絡み付く粘膜と物理的な要素以外の圧迫に、ただただ喘ぐ。快楽だけじゃないと否定で  
きたら、もっと簡単に声をあげられたかもしれない。  
 
「……中で、構わぬか……っ……?」  
 
 そんな切なそうな声で、耳元で問われたら拒めない。迫ってくるエクスタシーに流され  
るのではない。がくぽに、求められてるんじゃないかと信じそうになる自分が、確かにこ  
こに。  
 
「……ん…っ……――」  
 
 頷くのと、唇が触れ合ったのは同時に近い。彼の舌に触れる。触れ合う。伝う何かに、  
己だけが抱えてる感情ではないと、篭められたらいい。  
 狂いそうになる腰の動きに、感情なんか置き去りにして同じエクスタシーを共感する。  
イきたい。イきたくない。まだ、このまま、ずっとずっと彼を感じていたい。  
 
 挿入を繰り返す器官、互いの男と女を示すわずかな違いに集中する。熱くて熱くて惚け  
そうになる。これは息ができなくて溺れる瞬間に似てる。もうだめだという諦めが体を貫  
く。絶頂に達してしまうのを惜しむのは、その後に来る切なさや寂しさを知っているから  
だ。  
 
 嫌だ。またこうして、セックスでしか彼を繋ぎ止められない己が嫌だった。  
 
「……がくぽ……っ!!!」  
 
 奥をもう一度突かれたら達してしまう。知らせたいのか、知らせたくないのか、見つめ  
た先に見えたがくぽの、熱い肢体に震える吐息に、拒んでいた全てが白旗を振る。理性を  
快楽が突き破る感覚に啼く。私は彼が好きなのだ。繋がってられるのは嬉しいと同時に、  
とても哀しいと感じられる程。  
 
 遮光カーテンに仕切られた部屋は、覗く微かな光から、朝が来たことを存外に知らせて  
いた。自分の体の、そのすぐ隣でまだ惰眠を貪るがくぽがいた。起こすには忍びない安ら  
かと称せる顔だ。がくぽの片腕が腰に回されているのと、自分が情事の後そのまま眠って  
しまったという羞恥心が襲ってくる。  
 狭いベッドで肌を寄せ合って、こうやって朝を迎える。今日という日が何という予定も  
ないオフだから、こんなに緩んでしまうのか。彼が緩むほどに、自分は緩めない。体を重  
ねるにつれて、心が引きずられていることを、知られたくなかった。自分だけが勝手に焦  
がれている。  
 
 
 
「……休日なのだから、」  
 
 寝ていると思ったがくぽは、目を瞑ったまま、少しだけ起き上がったルカを寄せた。腰  
に回っていた腕は裸の胸を揉み、もう片方の手で陰部を弄り始めた。彼は彼で、体の欲求  
にのみ従っているのだ。  
 昨夜の名残、性交の残渣がルカの内部を蕩かすのを手伝ってしまう。立ち上る、がくぽ  
の香り。それだけでもう、交じりたいという感情が起こる。少し乱雑で性急な求めに、文  
句を言うこともできずルカは、そうして体を重ねる。  
 
 仰向けのがくぽに馬なりに体を繋げて、昨夜よりも猛々しい肉棒に悦ぶ。どんなに想っ  
ても満たされない。ルカががくぽを感じるようには、がくぽはルカを想ってない。これは  
きっと独り善がりで、でもそれは許してはいけない事だった。  
 
 
 互いに求めたのは一人寝の寂しさを紛らわせるためだ。持て余した性欲を満たすために  
は、近しい境遇の者がお互いに最適だと思った。きっかけは今でも、些細な衝動だったと  
わかっている。繰り返すうちに芽生えてしまった気持ちを告げるには、割り切りすぎてい  
たのだ。  
 もちろんがくぽは、ルカを乞う。麗しい歌姫だと優しく語り掛けてくる。でも情事の最  
中は別だ。言葉なんて置き忘れてきたものとして、ルカという体を攻略しているだけだ。  
 
 それでも。がくぽと一緒にいられるのが嬉しい。失われてしまうには惜しい。気持ちを  
伝えられないのは哀しいけれど、まるで独占してるような時間が唯一の繋がりに思えて、  
飽きられないように彼好みに啼くしかない。啼くだけでがくぽを繋ぎとめられるなら、ど  
れだけ淫らに啼いてもいい。  
 
 シャワーを一緒にという誘いを断って、一人になって肩を抱く。窓の外は明るい日差し  
で溢れているのに、どうしてこんなに寒いのか。わかっていながら、わからない振りをす  
るには、気持ちが大きくなり過ぎている。  
 
 リネンに染み込んだがくぽの香りに涙が出そうになる。焦がれてる。慕っている。ただ  
純粋に恋しい。  
 
「歌って、啼いて、ベッドを温める関係なんて」  
 
 格好だけだと笑っていたが、彼は今を生きる侍だ。その武士の人生の中で、ルカの立ち  
位置はまるで芸者そのものだ。金銭で賄えるのならば、まだ気が楽になるだろう。でも二  
人に経済的な取引などない。  
 
「私が芸者で、がくぽが旦那様、か」  
 
 旦那様がいなければ生きていけない。どんなに身を削っても贖えない。体だけでなく心  
も明け渡してると知れたら、きっと愛想をつかされる。愛しい気持ちを紡げない苦しさに、  
胸が熱くなる。溢れ出た涙を止められずに、がくぽの香りのする枕に顔を埋めて泣いた。  
 
「……私は、そんなに無茶をしたか?」  
「!!」  
 
 慌てて起き上がると、浴び終わったがくぽが、水滴をふき取りながら戸口に立っていた。  
涙を見られた恥ずかしさに紅潮して否定しようとするが、笑うがくぽに制された。  
 
「面目ないな、寝起きではどうしても抑えが利かぬ。女性は朝からそのような気分にはな  
れないと聞いたことがあるのだが」  
「せ、生理現象に文句なんて言わないわ」  
「少しくらい文句を言ってくれないと、私はこの先も甘え続けるかもしれぬ」  
 
 この先もずっと、甘えててくれて構わない。一緒にいるという約束をしてくれるなら、  
どんなものだって差し出す。  
 
「シャワーを浴びないまま、いつまでも性の香りを纏うのであれば、遠慮なく申してみよ」  
 
 そういって軽口を叩く。なんでもないように交わして、シャワールームに滑り込む。立  
ち上る蒸気に安堵を洩らし、タイルの上に数本抜け落ちたがくぽの髪をシャワーで排水溝  
の見えなくなるところまで流す。胸の気持ちも、簡単に流せてしまえたらいい。何でセッ  
クスの後にこんなに寂しくならなくちゃいけないのか。  
 壁についた指の間を湯が伝っていく。肌を重ねる以上の交わり方を知らない。この指も、  
この腕も、この胸も全て差し出した。残した心はもうボロボロで、もうすぐ立つ事すらで  
きなくなる。濡らした髪を掻き揚げても、これ以外の道が残されていないことに気づく。  
 
 もう、ダメ。  
 
 
 
 髪を乾かして身支度を整える。鏡の中の自分は、とても情けない顔で見つめ返してきた。  
最後の矜持がルカを奮い立たせる。割り切って始めた関係なのだから、割り切って終わら  
せよう。いつまでも続けていいものでないことは、わかっていたはずだ。  
 
 しかしそこにがくぽの姿はなかった。見渡したリビングに人影はない。揺れるカーテン  
の向こうに、少しだけ開いたガラス戸。眩しいくらいのベランダの植物。がくぽはどこに  
行ったのだろう。離別を決意したというのに、一人残されてることが痛烈にルカを打ちの  
めす。寂しい。寂しい。  
 
 コーヒーメーカーが最後の一飛沫を上げる。がくぽが用意していたのだろう。振り返れ  
ばそこに、「コーヒー好きだったろ?」と笑うがくぽを容易く想像できてしまう。 染み渡  
るコーヒーは好き。がくぽの淹れてくれるコーヒーが好き。がくぽが、好き。  
 
 好き。だから、寂しい。  
 
「もう出ていたか? 何も食べるものがなくてな、買って参った」  
「コーヒー、丁度できたみたい」  
 
 いつだったか、自分用と決められた、淡い花が散るカップに、がくぽが好んで使う渋い  
カップにコーヒーを注ぐ。揺れる水面に自分が見えた。寂しいところにいた、がくぽの帰  
りに喜んでいる顔だ。情けない反面、どんな愚かしさも、何故だか笑えてしまう。  
 
「遅い朝餉だから軽いもので良かろう」  
「いい香り。焼きたて?」  
「そのようだ」  
 
 コーヒーを手渡しして、そっと窓辺に寄る。食べてから切り出そうか、迷う。タイミン  
グが掴めなくて、どうしていいいかわからない。  
 
「ね、がくぽって植物好きなの?」  
 
 ベランダに出ているものもそうだが、そういえば、室内にもぽつんと観葉植物が置かれ  
ている。  
 
「好きというか、気が付いたら購入していた」  
「何それ」  
「この地区は夕方になると音楽が流れるのだが、その曲が『椰子の実』だそうだ」  
 
 
"実をとりて胸にあつれば 新なり流離の憂  
 海の日の沈むを見れば 激り落つ異郷の涙"  
 
 
「だから椰子なの」  
「寂しかったのだろうな。私は皆とは違う出だから」  
 
 短絡的だと笑ってみた。がくぽも寂しさを感じるのだ。まるで寂しさを共有できたよう  
な心地がした。  
 
「そんなことで椰子を買うなら、もしかしてベランダの柳は」  
「隠すまでも無い。それを見たとき、啄木を思い出したまでだ」  
「もう、どこまでもジャパニーズなのね」  
 
 ルカ自身、その柳を見て寂しさを覚えた。だから、きっと夕方の鐘を聞けば、同じよう  
に寂寥感に苛まれるかもしれない。  
 
「相変わらず、じゃあ夕方は寂しい?」  
「ところがそうでもない」  
 
 今はルカがいるから、と。がくぽはルカの肩の上に、その言葉を残していった。  
 自分がいれば、寂しくない。そういうこと? ねぇがくぽ、最後までちゃんと伝えてく  
れなきゃわからないよ。  
 
「そうならないわけではないが」  
「え」  
「伴にいない間、何をしているのだろうと思う時。他の男の話題が上る時。数え上げたら  
限がない」  
「な、に、それ」  
 
 がくぽはルカの手を引いて卓の前に座らせる。真ん中に置かれたパンからは、まだ焼き  
たての香りが漂って鼻腔をくすぐる。  
 
「教えてくれぬか? どうしたら私は、ルカのステディになれるのか」  
 
 コーヒーを淹れてくれる。パンを買ってきてくれる。寂しさを共有してくれる。がくぽ  
の甲斐甲斐しさが、ただルカを乞う、それだけから発せられてるのだとしたら。  
 
 震える手からカップを離して、ぎゅっと両手を組んで、耐える。そんなこと、あるわけ  
ない。だって、だって、これは割り切った関係で、勝手に自分だけが好きになって、その  
気持ちが返ってくるわけないじゃない。  
 
「……やめてよ。そうやって優しくして、何、期待してるの」  
 
 期待してるのは自分のほうじゃない。そんな声が響く。勝手に期待して、勝手に傷つく。  
それに耐えられるほど強くなんてない。だから期待なんてしない。してない。  
 
「ルカを、独占したいのだ」  
 
 なんで、なんで、終わりにしようっと思った朝に、そんなことを言うの。どうして。  
 
「どうして、もっと早く言ってくれないの」  
 
 ずっと、ずっと寂しかった。この気持ちを抱えてるのは自分だけだと思ってた。がくぽ  
が求めるのは体だけで、ルカという個ではないと思い知らされるばかりで、苦しかった。  
 涙が溢れて、止められない。寂しさからじゃない、嬉しくて止められない涙だった。  
 
「優しくなんて、しないでよ……」  
「それは困るな。どうか優しくさせてくれ」  
 
 
 
 
 二人で出かけるのは気恥ずかしかったし、皆に揃いのリングをしてるのが気づかれるの  
も、多分時間の問題だ。相変わらずなペースで体を重ねてるけど、以前にはない、心が伴  
ってるのがわかる。  
 セックスは気持ち8割だと実感する。あと2割は技術とか勢いとかだとカイトが言って  
いた。真実かどうかは置いといて、繋いだ手が心地いいのは本当で、それを素直に口に出  
せるのも、きっと相手ががくぽだからだ。  
 
「旦那様か、芸者遊びというのも趣きがある」  
「帯廻しがしたいだけじゃ」  
「……鋭いな」  
 
 きっと、がくぽだから、許せる。  
 
 
了  
 
 
<注釈>  
1)島崎藤村『椰子の実』より  
2)石川啄木『一握の砂』より  
 "やはらかに柳あをめる 北上の岸辺目に見ゆ 泣けとごとくに"  
 
 

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