早めに待ち合わせの駅前に行くと、待っていたのは、ルカ殿一人だった。  
ほかの者達は都合で来られなくなったと、すまなそうに言われる。  
願ってもない事態にさっきのMEIKO殿の電話はこれだったのかと納得する。  
無理矢理なことをしたら、強制リセットだから。  
随分失礼なことをとも思ったが………無理矢理でなければいいのかな?  
しかし、強制リセットとは………どうやるのだ。  
「せっかく誘っていただいたのに……」  
「あ、いや、忙しいのだろう」  
電車に乗る。  
空いているから並んで座ることができる。  
柑橘系の匂いがする。  
会話はない。  
「髪を下ろすと印象が変わるんですね」  
タンスの中を一瞥して、服を購入し、髪型を指定したのはKAITO殿だ。  
実のところ、誘ったはいいが、具体的なものをいっさい考えていなかったし、考えつかなかったので、KAITO殿に相談したのだ。  
人気のない海岸で夕日を二人で見たいと言ったら夏場は無理と一蹴された。  
「さようか」  
「はい」  
間が持たないとは思わなかった。  
世間一般の男女はどんな話をしているのだ。  
ついつい歌の話になる。全く仕事的な会話というか議論。  
こんなつもりではなかったのに。  
いや、有意義ではあったが。  
 
終点で降りると、バスに乗る。よし、予定通り。  
頭にインプットしたデーター通りにルカ殿を案内する。  
「漁港なんですか?」  
「ルカ殿はマグロがお好きと聞いたので」  
マグロの水揚げで有名な場所らしい。  
いたるところにマグロの幟が立っている。  
それを一つ一つ覗こうとするルカ殿に食事の後でもと声をかけて、予約した店に入る。  
予約してくれたのはKAITO殿だが。  
マグロ尽くしの料理をルカ殿は堪能してくれたらしい。  
美味であった。  
食事が終わると周辺の店を一軒一軒回る。  
楽しそうな表情を堪能できるのはいいが心の隅にある寂寥感はどう解釈すべきか。  
店の人間と楽しそうに話すルカ殿の横顔を振り向かせてみたい。  
調理方法から、捕獲方法にまで話が及んで、奥にいた老漁師が呼ばれるに至って午後に予定していた水族館は諦める。  
こういう場合、我はどうやって時間をつぶせばいいのか。  
 
「大間産がbestだと思っていましたけど、ここもとてもすてきですね」  
「それはよかった」  
西の海岸にむかって歩きながら、頭の中で絶景の場所を検索する。  
 
本当は水族館の近くにある展望台を予定していたが、ルカ殿の楽しそうな笑顔で充分だ。  
 
「あ…」  
急に薄暗くなったかと思ったらいきなり、雨が降ってくる。  
とっさに上着をぬいでルカ殿頭に被せる。  
コンビニエンスストアなど望むべくもなく、ともかく篠突く雨に屋根を探す。  
「oh!motor hotel」  
断じて狙ったわけではない。屋根を張り出していた一番近い建物だったからだ。  
「休憩利用もできるようですから入りませんか?」  
強制でも無理矢理でもないぞ。  
「髪を乾かさないと、風邪をひいてしまいます。着替えたいですし」  
「あ、ああ、そうだな」  
鎮まれ!  
雨宿りだと言い聞かせる。  
「私が知っているものとはずいぶん違うのですね」  
「さようか……」  
「カラオケもあるのですね。着替えたら、歌いませんか?」  
「………あ…ああ」  
「先にシャワーを使ってよろしいですか?」  
「……も…も…もちろん」  
「先に入りますか?がくぽさんの方が濡れてますし」  
「いや、大丈夫だ」  
バスルームに消えたルカ殿を見送って、ベッドに座り込む。  
この場合はどうすればいいのだろう。  
手を出して嫌われるのも恐いが、出さずに失望させるのも恐い。  
水音に顔を上げて後悔する。  
バスルームの中がよく見えてしまったからだ。  
ガラス張りなのだ。  
湯気の中でシャワーを浴びるルカ殿の美しい曲線。  
見るべきか見ざるべきか。だが見たい。  
神仏はどこまで我に試練を与えるのだ。  
ルカ殿の姿を堪能していたが、やがて重要なことに思い当たる。  
我が風呂を使えば当然、ルカ殿も見ることになるわけで。  
裸を見られることにてらいはないが、重要な事実は、見られていたことを知られることだ。  
部屋の中を歩き回る羽目になった。  
 
「………」  
「お先にいただきました。何の本ですか?」  
「あ…」  
ここが運命の分かれ道だ。  
全く違う服に着替えたせいでベッドの使用はまずなくなったわけだから。  
「カラオケの歌詞カードだ。我に気にせず、先に歌ったらどうだ?ルカ殿の声を堪能したいものだし、洋楽も充実しているようだぞ」  
「そうですか?じゃ、練習してますね」  
緩くまとめた髪もよくお似合いだぞ。  
カラオケのコーナーからは風呂が全く見えないのは言うまでもない。  
 
風呂から上がると、情熱的な声が響いていた。熱く切なく悲しい。  
「洋楽か?」  
「シャンソンです。練習中なのですけど、難しくて」  
「さようか」  
 
「さっき、Internetで天気を調べたら、雨はまだ続きそうなので、taxiを呼んだ方がよくないですか?」  
泊まりという言葉を飲み込む。  
「そうだな」  
色々なものを飲み込んで短く応えた。  
我を褒めてつかわす。  
 
 
駅前で軽く食事をとって家まで送る。こっちは雨の気配さえない。  
夕闇の中、次の約束をどう取り付けるべきか考える。  
「次は見られるといいな」  
「そうですね」  
とりあえず、次に繋がったと考えていいのだろうか。  
「そうだ、今度、カラオケに行きませんか?」  
ホテルのカラオケが気に入ったらしかった。  
「さよう………二人で」  
「ええ、もちろん」  
浮揚感がある。  
家に着いてしまう。  
「今日はとても楽しかったです」  
笑顔がまぶしかった。  
 
 
「「おかえりー」」  
「早かったわね」  
俺達のユニゾンにキッチンからのめーちゃんのの声が重なる。  
「squallに遭ってしまいました」  
だから出かけた時の格好と違うのか。  
女性のバッグは異次元に繋がってる気がする。  
そのトートバックの中にどうやったら着替えが入るんだよ。  
巻きスカートとチューブトップとパーカーはそんなにかさばらないらしいけどさ。  
「着替えるところあったの?」  
「丁度、近くにmotor hotelがあったのでそこを利用しました」  
空気が凍り付く。  
いきなりその展開ですか?!  
「日本のhotelにカラオケは標準装備なのですか?」  
いや、ないから。  
「着替えただけ?」  
恐い。  
はっきり言ってめーちゃんの目が恐い。  
「二時間が休憩の標準だったようなので、シャワーを浴びて着替えて、カラオケをしました。がくぽさんはやっぱり低音に艶があっていい声ですよね」  
合掌。  
惚れた女とラブホ入ってカラオケかよ。  
よく耐えた。  
「motor hotelぐらいだけど、後で意味を教えてあげる」  
「?…はい…」  
お皿並べてと言われるから、キッチンに行く。  
リンの口がモゾモゾ動いてる。言いたいことは色々あるけどありすぎてまとまんないんだな。  
「カラオケしに行ってみたいな。社会見学もかねて」  
「普通にボックス行きなさい」  
ちょっと俺を睨んだめーちゃんの拳固が俺の頭を叩く。  
「リンも行く!」  
痛くなんかないから、OKに解釈するよ。  
後はやたらと勘のいいあいつをどうするかだけど、いくらでもやりようはあるさ。  
 

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