「コンチータ様は今日も新しいものを欲しがっておられる」  
「そう、それなら昨日庭に落ちていたカラスの死肉と目玉をお出ししましょう」  
 
深い森の奥、俗世から断絶された屋敷に、その令嬢は君臨していた。  
この世のすべての食を探求し、一片残さず喰らい尽くす。  
屋敷に住まう全ての使用人は、ただ一人、彼女のためだけに、  
ただ一つ、彼女の腹を満たすためだけに存在した。  
偉大なるその主人の名前は、バニカ・コンチータ。  
美しき彼女は妖艶な笑みを浮かべ、肉を齧りパンを千切る。  
泥水を啜り、腐った野菜屑を心底嬉しそうに噛み砕く。  
そう、彼女はとてつもなく悪食な美食家だった。  
 
 
「コンチータ様は今日も新たな食を味わいたがっておられる」  
「ええ、それなら先ほど迷い込んできた旅人の腹を裂きましょう」  
 
令嬢は成人の歳を迎える頃にはすでに人の味を覚えてしまっていた。  
あれほど賑やかだった屋敷の中はいつしか静まり返り、人の気配も希薄になっていった。  
ほんの僅かな粗相が文字通り“命取り”になっていくにつれ、  
正常な判断を持つものは次第に屋敷を後にし始めた。  
闇夜に乗じて私物と共に部屋を抜け出す者、町へ所用を済ませに行くと言い残し、  
身一つで逃れようとする者、中には捨て身の覚悟で主人の命を奪おうとするものまで現れた。  
 
「その捨て身、朽ちてしまうには勿体無い」  
「早く調理場に運びなさい」  
 
令嬢に不信感を抱いた者の末路はみな同じだった。  
だがそこには如何ほどの問題もなかった。彼女の胃袋に限界などなかったのだから。  
 
 
「バニカ様」  
その男が現れたとき屋敷の主人は、長らく側近として使えてきた老年の執事の大腿骨をしゃぶっているところだった。  
「お前は誰だったかしら」  
「今日から室長に昇任した元料理人です」  
「そう。料理人は全部であと何人いるの」  
「3,4人でございますよ」  
娘の頭の中には食事を作る人間は数でしかなかった。それ故に一際注意を払うことでもあった。  
数が多ければその分たくさんの料理が食べられる。  
数は多ければ多いほど、いいのだ。  
1人や2人“食べて”しまっても、まだ食事は運び込まれてくるのだから。  
 
「その老いた肉はお口に合いましたか?」  
「ええ、おいしかったわ。でも全然足りない」  
彼女の正直な感想に男は苦笑を浮かべる。  
「バニカ様。食べ物には希少だからこそ価値があるものもございます」  
「珍しいものが手に入ったの?」  
「いいえ。今はまだ。しかし長い時間をかけても、  
 ほんの少しの量だけしか取れない至高のものがあるのです」  
男は声を落とし、彼女の耳元で囁いた。  
 
「胎児の肉はいかがでしょう。それもヒトの味がするものは」  
「素敵ね! どこから調達してきてくれるのかしら」  
令嬢は目を輝かせ、弾んだ声を上ずらせた。  
「簡単なことです」  
男はすうっと彼女の腹を指差す。  
「あなた自らが宿せばよいのですよ。  
 新鮮で一番食べごろな時期を外すことなくお口に入れて差し上げます。  
 頃合いによっては母乳も味わうことができますよ」  
「お前の発想には恐れ入るわね」  
その多少に無礼な態度にも、令嬢はくすくすと嬉しそうな笑い声を上げ、持っていた骨を皿に投げ入れた。  
「気に入ったわ。今すぐにでも実行したいくらいよ」  
「お褒めに預かり光栄です。それではその願い、私が叶えてみせましょう」  
男は一礼をして彼女の手を取り、柔らかな布で緋色の唇を拭った。  
紅が溶け出したような血の赤が白い布に模様を付けるさまを、娘は不思議そうな目で追った。  
 
 
「あ…ぁ……っ!! ん…っ…な、にこれぇ……!!」  
広い寝室に響くのは、ぐちゃぐちゃという粘性の水音と、可愛らしくも艶めかしい女の嬌声。  
男の指が彼女を鳴かせ、奏でていた。  
「バニカ様、お綺麗ですよ。こんなに赤く肌を火照らせて。食べてしまいたいくらいです」  
「や、…やぁああ!!同じ、とこばっか……りっ!うあぁ…ッ、へんに、なる…ぅ…っ!」  
引っ切り無しに食べ続け、口に入ったものを全て収めているはずの腹は、  
滑らかな直線を描き、胃など存在しないかのような美しいラインを描いていた。  
その整いながらも白く柔らかな腹部と女性らしく括れた腰は、体内に刺激を受ける度に  
びくびくと淫らに反応する。  
「ほら、とろとろの液が手首まで滴ってきて…。気持ちいいの我慢しなくてもいいんですよ?」  
「ひあっ!あぅぁあああ!!!」  
甲高い声とともに娘の体は痙攣し、男の指に食い付き何度も締め上げた。  
目を見開きぜいぜいと息を切らした彼女は、糸が切れたかのように男の腕の中に倒れ込む。  
 
「はい、よくできました。バニカ様、ご褒美ですよ」  
男はしゃくり上げる彼女の秘所から指を引き抜き、半開きのまま酸素を貪る唇をなぞった。  
娘は導かれるようにその指の潤みに舌を這わせ、やがて夢中になって舐め取ることに専念し始める。  
それを愉快そうに眺めながら男は、彼女の豊かな乳房を弄ぶ。  
指をうずめ、しこりを揉み解し、先端をぐりぐりといじってやると、令嬢は切なげな声を上げた。  
慣れぬ強い快楽に戸惑いながらも、身体の中心は蜜を零し続け、じわじわと娘の熱を昂ぶらせていく。  
 
「それでは、そろそろメインディッシュを味わっていただきましょうか」  
にぃっと横に裂けた男の口元に、彼女は自分の中の女の部分が本能的な快楽を求めて疼き出したことを自覚した。  
「メイン、ディッシュ?」  
掠れた声で鸚鵡返しに問い返す娘の手を、男は自らの熱に導いた。  
「これが、入るのですよ。バニカ様の中に」  
手の中で脈打つ肉に、食い意地の張った娘の喉がごくりと鳴った。  
ねえ、これは食べていいのかしら。  
そう問う前に彼女の身体は抱き上げられ、向かい合った男の膝に跨るような形で、  
屹立した肉と充血した突起がずりゅずりゅと擦り合わされる。  
「ひゃうっ!? やだ、あああ!!!やあぁぁ!!!」  
「ちょっと濡らしとかないと、きついですからね。……これくらいでいいでしょう」  
与えられていた快感から離され、むずむずともどかしさに身を捩る令嬢の入り口に、  
硬いものが押し当てられた。  
 
「怖いですか? 少しの我慢ですよ。すぐに良くしてあげますからね」  
さっきまで男の指に蹂躙され弱い部分を執拗に苛められていたそこに、  
太いものがずぶずぶと分け入ってくる。  
「う…あぁ……。も、っと、もっと、奥に、ほしいの……っ!!」  
耳元に吹き込まれる声すら、彼女の快感を増長させるものでしかなかった。  
貪欲な彼女の身体は与えられる肉を咀嚼し飲み込むことに、たまらなく飢えていた。  
おいしい。もっと食べたい。こんなおいしいものどうして今まで知らなかったんだろう。  
「さあ、好きなだけ飲んでくださいね」  
   
感じる部分を荒々しく擦られ、脳天に響くほど奥を突き上げられ、娘はでたらめに声を上げた。  
首筋をきつく吸い上げられ、代わりに男の背に爪を立て、  
食っているのか食われているのか分からなくなってくる。  
何度も絶頂を迎え、最奥に熱いものを注がれ、娘の声が嗄れてきた頃、  
今日はここまで、と言って男は彼女の身体を解放した。  
男のモノを引き抜かれたそこからは、濁った体液がごぷりと吐き出される。  
それを物欲しそうに見つめる視線に気付いた男は、秘所に指を差し入れ白濁をかき出して、  
悪食娘の口元に恭しく差し出した。  
美食を極める一方で汚水をも飲み下す令嬢は、生臭く苦味のあるそれを、  
とろけそうな表情で舐り尽くす。  
「下のお口だけでは満足していただけなかったようですね。残念です」  
男は小さくため息を吐いた。  
「そんなことないわ。こっちの方は明日もしてちょうだい。もっと欲しいの。  
 でも…そうだわ」  
娘はうっとりと笑みを浮かべ、どろどろに汚れた男根に鼻先を寄せる。  
「綺麗にしてくれるんですか?」  
「ええ、残してしまうと勿体無いわ」  
先端をぱくりと咥え込んだ娘は、細部まで丁寧に舌を這わせ、情事の名残を嚥下していく。  
「バニカ様、お上手ですよ。…そう、歯は立てないで、唇で扱くんです。  
 ああ、バニカ様は本当にいい子ですね」  
男の手は令嬢の頭を優しく撫で、彼女はそれにくすぐったいような心地よさを感じた。  
いつの間にか硬度を持ち直したそれは、彼女の小さな口には有り余る大きさだったが、  
先端から流れ出す液に味を占めた娘には苦にも思われなかった。  
そしてようやく精にありつけると思ったところで、男はやんわりと彼女に奉仕を止めさせる。  
「せっかくですから、もう一度中に出しましょう。早く児を孕みたいでしょう?」  
そう言われてしまうと娘も引き下がらざるを得ない。  
目先のことより後々の大きな楽しみの方が優先だ。  
それに彼女の胎内はまた肉を飲み込めることを期待して涎を垂らし始めていた。  
(ああ、勿体無い。一度直接飲んでみたいのに。……ああ、そうだ)  
再び杭を打ち込まれながら、令嬢は思いつきに顔を綻ばせた。  
(数を増やせばいいのだわ。)  
 
 
 
「コンチータ様は最近あまり召し上がらない」  
「何故かしら。あの料理人、何か食べ物に混ぜているのでは」  
 
「調べよう」  
「殺してやるわ」  
 
 
毎回おかわりを要求していた主人は、出されたものを食べるだけに留まっていた。  
わざと少なめに用意させた食事にも文句は言わず、さっさと部屋に上がってしまう。  
メイドと召使はそれを怪しみ、いつしか最後の一人になってしまった料理人の後をつけ、主人の寝室へと至った。  
 
「やっと来たわね。もう待ちくたびれたわ」  
一糸纏わぬ姿で料理人の男に抱かれた令嬢は、表情を凍りつかせた年若い側近たちを、  
獲物を捕食する獣の目で手招きする。  
 
「あ、あ、コンチータ様ぁ!も、う…許してくださ…ッ!!」  
「まったく、使えないわね。メイド、次はお前よ」  
青臭い精を飲み干した令嬢は、部屋の隅で震えるメイドの少女に目配せした。  
「口直しにあなたの甘酸っぱい蜜が欲しいの。さあ、いらっしゃい」  
「う……うぅ。わ、かりました……」  
泣きながらベッドに上がるメイドの震える目蓋に、彼女の主人はちゅっと唇を落とした。  
メイドの怯えた目に、主人を誑かした料理人が口元だけで笑ってみせるのが映る。  
「こんな、の……変よ…!」  
 
 
 
「コンチータ様は変わってしまわれた」  
「どうして食べていることだけに幸せを感じてくださらないのかしら」  
 
やがて召使とメイドは屋敷を離れることを申し出た。  
令嬢はそれをあっさり許可する。  
「いいわ。どこへでもお行き。私には極上のお肉が待っているのだから。  
 お前たちなどとは比べ物にならないくらいのね」  
若い二人が無事に去ることができたのは幸か不幸か。  
美食の邸が音を立てて崩れ始めていたのはいつからだったのか。  
彼女の頭の中には、まだ見ぬ柔らかくとろける未熟な肉と、もはやそれなしでは生きられないほどの  
快楽を与えてくれる成熟した堅い肉しか残っていなかった。  
 
 
 
そんな退廃を極め、澱んだ日々が半年も続いた頃――  
 
「バニカ様、そろそろ頃合いではないですか?こんなに腹がせり出すようになって」  
男は脹らみの目立つ彼女の腹部を撫で、額に唇を落とす。  
 
「さあ、どう料理いたしましょう」  
「――お前は……」  
 
 
身体を重ねた後の男は、まるで腹がくちくなったときのような、満たされた表情をする。  
彼女はそれを不思議に思って聞いてみたことがあるが、男は柔らかく微笑むだけで何も答えなかった。  
そのとき急にそんなことを思い出したのだ。  
 
 
そして―――  
かつてこの世のありとあらゆる食を極め恐れられた女主人、バニカ・コンチータは、この世から姿を消した。  
 
荒れ果てた屋敷の一室で、所々が歪に欠けた白骨を見つけた者がいるだとか、  
深い森の奥で、幼子を抱いた仲睦まじい若い夫婦が暮らしているだとかいう噂が流れたりもしたが、  
結局真実を知る者はおらず、物語はこれで幕を閉じる。  
 
 
END  
 
 
 

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