小さい時から大好きだった、隣に住んでいる青い髪の狩人の少年。  
 少し年上の少年に、毎日のように「大きくなったら、ミクをお嫁さんにして」と言い続けてきた。  
 月日は流れ、少年は青年となり、ミクが16歳になった日に、その願いは叶えられた。  
「本当に? 本当に私をお嫁さんにしてくれるの? お兄ちゃん」  
「うん……ミク……僕と結婚して欲しい」  
「ありがとう、大好き! お兄ちゃん!」  
 目の前にいる、世界で一番好きな人に抱きつく。このときミクは、まさしく幸せの絶頂にいた。  
 
 
 華やかな結婚式が終わり、その夜、初めて二人は結ばれた。  
「んっ……お、兄ちゃん……」  
「痛い? ミク」  
「へー……き……お兄ちゃんと一つになれたんだもの……幸せ、だよ……」  
 苦痛に顔をゆがめながらも幸せだと笑う少女が愛しくて、カイトは何度もミクに口づけた。  
「ねえ、ミク……僕たちもう、夫婦なんだから……お兄ちゃん、は止めよう?」  
「えっ……」  
 いきなりの台詞にミクは目を丸くしたが、やがて小さく笑って一つ頷いた。  
「うん……それじゃあ、これからは、カイトさん、って呼ぶね」  
「ありがとう……ミク……」  
「あ……カイトさん……カイトさん……あっ、ぁ……!」  
 幸せな時間がずっと続くのだと、誰もが疑っていなかった。  
 それほどに、この若き夫婦は幸せそうに見えたのだ。  
 誰もが、祝福をしたくなるほどに。  
 
 
 やがてこの若き夫婦は、森に移り住むようになった。  
 二人だけのささやかな、そして穏やかな生活。  
 程なくして、ミクが子を身ごもっていることが判明した。  
「……なんだか、照れるね。ここに、僕らの子がいるなんて」  
「そうねカイトさん。なんだか不思議な感じ……けど、凄く幸せよ。ふふふ、早く生まれてこないかな。パパもママも、待っているよ」  
 愛おしげに自分の腹を撫でるミクに倣い、カイトもミクの腹を撫でる。  
 そこはまださほど膨らんではおらず、ここに新しい生命がいるなど、信じられないくらいだった。  
「ねえ、カイトさん。男の子かな? 女の子かな?」  
「まだ分からないけど……どっちの名前も考えておかないとね」  
「楽しみ……」  
 優しい時間が流れる。今このときは、本当に誰もが、幸せだった。  
 
 
 目が覚めたら、そこはかつて自分たちが住んでいた村の診療所だった。  
「――良かった、ミク。目が、覚めたんだね」  
「……え、カイト……さん……?」  
 何故自分がこんなところにいるのか分からず、軽く混乱する。私は……一体……?  
 と、同時に気が付いた。体の裡の大きな喪失感に。  
「え……? あれ……? 私の……赤ちゃん……?」  
 腹が、無い。少なくとも今朝まではあった、丸くふくれた腹が、綺麗にへこんでいた。  
「ど……どこに行ったの、私の赤ちゃん……ねぇ、カイトさん!」  
 掴みかかるミクから目を逸らし、カイトは悔しそうに唇を噛み締めてうなだれた。  
「ミク……君は、森の中で熊に襲われたんだ。すぐにそいつは僕がしとめたけど……子ども達は、助からなかった……!」  
「く、ま……?」  
 呆然とその単語を繰り返し、ついで愕然とカイトの顔を見る。今、カイトは”子ども達”と言った。普通なら、有り得ない表現を。  
「双子だったんだよ、ミク……! 僕たちの子どもは……!」  
 そのミクの目線の意味に気が付いたのか、カイトが血を吐くような叫びを発した。それを聞き、再びミクの顔から血の気が引いていく。  
「嘘……嘘よ、嘘……こんなの、夢よ……」  
「夢なら良かったのに……! その上、ミクを助けるためには……子ども達を取り出すしかなくて……もう、二度と子供は産めないだろう……って……!」  
 せかいが、まっくらになったようなきがした。  
 
 
「いやああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」  
 
 
 つんざくようなミクの悲鳴は、いつまでも村の中に響いていた……。  
 
 
「ねえ、カイトさん。もう一回よ。もっともっとシタら、きっときっと、子供が生まれるわ。ね、そうでしょ? そうよね。ねえ、カイトさん」  
 全裸でカイトにまたがりながら、何度も何度も腰を振る。こうすればきっと、再び子どもを宿せると信じて。  
 カイトはそんなミクを、ただ悲しそうな目で見ていた。  
 若い夫婦に訪れた悲劇はあまりにも突然で、まだ幼さの残るミクでは、到底受け止められるものではなかったのだ。  
「きっと今度も双子よ。決まってるわ。ねえ、カイトさん」  
「うん……きっと……双子になるよ……」  
 こんな気休めしか言えない、自分が呪わしい。  
 最愛の少女がゆっくりと壊れていくのを、カイトはただ見ることしかできなかった。  
 
 
 その数ヶ月後の月の出る晩。  
 ミクは再び森の中をさまよっていた。  
 ミクを襲った熊は母熊で、ちょうど子育ての時期だったらしい。恐らく、敏感な時期で気が立っていたのだろうと、カイトが言っていた。  
 そしてそれは、こんな月の出る晩だとも。  
 青白い満月が、森の中を照らしている。その光を浴びながら、ミクはどこへともなく歩いていた。  
「どこへ行ったの……私の子ども達……」  
 何度カイトと交わっても、ミクの体内に再び生命が宿ることはなかった。  
 ミクが思うのは、きっと子ども達をどこかに置いてきたから、それできっと新しい子どもがやってこないというものだった。  
「ごめんね……今私が、迎えに行くから……」  
 こんなところに置き去りにしてしまうなんて、私は何て悪い母親なのだろう。早く早く、迎えに行ってあげないと。  
 あてど無く歩き続けていると、不意に赤ん坊のか細い泣き声が聞こえた。それも、2人分。  
 その泣き声の方へ歩いていくと、赤いドレスの女性が、双子の赤ん坊をあやしている光景を見かけた。  
 その赤子に、目が釘付けになる。  
 
――見ツケタ。  
 
「こんなところにいたのね……私の赤ちゃん……」  
 私の赤ちゃんは、やっぱりあの熊が連れ去っていったんだ。  
 狂ったミクの目には、その赤いドレスの女性は、もはや熊にしか見えなかった。  
 取り戻さないと。早く、取り戻さないと。  
 あの日以来、カイトに護身代わりに持たされている拳銃を持ち上げ、慎重に熊へとねらいを定める。  
 どっどっどっど、と心臓が早鐘を打つのに、頭の奥がすーっと冷えていく。  
 さあ、熊から我が子を取り戻そう。  
 
――パンッ!  
 
 乾いた銃声が響き渡り、熊がゆっくりとその場に崩れ落ちる。  
 ミクはすかさず熊の元へと駆け寄り、投げ出されたその赤子二人を優しく抱き上げた。  
「やっとやっと見つけた……私の赤ちゃん。誰にも絶対、渡さないからね……」  
 その赤子を抱き上げるミクの顔は、月光の下でこの上なく幸福そうだった。  
 
 
 
END  
 

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