「レーンっ」  
「なぁに、リン」  
「リンね、レンのこと大好き!」  
 そのままぎゅーっと抱きついてきたリンの頭を撫でていると、奥からカイトが  
悲痛な声を上げた。  
「えぇっ、リンちゃんは僕と結婚するんじゃないの!?」  
「カイト兄も好きだけど、リンはレンの方が好きー」  
「えぇぇーっ! めーちゃん、誰だよ小さい頃の女の子はパパと結婚するって言  
うって言ったの!」  
「カイトはパパじゃないでしょ? リンだってお兄ちゃん認識してるじゃない」  
「あ、そっか」  
「馬鹿ね」  
「えへへー」  
 阿呆丸出しな兄の姿を見ながらリンの頭を幾度となく撫でる。リンのことはオ  
レが守るんだとずっと思っていた。  
 リンが変わるまでは。  
 
 
スカートを翻して  
 
 
「ちょっと、レン!」  
「何だよ」  
 ノックもせずに人の部屋のドアを勢い良く開けて、双子の姉は何やら怒ってい  
らっしゃる。  
「私のお茶碗、また使ったでしょ!」  
「色も形も同じだろ? そりゃ間違えるって」  
「違うわよ! 一番底の模様っ、レンのは五つ星でしょ! 私のは六つ星!」  
 ちなみにリンが声を荒げている五つ星とか六つ星というのは、星の個数じゃな  
くて星の角の数だ。つまりオレの茶碗は一番底に印刷されている星がペンタグラ  
ム、リンの茶碗はヘキサグラムというわけだ。  
 昔は何でも同じ物じゃないと嫌がったのに、今じゃ同じ物を嫌がる。そのくせ  
好きなものは同じだから、茶碗の模様がペンタグラムとかヘキサグラムとかいう  
のはカイト兄が発見した苦肉の策だった。  
「もう! ちゃんと見てよね!」  
「ご飯盛ったらわかんねーって」  
 ため息をつくと、リンはそれ以上何も言わずにオレの洗濯物を部屋の中に投げ  
捨てると足音を立てながら去っていった。  
 一体いつからこんな状態なんだっけ。  
 何度も行ったように、記憶を探る。先に思春期を迎えてしまったオレが、リン  
かわいさの余りいじめてしまって、最初は狼狽えていたリンもさすがに耐えかね  
たのか、反発することで抵抗することにしたらしい。  
 そう、つまりオレが原因。でももう何年も経ってるし、そろそろ許してくれて  
もいいと思うんだが。  
 
 
 ある夜、オレは急にトイレに行きたくなった。バナナオレを飲み過ぎたせいだろうか。この時はそれが何かのフラグだって気付かなかった。  
 トイレに向かっていると、カイト兄の部屋から変な声が聞こえる。  
「んっ、あ……あぅ、カイトぉ」  
「めーちゃんかわいいよ」  
「やん……あっ、あんっ」  
 セックスですね、わかります。  
 ……ん?  
 その部屋の前に、リンが座り込んでいる。何をしているんだろうと思ったが、すぐわかった。  
 集中しているのか、オレには気付いていない。  
「っ……、ん」  
 リンが今何してるか聞きたい?  
「レ……っ、ン」  
 え?  
「ん、っ」  
 声をかなり抑えているせいでわかりにくいが、普通「レ」なんて喘ぐ奴はいない。  
「はぁ……あ」  
「あぁー、カイトっ、イく!」  
「僕も! めーちゃん、めーちゃん!」  
「「あぁぁーっ!」」  
 リンの喘ぎ声をかき消すようにカイト兄とメイコ姉が喘いだ。二人が何でこんな遠慮なしに喘いでいるかと言うと、ボーカロイドの部屋だから。自室でも練習できるように、どの部屋も外に音が漏れない優れた防音機能が施されている。  
 部屋を音楽室にしたのか、音楽室を部屋にしたのかは、鶏と卵みたいなもんだ。  
 
「っ、ふ」  
 リンはまだイけないようだったけど、もそもそと立ち上がった。そのまま続けるのは部屋の中の二人に見つけてくださいと言うようなものだ。  
 焦った様子でパジャマをそこそこに整えて、部屋に戻ろうとこっちを向いた。  
「!」  
 その目が驚きに見開かれて……オレは悲鳴を上げられる前にリンの口を塞いだ。  
 リンは意外にもおとなしくて。と思ったら急にがくっと膝を折った。  
 オレから逃げるための新手の戦法かと思ったが、どうやら気絶しただけらしい。オレはリンを担ぎ上げて、部屋に戻った。  
 どの部屋って? うーん、リンの部屋にしようかな。  
 
 リンの部屋はいろんなものが散乱していた。物、と言っても主に服。洗濯から戻ってきた物をちゃんとしまっていないのか、脱いだものを放置しているのかは定かではない。  
 リンをベッドに寝かせた。薄い胸が規則正しく上下している。リンってこんなにかわいかったっけ。  
 そっと布団をかぶせると、リンが目を覚ましてしまった。  
「んぅ……レ、ン?」  
「おぅ」  
「……」  
 黙り込むリン。  
 ちなみにもうすぐ膀胱がやばい。活動限界まであと5分。  
「……じゃ、オレ、行くから」  
「レン……」  
 服の裾を掴まれた。メーデー、メーデー!  
「何?」  
「っ……行か、いで」  
「なん、で?」  
 息が詰まる。リンはきゅっと唇を噛むと、泣きそうな顔でオレから目を逸らした。  
「我慢、できない?」  
「……うん」  
 いつものリンと違って、嘘みたいに素直だ。どうしたんだろう、寝呆けているのかな。  
 そして活動限界まであと2分30秒。  
「じゃあ、手洗ってくるから待ってて」  
「どうして? 私平気だよ?」  
「が、楽譜触ってたから、リンのあそこ触るのに、衛生観念には気を付けないと」  
 残り1分。  
「……わかった」  
「すぐ戻るから」  
 リンが裾を離したのを確認して、そっと部屋から出る。  
「レン」  
 ドアを閉める直前でリンが呼ぶ。  
 残り40秒。  
「何、リン?」  
「……待ってるから」  
「うん」  
 ドアを閉める。  
 残り20秒  
 オレはトイレに向かって走った。  
 
「うおぉぉ!」  
 広いと感じたことはなかったのに、廊下が永遠に続いている気がした……。  
 周りの景色がスローモーションで見え、折しもトイレから出てきたカイト兄を  
押し退けるようにトイレに滑り込んだ。  
「痛っ! れ、レン!?」  
 膝をついてしまったカイト兄が何かを言っているが、オレには何も聞こえなか  
った。  
「あっ、あ、あぁ……っ」  
 ……ま、間に合ったよ? 解放感があまりに気持ちよくて声が漏れただけで、  
零したわけじゃないから。そこんとこよろしく。  
 トイレから出ると、カイト兄が腕を組んでいた。怒ってる。  
「レーン、トイレは行きたくなったら早く行きなさい」  
「ごめんなさい。譜読みに夢中になって、行くの忘れてた」  
「そ、それなら仕方ないけど……でも廊下を走ったら危ないし、ミクとかリンだ  
ったら怪我をしていたかもしれないし。めーちゃんは心配ないけど、最近の子は  
転んでも手をつかないって言うから」  
 さすがにそれはプログラムされてるんじゃないかと思ったけど、口には出さず  
、ただごめんなさいと言った。  
 向こうからメイコ姉が歩いてくるのが見える。  
「めーちゃんは骨格もしっかりしてるし、骨も太めだからね。それに胸大きいか  
ら、転んでもクッションになるんじゃないかなぁ」  
「ふうん」  
「ひっ!」  
 振り向いたカイト兄が凍り付く。  
「オレ、メイコ姉は健康的で綺麗だと思うよ。じゃ、じゃあおやすみっ!」  
「あっ、ずるいぞレン!」  
「カイトってば、私のことそんなふうに思ってたんだ……お仕置きが必要?」  
「ひいぃぃ」  
 カイト兄の悲鳴を背中に、リンの部屋に急いだ。  
 あ、手洗ってない。まぁ出てくるところ一緒だし、結局これは突っ込むわけだ  
し、一応拭いたから大丈夫かな?  
 冷や汗をかきながら、リンの部屋に滑り込む。後ろ手に鍵をかけて、リンに近  
づいた。  
 
「リン……」  
「遅かったね」  
「リンが待ち遠しかったんだろ?」  
「そう、かな……」  
 視線を逸らしてリンがつぶやく。  
 あぁ、何か、都合のいい夢を見ているような感覚がオレを襲う。ドッキリでし  
た、レンの変態、死ねばいいのに……とか、嫌な想像が頭をよぎった。  
「来て」  
 リンが布団をめくってオレを促す。ごくりと唾を飲み込んで、ベッドの縁に膝  
を乗せた。  
「後悔しない?」  
「……私、レンのこと、ずっと好きだったよ」  
 何その過去形。しかも質問の答えになってないんですが。  
「でも」  
 反語キター。  
「レンが、私のことからかうようになって……それから嫌いになった」  
 Oh, mon dieu!  
 嫌い宣言出ましたー!  
「そのうち、レンが私をからかわなくなって、また仲良くなれるかもって……で  
も、思ったのと違う言葉が出て」  
 思いもよらない言葉ですか。  
「それに、レンを見てるとドキドキして……うまく話せないの」  
 今度はリンが思春期でした。  
 って、思春期であってるのか?  
「そっか……オレも」  
「え?」  
「リンのことかわいくて、何か、いじめたときのリンの顔が……オレをちゃんと  
見てくれてる気がして」  
「そんなことしなくても、私、レンのこと見てたのに!」  
「えっ」  
 手を掴まれて、リンの胸に押しつけられた。小さ……げふんごふん。柔らかい。  
「なっ、ななな!?」  
「感じて。私の拍動を……熱いでしょ? レンが傍にいるから、ドキドキするん  
だよ。レンが、ほしいって」  
 ごく、と唾を飲み込む。  
「こ、ここまで言わせておいて、逃げないでよね」  
「リン……」  
 折れそうに細い小さな体を抱き締めて、オレの気持ちを伝えようとした。  
 
 体を離すと、どちらからともなくキスをする。さくらんぼの色をした唇は、柔  
らかくて暖かかった。  
「んっ、ん……はぁ」  
「リン……」  
 キスをしながら服を脱がしていく。  
 最初は頭、それから背中。肩から腕、脇腹と撫でていく。申し訳程度の胸を優  
しく揉んで、お腹、太股、ふくらはぎ、足先。ゆっくり上がって、リンのあそこ。  
 もう既にぐちょ濡れだった。  
「レンの、ほしい」  
 指一本でもきつそうな顔をしているのに、リンはそううそぶいた。  
 本当はもっと解したかったけど、オレも限界で。手早く全裸になると、リンを  
ベッドに寝かせて足を広げさせた。  
 白い肌と対照的に赤い、そこ。オレは何の違和感もなく、ただ綺麗だと思った。  
「あんまり、見ないで」  
「綺麗だよ、リン」  
 耳まで赤くなるリン。すごくかわいい。  
「れ、レンのも……大きいよ」  
「え、誰と比べて?」  
「想像の中の、レン」  
 ん?  
「これくらいで、私のここと、丁度いいサイズなのかと思ってた。そう思いなが  
ら、一人でしてた。……私、変?」  
「変じゃ、ないよ」  
 そう言うのが精一杯で、今度はこっちが赤くなる番だった。  
「あは、レン、赤い」  
「悪かったな……」  
 視線を上げると、リンが無理して笑っていた。  
「怖い、よな」  
「こっ、怖く、ないよ? レンの……だもん」  
 でも目を逸らすリン。  
「好きだよ」  
「え?」  
「リン、大好きだよ」  
 リンの顔に笑顔が浮かんだ。久しく見ていない、本気の笑顔。眩しい太陽のよ  
うな、笑顔。  
「レン、来て。私の、初めてをあげる」  
「うん」  
 
 リンのあそこにオレのものを当て、リンを抱き締める。  
「いくよ」  
「うん……っ、う! んっ、うぐっうぅ!」  
 涙をぽろぽろ零しながら、リンはオレを受け入れてくれた。最初は相当痛いだ  
ろうに、ずり上がって逃げたりしなかった。  
 それでリンの気持ちが伝わった。痛みより、オレを取ってくれたんだって。  
「リン……大好きだよ」  
「私も、レン大好き」  
 万力みたいな力で締め付けられて、痛いくらいだ。そのまま出してしまいそう  
なほどに気持ちいい。  
「レン、動いて、いいよ?」  
「や、あの……もうちょっとこのままでいさせて?」  
「え?」  
「出そうだから……」  
 声が震える。あー、オレ格好悪ぃ。  
 恥ずかしさを隠すように、リンの肩口に顔を突っ込むと、リンが頭を撫でてく  
れた。  
「そんなに気持ちいいの、レン?」  
「気持ちいいよ……リンの中がオレのをぎゅーっと締め付けて、今動いたら3秒  
で出る」  
「ふふっ、あはは」  
「何だよ……」  
「レンかわいいっ」  
「リンの方がかわいい!」  
「レンだよぅ」  
「リーンー!」  
「レーンー! んっ」  
 リンが少し顔を歪めたことで、今セックスの最中だってことを思い出した。  
 何を言っているのかわからねーと思うが、オレも意味がわからなかった。  
 リンも同じだったようで、照れたように笑う。再びキスをして、リンの足を抱  
え直した。  
「動くよ」  
「うん」  
 
 奥深くまで突き刺していたオレのものを引き抜いていく。  
「うぐうぅ」  
 お世辞にも色っぽいとは言えないような声を洩らすリン。  
「い、痛い?」  
「平気、だよ。大丈夫だか、ら」  
 うん、脂汗かいてますけど。  
「一旦抜こうか?」  
「やっ、だ……」  
 首を横に振っているが、どう考えてもやばい気がする。  
 そう思って、また入れかけていたオレのを引き抜いた。  
「んぐっ……あっ、はぁっ、はぁっ」  
 リンに掴まれたシーツはしわがくっきり残っている。リンの痛みの証だ。  
「ごめんな、リン……えっ」  
 頭を撫でようと手を伸ばすと、リンは泣いていた。オレを見つめたまま見開い  
た目から、大粒の涙が次から次に零れる。  
 そのうちリンは顔を両手で覆ってしまった。  
「……さい。ごめんなさいっ、ごめ、なさい」  
「な、何でリンが謝るんだよ……」  
 完全にうろたえてしまう。予想外すぎて頭がついていかない。  
「私が、我慢、でき……なくて、ちゃんと、できなくて……っく……めんなさ  
……ごめ、さい」  
 言うべき言葉が見つからない。  
「リン……そんなの」  
 胸がいっぱいになって、リンを力強く抱き締める。  
「今日はできなかったけど、少しずつ慣らしていこう?」  
「レン……」  
 リンはうなずく代わりに俺に抱きついて、ありがとうと囁いた。  
 これがオレとリンの初体験。リンが中で感じてくれるまでに、実に五ヶ月を要するわけだが、それはまた別の話。  
 
 
 余談。  
 翌日、リンが真っ白なワンピースを着ていた。  
「リンちゃん、どうしたの、急に……」  
 その服を貸したらしいミク姉が首をかしげている。  
「あ、レン! ねぇ、似合う?」  
 オレを見つけたリンは駆け寄ってくると、目の前でスカートを翻してくるりと回る。  
「えーっ、リンちゃん、レンくんと仲直りしたの?」  
 リンの後ろでミク姉が目を丸くする。ミク姉にとって喧嘩は数年続いてもただ  
の喧嘩らしい。  
「そうなの。私ね、レンのこと許してあげることにしたの! だってもう大人だ  
しっ」  
 それを言うならもう少し胸を……と思ったが、ミク姉にも反発を受けそうなの  
で敢えて口には出さなかった。  
「レン、お出かけしよっ」  
 リンがオレの手を引く。外はいい天気で、とても眩しかった。白い下着が透け  
ていたからオレは慌ててリンを家の中に連れ戻す。  
 やっぱりリンはオレが守らないと。  
 数年ぶりにそう思った日だった。  
 
 
 
終わり。  
 
 
 

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