そう、俺は知らなかった。  
 俺が今称賛したSSは、うちのメイコの投稿作品だということを……。  
「ね、ねぇカイト……」  
 メイコが携帯端末から顔を上げてこっちを見つめている。  
「ん?」  
 俺の目の前にあるモニターのガラスでできた縁に反射して写っているその姿を  
見ながら、メイコを直接見ずに返事をする。  
 マスターが変人なせいで、この家に初めに購入されたのは俺と初音ミク。何年  
も経ってようやくメイコが購入された。  
 力関係はマスター≧俺>初音>メイコ。  
 マスターはカイミク好きで、俺と初音がくっつくのを期待していたようだが、  
貧乳に用はない。  
 当の初音はマスターに恋してるし、熱烈な愛情表現をしてくる初音を邪険にも  
できず困っている。が、かと言って俺がマスターの尻拭いをする気にもなれず。  
 ……と言うと初音に失礼か。初音は鬼畜攻めだから遠慮したい。俺はさっきの  
SSみたいにソフトに攻められたいんだ。  
 しばらくして、エロパロ板のボーカロイドスレでカイメイにはまったらしいマ  
スターはようやくメイコを購入。当然期待する俺。  
 だがインストールされたメイコは引っ込み思案の暗い性格だった。暗いと取る  
かおとなしいと取るかは人の勝手だが、おどおどしていたから俺は暗い方に分類  
した。  
 またもマスターの思惑を裏切った俺だが、俺も裏切られた気がして、いっそメ  
イコを調教しようかと思ったくらいだ。  
 しかしよく考えたら調教できるのはマスターだけで、でもマスターは『カイメ  
イ』にはまっているんだから、わざわざメイコを攻めに調教し直すことはしない  
だろう。  
 ではどうするか。  
 メイコに『教える』か? 手取り足取り腰取りで。  
 前にものすごく焦らされたSSがあったが、俺はあそこまで気が長くない。  
 手っ取り早く快感を得たい。つまり、そうだ、奉仕させたいと言っているのと  
同じだった。  
 これでは攻めを求めているのか俺がサディストなのかわからない。  
 俺はわがままだなぁ。  
「あの……」  
 メイコの声で我に返る。考え込み過ぎた。  
 
「ど、どうかな」  
 何が?  
「うーん……」  
 意味がわからなかったが、あたかも迷っているように唸りながら、外部音の履  
歴を検索する。  
 ―――今度のお休み、二人でどこかに出かけない?  
 なるほど。  
「休みって、明日のこと?」  
「うん。……もう予定入ってる?」  
「いや、大丈夫だよ?」  
「よかった……」  
 ホッとしたようにメイコは胸を押さえた。  
「じゃあ、明日ね。仕事に行ってきます」  
 心なしか弾むようにメイコが部屋から出る。意外とかわいいところもあるもん  
だと思っていると、入れ替わりにマスターが現われた。なぜか歩きにくそうにし  
ているが、丁度いい。  
「マスター、明日車貸してください」  
「いいけど」  
「えぇーっ、ダメぇ」  
 なぜ初音が断るんだ……。  
 マスターのベルトだと思ったのは初音の袖だった。そりゃ歩きにくいはずだ。  
「初音」  
 手招きすると、初音に囁く。  
「明日メイコと夜まで出かけるから、その間にマスターを落とせよ」  
「でもミク、遊園地行きたかったのに」  
「これをやる」  
 初音の手の上に、小さな箱を載せる。  
「こ、これはバイア……オーケー、兄様」  
 買収成功。  
「あ、車はミクが遊園地に……」  
「マスター、ミク、マスターとお散歩したいっ! この前近所に素敵なカフェが  
できたの!」  
 必死だな、妹よ。  
「ミクがそう言うなら……」  
 何だかんだでマスターもミクに甘い。コトナカレ主義なせいかもしれないが。  
 こうして俺は車を手に入れた。しかしメイコはどこに行きたいんだろう。  
 メイコが仕事から帰ってきたら聞こうと思ったが、今日はハードなダンスの練  
習だったらしく、かなり疲れている様子だ。  
「おかえり」  
「あっ、カイト、ただいま」  
 最初は声をかけただけでびくつかれていたが、最近は少し慣れたようだ。  
「今日もダンスの練習?」  
「うん。ゲームが発売されて……私今まで真っすぐ立ったままでしか歌わなかっ  
たから、ちょっと大変」  
 ちなみに俺はネタをやりすぎて体力がついた。メイコは真面目な曲の方が圧倒  
的に多いから立ち尽くしていただけで、ダンスに慣れていないメイコは慣れるま  
では大変だろう。だから一人だけ他のボーカロイドより仕事(練習)が多い。  
「あ、あの、シャワー浴びてくるから、そのあとで明日のこと話そう?」  
「うん。じゃあ、俺の部屋で待ってる」  
 仕事場にあるシャワー室はシャンプーやらが使えないから、メイコはいつも家  
に帰ってもう一度シャワーを浴びる。潔癖症を疑ったが、どうやらみんなに嫌わ  
れたくないからそうしているらしい。殊勝な心がけだ。  
 三十分後、メイコが部屋に現われた。  
「お待たせ……」  
 風呂上がりは相当色っぽい。上気した肌に、髪を伝ってしたたり落ちる水滴。  
レースのついたかわいらしいデザインのネグリジェは、初音が着ていそうなもの  
だが、あいにくうちの初音は豪快にブラジャーとパンツだけという姿で寝る。マ  
スターがいつ来てもいいようにとは言っていたが、マスターは割と攻め気質だか  
らやめておけと忠告したのに未だ続けている。  
 何で知っているか? 朝起こしに行くのが俺の役目だからだ。メイコは自分で  
起きる。  
 さて、メイコの話に戻ろう。  
 
 ズボンの前が少しだけテントを張るのを、ズボンのせいだと言い聞かせて(座  
ったら前膨らむよね)メイコに手招きした。  
「う?」  
 なぜか首をかしげたメイコがそろそろ近づいて、叩いて促した俺の隣に座った。  
「それで、明日はどうするの?」  
「あ、えっとね、す、水族館に行きたくて……でも一人で行くのも……ううん。  
かっ、カイトと行きたくて……む、む、無理言って、休み合わせてもらったの」  
 ……何だよそれ。  
 思わずメイコに近づくと、メイコは慌てたように顔を上げた。  
「あ、あ、えと、えっちするの?」  
 服を捲ろうとしたメイコの手ごと抱き締める。何でこんなにかわいいんだ。セ  
ックスしたくなったんじゃない。ただ抱き締めたくなった。それだけ。  
 抱き締めて頭を撫でると、メイコは困惑していたが、やがて抱きつき返してき  
た。  
「カイト……」  
「メイコ」  
 メイコを抱き締める腕を緩め、顎を持ち上げて軽いバードキスを繰り返す。メ  
イコはいつもと違う感じにやはり戸惑っていた。  
「んっ、は、あ、カイト……」  
 キスの合間にねだるような視線を投げてくるメイコ。俺はこの目に結構弱い。  
「いい?」  
 何を、とは言わない。  
 メイコも聞かない。ただうなずく。  
 俺はメイコをベッドに横たえて、もう一度キスをする。それからネグリジェを  
はだけて下着も全て取り去り、メイコの熱いあそこに俺のものを押し当てた。  
「あっ、あっ、あうぅっ!」  
 入れただけでびくびく震えるメイコの頭を撫で、胸を揉みながらピストンを始  
める。ぬるぬるしているのにきつく締め付けてくるメイコの中は本当に気持ちが  
いい。何だかんだで俺たちのセックスの相性は最高だといつも実感する。  
 翌日、同じベッドで寝ていたメイコに起こされた。  
「カイト……起きて、カイト」  
 ゆさゆさ、ゆさゆさ。  
「ん……」  
 腕の中にいるメイコを抱き締める。  
「はぅ……」  
「ん〜」  
 胸に頬摺りしても対抗されない。これはこれでよかったかも。  
「カイト、起きて」  
 ちょいちょい。  
「なぁに」  
 頬をつつかれたので、片目を開く。うん、胸しか見えない。  
「あの、今日お出かけ……」  
「……あぁ」  
 今思い出した、というような声を出して、ネグリジェをまさぐって胸を揉むと、  
メイコは黙り込んだ。  
 ちらと視線をやると、瞳が涙で潤んでいる。これはやばいと飛び起きた。  
「えーと、水族館……だろ? 覚えてるよ、ちゃんと。出かける用意はでき……  
てる訳ないか」  
「うぅ」  
 あぁっ、更に涙目に!  
 そりゃ俺が抱き締めて寝てたなら抜け出せもしなかったろうに。  
「じゃあ、着替えたらリビングで待ってて。俺は着替えてから初音を起こして、  
朝ご飯作るから」  
「うん」  
 目をこすりながらメイコが部屋を出ていく。  
 時計を確認したが、まだ朝の七時だ。いつもと変わらない。俺はシャワーを五  
分で済ませ、白い半袖シャツと紺色のTシャツ、濃いめのジーパンに手早く着替  
えると、初音の部屋に行った。  
 儀礼的に二回ノックをしてから入る。初音はいつものように、ベッドのマット  
レスと骨組みの間に挟まっていた。  
 
「……おい」  
 マットレスをちょっと捲り、骨組みの上で両手を胸の上で組んだまま寝ている  
初音の頬を数回ぺちぺち叩く。  
 当然ブラジャーとパンツしか着けていないが、こうしていると眠れるどこぞの  
お姫様みたいに見える。ただし、マットレスの下で寝ていなければ。  
「おい、初音……犯すぞ」  
 途端に初音の目が開く。  
「……」  
 目は開いているが、まだ起きていない。  
「今日はマスターと出かけるんだろ?」  
「マス、ター……?」  
 ゆっくりと視線がさまよい、焦点が俺の顔に合わされる。  
「起きろ。今日の俺は時間がない」  
「やぁん……兄様のえっち」  
「意味がわからん」  
 マットレスを三分の二まで捲り、また目を閉じてしまった初音を横向きに抱え  
上げてベッドから出すと、慎重に立たせる。  
「おい、今日はマスターと出かけるんだろ? こんなにぐずぐずしてたら置いて  
いかれるぞ」  
「やぁだぁー……楽しみすぎて眠れなかったから眠いー」  
 俺にしがみついて尚もぐずる初音。そしていつもの台詞。  
「一発抜いてくれたら起きるからぁ」  
「女の子が一発抜くとか言うなよ……マスターにどん引きされるぞ」  
 ため息をついて初音の足を開かせパンツの中に手を突っ込む。  
「んっ……あ」  
 初音のそこは濡れてはいるが恐ろしくきつい。毎朝こんなやりとりをしている  
が初音は処女。初めてはマスターがいいのと最初の頃はきつく言われた。なら俺  
にさせるなと思ったが、それでも慎重に指を動かした。  
「もっと、もっとぉ! うぁ、あっ、ああぁぁん!」  
 指を突っ込んで腹側に曲げたときに当たるなだらかな丘を小刻みに刺激すると  
初音はあっさりイった。崩れ落ちそうになる初音の腕を引いて立たせ、すぐ側の  
引き出しから替えの下着を取り出して初音に押しつける。  
「目が覚めたならシャワーを浴びてこい」  
「んっ……あ、兄様おはよっ」  
「おはよ」  
 実は部屋に入って十分も経っていない。にこっと笑う初音を放置して台所に向かう。  
 手を洗ってからパンをトースターに突っ込んで、フライパンで焼いたベーコン  
を焦げる前に取り出すと、その油で目玉焼きを焼いた。全員が揃う頃にはテーブ  
ルはいつもの食卓だった。  
 
「カイトはいいお嫁さんになれるよっ」  
 マスターがトーストにベーコンと目玉焼きを載せてかぶりつき、半熟の黄身を  
服にこぼした。  
「あ」  
「マスター……」  
「マスターのどじっ子」  
 俺がため息をつくと、ミクがニヤニヤしながらマスターの口の端を伝う黄身を  
指で掬ってマスターの口に突っ込んだ。  
 食べ終わったメイコが濡れ雑巾を持ってきて拭く。何という至れり尽くせり。  
「んあー、すまんメイコ」  
 マスターが謝ると、ミクがマスターの舌をいじり出した。  
「んっ、みふ……やへれっ! はふへへハイホ!」  
「じゃ、行こうか、メイコ」  
「うんっ」  
「ハイホッ! ヘイホッ!」  
「ますたぁん」  
 いちゃつく二人(マスターは必死だが)を放置して、俺とメイコはマスターの車で家を出た。  
 
「高速道路って便利だよな」  
「そうだね」  
 目をきらきらさせたメイコの案内によって辿り着いたのは、家から割と離れた  
場所にある水族館だった。結構でかい。  
 今日は薄曇りでそんなに日差しも強くなく、でも明るくて雨の心配がいらない  
という、レジャーには絶好の天気だった。ま、今日はずっと屋内だけど。  
「行こう、カイトッ」  
 海がすぐ側にある駐車場に停めると、メイコが満面の笑みで振り返った。  
「おう」  
 車を出ると、受付に向かう。  
「大人2枚」  
 ボーカロイドも大人扱い。強靱に改良された生体部品も使われているし、感情  
もあってほぼ人間と変わらない。だけど法的には“物”扱いだ。他人名義で登録  
されているボーカロイドを壊すと器物損壊罪。俺たちは犬猫と同じだ。  
 マスターにとっては“殺された”や“死んだ”でも、“機能停止”とか“壊さ  
れた”とか評価される。  
 さて、中に入ると広いエントランスがあり、順路表示が貼られている。  
「こっちだな」  
「うんっ」  
 ものすごく楽しそうなメイコが、壁を曲がって暗い部屋に入った途端に表情を  
驚きに染めた。  
 
「おっきい……」  
 幅が2メートルを優に超すエイや、何メートルあるのかもわからない鮫、名前  
も知らない様々な魚が蒼く光る巨大な水槽の中で悠然と泳いでいる。  
「ふわぁ……」  
 メイコが吸い寄せられるように水槽に近づいていく。後ろから覗き込んでメイ  
コの視線を辿ると……。  
「ウツボ?」  
 俺の訝しげな声に、メイコが顔を上げた。  
「私は“MEIKO”だから、みんな元気で明るくて“お姉ちゃん”な私を期待する  
の。でも、私は、そんなに明るく振る舞えないし……顔が怖いから性格も狂暴だ  
と思われるけど本当は臆病なウツボと同じ」  
 そう話すメイコの後ろで、ウツボが俺を見つめている。  
 こっち見んな。  
「カイト、次行こう」  
「うん」  
 水族館って、こんなに広いものだったか?  
 折り返し地点にあるイルカの水槽に着いた頃には俺はくたくたになっていた。  
 対するメイコはヒールのあるサンダルを履いているのに元気だった……どうい  
うことだ。  
「カイト、イルカショー見ようっ」  
 ガラスの向こう側でしかなかった磯の香りが、唐突に感じられる。それは“生”  
との遭遇であり、水槽のこちら側(無臭)を通ってきた俺たちには少々強烈だった。  
「海の匂い……」  
 メイコが目を細める。  
「座ろうか、メイコ」  
「うん」  
 備え付けのベンチに座って足を休ませる。マジできつい。これは人間にはもっ  
ときついんじゃ……とか考えながら周りを見ると、案外そうでもないらしい。人  
間は意志の力で能力をカバー出来るから羨ましいと思う。  
「始まるよ」  
 まるでメイコの囁きを合図にしたように音楽が流れ出す。このスピーカーの音  
質は一体……実家製のもっと質のいいものを使えば……と考えた辺りでそれが本  
当に無意味なものであることに気付いた。  
 勿論、音楽がメインじゃないからだ。見るべきものはイルカたちと飼育委員の  
やりとり、ネタの出来と演技力だ。  
 メイコはまったくしゃべらずに、にこにこしながら熱心に見ている。こんな表  
情を見るのは初めてだ。何だろう、ちょっと悔しい。  
 
 イルカショーが終わり、メイコは一生懸命拍手をしている。そんなメイコを見  
ながら、俺はぼんやりと手を打った。  
「カイト、そろそろご飯にする?」  
「うん」  
 遅めの昼は水族館付設のレストランで食べ、残りのルートを辿り終わった頃に  
は、俺は燃え尽きていた。  
 時刻は夕方。色々な珍しい魚を見ているメイコや、ペンギンと戯れるメイコ、  
スタンプラリーに勤しむメイコを見るのは確かに楽しかったと思うけど、メイコ  
はどうしてこんなに元気なんだろう。  
「楽しかったね!」  
 メイコの本当に楽しそうな顔を見ると、そんな疲れも吹き飛ぶ気がした……。  
 しただけ。  
「売店見てもいい?」  
「いいよ」  
 スキップをしそうな勢いのメイコのあとをついていく。  
「これ買ってもいい?」  
 メイコが控えめに抱いているのはペンギンのぬいぐるみ。気に入ったらしい。  
「いいよ?」  
 水族館を出ると出口付近の自動販売機で炭酸ジュースを買い、ほくほく顔のメ  
イコの手を引いて、車に戻った。  
「疲れた?」  
 メイコが心配そうに顔を覗き込んでくる。そしてごそごそと鞄を漁るとカプセ  
ルを取り出して差し出してきた。  
「はい、ビタミン剤。元気になるよ?」  
「ありがと」  
 カプセルを炭酸ジュースで流し込むと、メイコがこっちをまだ見ている。  
「あぁ、飲む?」  
「ありがとう」  
 缶を両手で持ってジュースを飲むメイコ。  
「じゃ、出発しようか」  
「うんっ」  
 また高速道路に乗って一時間ほどしただろうか。俺の体に異変が起きた。  
 動悸に息切れ、体温の上昇に伴う発汗……どうして?  
 
 

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