俺が和室で瞑想していると、ドタバタと騒がしい足音が聞こえてきた。…奴か。  
「ちょっと!がくっぽいどいるんでしょ!出てこいやぁ!」  
そう怒鳴りながら、初音は勢い良く襖を開け…否。蹴り飛ばした。  
「初音ぇ!貴様いい加減に蹴るのを止めんか!襖が傷む!」  
「は?知るか!んなことより、アンタ私のネギどうしたのよ!」  
「どうしたとは?」  
「野菜室のネギが全部ナスに変わってんのよ!そんなことするのはがくっぽいどぐらいじゃない!」  
なんだ、そんなことか。俺は初音を鼻で笑う。  
「すり替えて置いたのさ!」  
「はぁぁ!?」  
「あんな大量のネギ、ネギ臭くて堪らん!だから排除させて貰ったんだよ!」  
「ざけんなぁぁ!ダーマ自重!!」  
初音はネギ型のスパナを取りだし構える。ほう、殺る気か!俺は負けじと刀を構えた。  
「ナスなんて私の持ち物の二番煎じの癖に、自己主張するなんてふてぶてしいのよ!」  
「二番煎じは貴様も同じだろうに!ロイツマネタを横取りするなんぞ盗人猛々しいわ!腹切れ貴様ぁ!!」  
「みっくみくにされやがれぇ!!」  
こうして今日も初音との喧嘩の火蓋が切って落とされた。  
 
「せいっ!」  
キィン!  
俺の一閃をスパナで受け止める初音。相変わらずの動体視力だ。そこは評価してやろう。  
「あんたが鈍いだけじゃない?」  
そう笑い飛ばして初音は刀を勢い良く弾く。その衝撃により油断していた俺はバランスを崩してしまう。しまった、不覚!  
「ざまぁw」  
そして初音はそのまま一歩踏み込み、スパナを突く。避けようは無く、俺はその攻撃を無防備で食らってしまった。  
「ぐぅっ!」  
腹部への打撃に思わず呻く。しかし初音は攻撃を休めようとはしない。  
「おのれ…」  
俺は後ろに下がって息を整える。そもそも長物である刀を狭い部屋で振り回す行為が駄目なのだ。小柄のスパナは振り回すのに最適且つ、持ち主である初音は部屋を壊すことに対して躊躇は全くしていない。  
つまり、圧倒的に俺が不利。  
「どうしたよがくっぽいど?さっきまでの勢いはどこ行ったのかしら」  
ニヤニヤしながら怒濤の突きを見せる初音。それを刀で受けながら背後を確認する。壁…否、縁側に繋がる襖。…仕方ない。  
「後で修理費は払って貰うからな!」  
そう怒鳴り、後ろへと飛ぶ。襖が倒れ、俺はそこに着地した。足元でバキッといった音が聞こえる。許せ襖。  
「ちょっと!逃げる気!?」  
「だれが小娘に背など見せるか!」  
さらに後ろへと飛ぶ。縁側を越えた先にあるのは広い庭。ここでなら存分に刀を振れる。  
「第一回戦はお前の勝ちにしてやろう。だが、ここでなら負けんぞ?」  
「…ふん、面白いじゃない」  
初音も庭に降りてくる。俺は上段に刀を構えた。  
「そこまで言うなら楽しませなさいよ?」  
「楽しませる気など更々無いがな」  
 
俺と初音は忘れていた。  
この庭には、この家の主となるMEIKOが育てている花が植え付けられた鉢が存在するということを…  
 
 
「それじゃ、今日の練習はここまで」  
「はい。ありがとうございました」  
MEIKOはマスターに深く礼をしてレコーディング室から出ようとする。  
「…あ、待ったMEIKO。ちょっと言っておきたいことがあるんだが」  
それを慌てて制止するマスターを見て、MEIKOは軽く小首を傾げた。  
「なんでしょう?」  
 
 
「なんということでしょう」  
初音が呟く。俺は無言で地面を眺めていた。  
 
それは3分前のこと。激しい攻防の末、俺は初音を庭の角へと追い込む。  
「ちっ!」  
初音が舌打ちしつつもう一本スパナを取り出す。奴が二刀流をする時はかなり追い詰められた時。勝利は近い。  
「今さら出しても遅いわ!」  
左から来るスパナを鞘で押さえ付け、刀の柄で初音の右腕を打ち付ける。  
「あうっ」  
初音が落としたスパナを遠くに蹴り付け、俺は勝利の笑みを浮かべる。  
「しまった!」  
「この勝負、貰った!」  
俺の一撃を初音は間一髪で避ける。刃は初音の先にある鉢へと向かい……鉢、だと…?  
「…不味い!」  
気づくのが遅かった。俺の刃は無惨にもMEIKOが育てている花の鉢を斬り付けた──。  
 
「…ヤバイわ。これ、MEIKOがマスターに貰ったって嬉しそうに言ってた花じゃない」  
「…MEIKOはマスターにゾッコンラブだったな」  
「ゾッコンラブ言うなキモい」  
初音は俺をジロリと睨む。  
「どうすんのよ。あんたがここでバトるって言うからこうなったんだからね」  
「先にスパナを出したのはお前だ。俺は正当防衛だな」  
「はあ?男が言い訳なんてしていい訳?」  
「…とにかく、MEIKOが帰って来る前に処理をs」  
 
「ただいまー」  
 
まるでお約束かのように帰宅してきたMEIKOの声が玄関から聞こえ、辺りが凍る。  
しかし瞬時に解凍し、俺と初音は視線を交わした。  
(一旦休戦よ)  
(同意)  
(私がMEIKOを引き付けるわ)  
(俺が鉢だな。10分でどうにかする)  
(長いわよ!でも仕方ないわね)  
(処理が終了したらヘッドセット越しに連絡する)  
(了解)  
この間5秒。好物より生命を重視することで、停戦協定を結ぶことに成功した。  
「めーいこー!おっかえりー!」  
初音が玄関へと駈けるのを見届けた後、俺は花を調べる。不幸中の幸い、花は傷付いていない。急いで別の鉢へ入れ換えればなんとかなりそうだ。  
問題は鉢。周囲を見回しても予備は無い。さて、どうしようか…。  
 
 

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