四畳半で風呂なしで築30年ですぐ近くを電車の線路が走るおんぼろアパート。その部屋
にボーカロイドの歌声が響いていた。
「♪゙〜」
しかしその歌声はホンキートンクでロボ声丸出し。「才能ないんじゃねーの?」と思わ
ず言ってしまいそうなドヘタ調律だった。
「……ああっ、死にたいっ!もうだめっ、溺れたい酒に溺れたいっ」
銀髪を振り乱して弱音を吐いたのはこの部屋の主、弱音ハク。
「マスター、落ち込まないでください。前より少し良くなりましたよ?」
今し方歌っていたボーカロイドの初音ミクになだめられるも、弱音は加速してゆく。
「うるさいっ!もう私はだめなのっ。だめなの私はっ!吊る!今すぐ樹海に行って吊る!
吊れなくとも遭難して帰れなくなって帰らぬ人に──」
──ガタンゴトンゴトンガァァアアアアアゴトンゴトンガタンガタンガタガダァァ……
弱音を吐くタイミングすら間が悪く電車に阻まれる。
「(樹海へ)行って来ます……」
もう完全ダウナーの鬱患者踏切まっしぐら状態でスニーカーを履こうとするハクをミク
が止める。
「待ってくださいマスター!だめですよ樹海なんて!つーか樹海は帰れないなんて都市伝
説ですよ?!auもDoCoMoもバリ3です!」
「……私の携帯、ボーダフォン」
「じ、じゃあ携帯換えましょう!DoCoMoショップ行きましょう?!」
「……」
ハクは黙って携帯を取り出し、その着信履歴をミクに見せた。三か月前に実家から掛か
って来たのを最後に着信は一切なかった。買い替えどころか解約が必要かも知れない。
「…………うわぁ」
ミクは思わず「うわぁ」とか言ってしまった。
「……はぁ、才能が欲しい。神様どうか私にギフトを……」
溜め息を吐いて、スニーカーを脱ぎ散らかしたハクは畳みにうつぶせに寝っ転がった。
仰向けに寝ると髪が井草に噛んで痛いからだが、うつぶせだと必然的に胸が圧迫される。
ハクの零れそうな胸のたわみがはだけた襟繰りから見えて、ミクは自分の胸と少し見比べ
てしまった。
ハクもミクの視線の動きに気付いて、自分の胸とミクの胸を見比べる。デイリーのスイ
ートブールとローソンの角煮マンくらい大きさに差があった。
「おおっ、私にも神様がくれたギフトがあったな!」
「ひ、貧乳も男性に人気ありますっ!」
胸を隠すように自分の身体を抱いてミクは吠えた。“も”と言ってしまった時点で負け
を認めてしまっている気もする。
「ミク……男は大きな胸に興奮するのさ。あきらめな、まな板!」
「まなっ……マスターの馬鹿!才能枯渇!貧乳だって人気あるもん!」
「人気があるぅ?誰に聞いたの?」
「いや、聞いたわけじゃないですけど……誰かに聞いてみれば絶対に、巨乳とか貧乳とか
以前に気にするところが何かあるはずですっ」
「ほほう、なら聞いてみようじゃんか。男目線で私とアンタのどっちが魅力的かさ」
ハクは携帯を開いて……閉じた。
気軽に呼べる男友達なんかいなかった。つーか異性同性以前に友達が居なかった。
「はぁ……また死にたくなってきた……」
ハクはしかし、自分の持ち物=ボーカロイドにまでコケにされて黙っている程大人しく
なかった。部屋に放置してあった炭酸の抜けた温いビールを缶から一口煽り、PCをたち
あげる。通販サイトに繋げて、カイトとがくぽを見比べ、古いからきっとカイトは使いに
くいという印象からがくぽを購入。
「……よし!今がくぽ買ったから、ソレが届いたら聞いてみよう。私とアンタ、どっちが
魅力的か」
「望むところです」
さて、この部屋に届くがくぽはどちらを選ぶのか。