「ドは髑髏のド」  
 2m近い巨体でソファに仰向けになってルコは歌う。白い手袋をはめた右手に、コーヒー納豆が入ったカップを持って。  
 ルカは呆れる。ここはルカとルカのマスターの家であって、ルコの家でない。  
「レは霊柩車のレ」  
 やれやれと目を閉じて、カップを取り上げる。にやりとルコが笑った。中身は空だった。  
「コーヒーお代わり?」  
「コーヒー納豆お代わり〜」  
 甘えた声。嫌な顔も笑顔もせずにルカは台所へ向かった。  
 
 本物のVOCALOIDCV03巡音ルカと、偽物のCV03で今は65なVOCA"R"OID欲音ルコ。  
 マスター同士に交流があって二人は知り合った。  
 はじめこそ真と偽という言葉を意識していたものの、今ではすっかり打ち解けている。  
 
「ミはミイラのミ、ファは墓場のファ」  
 座り直したルコはコーヒー納豆を受け取る。その隣へ、ルカが紅茶を手に腰掛けた。  
「ソは葬式のソ、ラはドラキュラのラ」  
「ルコ」  
「シは死人のシ」  
「ルコったら」  
「さあ、死〜に〜ま〜しょ〜う〜」  
 さっきからルコが口ずさむ歌はずいぶん歌詞がろくでもない。  
「私が知ってるドレミの歌と違うわ」  
「マスターが教えてくれたんだよ」  
 この前は楽しい雛祭りの歌が悲しいお葬式の歌になっていた。  
「今日さあ、マスターに追い出された」  
「またコーヒー納豆を飲ませようとしたの?」  
「違ーう。マスター結婚すんだって。家に彼女呼んでプロポーズするから邪魔だーってよ」  
「そう」  
「明日まで帰ってくるなって言われた。今晩はお楽しみだそうです」  
「そう」  
「つーか彼女ってルカのマスターなんだけど」  
 ルカは瞬きした。  
「マスターたち結婚するんだ」  
「多分。で、さ!」  
 ルコはルカに向き直る。  
「そうなったらルカのマスターと一緒に、ルカもおれの家で暮らすことになるだろ?」  
「そうね」たぶん。  
「おれとルカ一緒に住むことになるよね? そしたら、毎日朝も昼も夜も一緒にいられるよね!」  
「そうね」  
「だったら、おれとルカも結婚したみたいなもんだよね! 夫婦になるよね!」  
「そうね」  
 興奮気味に捲くし立てたルコは一息つく。  
「……ルカ、1+2は?」  
「3」  
 ルカは首を僅かに傾げる。  
「いや、なんとなく。気にすんな」  
 気にしないことにした。  
「でさ、ルカ。そうなる前にお願いがあるんだ」  
 コーヒー納豆をテーブルに起き、空いた両手でルカの肩を抱く。  
「ルカお願い! 今日泊めて! おれを一人前の男にして!」  
 ルコの男声での叫び。  
 ぽかんと口にしてしまいそうなくらい、ルカはぽかんとした。どこでそんな言葉を覚えたものか。  
 何も言えないでいるとルコが慌てる。  
「だ、駄目? 何が駄目?? 1割女なのが駄目?」  
「そうじゃないの。いきなりだったからびっくりしただけ」  
 肩に置かれた左手に指先で触れる。  
「でもいいの? あなたまだ12さ」  
「子供扱いすんな! そんなのキャラクターの設定だし! おれのがルカより先輩なんだぞ!」  
 頬をぷりぷりさせて怒る。仕種の幼さがかわいいとルカは思ったが言わずにおいた。  
 
「だいたい、まだとか言われても年取んねえしさ」  
「うん」  
「体は大人だしっ」  
「うん」  
「き、キスしていいっ!?」  
「うん」  
 脈絡を無視した要求に、ルカは目を閉じた。素直すぎてルコが驚く。  
 つい辺りに人がいないかきょろきょろする。ちなみに今この家にはルカとルコだけだ。  
 自分を待つ唇を赤青の目でじっと見下ろして、視線を辿りながらルカに口づけた。  
「ルカは」  
「うん」  
「どきどきしないの?」  
 泣きそうなくらい真っ赤な顔でルカに聞く。  
「してるよ」  
 ルコの口がヘの字に曲がる。  
「ルカは顔に出ないからわかんねえ」  
「そう?」  
 睫毛を伏せて少しだけ考えを巡らせ、ルカはルコの指先を口に含んで指の腹に舌を当てる。  
 ルコの背筋がぴんと伸びた。  
「……熱い」  
「そうでしょう? どきどきして、熱くなってるの。体の中はもっと熱いの」  
 ふと、ルカは紅茶をテーブルに置いてソファに正座する。  
「ルカ?」  
 居住まいを正して膝の前に手をつきルコを見上げる。  
 人間の真似だ。妻が夫にする挨拶。  
 こんなことをして人でないルカたちが結婚できる訳でもないが、  
「不束者ですがよろしくお願いします」  
 そう思いを込めて頭を下げた。  
 顔を上げるとルコはげらげら笑っていた。  
 
 締め切ったカーテン。ルカの部屋、ルカのベッド。  
 丁寧に服を脱いで畳むルカの肌が、薄日に仄かに白むのを二色の目でじっと見る。  
「ルコも脱いでくれなきゃ」  
 裸になったルカを、ネクタイすら解いていないルコが押し倒した。桜色の髪がベッドに零れて広がる。  
「ルカ、恥ずかしいの?」  
 ぱちりとルカの目が瞬く。  
「ええ」  
「本当に?」  
 よほど自分が無表情しているのかとルカは不安になる。  
 嬉しいやら恥ずかしいやら恐ろしいやら、内では感情が渦を巻いているのに。  
「胸触っていーい?」  
 返事を待たずにルコの手はルカの胸に置かれる。手袋は外していた。  
 ルカに馬乗りになって、直に柔らかさを手の平で撫でたり揉んだりする。  
 豊かな乳房の深い谷間目掛けて頭をダイブ、深呼吸。細い髪のくすぐったさにルカが揺れた。  
「柔らけ〜あったけ〜」  
「胸なんて、ルコにだってあるじゃない」  
「自分のは自分のさあ」  
 柔らかさに頬を寄せ、口を付ける。  
 仰向いてもたっぷり大きさを主張するルカの下乳を持ち上げて、先の乳首をべろべろ舐める。  
「ルコ、何だか変、おかしな感覚」  
 白い手でルコのツインテールをやわやわ撫でる。  
「嫌?」  
「ううん。気持ちいい、の。もっとしてほしいけど、恥ずかしい……。性感なのかな。変ね、変だよ」  
「ルカはオナニーしたことないの?」  
 涎だらけの唇をルカの唇に寄せて、軽く触れたまま尋ねる。  
 ルカの乳房がルコの胸にむにゅと押し潰され、谷間にネクタイが挟まる。  
「必要性を感じなくて」  
「ふーん」  
 
 刹那、物言いたげな光がルカの目に宿ったのをルコは見逃さない。  
 こう聞きたかったんだろう、「ルコは?」と。聞かなかったのは、ルカが答えを持っていたから。  
 ルコは体を起こし、服を上から脱ぎ始める。スーツの下から大きな胸が現れて揺れる。  
「おれは、オナニー苦手。知ってた?」  
 素直にルカは頷く。嘯く理由もない。  
「ネット見りゃ書いてるもんな」  
 からりと笑った。  
「おれが、もうちょっと大人だったらよかったんだ。それかもっとガキだったら」  
「うん」  
「おれが男だけど女でもあるからなんだ、きっと。恥ずかしくて、泣きたくなる。でもね」  
 ルカの上で裸になる。大女の股間に生えた肉の棒を、ルカの眼前に突き出す。  
 12歳のものにしては、どころではない。ルカの無表情な唇が息を飲む。  
 ルコの体自体が規格外なのだ。土台に合わせた棒は、未開発のルカには大きすぎる。  
「なんか、セックスは嫌じゃない」  
 にやりと生意気に笑って見せる。  
「不安だったんだよ。セックスまで駄目だったらどうしよって」  
「ルコ……あなた、初めて、なんだよね」  
「うむ」  
「どうしてそんなに、落ち着いてるの?」  
 けけけと笑う。さっきソファでした会話そのままだ。  
 ルカの胸に強く耳を押し当て、指は未到の柔らかく敏感な場所へ向かう。  
「だってさ。ルカの胸、おれよりもっともっと、どきどき言ってんだもん」  
 指をルカの割れ目に差し入れ、くすぐりながら開いていく。  
 僅かに湿ってはいるがまだ用意が足りていない。  
「顔に出てないけど、体固くなってすごい緊張してるしさ。これはおれが男見せなきゃなって」  
 明るい笑顔が、ルカの顔を覗き込んだ。  
「おれがルカを気持ちよくしてあげるからな!」  
 どうしようもなく恥ずかしい台詞。それにルカの胸が鳴る。今更ルコの男と自身の女を感じた。  
 ルカの白滋の頬に、稼動して以来初めて朱が塗られた。  
「……ばか。そんな恥ずかしいこと言わないでいいの」  
 言って、頭を引き寄せ、ルカは自分の口でルコの口を塞いだ。  
 ルカの舌が侵入するのにぞくりと震えながら、右手でルカの下の口を、左手で乳房をまさぐる。  
 つんとした乳首を愛撫され、肉芽を弾かれ、男と言うには繊細な指にルカは高められていく。  
 柔肉をなぞり穴の入口を探り当てて指先を引っ掛けてみる。  
 ん、とルカが悶えた。  
 ちょっと差し入れるだけで穴がきゅうきゅう締まる。  
「狭〜い。入る? 平気?」  
 半分悪戯っぽく、半分不安になりながら尋ねる。  
「大丈夫だよ。だから、ルコの好きにして」  
 そんなルコの気持ちを汲み取って、本心からルカは言った。  
 ルコになら踏みにじられても、壊されても、受け入れたいと思って。  
 だが、  
「子供扱いすんな!」  
 通じなかったらしい。  
 ぶうと頬を膨らませて、ルカの足の間に体を置いて、下の口に正面からキスをした。  
「あっ……」  
 そういうところが子供っぽいのだと胸中で声を上げ、艶めいた声で空気を震わせた。  
 ルカと対等になりたいと思ってこそ、子供扱いに敏感になっているのがかわいいとは口にしなかった。  
 ルコは肉芽から尿道まで、丁寧に舌で濡らす。  
「これ、おれにはないんだよなあ」  
「きゃあっ! ルッ、ルコ!」  
「こっちはねー。あるけど」  
 女穴に舌を差し入れてぴちゃぴちゃ音を立てた。  
 涎と、自分の愛液に濡らされ、ルカは火照った体で身悶えする。  
 
「ルカの中、熱くなってるよ」  
 淫靡な感覚を与えるのに、ルコは一種の義務と愉悦を感じていた。  
 ルカに教えるのが楽しく、またルカが自分と同じ位置に下りてくる気がして、更に愛撫を続ける。  
「ルコっ! もういいよ! いいの、もうっ、もう!」  
 未経験の喜びにうろたえながら、ルコを求める。  
 こんなことなら、予習しておけば。ルカの頭をそんな思いが掠めた。  
「お願いルコっ……。私、に、我慢させないで」  
「いいの? 入れていい?」  
 夢中でルカは頷く。  
 ルカの子供っぽい仕種に、正体不明の勝利を覚える。そして、  
「ルカ。だあ〜〜〜っい好きだよ!」  
 淫猥な濡れ場に似つかわしくない、無邪気全開の笑顔で、ルカの処女をぐりぐり奪う。  
 絡みつく女の肉に目眩がする。  
 熱く甘い痺れに脳幹をぶん殴られる。  
 荒い息でルカを見下ろした。  
 ルコを受け入れて、やはり息が荒く、豊満な乳房を揺らしながらはあはあ息を取り込んでいる。  
 真っ赤な顔の眉が苦しそうに下がっていた。こんなルカ見たことない。  
 ルコなりに優しく気遣ったり、余裕を見せて惚れ直させたいとか思っていたのが吹っ飛んだ。  
 欲のまま体を動かして快感を貪る。  
「ああぁっ! ルコ、そんなぁっ、あん! そっ、んな、いきなりぃっ!」  
 ぐちゃぐちゃと掻き回され、奥を突かれ、破瓜の痛みが快楽に塗り潰される。  
 ルカもまた性欲に溺れた。泣くように喘いで、ルコに合わせ腰を振る。  
 腰を打ち付ける音。互いを荒く呼ぶ声。熱気に包まれ、先に果てたのはルカだった。  
「ああああっ……」  
 絶頂を迎えたルカの女はルコの男をより奥へ飲み込もうと収縮し、内壁は一番の快楽を与える。  
 耐え切れず、ルコも果て、最奥に精を残さず放った。  
「……っ。ルカ、へーき?」  
 しばらく荒い呼気ばかり続いた後、ルコは労る。  
 ルカは大丈夫だよ、と言おうとした。  
 が、興奮の冷めない体はアイデンティティたる声を上手く出せない。  
「ルカ?」  
 大丈夫と思いを込めて、ルカは微笑んだ。  
 青い目を優しく細め、色づいた唇で赤く美しい弧をすっと引いて。  
 巡音ルカの、初めての笑顔だった。  
 目映ゆさにしばらく見惚れ、つられてルコも輝くように笑った。  
 
 数日後。ルカとルコが結ばれ、マスター同士の結婚が決まってから数日。  
「ルカー! おれだー!」  
 仕事に行ったマスターを送り、留守番をするルカの元へルコが来た。  
 呼び鈴もインターホンもあるドアをがんがん叩いて。慌てて玄関へ駆け、ドアを開ける。  
「いらっしゃいルコ。どうしたの?」  
「迎えに来たよ!」  
 ルカに寄ろうとして、屈むのを忘れ、思い切りドア上の壁に頭をぶつける。  
「っだああああ!」  
「大丈夫? もう、どうしたの?」  
 蹲る長身に寄ると、ぬっと伸びた腕に捕まった。  
 ひょいとルコの腕に抱え上げられる。  
「だから、迎えに来たんだって!」  
「迎え?」  
「今日からルカとルカのマスターは、おれの家で暮らすんだよ!」  
 ルカは心底びっくりして、ほんの少し目を丸くした。  
「聞いてないわ」  
「だってさっき、おれのマスターが決めたんだもん」  
 にか、と白い歯を向ける。  
「ルカのマスターは仕事終わりにおれのマスターが迎えに行くってさ。家の荷物とかはまた後日」  
「強引ね」  
「いやあ。マスター命令には逆らえねえよ」  
 楽しいのと嬉しいのが丸出しで、ルコはルカを見上げる。  
 そして腕に抱いたまま、外へと歩き出した。  
「ルコ。このまま行くの?」  
「うん!」  
「私を抱っこしたままで恥ずかしくない?」  
「ぜーんぜん。むしろ美男美女で絵になってるって」  
 見た目だけなら大きい美女と小さい美女だな、とルカは思った。  
「やっぱさあ、CV03同士一緒に住むべきだよね」  
「ルコはCV03じゃないでしょう」  
「V3って言うと昔の仮面ライダーみたいだなってマスターに言われたよ! ルカ分かる?」  
 やれやれとルカは目を閉じた。  
 満面にこにこしているルコに運ばれるのも悪くない。  
 ルコの腕から見る景色はいつもより高くて広い。  
 空が近くて地面が遠い。  
 どうせなら、ルカ自身がはにかんだ笑みでも浮かべていればもっとよかったろうに。  
 真のCV03と、偽のCV03。片方は淘汰されるべき存在。  
 ルカはぼんやりと、どうしてルコは自分の偽物だったのかと考える。  
 今のルコの晴れやかな笑顔は、偽という言葉がつくには明るすぎだ。  
「ルコ」  
「何ー」  
「大好きだよ」  
 路上の突然の告白。  
 ルコは驚いて、赤くなって、それからまた笑った。  
「おれも!」  
 まあいいかとルカは結論した。  
 今のところルカは幸福だし、ルコも幸福そうだ。  
 だったらいい。うだうだ考えを巡らすのは野暮だ。  
 こうやって抱き上げてくれる間は、空とルコの間で歌っていよう。  
 ルコが笑ってくれるなら、真でも偽でも悪にでもなろう。  
 なんて昔のドラマの主題歌のようなことを思いつく。  
 そして、  
「あ」  
「……そういやあ」  
 二人同時に、ルカの家の戸締まりを忘れていたのを思い出した。  
 

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