―嗚呼、どうしてこうなったと、今日で何度目か分からぬ溜め息をつく。
と、何となくありがちな言葉で始まり申し訳ないのだが、状況が状況である。
拙者、神威がくぽの最大の…と言えば大袈裟だが、かなりの危機の中に今は身を置いている故、それは容赦願いたい。
原因は拙者の両側に居座る女子達にあった。
両者共に拙者の腕をしかと掴んで離さない。俗に言う「両手に花」状態だ。
それで嘆息をつくとは何事かと咎められても仕方が無い。…これが、拙者を挟んで三人で仲良く談笑している、といった誠に微笑ましい、ある種の人物から見れば非常に妬ましいであろう光景であったならば。
女子達の互いが互いを見つめ合うその表情は、とても笑っているようには見えない。
否、見つめ合うというより、明らかに敵意を持って睨み合っていた。
「何度も言ってる通り、たとえ先輩であってもこれだけはどーしても譲れません!」
「これって何よ!がくぽの事物扱いしてる時点で論外じゃない!」
「お兄ちゃんが一番好きだって気持ちの事を言ってるんです!」
…訂正する。もはや睨み合いだけに留まってはいなかった。
先刻から同じ話題を何度も繰り返している。横文字ではこれを何と言ったか。エンドレスエイト?英語はよく知らぬ。
それはさておき、この二人――ルカ殿とGUMI――の言い争いの発端は、どうやらミク殿とリン殿が、二人に拙者の事を好いているかを聞いた事にあるらしかった。
率直に肯定したGUMIに対し、兄妹間の好き嫌いとは事が違うとルカ殿が指摘し、それを聞いたGUMIがそんな事は無いと言い返し…そこから二人の言い争いが始まった、ということらしい。
その現場に居合わす前に、レン殿が拙者の部屋に来てそう教えてくれた。
だから今は居間に来ない方がいいと言われたその直後、拙者の部屋の扉が大きな破壊音を立てて開かれ、当の二人に詰め寄られ、居間に連れて来られ、今に至る、という訳だ。
両腕が嫌な音を立てて軋み始めた。
誰か何とかしてくれと他の皆に助けを求めて視線を送るも、
KAITO殿は酷く酔ったMEIKO殿に絡まれており、こちらの騒ぎには全く気付いていない様子だ。
レン殿は先程二人が破壊した扉の下敷きになり、その衝撃で気を失ってソファーの上に寝かされていた。
そしてそもそもの原因をつくったミク殿とリン殿はこちらの様子を呑気に眺めながら、なんかこんな感じの三人組ってどこかで見たことあるよね等と訳の解らぬ事を言っていた。
そのうちにKAITO殿がMEIKO殿に引きずられるように居間を後にしたのに続き、ミク殿とリン殿も劇場版見に行きたいねーと言いながらそれぞれの部屋に帰って行った。
いくら何でも無責任過ぎではないかと思ったがもうどうしようも無い。
誰も助けてくれぬ故、自分で何とかしようにも、
この二人に「御主達が拙者の翼だ!」等と恰好つけた台詞を言って、その場が丸く収まるような雰囲気でもないのだ。
「大体ggrksだか知りませんけど、ツンデレはもう古いんですよ!」
「ツンデレだろうと何だろうと関係無いでしょ!それよりも近親相姦の方がよっぽど問題よ!いい加減諦めなさい!」
「あくまで妹分ですから問題無いです!そっちこそ諦めて下さい!」
もう何を言っても止むとは思えない。だが…
拙者の方も限界であった。
「もう止めてくれ!!」
一瞬、その場が静まり返る。
二人が驚きの表情で拙者を見つめた。
「二人が…御主達二人が争うのは、もう見たくは無い…!」
本心からの叫びだった。
ボーカロイドと言えば、五人組の印象が強かったあの頃、急に発売され、その五人に加わった身である自分。
ただ不安だった。他社の製品であるからと邪険に扱われる事も覚悟していた。
しかしそんな思いを抱いていた自分が酷く愚かしいと思う程に、彼等は快く受け入れ、接し、共に歌ってくれた。
何度も思った。この後に自分の後輩となる者達に対し、今度は自分も同じように、否、それ以上の気持ちを持って迎えよう、幸せな時間を共に過ごそう、と。
そして、拙者の初めての後輩である、先輩五人と同社から発売された巡音ルカ殿。初めての自分と同社の製品となる、妹分であるGUMI。
特にこの二人に対しては、五人とはまた違った感情を抱いていた。
後輩だから、といった単純な理由からでは無い。説明は出来ぬが、二人の存在は、自分の中で、確かに何か特別な意味を持っている。
その二人が、しかも自分が原因で、互いを憎み合う。そんな事があっていい筈等無いではないか。
「二人が拙者の所為でこのような関係になるのならば、拙者は…!」
美振の刃を己の咽に向け、目を閉じた。
「やめなさいがくぽ!」
「お兄ちゃん、駄目!」
二人の悲鳴に近い声が重なる。
流石に本気で命を絶つ積りは無い。我ながら卑怯な手を使ったと思うが、二人の言い争いを何としても止めさせたかったが故にとった行動であった。
そんな拙者の心情が伝わったのか、GUMIが言葉を零した。
「そうだよね…挟まれてるお兄ちゃんが一番辛いよね……それなのに、ずっと自分のワガママばっかり言ってて…ごめんね、お兄ちゃん…」
涙を堪えているのが、震える声から解った。
「私だってね、本当はルカさんと仲良くしたいよ。一緒に歌って、笑って…」
「GUMIちゃん…」
ルカ殿も辛そうな顔を見せていた。
そうだろう。GUMIはルカ殿にとっては今の所、唯一の後輩なのだ。当然拙者が抱いていたような、それなりの気持ちもGUMIに対して持っている筈だ。
「でも…お兄ちゃんが好きだって気持ちが抑えられなくて…嫌だよ…こんなの…!」
堰を切ったように泣き出すGUMIを、ルカ殿が優しく抱きしめ、頭を撫でた。
「…ごめんなさい、二人共…」
「ルカざぁん…」
「そうよね…私達二人共、がくぽに対する想いは誰にも負けないわよね」
何度も頷くGUMIの涙が治まってきたのを見て、ルカ殿が言った。
「じゃあ、こうしましょう」
「今から、一回限りの勝負をするわよ。負けた方は、また別の人と幸せを見つけること。勝った方は…」
拙者とルカ殿の目が合った。
「…負けた方の分まで、がくぽと幸せになる事!……いいわね」
その言葉に、GUMIも涙を腕で強く拭い、答えた。
「わかりました!全力で行かせて貰います!…私、負けませんから!」
「がくぽも、それで文句無いわね?」
「う、うむ…二人共に納得の行く方法であればそれで良いが…もし負けたとしても、本当に大丈夫なのか?」
「当然よ。全力でぶつかれれば、たとえ負けたとしても、がくぽを好きになった事に後悔なんてしないわ」
「私も大丈夫!私達の本気、見ててね、お兄ちゃん!」
二人の覚悟は出来ているようだ。良かった。
そうとなれば、拙者も中途半端な心構えで恋仲となる訳にはいかぬ。心身を尽くし、付き合っていこうと強く心に誓った。
「ところで二人共、一体何の勝負で」
「レディーーファイッ!」
「とりゃああああああああ!!!」
拙者の前を猛スピードで横切り、ルカ殿に突進していくGUMI。二人で取っ組み合いをするその様を、ただ呆然と眺める。
「ルカ殿…GUMI…そこはボーカロイドらしく歌か何かで勝負するのでは…」
「歌で勝敗が決められる訳無いでしょ、隙あり!」
「おーっと!甘いですよルカさん!」
鮮やかな衣装に身を包んだ二人が技をかけ合う…
女子プロレスというものがあるらしいが、今目の当たりにしているものがそのような感じなのだろうか、と思わずにはいられなかった。
しかし肉弾戦というのも、少々乱暴ではあるがまだ良かったかも知れない。
もしこのスレの趣旨に合った展開になっていたなら…
安易に流れが想像できるのが非常に悲しい。
――――――――――
『ル…ルカ殿…GUMI…一体何を…』
『そんなの決まってるでしょ?どちらが先にがくぽをイカせられるか競うのよ』
『じゃあ私からいくね、お兄ちゃん…』
『ぐ、GUMI!それは流石に……っあ!』
『すごーい…お兄ちゃんのココ、服の上から触っただけでもうこんなになってる…下、脱がしてあげるね…』
『や、やめ…っっ!!』
『ふふ、お兄ちゃんたら照れちゃって可愛い…それじゃ、お兄ちゃんのニンジーンをloves you yeah!してあげる……んっ…』
『っあ…GUMI…っ…』
『ちょっと咥えられた位で情けない声出してんじゃないわよ』
『…っルカ殿!?…いきなり何をす…っ…』
『一人だけイクなんて駄目よ。私の番になる前に、あんたは私を気持ち良くさせなさい…その口でね』
『なっ…んっ…んん…っ…!』
『さあ、私のダイヤモンド クレバス…しっかり味わって頂戴…』
――――――――――
…迂闊だった、拙者の脳内だけで事を済ませる所であった。
念の為申しておくが、このような展開を望んでいる訳では無い。断じて違う。今日の愚息は少々自己主張が強いようだが、それとこれとは全く関係無い。
二人の決着はまだ着かぬのかと虚しい想像、もとい妄想から我に返ったのと、大きな音がしたのはほぼ同時だった。
見るとGUMIがルカ殿の上に馬乗りになっていた。
一瞬の隙を見せたのか、運悪く足を滑らせバランスを崩したか。どちらにせよ、互角と思われた二人の戦いに優劣がついたのは間違い無かった。
荒い呼吸をしながら南無三、といった表情で仰向けになっているルカ殿と、その上に跨がり汗を額に浮かべてへへへと笑うGUMI。
このまま勝敗が決まるか、形勢逆転があるか…事の成り行きを唾を飲んで見ていると、GUMIが「とどめ!」と叫んで両腕をルカ殿目掛けて突き出す。
GUMIは、目をつぶり敗北を覚悟するルカ殿の―――胸を揉み始めた。
「んあっ!?」
ルカ殿の口から驚きと媚を含んだ声が出る。
「女性の弱点は胸とあとどっかって何かの本で勉強したから知ってるもんね!」
弱点の意味を履き違えているとも知らず、そのままえいえいと豊満な胸を揉んでいくGUMI。
その度に甘い声が居間全体に響いた。愚息よ反抗期か、静まれ。
「女性って事は…」
今まで一方的に攻撃されていたルカ殿が、突然腕を突き上げた。
「…貴女にとっても弱点って事よ!」
「ひゃうっ!」
同様にGUMIの両胸を掴み、刺激を加えていく。
「それにね、ただ強弱つけて揉んでも駄目よ…もっと感じるように攻めないと…こんな風にね!」
恐らく親指で尖端を刺激したのだろう、GUMIの悲鳴が上がった。
いや、待て待て待て。もしやこの二人…
「んっ…ふっ…」
「や…っ…あん…」
二人の顔がみるみる紅潮していく。目付きもとろんとして来た。
まさか、まさか、まさか…
「はぁ…中々やるじゃない、GUMIちゃん…」
「ルカさんこそ…とっても気持ちいいです…んっ…」
「もっと、もっと気持ち良い事、沢山教えてあげる…私の部屋で、ね…」
「はい…嬉しい…ルカさん…」
「GUMIちゃん…」
――――――――――
――――――――――
「んー…」
目をゆっくりと開くと、ぼやけた居間の天井が視界に入る。
オレ、何してたんだっけ…
…あ、そうだ。確かルカ姉とGUMI姉がケンカして、それをがくぽに話しに行って、それから突然何かが伸し掛かって来て…そっから記憶が無ぇ。
まだ微かに痛む後頭部を押さえながらソファーから身を起こすと、部屋の隅にがくぽがこっちに背中を向けて座っているのに気付いた。
あれ?他の皆は?
あの後、結局がくぽはどっちか選んだのか?
つーか、何でがくぽは白い着物、カミシモ?みたいなの着てるんだ?
そして起きたオレに気付いて振り返ったその顔、うん、絶望と消失と哀愁を掛けて三乗したような表情、って言い方すればいいのかな、何でそんなんなってるんだよ。焦点の合ってない目でこっち見んな。下手なホラー映画より怖いから。
「レン殿…今まで本当に世話になった。礼を言う」
「がくぽ、とりあえず落ち着いて状況説明してくれ、オレ正に今北産重業状態だからさ」
「他の皆にもそう伝えておいて欲しい」
「がくぽー聞いてるか?一体何があったんだよ」
「案ずるでない、たとえ肉体が滅びても、魂だけはこれからも皆と共に」
「聞けっつうの」
「介錯を頼むぞ…では参る…」
「だから何があったんだああああああぁあぁぁあ!!!!!!」
…オレ、まだ恋愛なんてしたくねぇ。
完