リビングのドアを開けた瞬間、ひどく言い争う声が廊下に響き渡った。俺は慌ててドアを閉め、事態を静観する。  
何で慌てるのかって言うと、メイコはまだ寝てて、こんな喧嘩で起こされたら激怒するから。  
「リンの初恋は俺だもん!来たばっかりの頃は『リン、お兄ちゃんのお嫁さんになる〜』って言ってたし!」  
あぁ、最初のひと月位は言ってたな。まだ少し頭が弱いお兄さんって認識で済んだ頃な。つか、キモイ声真似すんなバカイト。  
「そのような昔の事は知らぬ!自分はこの間『大きくなったらがっくんをお婿さんにしてあげる〜』と言われたばかりだ!大体カイト殿にはメイコ殿がおられるだろうが!」  
あぁそれは良かったな・・・って婿かよ。一応長男なんだし嘘でも嫁になるって言ってやれよリン。そしてがくぽ、お前も負けじと声真似すんな。  
「めーちゃんは俺の嫁だけどリンは俺の妹なの!」  
「自分はリンの恋人だ!兄上様には出しゃばらないで頂きたい!」  
「がくぽ君に兄と呼ばれる由縁はない!」  
「いずれはそうなるのだから構わないではないか!」  
「リンはまい りとる すいーとなの!」  
「戯けた事を!まい えたーなる らばーに決まっておろう!」  
下手な英語で張り合い出した馬鹿二人は放っといてソファに近付く。騒ぎを気にも留めていない様子で新聞を読むルカに話し掛けた。  
「おはようルカ」  
「レン、おはようございます。それにしても、あちらは朝から元気ですわね」  
「今度は、何が原因なわけ?」  
「何だか、SAMURAIがリンと遊園地に行くと言ったら、ICEが怒り出して・・・」  
あぁ本当馬鹿だ。カイトも馬鹿だけどがくぽもそろそろ学習して黙って行きゃあ良いのに。思わず溜め息を吐くとルカの不思議そうな瞳が見上げてきた。  
「レン、遊園地とはあれ程言い争わなければならない程危険な場所なのですか?」  
「いや、全然安全な場所だよ。ただ、人が多いからはぐれる可能性がある位かな。でも携帯あるし、リンも誘拐とかされる歳じゃないしな。それにあいつら仲良くお手手繋いで行くんだろうから心配ないって」  
「成る程。で、結局のところ遊園地とは何をしに行くところなのですか?」  
あぁ、そっから分からないのか。俺は虚を突かれた気分で分かりやすい言葉を探す。  
「えっとさ、アトラクションてのがいっぱいあって・・・」  
「oh!attraction!素敵!楽しそうですわね!でも、それならどうしてICEはリンを行かせたくないのでしょう?」  
どうやら英語で分かってくれたらしい。もしかして、アミューズメントパークって言ったら一発だったのかな。  
「あれだよ。二人っきりにさせたくないんだろ。バカイトは過保護だから」  
「hmmmm...では、私たちが一緒に行けば良いのではないでしょうか?」  
ルカは目を輝かせてこっちを見てくる。  
「・・・それ、ルカが行きたいだけだろ」  
「だってお兄さま、楽しそうじゃありませんこと?それに、行けないとなったらリンがどんなにがっかりするか・・・」  
こういう時だけ兄扱いするなんて、女ってやつはずるい。心の中で溜め息を吐くも、お兄さまって響きの素晴らしさに抗うことは出来なかった。  
 
「おいリン、早くしろよ。せっかく俺がバカイト説得したんだからな」  
「え、レンがお兄ちゃん説得してくれたんだったの?」  
で、遊園地に行く日。支度に手間取ってるリンを急かすために部屋に上がり込んだら、まつげ仕上げ終わるまで待てだとさ。で、ポロッと恩着せがましい事を言ってしまって、取り繕うために、少し墓穴を掘ってしまった。  
「まぁ、ルカが行きたそうだったし」  
「ふぅ〜ん」  
リンはにやぁ、っていやらしく笑ってこっちを見る。  
「おい、別に俺は留守番でも良いんだからな!」  
「はいはーい。で、この格好どう思う?」  
リンはスカートの裾をひらめかせてくるっと一回転してみせる。  
紺と白のボーダーの、ふわっとした袖の服に真っ白のミニスカートって組み合わせは、いつものリンより少し大人っぽい。でも、夏っぽい感じがリンに良く似合ってる。  
「別に、普通」  
「むぅ・・・そういう時は嘘でも可愛いって言うもんなのに」  
そう言って少し黙り込んで鏡とにらめっこする。次にこっちを向いて口を開いた時はすごく不安そうな表情で。  
「変じゃない?服だけ大人っぽくない?着替えた方が良いかなぁ・・・」  
さっきまで笑ってたくせにすぐ落ち込む。恋する女は本当に扱いにくい。  
「大丈夫だよ。ちゃんと似合ってるって。それより、早く行かないと遅刻だぞ」  
「うん。あのね、レン、本当にありがとね」  
「分かったから、ほら、行くぞ」  
意地っ張りなリンが俺にこんな風に言うって事は、がくぽと遊園地に行けて相当嬉しいらしい。なんか、こっちまでドキドキしてくるみたいでこそばくなってリンの手を引いてリビングへ向かう。  
本当に何から何まで世話が焼ける。でも俺は、リンのそういうとこは、嫌いじゃなかったりする。  
「うんっ!」  
手を握り返してきたリンを、少し引っ張るようにして笑い合う。  
 
数瞬後には自然と離される手だけど、だからこそ自然にまた繋げるっていうのが俺達だけの特権だと思って、少しだけ嬉しくなったのは内緒だ。  
 
end  
 

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