リーンリーン、とゆう音がどこかから聞こえてきて、目を覚ます。  
起き上がり、一つ大きな欠伸をしながら、背伸びをする。  
ぼんやりと、あの音はリンの目覚まし時計の音だなぁ、等と考えながら、  
寝ぼけ眼を擦り、階段を下りる。  
「おはよう、お兄ちゃん!!」  
洗面所で顔を洗い、眠気を飛ばしていたら、元気な声が背後から聞こえてきた。  
顔を拭きながら振り返り、声の主に挨拶をする。  
「おはよう、今日も元気だね。」  
彼女の名前はリン、僕の可愛い妹だ。  
ニッコリと微笑んであげると、リンも太陽のような笑顔を浮かべる。  
「違うよ、お兄ちゃん。  
今日はいつも以上に元気なんだよ?」  
そういえば、今日のリンの笑顔は、いつもより五割増しぐらいで輝いているように見える。  
「だって、今日はお兄ちゃんとデートだもん。」  
そう言って、抱き着いてくる。  
僕ら兄妹は、普段は歌を歌う仕事をしていて、中々休みが取れない。  
だけど、今日は珍しく二人ともオフだったので、一緒に出かける約束をしていた。  
僕はリンの頭を撫でながら、声をかける。  
「うん、それじゃあ、朝ごはんにしようか。」  
 
朝ごはんを食べ終わると、リンは、  
「準備するから、ちょっと待っててね。」  
と言って、自分の部屋に駆け込んで行ってしまった。  
やれやれ、僕の方にも準備があるんだから、あんなに急がなくても………  
そう思いながらも、顔が綻んでしまう僕は、やっぱり兄バカなんだと思う。  
僕も自分の部屋に戻り、服を着替える。  
白いコートに蒼いマフラー、僕のお気に入りのコーディネートだ。  
財布をポケットの中にいれて、他に持って行く物が無いかをチェック。うん、準備完了。  
僕が準備を終えて部屋を出ると、リンはもう既に廊下へと出ていた。  
「リン、もう準備は調ったのかい?」  
「うんっ。」  
僕の問いに、リンは元気よく答える。  
「そっか、それじゃあどこへ行こうか?」  
「私が決めていいの?」  
「うん、リンが決めていいよ。」  
そうすれば、きっと素敵なデートになるからね。  
「リンが行きたい場所に、僕がエスコートして、連れてってあげるよ。」  
なんて、気障な言い方をしてみる。  
リンは少しの間キョトンとした後、やっぱり満面の笑顔を浮かべて言った。  
「ありがと、私のナイト様。」  
 
リンと一緒に、公園を歩く。  
リンが僕の少し前を歩いて、僕がそのあとについていく構図だ。  
リンは結局どこへ行くか決められず、とりあえず近くの公園で散歩をすることになった。  
「リン、そんなにはしゃぐと危ないよ。」  
少し駆け足気味になっているリンに、声をかける。  
リンは年相応にお転婆で、怖いもの知らずな所があるから、  
僕としては気が気で無い。  
「大丈夫だよ、私にはナイト様がついているから。」  
「はは、僕みたいな頼りがいが無いのがナイトでいいの?」  
少し照れ臭くなって、そんな風に言ってしまう。  
「うん、だって、わわっ…」  
グラッ  
「リン、危ない!!」  
リンは、なにかを言いかけて振り返った為、バランスを崩してしまう。  
僕は慌てて手を伸ばす。  
コテンッ  
でも、結局間に合わなくて、リンは転んでしまった。  
「リ、リン、大丈夫!?」  
リンの元へ駆け寄る。  
「う、うん、大丈夫だよ。」  
そう言って、リンは顔をあげる。  
ホッと胸を撫で下ろす。よかった、怪我とかはしてなさそうだ。  
「ほら、立てる?」  
リンの手をとって、優しく立たせてあげる。  
ああ、服に砂が付いちゃってる。  
ぱんっ、ぱんっと、リンの服を軽くはたき、砂を落とす。  
「リン、どこか痛い所はない?」  
見たところ、怪我とかはしてなさそうだけど、一応確認しておく。  
「う、うん……」  
リンは頷いてくれたけど、どうしたんだろう、顔が少し赤い。  
まさか、僕に心配かけまいと我慢してるんじゃ……  
「やっぱり、私のナイト様はお兄ちゃんがいい。」  
携帯電話を取り出して、救急車を呼ぼうとしている僕に向かって、リンが呟く。  
「だって、お兄ちゃんは確かに頼りないけど、凄く優しくて、  
私にとっては理想のナイト様だもん。」  
にっこり。  
「いつも私の事心配してくれて、ありがとうね。」  
 
そのあとも、リンといろいろなところを回った。  
ウインドウショッピングをしたり、お昼は小洒落たイタリア料理店でパスタを食べたり。  
街中をぐるっと散歩するような感じだったけど、それはそれで楽しかった。  
デートの締めとして、今は街から少し離れた山の上にいる。  
特別高い木の枝の上に腰掛け、二人並んで街全体を眺めている。  
「ねえお兄ちゃん、私達の家ってどの辺り?」  
「うーん、あの辺かな?」  
僕達の家がある辺りを指差す。こうやって見てみると、ずいぶん遠くまで来たんだなぁ………  
僕が指差した辺りをよく見ようと、リンが身を乗り出す。  
ちょっと危なっかしいかな?  
 
「リン、落ちたら危ないよ。  
だから、もうちょっとこっちへおいで?」  
僕がそう言うと、リンは素直に身を寄せてくる。  
「えへへ」  
そして、頭をこてんと傾けて、僕の肩に寄り掛かってくる。  
ホントは、もうそろそろ帰らないと、家につく頃には暗くなっちゃうんだけど、  
もう少し、このままの体勢でいたい、なんてことも思ってしまう。  
「どうしよっか、そろそろ帰る?」  
「う〜ん……」  
僕がリンに問いかけると、リンは可愛いらしく唸り始める。  
そして、空を見上げて、  
「…あ。」  
ぽつりと声を漏らす。  
その声につられて、僕もリンの視線を辿ってみる。  
「……1番星。」  
太陽が沈みかけて、少し赤みを帯びてきた空には、ぽつんと、1番星が輝いていた。  
「うん、そろそろ帰らないとね。」  
確認するように言うと、リンもこくりと頷く。  
「じゃあ、僕が先に降りるから、リンはしっかり枝につかまっててね。」  
リンにそう伝えると、僕は枝や所々にある窪み等を足場にして、木から降りる。  
「ほら、リンも降りておいで。」  
地面に脚を降ろしたら、まだ木の上にいるリンに向かってそう呼び掛ける。  
「ち、ちょっと怖いかも……」  
「?、登る時は平気だったじゃない?」  
「登るのと降りるのとじゃ、違うよぉ〜。」  
あー、その気持ちは少し分かるかも。  
仕方ないな。  
僕は、リンに向かって両手を大きく広げる。  
「もし落ちても、僕が受け止めてあげるから、安心して。」  
そんな風に言ってあげると、リンは少しの間躊躇っていたようだけど、  
すぐに僕の方を見て、微笑んだ。  
そして、  
「えいっ」  
ふわり、と跳んだ。  
「え!?」  
僕はリンの予想外の行動に少し慌ててしまったけど、すぐに受け止める体勢をとる。  
リンの体が、僕の胸元に飛び込んでくる。  
急激に重みがかかって、僕はバランスを崩してしまう。  
それでも、腕の中に収まる僕の大切な妹だけは離すまいと、しっかり抱きしめる。  
 
ズテーンッ!!  
 
イタタタッ、盛大に背中から転んでしまった。  
それでも僕は真っ先に、胸元に感じる重みの主の安否を確かめる。  
僕の腕はしっかりとリンを抱きしめていて……  
よかった、リンは無事みたいだ。僕にしては上出来かな?  
少しだけ申し訳なさそうに、僕の顔を覗き込むリンに向かって、微笑みかける。  
「それじゃ、帰ろっか。」  
 
帰り道、夕暮れで赤く染まった町並みの中、リンと二人、手を繋いで歩く。  
太陽はもう随分傾いてしまっていて、手と手で繋がった二人の影が長く伸びる。  
「今日は楽しかった?」  
何となく、そんな事を聞いた。  
「うん、楽しかったよ。」  
リンは続ける。  
「今日も明日も、ううん、これからもずっと、お兄ちゃんが隣で  
笑っていてくれれば、私はずっと幸せだよ。」  
そして、今日1番の笑顔で、  
 
「大好きだよ、お兄ちゃん。」  
 
僕も大好きだよ、リン。  
うん、そうだね、リンがそう望んでいてくれるなら、僕はリンだけのナイトでいつづけるよ。  
へなちょこなナイトだけど、ね。  
 
 

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