「んあー、すまんメイコ」  
 服にこぼした黄身を拭いてくれるメイコさんに謝る  
マスター。思わず舌をいじってしゃべれなくした。  
 マスターはミクだけ見てればいいのっ。  
「んっ、みふ……やへれっ! はふへへハイホ!」  
 マスターがミクへの制止申請と共に兄様に助けを求める。でも兄様はメイコさ  
んと共に席を立った。  
「じゃ、行こうか、メイコ」  
「うんっ」  
 その非情さが今は嬉しい。早くいなくなって、ミクとマスターを二人きりにし  
て、兄様。  
「ハイホッ! ヘイホッ!」  
「ますたぁん」  
 兄様とメイコさんの名前を必死に呼ぶマスター。兄様とメイコさんが家を出て  
行くと黙り込んでしまった。  
「ひふ……」  
「何です、マスター」  
「はなひて」  
「はい」  
 マスターの口から指を抜く。  
「マスター、カフェに行きたいです」  
「どの口がそれを言うか、全く」  
 呆れたような声を出すマスターに、頬を膨らませる。  
「だってー、マスターがメイコさん見てたから」  
「いいだろ、別に」  
「やぁだぁ〜」  
 マスターの腕に縋りついて駄々をこねてみた。絶対マスターはわかってない、  
わかってないわ……このミクの乙女心をっ!  
 
「ミク、お代わり」  
 コーヒーカップを差し出されては暴れられない。おとなしく受け取ってペーパ  
ードリップ式のコーヒーメーカーに近づいた。  
「マスター、砂糖の入れ過ぎは良くないんです」  
 と言いながら、砂糖に紛れて昨晩乳鉢で粉末状にしたバイアグラを混入。ちな  
みに今朝、洗面所で会ったメイコさんにバイアグラのカプセルを渡した。ビタミ  
ン剤のカプセルと中身を入れ替えたものだから、兄様も気付かないはず。今日は  
帰ってこなくていいのよ、兄様。  
「はい、マスター」  
「おう、サンキュー」  
 コーヒーを飲む様子をじっと見つめていたら、マスターが妙な顔をした。  
「何だよ、じっと見て。また何かついてるのか?」  
「ついてないよ?」  
「じゃあ何だよ」  
 呆れるマスターに、しょげた表情を作る。  
「ミク、カフェに行きたいの……マスターと一緒に」  
「な……」  
 ちらと上目遣い。涙腺を緩めて涙を分泌。  
「……仕方ないな、場所はちゃんとわかってるんだよな?」  
「うんっ! 大丈夫、ミクが連れてくよ! マスター大好き!」  
 笑顔で抱きつくと、頭を撫でてくれた。マスター大好き、本当に。  
「ほら、用意しておいで」  
「はぁいっ」  
 マスターから離れてミクの部屋に移動。こういうときはピンクのスカートがい  
いって偉い人が言ってた!  
 淡いピンクの膝丈フレアスカートに白いキャミソール、半透明の白い上着を着  
て白い鞄を掴むとリビングに戻った。  
 ミクのことかわいいって言ってくれるかなっ。  
「マース、たー……」  
 マスターはさっきまでのパジャマじゃなくて、黒の半袖Tシャツにカーキのズ  
ボンを履いていた。別に何でもないラフな格好なのに、すごく似合ってる。マス  
ターかっこいい……。  
 ぼんやりしているミクに気付いたマスターが首をかしげる。  
「行くぞ……って、大丈夫か?」  
「は、うんっ。行こうっ」  
 玄関で白くてヒールの高いサンダルを履いた。このくらいヒールがあると、マ  
スターにちょっと追い付いた気分がする。  
 
「で、どっちなんだ?」  
「こっちー」  
 玄関の鍵を閉めたマスターと手をつないで歩いていく。マスター独り占め。  
 あんまり早く歩けないミクに合わせて小幅で歩いてくれるマスター。こういう  
さり気ない気遣いができるからマスターはかっこいい。でも普通の顔で一目惚れ  
するほど眉目秀麗な訳じゃないから残念ながら人間の女の人にはもてないみたい  
だけど、その方がミクには好都合! ミクにとってはマスターが世界一かっこい  
い。  
「ここ、キッシュがおいしいって隣のリンちゃんが教えてくれたの」  
「へぇ」  
 連れ立って入り、席に座る。マスターはミクを窓側に座らせてくれた。ミクは  
背後に人がいるとちょっと落ち着かないから、これも嬉しい。  
「何頼む?」  
 お水と一緒に渡されたメニューをミクが見やすいように向けてくれた。どれに  
しようかな、悩んじゃう。  
「ミク、チーズケーキとこのコーヒーにしよー。マスターは?」  
 メニューをマスターが見やすいように向けるとマスターが苦笑した。  
「キッシュを勧められたんじゃないのか?」  
「そうだけど……ミク、チーズケーキも食べたくて」  
「じゃあキッシュは俺が頼むよ。どれがいいの?」  
「じゃあこれっ!」  
 優しいマスターと小一時間ほど至福の時を過ごした。チーズケーキもキッシュ  
もコーヒーもおいしかった!  
 さて、そろそろだと思うんだけど……何って、バイアグラの効果が出るのが。  
取説には一〜二時間で効果が出てくるって書いてあった。持続時間は同じく一〜  
二時間。  
 帰らないと。  
「マスター、そろそろ帰りましょー」  
「ん? あっ、あぁ」  
 あれ、挙動がおかしい……ちょっとまずいかも。  
 マスターはちょっと身じろぎしてから立ち上がった。  
「じゃあ、帰ろう」  
「はぁい」  
 帰り道、マスターは少し早足だった。つないだ手がぴんと伸びて、マスターが  
振り返って謝る。でもだんだん早足になる。その繰り返し。  
 家に着いて、もどかしそうに鍵を開けるマスター。中に入ると玄関でミクを強  
く抱き締めた。  
 
 家に着いて、もどかしそうに鍵を開けるマスター。中に入ると玄関でミクを強  
く抱き締めた。  
「んっ! ま、マスタ……?」  
「すまん、ミク。その、俺……」  
 更に腕に力が込められて、ミクは息が詰まりそうになった。  
「っ、く、くふ」  
「あっ、すまん! ミク、大丈夫か?」  
 慌てて腕の力を緩めてくれた。もう少しあのままだったらミクはマスターの腕  
の中で壊れられたのかな。そしたらマスターはミクのことずっと大事にしてくれ  
るかな。  
 マスターの呼び掛けにぼんやりしていると、マスターが目を泳がせて、ミクに  
キスしてくれた。触れてるだけのキス。だけど、フリーズしそうなほど驚いた。  
それを望んでいたのに。  
「ミク……」  
 はむはむとミクの唇をついばむマスター。その内ぬるりと舌が入り込んできた。  
「んんっ、ふ、んむ」  
 ミクの舌をマスターの舌が撫でると震えるような快感がミクを襲う。キスって  
すごく気持ちいい。  
 そして、ミクを抱き締めるマスターの腰、ぐいぐい押しつけられる中に硬いも  
のがあるのに気付いた。最初はポケットに入っている物が当たっているのかと思  
ったけど、何となく違うってわかった。  
 
「ミク、俺何だか変だ……すごく」  
 熱っぽい目で見つめられてぞくぞくする。きっとマスターは私がほしいと思っ  
ている。マスターが私を必要としてくれている……それは、すごく嬉しいこと。  
「ミク、我慢できない」  
 ついに耐えかねたマスターが私の胸に触った。何かを確認するようにさわさわ  
触れたあと、優しく揉む。  
「ミク……」  
 請うような声色に、切羽詰まった表情。なのに優しい手つき。  
「マスター、マスター大好き。ミクを、マスターの好きにして」  
 また強く抱き締められた。それから横向きに抱き上げられて、マスターの寝室に連れていかれる。  
 初めてのお姫様抱っこ。初めての二人きり。そして初めての……。  
「ミク」  
 マスターのベッドの上、私はあっという間に全裸にされた。のしかかってきた  
マスターが真剣な顔でミクを見つめる。  
「マスター、大好き。ミクを、征服して」  
「あぁ」  
 ミクは目を閉じた。マスターのキスが額から始まってだんだん下に降りていく。  
「っ、マスター……」  
 緑の茂みを掻き分けて、マスターがそこにもキスをする。ミクの足を開かせて、  
舌で愛撫するマスターの指がそろそろと表面を撫でてから、ミクの中に入り込ん  
できた。  
「んんぅ! あっ、あ」  
 時折バイオリンに似た声が出る。ミクは楽器、マスターの楽器。マスターに奏  
でられて旋律を歌う。  
 奥をぐりぐりと刺激されて、ミクはあっけなくイった。  
「んあぁぁっ! あふっ、う、あっ……あ」  
「ミク」  
 枕元に来たマスターがチャックを開けて、マスターのものをミクに握らせた。  
おっきくて熱くて硬い。マスターはミクの手を動かしてこすった。  
「わわっ」  
 思わず手を引っ込めようとしたら、マスターは離してくれなかった。  
 
「ミク、嫌か?」  
「あ、その、びっくりして……マスターの大きいから」  
「俺のはそんなに大きくないよ」  
 マスターが複雑な顔をする。  
「男の人の、初めて見たから……ミクの片手に納まるサイズかと思ってたの」  
「そうだったのか」  
 ミクはマスターの手を引いてベッドに寝かせた。  
「マスター、腰上げて」  
 寝かせたマスターのズボンをパンツごと下ろしてベッドの下に落とす。それか  
らベッドの側にあるサイドテーブルの引き出しからTE●GAとローションを取り出  
した。素早くローションを塗り付け、マスターに笑いかける。  
「今度はミクのターンね」  
「ちょ、俺のTE●GA! 何で知っ、う、あっ!」  
 ギンギンのマスターのものにかぶせる。軟らかい素材でできたソフトチューブ  
カップはミクの手の握り締め具合に相当する圧迫感を伝えてくれるらしい。両手  
で握り込んで、上下で異なる圧力をかける。ぐちぐちといやらしい音をさせて、  
マスターが呻いた。  
「み、ミクっ、ミク……う、く、うぅっ!」  
 びくびくと腰を震わせて、カップの中に射精するマスター。ミクの名前、たく  
さん呼んでくれて嬉しい。  
「もー。マスター、イくの早いよぉ」  
「ぐ……TE●GAは卑怯だろ、常識的に考えて」  
「ふふっ。まだまだぁ」  
 きゅっと握って上下に動かす。カップが暖まってきたから、これからが本番。  
「くぅっ……んっ、ん」  
 これがマスターの喘ぎ声……。やだ、ドキドキする。  
 ぐちゅぐちゅ立つ水音が変化して、バキューム具合が高くなったことがわかる。  
そろそろミクも我慢できない。マスターのでかき回してほしい。  
「ますたぁ……ミクのこと好き?」  
「んっ、くふ……ぅ」  
 お返事ができないマスター。もうすぐイきそうなタイミングで意地悪で手を止  
めちゃえ。  
「んんー! あっ、あっ、何で、っ!」  
 腰を振ろうとするマスターを押さえ付けて、カップも外す。マスターがかわい  
くて仕方ない。誰かわかるかなぁ、この気持ち。  
 
「マスター、ミクのこと好き?」  
 無意味な質問とはわかっていても、好きだという言葉がほしい。だって、ミク  
はボーカロイド。マスターは人間。ミクの恋心は現実世界では許されないし(ボ  
ーカロイドは結婚はできないし財産分与の資格も与えられないから)、更に言う  
ならプログラムされたものでしかないから、偽りの心と言われればそれまで。  
 でも、ミクはマスターのことが好き。作られた心でも、ミク本人からしたら本  
物。だから、マスターにも言ってほしかった。マスターだけにはミクのことを、  
ミクの心を認めてほしいから。  
「っ、っ……す、キだよ」  
 果たしてそれは与えられた。この満たされた感覚が、“幸せ”?  
「マスター、好き……大好き!」  
 つらそうなマスターに抱きつく。本心からでなくても、ミクにえっちの続きを  
してほしいから搾り出した言葉でも、ミクは幸せ。なぜならマスターの言葉はそ  
れがたとえ何であろうともミクにとっては真実だから。何を言われても、マスタ  
ーの言葉は絶対の不文律だから。  
 だからミクは、その言葉を真実だと受け取った。  
「マスターの、ミクにちょうだい」  
 マスターにのしかかってマスターのものをしごく。  
「あげるよ、ミク」  
 マスターの言葉に泣きそうになる。どうしてだろう。バイアグラのせいで、ミ  
クのでなくても、気持ち良くなれるなら何でもいいと思っているから……という  
可能性があるから?  
 そんなの、構わないのに。  
 またがって入れようとしたとき、マスターが口を開いた。  
「今は、ダメ」  
「どうして……?」  
「俺が、いつもと違うから。今の、ただ出したいだけの性欲に任せて抱きたくな  
い。好きな子とエッチするってそういうことだろ? しかもミクは処女なんだろ  
……今は、加減を調節できないと思う。初めては女の子にとって重要らしいから、  
もっと俺に余裕があるときに、ミクとしたい」  
「っ!」  
 ……今の言葉が示すのは、一体何?  
 マスターはどうして苦しそうなの?  
 なのにどうして笑っているの?  
 ミクは……どうして泣いているの?  
 
「ミク?」  
「マスター……」  
 涙が止まらない。どうしよう、壊れちゃったのかな。  
 マスターが本当にミクを大事にしてくれる、そういう台詞だった。  
 ―――嬉しい。  
 ミクのOSが全て書き換えられるような衝撃。  
 ―――嬉しい、嬉しい。  
 ミクの中で、何かが動いた。特別なプログラム。ミクも知らないプログラム。  
「愛してるよ、ミク」  
 魚の足を持ったお姫様のように、真実の愛は奇跡を起こす。ミクの名器設定が  
解除される。やだ、何で。TE●GAに負けない設定をダウンロードしてあるのに。  
こんなのじゃ、足りないのに。  
“警告”  
“この設定ではCV01の満足度に支障が発生します。デフォルトに設定します。”  
 性器のパラメータが初期値化された。代わりに自分では設定できなかった感度  
が向上している。二人でえっちするということは、両方が満足しないといけない。  
だから、両方気持ち良くないと、ダメなんだ。  
 何かがはまるように、ミクの意識も変わった。  
 ミクはボーカロイドだから、唄を歌うことが幸せ。ううん、マスターの幸せが  
ミクの幸せ。幸せって、こういう感覚なんだ……。  
 マスターに愛されているという感覚が全身を包む。はっきりした行動でなくて  
も、マスターの手から、体から、息遣いから、“愛”が伝わってくる。定義でき  
ないから機械のミクにはわからなかった“愛情”が、理解できる。  
 マスター、ミクは、幸せです。  
「マスター……マスター、マスター」  
 マスターの手がミクの頭を撫でる。  
「マスター、して。マスターの、ほしい」  
「だから……」  
「それでも、ミクはマスターと一つになりたい」  
「ミク……」  
「ミクはマスターのもの。愛して、ください」  
「わかった」  
 上と下が入れ替わって、マスターのが押し当てられる。  
「後悔、しないか?」  
「しません。マスターの与えてくれるもの、全部幸せだから」  
 
「いくよ」  
 ぐ、と押し込まれる。マスターの形がわかるほど、敏感になっている。  
「んっ」  
 微かな抵抗をくぐり抜けて、マスターのものがミクの中に収まる。  
「あと少しだから」  
「えっ」  
 いっぱいいっぱいの膣が更に押し広げられる感覚。ミクの知らないミクの中を、  
マスターが埋めていく。  
 こつん、と壁に当たった。ミクの奥。マスターだけ  
が辿り着く、ミクの最奥。  
「大丈夫か?」  
 息ができない。胸がいっぱいで。マスターの手がミクの頭を撫でる。  
「俺、もうやばい」  
「マスター?」  
「ミクの中、すごく気持ちいい……」  
 嘘。だってパラメータは初期値化されているはず……でもマスターのはびくび  
く震えている。ここは、嘘がつけない。  
「嬉しい。マスター、もっとミクで気持ちよくなって」  
「ごめん」  
 マスターはミクの口にキスを落とし、腰を引いた。  
「んんんっ!」  
 回路が焼き切れそうなほどの快感がミクを襲う。勿論痛覚も刺激されるけど、  
それを凌駕して有り余る幸福感がミクを満たす。ただの生殖行為なのに、どうし  
てこんなに幸せを感じるんだろう。  
「マスター、マスター!」  
「ん?」  
「気持ちいいよ、マスター」  
「よかった」  
 キスをしながらだともっと気持ちいい。ただ唇を重ねているだけなのにどうし  
て?  
 奥をずんずん突き上げられて、ミクはもう壊れそうだった。  
「っ、何か、来る! うっ、く、ふ……うあぁぁん!」  
「すごい締め付けっ……ぐっ」  
 マスターのがびくんびくん震えて、精子を吐き出す。その感覚にまたミクはイった。  
「ああぁぁんっ!」  
 
 二人でぐったりとなる。マスターのも少しずつ萎えていった。  
「あ、萎えた……俺の体どうなってたんだ?」  
 十分もするとミクはまたあの快感を味わいたくなってきた。  
「ますたぁ、もう一回……」  
「えっ、もう無理」  
「やぁん」  
 マスターのものを口に含むと、また大きくなってきた。  
「おい、嘘だろ」  
「今度はミクが上に乗るー」  
「や、ちょ、待っ……」  
 マスターが逃げ出す。リビングで捕まえた。  
「あぁー、無理無理無理! ミク、無理だから!」  
「こんなに大きくして?」  
「何かの間違いだって! うっ、あっー!」  
 奇跡ってこういうもの? 嫌がるマスターの屹立を飲み込む。気持ちいい。  
 そのあと三回してようやくマスターを解放した。最後は何も出なかった。もう  
夜が明けている。結局何時間したんだろう。  
「マスター?」  
 返事がない、ただの屍のようだ。  
「おやすみなさい、マスター」  
 ソファの上で気絶しているマスターの頬にキスをひとつして、ソファの下に潜  
り込んで寝た。  
 気付くともう夕方で、マスターが側にいた。  
「ミク、起きた?」  
 下半身裸で正座している。  
「あー、マスター?」  
「俺をもっといじめてください」  
「へ?」  
 マスターはM属性を手に入れた。  
「じゃあ、服全部脱いで。かわいがってあげる」  
 ミクの嗜虐心が刺激された。  
「はい……」  
「マスター、大好き」  
 ミクは幸せです。  
 
 
終わり  
 
 

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