ボーカロイド研究所の敷地内。  
そのなかにある、居住区域から少し外れた所に、ひっそりとたたずむ一軒家。  
俺は月にニ、三回、ミク達には内緒でここに通っている。  
ミク達とは、少しだけ違う意味での『妹』に会うために。  
 
 
「兄さん、来てくれたんだ。」  
連絡も無しに突然訪ねた俺を、この家の家主は嬉しくてたまらないといった表情で迎えてくれた。  
蒼い瞳、蒼い髪、そして蒼いマフラー。  
とにかく蒼い事が特徴の、女性型ボーカロイド。  
 
VOCALOID2、No.04『始音カイコ』  
 
そう………呼ばれるはずだった少女。  
男性型ボーカロイド、KAITOシリーズは、いまでこそボーカロイド一家の長男として、  
それなりに人気があるが、発売当初は全くと言っていいほど需要がなかった。  
大量の在庫に頭を抱えた会社が下した決断は『リサイクル』だった。  
KAITOシリーズの在庫を改造することによって、生産コストを抑えられ、  
なによりKAITOシリーズの在庫を有効活用出来るという事で、  
始音カイコの開発計画は、立案後即座にスタートした。  
未稼働状態のKAITOの、声質、人格データ、機体に少々手を加えることによって、  
試作型が作られ、ミク達と同じVOCALOID2エンジンが搭載された。  
 
男性声も女性声もこなせる異色の歌姫、始音カイコはこうして誕生した。  
 
 
「兄さん、今回はどのくらい居られるの?」  
居間に上がり、一息ついた所で、カイコがそんな事を聞いてきた。  
「うーん、今回は仕事のついでに寄っただけだから、明日の朝には帰るよ。」  
「そっか、でも泊まっていってはくれるんだね。」  
「うん、ミク達にはそう言ってあるからね。」  
今やかなりしられている事だとは思うけど、KAITOシリーズは基本的に重度のシスコンだ。  
当然、型番-00000である俺も例外じゃぁない。  
そして、カイコも人格データに手が加えられているとはいえ、  
それは性別に関する事だけであり、ベースはあくまで俺と同じ。  
要するに、カイコもやはり重度のブラコンなのだ。それこそ、ミクを上回る程の。  
本当に嬉しそうに笑うカイコ。その笑顔に、シスコンの俺はやっぱり可愛いと思ってしまう。  
ただ、ミク達の時とは違い、カイコ相手だと、自分がナルシストに  
なったような気分になるんだけどね………  
 
 
始音カイコ、型番-00000が完成し、後は正式にVOCALOID2、No.04として  
発表するだけ、という所まで来た頃になって、少し問題が発生した。  
いや、会社からすれば問題でも何でもなく、嬉しい誤算だっただろう。  
KAITOシリーズが急激に売れはじめ、在庫が無くなってしまったのだ。  
会社側は急遽KAITOシリーズの生産ラインを再度立ち上げ、KAITOシリーズの再生産を開始した。  
そして………始音カイコの開発計画は、中断された。  
 
 
俺とカイコは、居住区域内にある、ショッピングモールを二人で歩いていた。  
カイコは新しく覚えた料理を俺に振る舞ってくれると張り切っていたが、  
冷蔵庫の中には食材がなにも入っておらず(冷凍庫には大量のアイスが入ってた……)、  
今こうして二人で食材を買いに来ている。  
「〜♪」  
カイコは俺の隣に並んで、鼻唄を口ずさんでいる。  
その顔は本気で幸せそうだ。  
きっと自分も同じ顔をしていると思う。  
可愛い妹にこんなに懐かれて、嬉しくならない兄がいるだろうか?いや、いるはずがない!!(反語)  
「あ、カイコ、あれ。」  
俺はとある広告を見つけ、カイコに話し掛ける。  
「ん?兄さんどうしたの……………『新作アイス、その名も<白熊カオス>』?」  
どんなアイスだろう………凄く気になる。  
「もう、兄さんっ、今は夕ごはんの材料の買いだしでしょ、だから………」  
カイコはちょっとだけ声に怒気を含ませながら、俺の腕に自分の腕を絡ませて、俺の体を引っ張る。  
「……買い物が終わったら、一緒に食べよ?」  
………やっぱりカイコは俺の妹だった。  
 
結局カイコは、家に着くまで、絡めた腕を放さなかった。  
 
 
始音カイコの開発が中断されたのは、当然と言えば当然だった。  
元々KAITOシリーズの在庫ありきの計画だったのだ。  
KAITOシリーズの需要が拡大し、売れるようになってしまえば、始音カイコの必要性は無くなる。  
既に生産ラインが存在するKAITOシリーズ、KAITOシリーズに手を加えなければならない始音カイコ、  
どちらが儲かるかなんて考えるまでもない。  
VOCALOID2、No.04『始音カイコ』型番-00000は、最初で最後の、『第四の歌姫』となってしまった。  
 
 
「「はぁ、幸せ………」」  
カイコの作った夕ごはんを食べた後、俺達はデザートにアイスを食べている。  
ちなみにダッツです。  
俺の方がバニラ味で、カイコはストロベリー味。それぞれの1番好きな味だ。  
基本的にKAITOシリーズはバニラ味が好きと設定されているのだが、誰かが言った  
『そっちの方が女の娘っぽい』  
の一言で、カイコはストロベリー味が好みに設定しなおされた。  
「うーん、兄さんが食べてるバニラ味も美味しそうだね。」  
カイコがそんな事を呟いたので、スプーンで一口分をすくい、カイコの目の前に持っていってあげる。  
「一口あげるよ。」  
「ありがと、兄さん」  
カイコは俺が差し出したスプーンを口に含み、口をもにょもにょと動かして  
アイスを食べると、自分の頬に手を当てて、恍惚の表情を浮かべた。  
「うーん、やっぱりおいしい。  
あ、兄さんにも私の分を一口あげるね。」  
そう言うと、さっきの俺と同じように、スプーンを俺の前に差し出してきた。  
「はい、あ〜んして?」  
『なにこのバカップル兄妹』、という天からの声が聞こえた気がしたけど、多分空耳だよね。  
うん、バニラ味もおいしいけど、ストロベリー味も捨て難いね。  
 
 
不用となってしまった型番-00000は、廃棄処分となる筈だった。  
しかし、あるとき挙がった案のおかげで、廃棄処分は免れた。  
製品化したボーカロイドの各型番-00000達は、会社の保有となり、  
『より人間に近いボーカロイドを作るための研究』  
という名目で、人間に近い生活を送ることになる。  
この時挙がった案は、それに深く関係するものだった。  
『他のボーカロイドとは異なる環境<一人暮らし>をさせた際の、実験サンプル。』  
そして始音カイコには、一人で住むには、少々広い一軒家があてがわれた。  
 
俺以外が訪ねて来る客がいないこの家で、俺と一部の研究員以外には  
知られていないこの家で、カイコは暮らしている。  
 
 
夜、布団に入って天井を見上げる。  
隣にはカイコの体温が感じられる。  
カイコは俺が泊まりに来た時は、必ず一緒に寝たがる。  
やっぱり、普段は寂しいんだろうか?  
隣のカイコに意識を向ける。まだスリープモードにはなっていない。  
「カイコ、寂しい?」  
端的にそれだけ聞いた。  
少しだけ間を置いてから、返答が帰ってくる。  
「正直に言うと、すごく。  
…………でも。」  
そこでまた、少しの間があく。  
「つらくは、無い……かな?」  
「……うん、そっか。」  
そんなやり取りの後、俺達は眠りについた。  
 
 
夢を見ました。  
何度も、繰り返し見た夢を。  
どんなにメモリを検索しても見つからない、私が知らない筈の光景の夢を……  
 
「なあカイト、お前は悔しくないのか?」  
「なんですか主任、突然?」  
「KAITOシリーズが全然売れなくてさ、悔しくないかって事。」  
「在庫処分するための計画として、始音カイコシリーズの開発計画が立ち上がったんでしたっけ。」  
「ああ、だからな、お前はどう思ってんのかと。」  
「うーん……正直に言うとすごく悔しいです。」  
「やっぱり悔しいか……」  
「でも、ぶっちゃけ、つらくは無いですね。」  
「……なんで?」  
「だって、ミク達を作る時、おれやメイコを作った時のノウハウが活かされたって言ってましたよね?」  
「ああ、言ったな。」  
「それに、No.04に至っては、俺の女性バージョンになるんですよね?」  
「そうだが、なんか関係あるのか?」  
「妹達が活躍してるのに、嬉しくならない兄なんていないんですよ?」  
 
 
夢を見た。  
何度も望んだ光景の夢を。  
 
ミクが、葱特集の特番を見ていて、リンとレンはそのよこでなにか打ち合わせをしている。  
酔ったメイコががくぽにからんで、ルカが台所で皿を洗っていて………  
バニラ味のアイスを食べる俺の横で、ストロベリー味のアイスを食べる、  
蒼い髪、蒼い瞳、蒼いマフラーの、俺の妹が幸せそうに笑っている。  
 
………そんな夢を見た。  
 

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