ほの暗く蜜柑のような色の明かりが、障子に反射する。  
小さく丸い窓からは、赤みを帯びた月が見えた。  
 
一体どこまで来たのだろうか。ここはどこの宿場町なのだろう。  
少女はふと思う。  
つい先ほどまで、そんな事を考える暇も無かった。  
 
「今日はもう、休んで下さい」  
よく響く低い声は、目の前の小さな主にそう伝えた。  
少女が物心ついた時から耳にしてきた、聞きなれた声。  
護衛の男は、柱を背に座り込む。  
 
 
早すぎるとも言える婚礼の儀を間近に控えた、そんな矢先の出来事であった。  
 
政略結婚で今にも勢力を増さんとしていた鏡音家に、  
対抗しようとする陣営の者達は少なくなかった。  
事も有ろうか花嫁自身が狙われる羽目になってしまい、  
少女とその護衛の男は命からがら落ち延びた。  
 
「待ちましょう。今は身を隠す方が懸命です」  
 
父上も、母上も、弟も。今頃どうしている事だろうか。  
屋敷は今頃どうなっているのだろうか。  
そう考える事さえも恐ろしい。  
 
「お前もあいつ等の手先なのだろう」  
「嘘をつけるほど器用では御座いますまい」  
 
情報が入らない以上、屋敷に戻る訳にもいくまい。  
慌てて下手に動くのは危険すぎる。  
男は、そう判断した。  
 
「明日も追っ手が来るのか」  
「その時は、拙者が」  
 
切り伏せようと言うのか盾になろうと言うのか。  
どちらにせよ穏やかでは無い。  
少女は深く息を吐いた。  
 
 
いつ終わるとも分からない逃避行。  
一体どこまで逃げれば安住の地にたどり着けるのだろうか。  
 
節目がちな目は静かに絶望を彩る。  
睡魔とは明らかに違った魔物が、少女の思考を支配する。  
 
「神威」  
 
泣き出しそうな声は、呼び慣れたその名を呼んだ。  
少女の身体は震えている。  
 
助けを求め、搾り出す声。  
命令では無く我侭でも無い、聞いた事の無い少女の口調。  
 
耳にやっと届くそれは男の脳の奥を甘く、甘く焦がした。  
 
身体の震えを抑えこむように、男の両の手が少女の小さな肩を支えた。  
少女の身体が一度、ごく軽く跳ねた。  
反射的に逆らおうとした小さな手が、再びゆっくりと下ろされる。  
 
「なぜ着いてきてくれるのだ、神威」  
 
 
小さな小さなこの身体で、どれほどの重圧に耐えてきたのであろうか。  
 
この歳での婚礼と言うのは珍しい事では無かった。  
少女はほんの1、2度程しか顔を合わせた事の無い、倍ほどの歳の男の物になるはずだった。  
しかしいくら当たり前のように行われていたとは言え、  
年頃の娘にとってそれはどれ程恐ろしい事だったのであろうか。  
 
さらにそのせいで、命を狙われると言う始末。  
武家の娘でさえなければ、この身分さえ無ければ。  
 
厚みのあまり無い身体を、男は強くかき抱く。  
窓から夜風が入り込む。  
夜風はやけに冷たく、肌を刺す。  
 
 
「お前は、愚か者、だ」  
「ええ」  
 
消え入りそうな声を小さな主が振り絞る。  
息苦しいのか、或いは何を思うのか。  
 
「愚か者で御座いましょう」  
 
少女の身体はすっぽりと男の腕の中に包み込まれていた。  
いつもより顔が近い。  
座り込んでいるのでそう感じるのだろう。  
普段は立って横に並んだとしても、頭ひとつ分、いやそれ以上背の高さが違う。  
 
「お前の音が聞こえる」  
少女の耳は自然と、男の胸に押し当てられている。  
鼓動が普段よりも強く、そして早い。  
その音は男自身にも聞きとれそうなほどであった。  
目を閉じれば互いのぬくもりと、心の臓の拍動が聞こえる。  
「……まだ、習っておらぬのだ、」  
口を先に開いたのは、少女だった。  
 
「殿方の悦ばせ方を」  
思いもかけぬ言葉に、一瞬男の思考が停止する。  
 
聞こえた言葉を頭の中で反芻する。  
言葉どおりの意味を追いかける。  
 
ある程度の身分を持つ娘ならば、花嫁準備の一環として、  
夜のたしなみは教育係から一通り教わっていてもおかしくない。  
今回の騒動はその前に起きてしまった、と言ったところか。  
 
「お前が、教えて」  
どこまでが本心なのだろう。  
この思いつめたような言葉の裏に、一体何が有ると言うのだろう。  
 
今まで少女は大人達を安心させるため、本心を偽りの言葉で塗り固めてきた。  
それは処世術であり、生きる糧だった。  
彼女は小さなころから大人に囲まれ、その顔色を見て生き延びるしかなかったのだから。  
 
余りに突然の主の命令に、男は戸惑い問いかけようとする。  
「りん様、」  
 
2人の間に風が吹き込む。  
ほんの少し、少女が身体を離す。  
口とは裏腹に、その表情は、もはや教育係などに向けられるものではなかった。  
 
この視線だ、と男は思う。  
今までにも何度か見た、いや見ないようにしてきた視線。  
少女の伏目がちのやや切れ長の目は今にも涙がこぼれそうに潤んでいた。  
長い睫毛は瞳に影を落とす。  
顔の造りや身体つきの幼さと相まって、ぞくりとするほど妖しい、とさえ思うのだ。  
 
できる限りの平静を装い、従者は主へ問う。  
「拙者などで構わぬとでも」  
少女はそれを聞き、少し困ったような顔をした。  
 
「りんは、明日生きているかどうかも分からない」  
真剣なまなざしが、男を見上げた。  
精一杯伸ばされる両の手に、顔を包み込まれる。  
 
「いつどこかに連れて行かれるかも分からない」  
かすかに震えた唇が、言葉をつむぎだす。  
包み隠されない、ありのままの心の叫びが耳に届く。  
「後悔したくない」  
 
見透かされていたのだ、きっと。  
主に対して持ってはならぬ感情など、とっくの昔に。  
 
「だから今、お前と」  
ふっと視界が暗くなる。  
甘く柔らかな感触が神威の唇に触れた。  
男がずっと思い描いては自ら振り払ってきた、その感触だった。  
 
「怖かった。お前と離れるのも、どこかへ行くのも」  
軽くついばむように、何度も唇を重ねあう。  
声は震えていた。  
次第に、少女がぽろぽろと涙をこぼし始める。  
「嬉しい、の。今、……神威と、こんな」  
ひとしきり言葉が搾り出されると、男はその身を抱きしめ、背をさすってやる。  
これ程までに自分は想われていたのかと驚く。  
いつ果てるとも分からなかった胸の渇きが、暖かく満たされていく。  
 
男は少女の柔らかな髪を、いとおしそうに手で梳きながらつぶやく。  
「教えてくれ、と」  
まぶたに、額に、頬に唇を滑らせる。  
頬に落ちる涙を、指ですくい取ってやる。  
それから深く唇を重ねた。  
 
重ねた唇から、舌が滑り込んでくる。  
少女は溶け合う舌の感触にくらくらとした。  
手は背に回され、腰の周りへ、太ももへとそっと滑っていく。  
「おのこもおなごも、心地良く感ずる場所は似ております」  
ゆっくりと着物の帯が緩められる。  
耳たぶを軽く甘噛みされ、身体からふっと力が抜ける。  
 
「お教え致しましょう」  
低くささやく声が響いた。  
 
耳元から首筋へ、濡れた唇は少しづつ滑り落ちていく。  
その熱さに少女は息を呑む。  
緩められた襟元から、骨ばった手が着物の中に滑り込んだ。  
すっぽりと手の平におさまる小さな膨らみに、その手が触れる。  
「ふ、ぁっ……!」  
 
頂きを指先でそっと転がし、柔らかな肌に指を食い込ませる。  
まだ不慣れなのだろう、ほんの少しの刺激にも敏感な反応が返ってくる。  
 
声を出すまいと乾いた息を吐き出す少女に、語りかける。  
「声を出しても構いませぬ」  
「……恥ずか、し、いよ……!」  
「お聞かせ下さい」  
薄桃色の頂きを口に含まれ、少女の身が跳ねる。  
 
太ももを這い回っていた手は、いつの間にか熱い泉へと到達する。  
潤んだその場所に、指が滑り込んだ。  
愛液に濡れた指が秘裂を何度もなぞりあげる。  
「あっ……!!」  
指が挿し入れられ、声が漏れ出した。  
自分の物とは思えぬ声の調子に少女は混乱する。  
「やだ、っ、聞こ、え……!」  
体液と空気の混じる音の響きに、少女は顔を赤く染め上げた。  
一層わざとらしく音をたてるように、挿し入れられた指は大きく動き出す。  
 
しかし未成熟な身体には刺激が強すぎるのだろうか。  
少女が身体をこわばらせる様が、男には痛がっているようにも感じられた。  
 
手が背を滑らかに這い、舌と唇は少女の身体を滑り落ちて行く。  
人肌に似た絹の布の波間をかきわけ、男は少女の肌の柔らさを存分に味わう。  
脇腹の柔らかな起伏を超え、更に唇は止まる事無く降りていった。  
少女はその唇が目指すところに気付き、息を呑んだ。  
「待、……っ!!」  
 
太ももへ、そして内腿へ男の舌と唇が絡みつく。  
その感触に力が緩んだその隙に、男は少女の脚を開かせた。  
「だ、だっ駄目、その、そんな」  
 
思いもかけぬ場所をまじまじと見つめられ、羞恥に少女の顔が沸騰したように熱くなる。  
まだ薄く慎ましやかな茂みの下に、薄桃色の秘裂が顔をのぞかせる。  
 
「そんなとこ、きたない、よぉ……!だめ、だめぇぇ!!」  
征服欲を掻き立てられる、悲鳴のような懇願。  
男の背筋を何かが駆け上った。  
逃げようとする身体を強引に押さえつける。  
一気に濡れた舌と唇をほころんだ花弁に滑り込ませる。  
 
「……ぁあっ、ん!なに、やぁ、んっやめ、……や、あぁっ!!」  
少女の声は裏返り、突然大きくそして乱れだした。  
全身を走る快感に頭を支配される。  
声を殺していた事など忘れたかのように、なりふり構わず嬌声をあげる。  
 
秘芯を突くように、舌先で小刻みに揺さぶってやるとその度に未熟な身体が大きく跳ねる。  
舌が花弁を、そして花芯を責め立てる。  
 
胴が反り返るほど大きく跳ね、その度に可愛らしくも艶めいた声が響いた。  
後から後から蜜があふれ出してくる。  
立ち込める甘酸っぱい香りに刺激されたのか、だんだんと男の息遣いも荒くなってくる。  
 
「……くっ!!……ん、うぅっ……!!あ、あぁっ……!!」  
少女は一段と高い声をあげ、びくびくと身体を引きつらせる。  
それから、がくりと全身の力が抜けた。  
 
互いの着衣を緩め合う。  
男が自らの燃え盛る剛直に、少女の手をそっと導いた。  
突然見せて驚かせぬよう、少女の顔は肩に乗せたままである。  
膨れ上がるその大きさを確かめるように、少女の指はおそるおそる這い回りだした。  
熱く、硬い。  
これはきっと普段とは違って、思い切り特別な状態なのだろう、と少女は察する。  
「神威、こうなっちゃうんだ。りんといたら」  
「ええ」  
子猫のような軽い笑みがこぼれた。  
「嬉しい」  
 
しかし話には聞いた事は有ったが、こんなにも大きな物なのか、と少女は驚く。  
本当にこれが女性の、いや自分の身体の中に入っていくのだろうか。  
少し怖くなって顔を男の厚い胸板にうずめると、頭をゆっくりと撫でられる。  
「大丈夫です」  
「どうしたら良いの」  
ほのかに頬を上気させ、かすれた声で少女は問いかける。  
骨ばった大きな手が、ぷっくりとした小さな手を導いた。  
「動かしてみて下さい」  
 
やわやわと男根を、つたない手つきで触れられる。  
手探りのゆっくりとした動きが、くすぐったいようにももどかしいようにも男を刺激した。  
滲み出す先走りの雫がその手を予想もせぬ方向へと滑らせる。  
 
今まで、どのような男にも一度たりとも触れた事の無い手。  
その小さな小さな手が、自らに触れているのだ。  
男は息を呑み、そして堪えきれずすぐ短く息を吐いた。  
体位を変えて仰向けになり、少女を自らの体の上にひょいと乗せてやる。  
 
初めて見るであろう成人男性の起立したそれを、少女はまじまじと見る。  
まるで別の生き物がそこにいるように、異様な光景。  
人の身体にこのような部分が有るとは不思議な物だ。  
見慣れていないだけだろうが、これから何度見ても見慣れそうに無い、とも思う。  
「さっき、の。りんも、してあげる」  
突然こぷっ、と音が響く。  
 
「りん、様、……!」  
少女の後頭部だけが男の目に入る。  
暖かな舌が、狭い口の中の粘膜が、ねっとりと男自身に絡みついてくるのが分かる。  
このような小さな少女が、いきり立った自らを口いっぱいにほおばっているのだ。  
 
背筋がぞくぞくとした。  
だんだんと息遣いが荒くなり、我慢ができない。  
 
もどかしさの余り男は少女の顔を両手で支え、手荒く動かし出した。  
衝動のままに、少女の顔を自らの身体に打ち下ろす。  
「んむ、んぅっ……!ん、んっ!!」  
少女はなされるがまま、息苦しそうに声を出すがのどの奥でそれは消えていった。  
従順だった男がまるで獣のように変わり果てる、その様にくらくらと酔う。  
 
低くうめく声が聞こえたかと思うと、男の剛直が軽く痙攣を起こした。  
そのまま精を、少女の小さな小さな口の中に一気に吐き出す。  
 
「なっ、……!……ん、うぅっ、……!」  
少女が眉の間を寄せ、息苦しそうにえづいた。  
 
男は座り込み、荒れた息を整えながらせき込む少女の背をさすってやる。  
「は、は。飲んじゃっ、た……」  
 
「……無理を、なさらないで下さい」  
いたずらっぽい笑みを浮かべる少女を、身動きが取れぬほどにきつく抱きしめる。  
「……ん……気持ち、良かった?」  
「ええ、……とても」  
 
そのまま倒れ込み、まだ勢いの衰えない剛直が少女の身体の入り口にあてがわれる。  
「申し訳ありません。……乱暴を」  
つい先ほどの事を思い出し、少女は頬を染める。  
乱暴どころか男の荒々しさ、力強さに驚き、蕩けそうなほどだったのだ。  
答える代わりに、男の首に腕を回し、軽く唇を重ねた。  
 
ゆっくりと、硬い熱の塊が、少女の中に沈んでいく。  
潤みきった少女の秘所が、剛直を飲み込んだ。  
「ひ、ぅっ……!」  
破瓜の激痛に、少女が唇を噛んで耐える。  
 
痛みを紛らわせようと、男は少女の唇を塞ぐ。  
花弁のような唇に舌が這いまわり、そして滑り込む。  
最初は柔らかく、次第に荒々しく互いの舌が絡み合う。  
 
柔らかな舌、溶けるような口の中は、触れ合う肌よりももっと熱かった。  
身体の中をさらけ出しているのだから、当然だろうか。  
「ん……、ふっ、……ん……!」  
息が詰まる。  
息苦しさにふっと意識が遠くなり、恍惚に押し流されそうになる。  
互いの唾液で潤い擦れあう粘膜の感触は、愛液で満たされた秘所を連想させる。  
 
ゆっくりと、男は動き出す。  
狭く柔らかな壁に、ぎゅうぎゅうと締め上げられる。  
荒い息を抑えながら懸命に耐える少女の表情はひどく扇情的であった。  
強い締め付けに果ててしまいそうだと男は思う。  
しかしこの時間をあっという間に終わらせてしまうのは余りに惜しい。  
 
「神、……威」  
ぽろぽろと涙をこぼす少女の頭を、男は軽く撫でてやる。  
初めての経験なのだ、痛く無いはずが無い。  
だと言うのに、少女は心配をかけまいと、ほんの少し笑ってみせる。  
その健気さがたまらなく愛しい。  
飾り気の無い無邪気な声が、男の耳元にそっと囁いた。  
「……大、好き」  
 
男の頭の中が閃光で焼け切れたような気がした。  
理性も意識も遠く弾け飛ぶ。  
何に拘っていたのか、何に恐れを抱いていたのか。  
 
男が大きく動き出す。  
突き上げられる度、痛みと別の衝撃が少女に襲い掛かる。  
動きに合わせ敏感な秘芯はこすれ、体中を激しい痙攣が走りぬけた。  
 
何度も引き抜かれ、貫かれる。  
その間隔がどんどん短くなっていく。  
 
「あっ!!あ、あっ……!!ふ、あっ、……あぁっあっ!」  
身体の真ん中に剛直が打ち込まれる度、切ない喘ぎが漏れる。  
声自体はあまりにも幼い。  
しかしその幼い声がこうもいやらしく乱れる様子を一体誰が聞けると言うのだろう。  
 
まるで悲鳴のような、懇願のような喘ぎが響く。  
自分しか知りえない声、自分しか知りえない恍惚の表情。  
自らの手で変わり果てる少女の姿に、男は酔いしれる。  
 
かき出されしとどに溢れた愛液は汗と混じり、柔らかな太ももを伝い落ちる。  
ねち、にち、と粘りを含む音が響き渡った。  
耳から入る音の卑猥さは、身体の芯の高ぶりに加速をかける。  
「ああっ!!んっ、……はぅっ!!あぁぁん……!!」  
叫びにも近い声をあげ、少女が男の腕の中で果てる。  
「りん、様、っ……!」  
男は熱くほとばしる濁流を、少女の身に叩きつけた。  
 
 
 
視界がぼんやりとしている。  
どれくらい経ったのだろうかと少女は思う。  
もう朝なのか、まだ夜なのか。  
良く分からない。  
 
燃えるような身体の火照りは収まって、今は穏やかな暖かさに包まれている。  
人肌を重ね合う温もりとは、こうも心地良いものなのだろうかと驚く。  
本能とでも言うのだろうか。  
衣服にくるまっていても、人間も根っこはけものと同じなのだな、と納得してみる。  
 
男の顔に、頬をすり寄せてみる。  
思ったよりも滑らかな感触。  
整ったその目が、うっすらと開けられた。  
 
「おはよ、う」  
「……お早う、御座います」  
 
こんな至近距離での挨拶なんて交わした事が無い。  
なんだか可笑しくなって来て、どちらからともなく笑いだす。  
 
少女は目の前の身体のあちこちに傷があるのに気付いた。  
小さなもの、古傷のようなもの。  
このうちのどれかは、昨日暴漢達に襲われた時の傷なのかもしれない。  
いたわる様にそっと胸の傷を指でなぞってみる。  
背中には傷は有りませぬぞ、と目の前の顔が誇らしげに笑う。  
 
この従者は、知らない所で命を懸けて自分を護ってくれていたのだろう。  
背を向けて逃げる事さえも無く。  
傷つく事などさほど気にも留めていなかったのだろう。  
もっと大きな物を得るために、護るために。  
 
ゆっくりと、男が身体を起こした。  
荷物をたぐり寄せて白い布の包みを取り出し、それを広げる。  
中から出てきたのは小さな小太刀だった。  
 
男は両手でうやうやしく小太刀を捧げる。  
まるで何かの儀式のようである。  
 
「お護り致しましょう。離れていようとも」  
 
少女は手を伸ばしてそれを受け取る。  
黒い漆で塗られた鞘が少女の手のひらに吸い付いた。  
その感触は、どこか暖かい。  
今脈打ったのは果たして自分自身の手なのだろうか。  
それともこの小太刀に血が通っているのだろうか。  
 
護り刀と言うのだ、と男に教えられる。  
身を護り、災厄を払うのだと。  
そして、道を切り開くのだと。  
 
今まで父上、母上を喜ばせるために自らを殺してきた。  
想う者の手を取る事もできず、誰の物なのか分からない道を歩んできた。  
明日はどうなるのか全く分からない。  
我が身が傷つく事がいつ起きるのか分からない。  
 
しかしそれでも構わない。  
護り刀を小さな手で握り締める。  
まるで人形のようにうつろだった少女の目には、今はこうこうと光が灯っている。  
 
自らの意思で道を選ぶのだ。  
 
自らを、護るのだ。  
 
 
薄暗い中、どこからともなく鳥のさえずりが聞こえてくる。  
なかなか早起きの鳥もいたものである。  
そんな事を考えながら、少女は着物に袖を通す。  
まだ少しふらつく身体を支えてくれる、そんな男の手が頼もしかった。  
 
東の空を見上げると、柔らかな紫色の雲を金色の光が彩っていた。  
優しく溶け合う、夜明け直前の空。  
行く手を指し示すように、明けの明星がまたたいている。  
澄んだ空気を吸い込むと、どこへだって行ける、何だってできる気がした。  
 
少女は胸元に納めた護り刀にそっと触れる。  
思いっ切り上を向くと、穏やかに笑う男と目が合った。  
 
 
少女は歩き出す。  
 
その足で、大地を踏みしめて。  
 
 
了  
 

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