「こんにちは」  
ルカににこりと笑われて、がくぽは言葉を失う。  
薄暗い雨の景色の中で彼女のところだけ光が射している。  
「よかった。これから伺おうと思っていました」  
「左様か……」  
言葉が出てこない。なんの用があるというのだろう。  
婚儀の話なら、やはりそれなりの手続きなど必要だろうから、それについての内々の打ち合わせだろうか。  
ルカは施設の名前を出す。  
「行かれたことはありますか?」  
「いや、名前を知っている程度だ」  
「よろしければ、一緒に行きませんか?」  
一緒に行きませんか?  
一緒に行きませんか?  
一緒に行きませんか?  
一緒に行きませんか?  
一緒に行きませんか?  
何度もリフレインする。  
有頂天になるというのはこのことをいうに違いない。  
だから、がくぽはその後に続いた  
「みんなで行くという話になったんです。海がお好きなようですからどうかと思いまして」  
という言葉を聞いていなかった。  
 
 
 
想定すべきだったかしらね。  
駅で待ち合わせたMEIKOはちょっと言わなかったことを後悔する。  
ルカ以外の人間がいることに茫然自失しているがくぽは着物もどきのあの格好だった。  
正装でもあるのだから、ある意味当然なのかもしれない。  
ちなみにMEIKO達はカジュアルで動きやすい軽装だ。  
双子にいたってはユニセックスなハーフパンツとTシャツを偶然選んでるせいでそっくりさが強調されている。  
着替える暇がなかったのは当人たちの責任だった。  
「暑くありませんか?」  
真面目なルカの言葉に周囲が凍てつく。  
「心頭滅却すれば火も自ずから涼し」  
直訳はやせ我慢だろう、この場合。  
「Think toad met?」  
「涼しいと思えば涼しいんですって」  
「Sorry、慣用句はよくわからないので」  
「慣用句じゃなくて、ことわざだよな」  
「故事成語だってば」  
どっちもダウトよ。  
ちなみに、禅の言葉である。  
「夏用の麻なので見かけよりは涼しいである」  
夏用ってあるんだと双子が素直に感心している。  
引率の保育士の気分になったMEIKOだった。  
 
「今日は平日だと認識していたが…………」  
みんながみんな土日休みじゃねぇって。  
「平日休みの人が全国から集まればこうなるのよ」  
めーちゃんが親切に説明してくれる。  
「子供の姿も散見するが……」  
「創立記念日とか、何かの代休とか、そういう休みの日があるんじゃない?そう思っていた方が平和よ」  
 
今時は学業より娯楽優先な親がいることはあえて説明する気はないらしかった。  
義憤とか似合いそうだもんなぁ、この人。  
レンの中でがくぽの好感度ただいまマイナス。  
理由、邪魔だから。  
ルカと初めて遊びに行くというから張り切ってリンと一緒に計画を立てたのに、  
何故かおまけが付いてきた。  
それだけでも好感度下がっているのに、合流した時から、ルカしか見ていないのだ。  
狙ってたって絶対にやるものかと思ってしまう。  
せっかくやってきた妹だし、  
年上だけど、美人でおっとりしてて、  
危なっかしくて天然で、しかも巨乳。  
ここ十四歳的にはかなり重要。  
え?MEIKOもそうだろって?  
……………………(汗)  
コメントは控えさせてください……。  
またあんまり仲良くなっていないのに、横からさらおうなんてさせないと固く心に誓った。  
端から眼中にはなくて、ルカと遊びに行けることを心から楽しんでるリンと、  
だから、電車の中では両サイドを固めてやった。  
仕事が忙しくてなかなか話しもできないんだからな。  
「かるく食べておきましょう」  
シートを広げてちょっとしたピクニック気分。園内は持ち込み禁止だから中では食べられない。  
やろうと思えば方法はなくはないけど。  
朝食は食べたけど何せ朝が早かったからおなかは空いてる。  
今回は食事を適当にしてアトラクションとショーをてんこ盛りにしたから、  
かなり不規則なものになる予定なんだ。いろんなところにワゴンが出てるけど。  
ルカに勧められて、がくぽは鼻の下のばしまくり。  
美味いとか誉めてるつもりかもだけど、そのおにぎり握ったの、俺とめーちゃんだから。  
ルカはまだちゃんと握れないから。  
力加減を修得していないせいで餅状に圧縮されるか、  
手から皿までの間に空中分解するかだから。  
どうして極端になるんだろう。  
ちなみに、リンはちゃんとした形にならない。難しくないはずなんだけどな。  
良妻賢母にはほど遠いスキルだから。がくぽはそういうの好きそうだけど。  
なんたって、家事をすることになった第一声がそういう機能は装備されてませんと、  
まじめな顔で言ったんだぜ。めーちゃんに。  
絶対零度ってものを味わったね。  
ちなみに家事スキルはめーちゃん≧兄ちゃん>>>俺>>ミク姉>リン>>>>>ルカね。  
まあ、ボーカロイドとしては自慢にならないけど。  
 
「大丈夫ですか?」  
ルカ、そんな風に聞いたら、大丈夫としか言えなくなるから。  
フリーホールから降りたがくぽの顔色は真っ青で、でも、大丈夫だと答えてる。  
男って……。  
これからショーを見に行くからそれで回復すると思うけど。  
双子はそれぞれにパスを取りに行ったり、並びに行ったりとすでにいない。  
KAITOもいれば、何か飲み物でも買ってこさせるけど。  
双子は朝からルカにベッタリだ。  
リンは単純にルカと一緒を楽しんでいるっぽいけど、レンは確信犯的にがくぽの邪魔をしている。  
心配しなくても、ルカにとってがくぽは私たちと同じカテゴリーで分類されているわよ。  
その様な機能は装備されていませんって素で言いそうだしなぁ。  
装備されているけど。  
歌なんて大半恋愛がらみなんだから。  
「black Dragon teaしかありませんでしたけど」  
ん?とか思ったけど烏龍茶のことらしい。直訳するとそうなるわね。  
ルカは優しい。ちゃんと気を使える。いかんせん天然だからちょっと方向性がずれたりするだけだ。「かたじけない」  
ルカが首を傾げる。Thank youなのか、No thank youなのか翻訳できないらしい。  
汎用性の高い言葉だわ。  
受け取ってもらってようやくにっこりする。  
がくぽは硬直している。  
1,女性に耐性がない。  
2,心酔している女性の笑顔は心臓を止めるほどの破壊力。  
 
答、両方。  
大丈夫よレン、当分1ミリだって進まないって言い切れるわ。  
 
「およ?」  
予定より早く湖畔に移動する。  
「次はがくぽはやめておいた方がいいと思って」  
場所取りの留守番をさせる気らしかった。さすがめーちゃん。  
ベストビューポイントの一つを楽々ゲット。場所確保のためにシートを敷く。  
「次はループも入ってるジェットコースターだから、乗らないでここで留守番をしていてくれる?帰りにランチボックスを買ってくるから」  
「jet coaster?」  
「roller coaster」  
和製英語とは知らなかった。  
「かたじけない」  
「私もの……」  
「じゃ、よろしくね。行こうよ、ルカ」  
リン、good job。  
聞いちゃいないだけだろうけどな。  
「気分が悪いなら、横になっていてもいいわよ」  
バランサー調節してもらった方がよくないか?  
絶叫系に一日中乗り続けても平気なリンも調整してもらうべきだと思うけど。  
「ピリピリしてると逆効果だと思うわよ」  
 
ルカにだけばれなきゃいいとは思っていたけど。  
「心配しなくても、当分進展しそうにないから」  
「いきなり、兄さん達みたいになったらどうするんだよ」  
俺達の入る隙なんてない。  
そんなのはつまらない。  
「無理よ。がくぽ、相当不器用だもの」  
「不器量だとどうなんだよ」  
「とりあえず、電話番号の交換もできていないってこと」  
不器用であってイケメンだから。  
ちぇっ、わざと間違えたのに引っかからない。  
「携帯持ってないの?」  
「持ってるわよ」  
「何で教えないのさ」  
変すぎ。第一歩だろうに。  
ルカは聞かれれば教えるだろう。同じボーカロイドならなおさら教えない理由はない。その辺本当に無防備だ。  
「恋ってそんなものなのよ」  
ますますわからない。  
「レンもそのうち解るわよ」  
誰かに恋をすればね。  
「兄さんみたいに?」  
「KAITOは違うわ。ミクに恋しているわけじゃないから」  
「どう違うんだよ」  
「キスしたいかどうかじゃない?」  
「ぶっちゃけ、S…」  
「その単語、こんなところで使わない!」  
耳年増と言われてぐっと詰まる。どうせ……  
それを実行したのは、単なる好奇心といたずら心だ。意味なんてなにもない。  
そりゃ、めーちゃんは外見だって大人だし、俺達より何年も前に生まれてるし、それなりに苦労もしてきてるだろうけどさ。  
なんか、何でも解ってる的な口調にもちょっとイラっと来たのも事実で。  
でも、悪気とか、他意とかそんなものは全くなかった。  
「めーちゃん、ちょっと……」  
「何よ……」  
近づいた唇に口付ける。  
あれ?  
めーちゃんの反応は俺の予想と全く違った。  
一瞬のうちに耳までどころか首筋まで綺麗に赤く染まったのだ。  
あれ?可愛くない?  
ずいぶん前に兄さんとどうしてかめーちゃんの話になった時、  
恐いだのきついだのと今思えば結構申し訳ないくらいマイナスなことを並べ立てた俺に、  
兄さんは何でもないことのようにめーちゃんは可愛いよと言ったことがある。  
その時は勇者程度にしか思わなかったけど、顔を真っ赤にして、ちょっと目を潤ませためーちゃんは可愛かった。  
次の瞬間には鳩尾に衝撃が来たけれど。  
知ってるか?  
鳩尾にきれいに決まると息ができなくなるんだぜ。  
痛みは後からくるだぜ。  
 
ショーを見終わって、トイレに行って顔の赤みまでとってきためーちゃんは完全に抹消したらしかった。大人ってそういうところズルいよな。  
 
結局、ジェットコースターは諦めた。別な意味でふらふらしている時に例えループ一回のヌルいものにさえ乗りたくはなかったから。  
二枚の浮いたパスはいかにも田舎から出てきました風の純朴そうな中学生のカップルにリンから進呈された。ほんとはいけないんだけどね。  
リンによると夜行でやってきて、入場にも時間がかかったせいで、やっと最初の乗り物だったのだそうだ。  
創立記念日で休みで夕方までしかいられないという話を要領よく聞き取ったリンによって彼らが俺達のシートに招待されたのは言うまでもない。  
増量した顔触れにがくぽは少し唖然としていた。軽く同情。  
 
地中探検と深海探検と嵐を相手に戦う合間にショーを挟んだりして、もちろん夜のショーもベストビューポイントの一つを確保して、花火も楽しんで、お店を冷やかしている最中に閉園になった。  
よく遊んだなぁ。さすがに疲れた。  
帰りの電車では一番走り回ってくれた双子が両サイドからルカに寄りかかって船を漕ぐ。  
「楽しめましたか?」  
「無論」  
語尾を省略するのは日本語の特徴だけど、省略しない方がルカには伝わりやすいわよと、言うべきかどうするべきか。  
しばらく微妙な空気が流れる中、駅に着く。  
双子を起こして改札を抜ける。  
「ルカ殿」  
「はい」  
「……………」  
言いよどんでるし。  
目が珍しくも宙をさまよってる。逡巡しないで言うべきだと思うわ。  
言葉によっちゃ聞かなかったことにもしてあげるから。  
「夏になったら……本物のう…海に行かないか?」  
「夕日を見に?」  
日頃どんな会話があるのかちょっと聞いておくべきね。  
「さよう」  
「喜んで」  
レンの目が険しくなる。  
「今度は兄さんやミクちゃんも誘って」  
真っ白に燃え尽きたがくぽに心の中で合掌した。  
 
 

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