以下注意点
※リンがリンじゃない
※なぜかカイトとミク、メイコとレンが兄弟
「ただいまー」
俺、鏡音レンは憂鬱な気分で自宅の玄関に辿り着いた。最近は五月に行われる文化祭の、クラスの出し物の準備に追われ、疲れて帰ってくることが多い。
扉を開けて家の中に入ると、すぐ側のリビングから楽しそうな笑い声が聞こえた。
「……何だお前、またいるのか」
「レン君、おかえりー」
我が家の猫、リンを人工猫じゃらしで弄んでいる少女、隣の家の初音ミクが背を向けたまま返事をした。
ミクの兄であるカイト兄と俺の姉であるメイコ姉は昔から仲がよく、俺とミクを足した四人は兄弟のように育った。そのせいか、珠紀は今でもよく俺の家に遊びにくる。
ミクは年上だが、俺の得意な理系教科が全滅な程度の能力だ。反対に文系は俺が全滅だ。以前メイコ姉に、あんたたち足したら丁度いいのに、と言われた。
「リンちゃんが私と遊びたいって言ってるんだよ。ねー」
リンは一瞬首を傾げ、ミクの手から猫じゃらしを奪い取った。
「あっ。……ね、宿題教えてよ」
ようやく振り返ったミクが笑顔で俺を見つめる。
「カイト兄に聞けよ。頭いいだろ、カイト兄」
「だってお兄ちゃんはメイコお姉ちゃんと遊ぶのに忙しくて、私に構ってくれないんだもん」
内心ため息をつきながら俺は顔を背けた。
「わかったよ」
「わーい!」
喜ぶミクを置き去りにして、鞄を担ぎ直すと二階の自室に上がった。鞄を机の上に乗せると、小さなため息をつく。携帯電話を充電機に接続してから小さな座卓を用意していると、扉の外でミクの声がした。
「レン君、開けてー」
「はいはい」
独り言のようにつぶやいて扉を開けると、ジュースの入ったグラスを載せている盆を持ったミクが入ってきた。
「ミク、お前宿題教えてって言って……なっ」
鞄も何もないじゃないかと言いかけて、扉から離れたときに気付いた。部屋の隅にミクの鞄がごく自然に置かれている。確信犯か?
「今日数学の宿題が出てねー」
俺の内心に気付くことなく、ミクは引き寄せた鞄から教科書とノート、筆記用具を取り出す。それを広げてしまうと期待に満ちた目で俺を見上げた。
「準備、できたよ」
「まず自分で解いてから言え」
「はぁい」
一瞬口を尖らせてからミクは問題を解き始めた。
シャーペンが止まったまま時間だけが過ぎていく。俺は自分の椅子に座ると、眉をひそめて問題と向き合っているミクを見ながら考えた。
ミクは顔も割合かわいいし、性格も面倒見がいい。だが、俺はもう少しふくよかな方が好きだ。主に胸。
だから、ミクはストライクゾーンに入らない。それ以前に、妹みたいなものだ。年上だけど。
「年上か……」
「ん、何て?」
俺の独り言を聞き付けたミクが顔を上げた。
「押し売りか、って言ったんだよ」
「嘘だー。年上って言ってたよー」
しっかり聞こえていたらしい。
「何、年上って」
「それより問題解けたか?」
「うー、誤魔化したー」
「はいはい。で……って一問も解けてないし」
拳を握ってテーブルをとんとん叩くミクの頭をなでてノートを覗き込んだが、開いてあるページは問題が書き写してある部分以外真っ白だった。
「ミク……」
「だってわかんないし」
呆れたような声が零れ出ると、ミクが不満そうに口を尖らせた。
「これは中学生の内容だろ? ほら、因数分解」
「えー」
教科書を指し示しながら少しずつ教えていく。大丈夫、この辺なら公文でやったことがある。
宿題が済むと、ミクは諸手を上げて教科書を放り投げた。
「わーい! あっ、手がすべった!」
「部屋を荒らさないでくれよ、頼むから」
立ち上がって教科書を拾い上げ、教科書が当たって中身が少し零れた本棚を整理した。
「レン君」
「ん?」
振り返るとミクが手招きしていた。
「何だよ」
「耳貸して」
「普通に言え」
「やだ」
「俺らしかいないのに、何で耳打ちする必要があるんだよ」
ミクはむっと唇を尖らせた。
これはミクの癖の一つで、昔から密かにアヒルに似ていると思っている。言ったら傷つくかもしれないから黙っているが。
「で?」
ミクの目の前にしゃがんで、キスをしそうなほど顔を近付ける。ミクの顔がぱっと赤く染まり、目を逸らしながら俺を押し退けようとした。
「近い、よ」
「耳貸すのも距離的に変わらないだろ」
「そう、だけど……全然違うよ」
「ほら、早く言えよ」
逆にミクの耳元に口を近付けて、低い声で囁く。
「うー」
ミクが変な声で呻いた。そして口を開いたかと思えばとんでもないことを口走ってくれた。
「お兄ちゃんの方がもっとエッチな声出せるもん!」
何だそれは。口走った瞬間に手で押さえても遅いんだよ。
確かにカイト兄は時折、俺でもぞくっとするような艶っぽい声を出せるが……今言わなくてもいいじゃないか。
「ミク」
「なっ、何」
及び腰なせいで上目遣いになっているミクを見下ろす。
「お前にもエロい声出させてやろうか」
「いっ、いい! 私そんな声出ないし!」
「出せるよ。とびっきりの奴がな」
指先でそっと首筋をなぞる。途端にミクが息を詰めてぴくっと震えた。
「……何てな」
「へ!?」
不意に離れると、ほっとしたような残念そうな表情を浮かべてミクが俺を見上げた。
「何だよ、その顔」
「別に……」
立ち上がって椅子に座ったが、ミクはまだ口の中でもごもご言っていた。
終わり