夏だ!
海だ!
あづぃぃぃ……
車を降りた途端、へばったら、小突かれてパラソルを持たされた。
仕事にしろ遊びにしろこれだけ鉄道網が発達している所に住んでると車の必要性って全くないわけだけど、遠出と荷物が多いから今回は車。
運転手はKAITO兄さん。
朝だというのに暑いし、駐車場には先客がいる。
早朝出発にもなるよな。
適当な場所にシートを敷いて、パラソルを立てる。人数が多いから三つ。砂がすでに暖かいんですけど。
クーラーボックスは兄さんとがくぽの仕事。めーちゃんは容赦なく使う。
全員のスケジュールをすり合わせて、今回はルカの希望だったのでがんばってみた、
何だかんだいっても末っ子には甘いのだ。年上設定だけど。
この時点でがくぽの目的はたぶん潰えている。まあ、あの駅の段階であきらめろ。リンとルカは「みんなで海」になってるんだから。
近くの海の家の貸し更衣室で着替えて、軽く腹ごなしすると、砂浜はもうけっこう人がいる。うん、早く来て正解。
ちなみにがくぽは意外にもハーフパンツタイプだった。後で聞いたら兄さんが選んだらしい。good job。センスは微妙だけど。
腹筋すっげー!
ルカの水着姿を見てぼーっとしてるけど。
まあね、うん、スタイルいいよ。めーちゃんと並ぶと迫力だわ、浜辺の視線を釘付けにしているわ。
彼女連れてて鼻の下伸ばしてるそこの奴、振られてもしらねぇぞ。
そして、全く気にせずに美少女美女の背中に日焼け止めを塗ってる兄さん。偉大。
慣れなんだろうけどさ。
つか、何で兄さんに塗らせるんだよ。
「泳いでくる」
言い残して、海に向かう。なんかムカつくぞ。
「めーちゃん!まだ水が冷たいよ!」
「ちゃんと、準備体操しなさいよ」
ラジオ体操の音楽を忘れてきたのはちょっと失敗かも。
さっさと海に行ってしまったレンを追い掛け海に入ったリンが呼びかけてくる。
ルカの髪をポニーテールにしてあげている最中だから、手が放せない。
一方方向から強い視線を感じる。そんなに見てると穴開くわよ、がくぽ。
ダークブラウンのビキニにポニーテールなんて最終兵器かもねと思いながら、塗り残ってるうなじに日焼け止めを塗ってあげる。
「がくぽもいかないの?」
ルカと立ち上がりながら声をかける。応援するほど積極的ではないにしろ、反対するほどのことはない。当人達の問題だと思うけど、ちょっとは同情している。
ルカの天然さは、かなり筋金入りで、他意なく笑顔を振りまくものだから、周囲の海水浴客のハートを射抜いてる。
KAITOはミクの髪をツインのシニヨンに纏めていた。細い三つ編みを何本も作ってくるくる巻き上げる。
準備運動のために体を捻るたびにがくぽの視線が釘付けになっていることにそろそろ気づいてあげなさい、ルカ。
言わないけど。
ブイのあたりで泳いだり潜ったり、漂ったりしていい加減頭も体も冷えて浜に上がる。
パラソルには誰もいなかった。
クーラーボックスから冷えたジュースのペットボトルを取り出して喉を潤す。
すぐ近くでみんなはビーチバレーもどきに興じていた。
ミク姉とリンとルカの女性陣対、兄さんがくぽの男性陣の構図だ。もっともボールを拾ってるのは主に兄さんで、がくぽは見とれては動きになってる。端から見てると変だから。
あ、と吐息のような声が聞こえて、うっかり見上げて、慌ててみんなを見る。
運動能力の高いリンがたまに打ち込むボールもあっさりと拾ってるあたり、兄さん、けっこうすごいかも。
いや、うん、ミク姉が絡まなきゃけっこうイケてるんだけどさ。
がくぽが軽く打ち込む。
「トイレ行ってて………」
「そう………」
あ、素っ気なさすぎたと思ったときにはたぶん、絶対遅い。
「一昨日あたりにさ………」
みんなを見ながら、ぼそぼそ言う。ほかに言うことあるだろうと自分でも思うよ。
「兄さんが、見せびらかしたいけど見せたくないって、のたうち回って身悶えていたんだけどさ……」
何がって、ミク姉(達)の水着姿を、だ。
「いつものことじゃない」
ちなみにどうして一昨日かというと、昨日は日本語にならないことを喚いていたからで、テンション上がりすぎ。
「………今ならわかる気がする」
見せびらかしたいけど、見せたくない。うん。
「見てもらいたいんだけど」
もともと標準というか衣装がミニのセパレートでヘソ出しだからかもだけど、その、ワンピースの水着はなんか逆に色っぽすぎるんだって。なんなんだよ、その、思わず手が伸びそうな切り込み。
見れねぇ。
「さっさと沖に行って戻ってこないし」
「兄さんには日焼け止め塗らせるから……」
ムカついてと言いかけて
「めーちゃん!手伝って!」
リンの元気な声が打ち消してくれる。
リン、good job。後でジュースぐらいおごってやる。
「レン!めーちゃんが入ったら、歯が立たなくなる」
兄さんが俺を呼ぶ。
「今行くから」
空のペットボトルをゴミ袋に放り込んで立ち上がる。
「レンもこっちね」
めーちゃんがいたずらっぽく笑う。逆らえません。
「ええっ!」
ハンデありすぎと兄さんがわざと情けない顔を作る。
「私、お兄ちゃんの方に行く!」
「あたしも!」
おいおい。バランス悪すぎ。
「じゃ、がくぽは向こう行って」
「よいのか?」
「うん」
1対2のトレード成立。いいところを見せたいがくぽの動きが俄然よくなって、結構ラリーが続く。ルカが打ち込んだボールをリンが拾う。
「上げて」
ミク姉がトス。兄さんが呼吸を合わせて、跳ぶ。きれいなアタック。
「任せて!」
めーちゃんが横に飛ぶ。
よく取った!
呼吸を合わせてトスを高く上げる。
「打たないで」
がくぽに続いて跳んだルカの方がアタック。そんな高等テクニック、どこで習ったんでしょうか。全開の笑顔でがくぽに笑いかけると動けなくなってるよ。ルカ。
「お昼にしましょうか」
俺たちともハイタッチ。めーちゃんの言葉でゲーム終了。兄さんもめーちゃんも砂だらけ。シャワーを浴びに行った。
「あたしの唐揚げ!」
「まだあるだろうがよ」
「塩のは最後だったの!」
おにぎりとかおかずとかをクーラーボックスから取り出して、にぎやかに食事。さすがに腹減ってたのか、いつもよりたくさん食べた。
「おにぎり残ってますけど」
「ああ、いいの。バーベキューの時に焼くやつだから」
そんな分まで用意してんのか。
「お兄ちゃん、日焼け止め塗って」
「うん、いいよ」
「しかたない、レン、塗って」
「へえ、へえ」
いや、うん、緊張する。
「ぬ………」
「ルカ、塗ってあげる」
ちょっとは空気読め。まあ、good job。触らせないもんね。
「塗ってあげる」
「う…うん」
やべー…いろいろ、やべー………。
「お兄ちゃんも」
「俺はいいよ。ちょっと昼寝するから」
さっき動きすぎたもんなぁ。
「レンは?」
「食いすぎたからしばらく動けない」
リンに答える。いや腹ばいで動けないのは別な理由だけど。
「このまま、一眠りしたら?」
そうしようかな………。眠くなってきた。
「めーちゃん、水着選びにめちゃくちゃ時間かかってたんだよね」
こんな時に言うなよ。バカ兄ィ。
「眠かったら、寝ていいよ。着いたら起こすから」
「大丈夫だ」
後部席ではみんな眠ってしまった。はしゃぎすぎて疲れたんだよね。ボリュームに気をつけてラジオをつける。
「KAITO殿はミク殿とどのようにして付き合うようになったのだ?」
「付き合ってないよ」
ああ、いけない、説明不足だ。
「恋人じゃなくて、兄妹だから。仲が良すぎるだけ。ゴメンね、参考にならなくて」
ミクとルカは全然違うから、アプローチも全然違うと思うし。
「すまぬ。てっきり……」
「よく言われるから気にしないよ。説明するのも時々面倒になってそうだよって言うし」
ちょっと虫よけもかねて。
「ルカ殿は…………」
ため息の中に消える。
恋愛感情ってやっかいだなと思う。だから歌が生まれてきたんだろうけど。
ルカにとってがくぽはまだ俺達と同じカテゴリーにいる。がくぽが兄弟として同居すると決めてしまえば、抵抗なく受け入れるレベルで。
「「月がきれいだ」とか言っても通じないから」
ワタワタと目に見えて動揺するから、つまり使う気だったんだな。
「あ、いや……あまり使いたくはなかったが、言わねばわかってもらえぬようなら………」
論点違うし。
「察してほしいというのとか、遠回しにとかはこの際キッパリ諦めた方がいいと思うよ」
沈黙の隙間をオールディズが埋める。
「左様か」
一曲終わってる。
「大変だからたくさんの歌になるんだけどさ」
「………そのようだな」
「直接的に言った方が通じると思うよ。I love youとか、I with youとか、with meの方がいいのかな?あとはI need youとか……直接的な行動にでたら、俺やめーちゃんが黙ってないけど」
うむと考え込む。俺は大好きだよとか簡単に言える方だって言われるけど、がくぽは言えないタイプなのは理解している。
でも、ルカに伝わらないんだよね。
「難しかったら、お友達から始めるって手もあるし、メル友とか。日本の伝統的なものとかにも興味はあるみたいだから、博物館や庭園に誘うとか。アプローチの方法はいくらでもあるよ」
あれ?硬直した。
何で?
「メールアドレスを知らないのだが」
滝修行に行ってこいと言ったら本気で行きそうだったので、やめておいた。
終