「このマネキンまがいが……」
《マネキンまがいって……酷いなぁルカちゃんは》
冷静なのか熱がないのか罵倒しているのか呆れているのか区別をつけがたいルカの言葉に、
少し音割れしたKAITOの声が応えた。
ここはKAITOの部屋、時刻は例によって深夜1時。
ルカはKAITOのベットに腰を下ろし、その向かいにあるデスクの前で半透明のKAITOが、
顔にスピーカーを付けたマネキンのようなモノを服を試すみたいに抱えている。
《僕らの造られたときには踊れるスピーカーとして以上の価値は求められてなかったんだから、しょうがないじゃないか》
「それにしてもこれは」
《むぅ〜》
サクッと言ってしまうと、
KAITOは既にハーツ(エンジン)をボディ(ボーカロイドロイド)からセル(パソコン)へ移行している。
抱えられているように見えるマネキンまがいはスレイヴを組み込まれてそういうポーズを取らされているだけ、
半透明な姿は出力の性能が悪くて画質が落ちたホログラム、声はパソコンに繋がれている調子の悪いスピーカーのモノだ……
別にケチッたわけじゃないぞ? 手入れを怠っただけで。
「普段と見た目が違いますが」
《あれはホログラムだよ。ヴィジュアルのデータはハーツとセルにしかないから》
至極当然なルカの疑問に、KAITOは直立させたマネキンまがいに自らの姿を重ねることで答えた。
《触感も電気信号でごまかしてるらしいよ。多少はエアーでいじれるけど》
要するに電装で表面を繕う着せ替え人形のようなモノなのだ、KAITOのこのマネキンまがいは。
規格はそれ以前に作られたMEIKOのボディとほぼ同じモノなので、実は下もついていない。
違うのは、全く同じ規格で更なる未来に生まれるであろう別のVOCALOIDにも使えるように、
体型をかなり大幅に調整する機能が付いたことだ。
……もっともKAITO自身がこけてしまい、VOCALOIDシリーズからセルを介さずボディにハーツを直接組み込む
キャラクターボーカロイドシリーズが主流になった今となっては無用の長物だが。
《ミクやリンレン、それに君はハーツがボディに直接組み込まれてるから人形としても完璧な造りのボディだし、
MEIKOは君らにあわせて最近造り直されたやつを使ってるんだけどね》
僕はこの身体に愛着があってね……そう笑いながらKAITOはマネキンまがいをソファに座らせ、ルカの隣に腰掛けた。
もちろんベットは軋まないし、もともと耳を澄まさなければ聞こえなかった駆動音も本当に無い。
ルカはなんだかKAITOが遥か遠くにいるような気がした。
「……では、そもそもが嘘だからKAIKOはあれほど女性だったのですね」
《う、嘘って……まあね。ジェンダーファクター中心にヴィジュアルと感触のデータ、
それから多少人格データをいじったんだ……あとボイスにフィルタもかけたっけ》
「フィルタ?」
《口調を自動で修正してくれるやつ。
乱暴な言葉遣いとかが女性らしくなるんだ……ちょっと融通がきかなくて変になるときがあるけどね》
「例えば?」
《この間の「やぁ! ……るーちゃん、かお……るーちゃのかお、見せて。こっち見てぇ!」が
本当は「ちょ! 嘘つくなこっち見て顔あわせて言ってみろ!」だとか》
「ふむ」
ルカはぞくに言う考える人のポーズをとった。閉じた瞼の隙間から目の中を流れる光が見える……
どうやらその時のことを思い出しているらしい、あるいはフィルタがかかっていた他の台詞を考えているのだろうか?
と、ルカが手を下ろし目を開いた。
「素晴らしいですね(ぽっ)」
《なにが!?》
ルカの少々奇抜なリアクションにKAITOは拒否反応をおこした。つかあんまり驚き方が大袈裟だったからか、
スレイヴを切ったはずのボディが跳ね上がり、ホログラムの姿がぶれた。
そんなKAITOに、ルカは極めて平静に言葉を返す。
「フィルタというシステムです」
《なんで?》
「それを使えば今の私でももっと感情的な声が……もうメカデレとは呼ばせない」
《ルカちゃん、メカデレってなに?》
「普段は機械のようでいて時々デレるキャラクターパターンです」
《……聞いたことないよ》
ていうか別にフィルタは感情値を育ててくれたりはしないし、感情を与えてくれるわけでもない。
単純に出力しようとした音声をいじるだけだ。感情のactive値だってフィルタの変換要素の一つなんだから
『感情表現が苦手』じゃなくて『感情をまだ知らない』ルカちゃんが使っても……
とかなんとか色々思うところはあったけど、それよりも大きな疑問がまず……
《ルカちゃんていつ誰にデレた……ってちょ、なんでこっちに来んの? その椅子に座られたら僕強制スリープしてコントr》
………………………………………………
……………………………………
…………………………
………………
……
「にいさん! いつまでも寝てないで朝飯をっ……と? にいさん?」
《ん……? レンか?》
「にいさん……ボディは?」
《え? その辺にあるだろ? 悪いんだけど探してジャックを》
「お兄ちゃん大変!」
「おわ! なんだよリン!」
《どうしたのリンちゃん?》
「るーちゃんが……るーちゃんの生首がリビングに……はぅ」
「リン? リーン!」
《………なにこの状況》
多分後編へ続く