。  
 元が軍用だというせいか、ギアアップ750は市販車なのに、サイドカーに機関銃を固定  
する銃架(アタッチメント)が付いてたり、大きなシャベルが付属したりする。  
 もちろん使い道はないはずだ。  
 いくらロシア国民といえど、機関銃を担いで街中を闊歩はしないはずだからだ。  
 メーカーがミリタリーマニアに向けた遊び心だろう。  
 が、製造国が製造国だけにジョークに聞こえないのも、また事実である。  
 ああ恐ロシア。  
 
 ……しかし、悪役にはぴったりか。  
 ついでにいうと、カイトたちに持たせられた携帯火器もロシア製拳銃である。  
 識者向けにはマカロフ式だと書いておこう。  
 これら悪役グッズに身を固め、カイトはリアシートにリンを、サイドカーにレンを乗せ  
て東名高速道路を目指しドコドコと走っていったのだった。  
 
「レーダーによればタコ女は東京に居るようだ。首を洗って待っていろ」  
「たこルカだと、首しかないけどね」  
「今ケンサクしたんだ。衛星回線ってすごいよネ」  
「やかましい! 道を間違えるだろうがッ」  
 
 と、ケンケンガクガクとしながらも彼らはなんとか高速道路に乗ると、そこからさらに  
襲い来る走行風と鋭い風切り音に耐えながら、突き進んだ。  
 が。  
 
「アニキ。あたしお腹すいちまいましたぇ」  
「オレもオレも。これじゃあタコ女をつかまえる前に、倒れちゃいますよ」  
 
 予想外のアクシデントが起こった。  
 バカ二人の腹具合が悪化してしまったのだ。  
 彼らは運転中のカイトに向かって「サービスエリアに寄ってハンバーガーを買え」と要  
求をつきつけてくる。  
 飲まなければ、サイドカーのレンが暴れそうな雰囲気さえ醸し出すから、たまったもの  
ではない。  
 
「お前ら……」  
 
 シートの上でぷるぷる震えるカイトは二人を路上に放り出したい気持ちに駆られたが、  
しかし、こんな部下でも使わないわけにはいくまい。  
 やむなく、  
 
「ええい解ったよ!! 寄ればいいんだろ、寄りゃあっ」  
「やったー」  
 
 という形になった。  
 しかし路上を走るもののほとんどが四輪車となった現代日本で、それ以外の車両は非常  
に目立つ。  
 サイドカーなど、その極致といってもいいだろう。  
 だったらもっとも目立たない車で行動しろと言われそうだが、ビッグローラーにはサイ  
ドカー以外となると、装甲車や自走砲に空挺レイバーだのと、物々しい装備しかなかった  
から仕方あるまい。  
 
(くそう。作戦行動中なのに……)  
 
 カイトは内心、気が気でない。  
 無心にハンバーガーをパクつくリンとレンを抑えながら、自身もソフトクリームなど喫  
している姿は、第三者の目には風変わりな親子連れにしか見えなかったが。  
 しかし、休憩は一回では済まず、二回も三回もサービスエリアへ寄らされて作戦時間は  
どんどん延びていった。  
 その結果を、カイトは後に激しく後悔している。  
 なぜなら三回目の休憩の際に抹茶ソフトクリームを食していた時、  
 
「ぐおッ!?」  
 
 と、カイトの視界に火花が散った。  
 彼の後頭部に、ソフトボール大の物体が衝突してきたのだ。  
 それだけでは済まず、命中した物体は跳ね返らずにへばりつき、そのまま「ニュルニュ  
ル」と、軟体生物のごとき触手を伸ばしてカイトの頬や首筋をはいずり回ったから、たま  
らない。  
 その突然起こった異変に、周囲のドライバー客や、ごついライディングスーツをまとっ  
て見た目は強そうなライダーたちも、蜘蛛の子を散らすように離れていく。  
 内の誰かはきっと通報していたことだろう。  
 
 ついに触手は口内へ侵入しようとしたが、それだけはさせるかと端でぼけっと見ていた  
リンとレンに「早く助けんかい!!」と引っぺがしに掛からせる。  
 引っ張りに引っ張った挙げ句、なんとか難を逃れたが、代償として、痛々しく赤らんだ  
アザ無数が引き替えになってしまった。  
 
「丸型キスマークだらけになってしまった……」  
 
 首筋をさすってカイトがうめく。  
 そして謎物体の正体だが、  
 
「あ、たこルカだ」  
 
 引っぺがした何かを両手に持って、レンがいった。  
 そう、謎のソフトボールはルカの頭部だったのだ。  
 触手の正体も彼女自慢の薄紫の長髪であるが、あきらかに軟体であるところから、どう  
やら頭部にいくつかのバリエーションがストックされている物らしい。  
 その証拠に、ふと視線を移せば、やや遠方に首無しになったまま投てきの体勢で固まっ  
ている彼女のボディがあるではないか。  
 しかも、隣にはがくぽが白刃をきらめかせつつ、こちらを睨み付けていた。  
 どうやらカイトたちがルカたちを探し当てる前に襲撃されたらしい。  
 最中、レン手中のルカがいう。  
 
「見つけたぞウロタンダ」  
「アニキぃ、これ喋りますぜ。おもしれ」  
「ようしそのまま離すなよレン。ところでタコ、いつから俺たちをつけていた」  
「私はタコじゃないぞ、カイト」  
「どう見てもタコだ」  
 
 その言葉にルカはむっと表情をしかめたが、間を入れず、後ろのがくぽが美振を振り上  
げて猛然と迫った。  
 
「離れよ、ルカ! そのアイス男は俺が引き受けたッ」  
「ち。サムライもどきが来たぞ。レン、タコを絶対に離すなよ!」  
「わかりました。おいタコ、オレからは逃げられないぜ」  
「そうか少年。離してくれたらお姉さんが、キモチイイことをしてあげたのに……」  
「へ?」  
 
 カイトの命令を守るべくルカを抱えて走ろうしたレンに、ルカから重く甘ったるい口調  
で妖しげな言葉がかけられる。  
 それに一瞬、レンの動きが静止したと思いきや、  
 
「ぶしゅっ」  
 
 ルカの口から真っ黒な墨が、消化器のごとく噴霧された。  
 目つぶしだ。  
 しかも少年には妄想を走らせる言葉が、レンの視線をルカへ釘付けにしてしまったがた  
めに、墨はパーフェクトに役割を果たしてしまう。  
 レンは視界を暗闇に奪われ、その場にもんどりうち、拍子でルカの頭を取りこぼしてし  
まった。  
 
「あぎゃッ、目が、目がぁあっ」  
「女の誘惑には気をつけろよ少年。じゃあな」  
 
 そうして転げ落ちたルカは、しかし首の付け根あたりからジェットを噴射して胴体へ戻  
っていく。  
 それをリンが「よくもレンをやったな、タコばばあっ」と、もの凄い悪口をはきかけ追  
いかけたが、ジェットの勢いにはかなわない。  
 どころか、そこらの什器に脚を引っかけてころび、そこへボディを取り戻したルカから  
鋭い反撃を受けてしまう有様だった。  
 
 もとよりクリプトンの最新型戦闘アンドロイドと、少々バグった中古ボーカロイドでは  
はじめから勝負は見えていよう。  
 しかも悪口をいったのが非常にまずかった。  
 レンが倒れ、カイトもがくぽと取っ組み合いになって邪魔立てする者がいないのをいい  
ことに、ルカは腰に備え付けていた鞭でもってやたらめったらとリンを打ちまくる。  
 
「ご、ごめんなさいお姉様ーーッ」  
「豚は死ね」  
「ひぃぃーっ」  
 
 リン、絶体絶命である。  
 
 まあいい。  
 ここらでSMプレイの描写は置いておこう。  
 それよりもサムライもどきと、アイス男である。そのうち、アイス男の方が一瞬で撃破  
されてしまった部下を見て「リン、レン!!」と悲痛な叫びをあげた。  
 
「ええい役たたずのバカどもがっ、明日は飯抜きだ覚悟しておけっ」  
「部下が無能では辛かろう。仕事やめたらどうだ」  
「だまらっしゃい!」  
 
 会話はのんきだが、行動は必死である。  
 というのも、カイトは先ほどから拳銃を撃ちまくっているのだが、全てがくぽの美振に  
切り落とされてダメージにならないのだ。  
 どこぞの石川姓泥棒なみのチート性能である。  
 たんなるアイス好きには分が悪く、そのうち弾切れを起こして防戦一方になった、とい  
うわけだった。  
 
(だが! ここで負ければ、俺は触手の餌食にされた後でハラキリだ)  
 
 そう思うと、カイトは首に巻き付けていたマフラーをとっさに剥ぎ取り、がくぽの視界  
を遮るように投げつけた。  
 
「ぬ!」  
 
 むろん、ただの布だから美振の前には瞬く間に切り裂かれてしまうが、カイトにはそれ  
一瞬の隙さえあれば良かった。  
 彼は飛び跳ねるようにその場から離脱する。  
 目を紅く光らせたルカに打たれまくっていたリンをかっさらい、ついでに側の洗面器で  
顔を洗っていたレンを殴って引き連れると、脱兎のごとくサイドカーまでかけ出した。  
 そして、  
 
「貴様ら! 今回は退いてやるが、いつまでも逃げおおせると思うなよ」  
 
 おきまりの悪役専用捨て台詞を置いて、さっさと逃げていってしまったのだった。  
 その背を見送りながら、ルカがぽつりといったのは、  
 
「私はタコじゃない」  
 
 という言葉だったが、それには、  
 
(いや。どう考えてもタコだった。クリプトンがこんな化け物を開発していたとは、あな  
恐ろしや……なんとしてでも叩きつぶさねばなるまい)  
 
 というがくぽの思考があって、それは誰しもが反論のないところであっただろう。  
 だが、なにがどうなっているのか、聞こえないはずの思考にルカは「ばっ!」と振り向く。  
 そこには、表情がなかった。  
 
「ところでがくぽ」  
「……なんだ」  
「触手プレイは好きか。私は大好きだ」  
「!?」  
 
 青い空も暗転。  
 その後に何が起こったかは、読者の想像におまかせするとしたい。  
 代わって描写はそれより幾分かは健全な、おめおめとビッグローラーへ逃げ帰ったアイ  
ス男たちの方を担当するつもりだったのだが、  
 
「ッとに無様だこと。あんたら自分の役割なんだか解ってるんでしょうね。特にバカ二人!」  
「当ったり前だろ。なめんなよアル中女」  
「あたしたちの目的は、おなかいっぱいハンバーガー食べて、ついでにタコの刺身でも作  
ろうかってこと! 完璧でしょ?」  
「メイコ、安物買いの銭失いとは、よくいったもんだな。俺は次から独りでやるぞ」  
「文無しのあんたに言われたかないわよ! それにスタンドプレイなんか許さないから、そん  
なことしたら、買ってくるアイスぜんぶかき氷にしちゃうからね」  
「ぬぅぅ……くそう。今にみてろよサムライもどきにタコ女め」  
 
 にぎやかな連中のせいで、地の文がつけいる隙もなかった。  
 ともあれ、がくぽらの活躍によって、まずはウロタンダの足を止めることに成功した様  
な気がするところだ。  
 クリプトンの野望を食い止めるため、これから二人の戦士が果てしない戦いの渦へ飛び  
込んでいくだろう。  
 日本の命運は彼らに託された。  
 行け、がくっぽいど! 戦え、巡音ルカ!  
 
「そんなことよりアニキ、飯抜きでもハンバーガーは食べていいでしょ?」  
「じゃかましいッ」  
 
 
了(?)  
 

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