音大に落ちた。  
 まぁ大して期待して居なかったとは言え、ピアノの個人授業やら予備校やらバイトやら  
に駆けずり回った日々がもう一年延長されるかと思うと、俺の足腰はイノキに狙い打たれ  
たアリの左足の様にズシリと重くなるのだった。  
 こういう鬱屈した日々を吹き飛ばすにはパチスロに限る。玉と釘目の折り合いと出玉率、  
ドラムの並びと過去の大当たり率。鬱屈した頭から、金を払った放心で鬱を払うのだ。後  
に残るのはパチンコ屋に屈して帰る俺だけ。今うまいこといったな。  
 そんなこんなで、ケツポケットに薄汚れた革財布をつっこんで、パチンコ屋に突込んで、  
台に樋口女史をつっこもうとした矢先──  
 
「よお。サトー」  
 
 不意に背後からかけられた声。  
 振り向いて見れば、そこには予備校の同輩、高橋の姿があった。  
 
「おう、高橋じゃん。久しぶりだな」  
「だな。二か月ぶりくらいか。お前、予備校の祝賀会出なかったから」  
「ああ……」  
 
 思わずトーンが尻窄んでしまった。なにせ落ちたんだから祝賀会など出られるわけがな  
い。何を祝賀すればいいのか。  
 
「ははは、その顔は落ちたんだな?で、やさぐれてパチンコか。如何にもサトーらしいぜ」  
「ウルセーな!お前こそどうなんだよ!」  
「受かったよ。法政、上智、慶応、中央」  
「ま、MARCHだと……? 俺、帰る……帰って勉強する……」  
「ああ、そうしろそうしろ。パチンコは俺がやっといてやるから。なはは」  
 
 かつての同胞は、仲間を差し置いて今だ勝ち組コース邁進中だった。  
 パチンコ屋で安寧を買い損ねた俺は、通り一辺をブラリ素浪人の旅。楽器屋を冷かしに  
入ったり、BOOKOFFで立ち読みしたり、マック入って女子高生の太股に見とれてみ  
たり、BOOKOFFで立ち読みしたり。……暇だ。  
 BOOKOFFでブラブラしていて、ふと手に取ったPC雑誌に興味を惹かれた。  
 
《DTMマガジン2007・11月号》  
 
 ほほう、音楽関係か。俺にぴったりじゃないですか。ていうか表紙の女子のフトモモが  
良い。パラパラと読んで見る。  
 何々?『初音ミクがあなたの曲を歌ってくれる』とな?誰だ初音ミクって?ああ、この  
モモフトのちゃんねー(太股のねーちゃん)か。  
 ま、とにかく。  
 それを買ったまでは良いんだが、そこからがSFだった。少し不思議のほう。  
 アパートに帰り着いた俺は表紙のキャラクターの生っ白い脚をねめつけながらPCにデ  
ィスクを容れた。なんか10日間だけ使える体験版が入ってるらしい。  
 キュイーンカリカリカリ、とディスクを読み込む音。  
 ディスクを開き、『インストールしますか?』と書かれたウインドウの『はい』をクリ  
ック。いたって普通にインストールの準備が済み、読み込み率がパーセントで表示される。  
 パーセントが上がるにつれて、“PCのディスプレイから光のつぶが溢れ”、どっと部  
屋の中に流れ出したかと思うと、その光の奔流は“女の子になった”。俺んちのPCにこ  
んな機能があったとは。  
 女の子はパチっと目を開け、二三度まばたき。ちょっと吊り上がった輪郭の目に浮かぶ  
碧い瞳が俺を捉えた。  
 
「御買い上げあざーっス!アタシ初音ミクって者……むしろ物?ま、これから10日間ヨロ  
シクお願いしまっス!」  
 
 初音ミクは威勢良く挨拶して来た。と同時に手を差し出して握手を要求。  
 俺はわけが分からないまま握手され、その間じゅう初音ミクの手の暖かさと受験ノイロ  
ーゼによる幻覚の可能性を天秤にかけ、リアルと妄想の境界を探していた。  
 今の俺に理解できたのは、初音ミクの手の甲にうっすらと透ける静脈の曲線が妙になま  
めかしいと言う事実だけだった。   
で、だ。  
 
「いや〜、マスターが若そうな人で良かったっスよマジで!さすがにオッさんオバサンだ  
と物覚え悪いじゃないスか?ね?それに演歌とかグループサウンズ?みたいなふっるいの  
歌わせられたらたまんないっつーか!あはははは!やっぱアレですよ、時代はナカタヤス  
タカとかですよね〜!」  
 
 依然絶賛パニック中の俺を光速の80パーセントくらいの速さで初音ミクは置いてけぼりに  
話をしている。なんだこのハイっぷりは。  
 
「マスターはなんてお名前なんスか?あ、それともマスターって呼ばれたいですか?そう  
呼ばれて所有欲とかセーフク欲満たされて感じちゃう感じっスか?イヤン、マスターのい  
じわるぅ、でもアタシ服従しちゃう!ネギでGネギでG!あ、ああん、そこ、そこが良い  
のぉ!」  
「……初音とやら、とりあえず落ち着け。ネギを置け、っつーかどっから持って来たんだ。  
股に挟んでカクカク動くな!」  
「え?まだマンPのGスポットにスリスリしてないっスよ?」  
「とにかく座れ!」  
 
 初音ミクをコタツに落ち着かせ、俺も少し落ち着いて対話を試みる。コタツでフトモモ  
が隠れてしまうのは惜しいが、フリーにしておくと何をするか分からないのでやむなし。  
果たしてこの珍獣じみた少女と意思の疎通は可能なのだろうか。  
 
「俺の名前は佐藤サトシ。人呼んでサトー。音大志望の絶讃浪人中だ」  
「なるほどぉ。カトーさんスかぁ」  
「サ・ト・ウ、だ」  
「ああ、シュガーマン加藤、スか……ふわぁ」  
「いや、サトーだってば」  
「ふみゅ……シャトウ、ちゃん……」  
 
 ……コタツで温まって寝そうになってやがる?!  
 
「待て!寝るな初音ミク!コーヒー淹れて来るから1分待て!飲んで、一通り話をしてか  
ら寝ろ!」  
「ふみゅう……シュガーマン……ボク、もう疲れたよ……むにゃ」  
「ああもう!起きてろってば!ルーベンスの名画とかねぇぞ俺んち!」  
 
 俺がネスカフェにお湯を注ぐまで、多分30秒ほどだっただろう。1Kアパートなめんな。  
おそらくコースレコードを叩き出したであろう速度でコーヒーを淹れて戻ると、初音ミク  
の息遣いが聞こえて来た。  
 
「くー……くー……うーん、もう貯められないよぉ…E缶……zzz」  
 
 寝てた。  
 しかも俺のベッドで。本腰いれて寝るつもりかっ。  
 
 コメカミに血流の集まりを感じたが、あえて初音ミクを起こさなかった。そうなのだ。  
この女の子は不法占拠者なのだ。浅間山荘の如く鉄球で突貫突破制圧されるべき、国家に  
歯向かうレジスタンスなのだ。  
 俺は携帯のボタンを、メール作成画面なら《ああわ》と表示されるように操作した。通  
常操作画面ならつまるところの110、ヒャクトーバンだばかやろー!ざまみろ!ウヒャ  
ラバー!  
 
「う〜ん……」  
 
 モゾリ、と。  
 俺は初音ミクの寝返りにちょっと飛び上がるほど驚いてしまった。  
 初音ミクのくるまった布団の下から、彼女の白い足が扇情的にはみ出していた。  
 ベッドに入る前に脱いだのだろうか、さっきまで履いてたニーソックスが無い。普段か  
らニーソックスを身に着けているらしく、足の爪先からフトモモの半ばまでが白磁のよう  
で、そこから上は淡いクリーム色。そこからずずずいっと目を滑らせれば、普段スカート  
に隠れているはずの部分が白磁になり、そしてずりあがったスカートが隠し切れなかった  
しましまのパンツが見えていて……。つい、俺は。  
 ──カシャ(携帯カメラのシャッター音)  
 撮ってしまった。  
 
「今撮ったっスよね?」  
 
 携帯のカメラをパンツからずらし、更に上へ。  
 初音ミクの悪戯っぽい笑みが桜より一足先に満開だった。  
 ──カシャ(携帯カメラのシャッター音)  
 可愛い美人局の待ち受けができた。  
 
 

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